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三十二話 再戦

「お前は確実に消したと思っていたんだが…………まさか燃え残ったとはな」

「そうだな、お前がほんの少しだけ俺を見くびっていてくれなければ形も残さず消えていたことだろう」


 そう返すアイズにグエンはおや、というように片眉をあげる。実際問題その通りで彼がもう少しアイズを評価して火力を上げていれば今には繋がっていないだろう…………だがそれを認める事はプライドの高いアイズにとっては耐えがたいはずの事だからだ。


 しかし当のアイズは冷静にその事実を受け止めているように見える。それはかつての彼の姿を見るグエンからすれば意外過ぎる光景だ。


「死に損なって心変わりでもしたか?」

「俺がその矜持を曲げるなどありえん話だ」


 ふんとグエンは鼻を鳴らす。


「その割にお前が乗っているのはスヴァルトの兵器のようだが?」


 漆黒の巨人機をグエンは見やる。先程の一撃は流星のような跳び蹴りだった。アイズの戦法が自己強化による肉弾戦であることを考えればあの動きは彼の者で間違いない…………つまり目の前の巨人機の操縦者は彼なのだろうと推測できる。


「敵国の兵器を頼るというのはお前の矜持には反さないのか?」


 アイズはアスガルドとスヴァルトの戦争中には己の身一つでは何もできない脆弱な連中と見下していた。その見下していたはずの相手の兵器に頼って自分の目の前に立つのは、かつての

そのプライドからすればありえない話だった。


「ふん、どいつもこいつも同じことばかり聞く…………ああ、そうだとも。確かに私はプライドの塊のような男だ」


 アイズは口に出してそれを認める。それにもまたグエンは内心で驚く。指摘されてもそれを認めるような人間ではなかったからだ。


「だがだからこそ譲れん話があるというだけだ」

「一番譲れない部分を守るために小さなプライドを捨てたと?」

「その通りだ」


 忌々し気ではあるが迷いのない口調だった。


「その譲れない話が何なのか、気になるところだ」

「貴様に話すような筋合いはない…………だが貴様に殺されかけたせいだとは言っておこう」

「へえ」


 だがその口調とは裏腹にアイズがグエンを見る目にはかつてのような歪んだ憎しみは無かった。その譲れないものを守るために排除すべき障害…………純粋にそれだけを自分に見ているし、だからこそかつて見下していた相手を利用することにも躊躇いが無いのだろうとグエンは感じられた。


「なるほど、俺はどうやらお前のプライドというものを見誤っていたらしい」


 それが分かっていればもう少し付き合い方があったかもしれない…………だがまあ、ある意味で現状が最優の結果になっているのだからこれでいいのかともグエンは思う。


「気にするな。お前が俺の評価をどう変えようが俺の側からの見方は変わらん」

「そりゃ残念だ、なっと!」


 軽口を返すと同時にグエンは炎を漆黒の巨人機へと向けて振るう。それはまるで巨大な炎の剣のようにアイズへと迫るが、彼の乗る機体は僅かに地面を蹴るとまるで瞬間移動のようにその場から消え去る。


「っと!?」


 次の瞬間に左から叩きつけられた衝撃にグエンの魔力障壁が震える。炎を躱しざまに一瞬で迫って来たアイズの巨人機が彼目掛けてローキックを放った結果だ。もちろんグエン本人はなんの痛痒もないが、異常なまでの強固さを誇る彼の魔力障壁を揺らがしただけでも大したものだった。


「以前よりも固くしたはずなんだがな」


 生身を強化したアイズに障壁を揺らされたことをグエンは忘れていない。だからそれを踏まえた強度の障壁をしっかりと展開していたのだ。


「ふん」


 その軽口を無視してアイズは僅かに機体を引いてから渾身の正拳突きを繰り出す。だが今度はさらに強固となっていたからかその障壁を揺らすことは出来なかった…………即座に後ろへと大きく跳躍する。それと同時に吹き上がる炎がグエンの周囲を埋め尽くした。


「化け物め」


 忌々し気に、けれど冷静にグエンという存在を評価する。


「なに、お前も大したもんだよ…………どうやらその巨人機に単純に乗ってるってわけじゃなさそうだな。どういうわけか強化魔法が機体自体にも機能してお前自身が巨人になったみたいに動いてるじゃないか」

「…………ちっ」


 あっさりとその事実を見抜いて受け入れるグエンにアイズは舌打ちする。魔法使いは基本的に単能でありその力の応用は出来ても新しい効果を生み出したりはしない。


 故に彼の強化魔法は自己強化のみであることが変わる事は無く、それ以外の対象に強化できるようになったりはしない…………その事実と現状の矛盾に対する疑問を抱いてくれれば多少は動きが鈍ってくれる可能性もあったが、グエンは特に気にせずあっさりと認めてしまった。


「この機体に使われている金属に俺の細胞を組み込んである、という事らしい」


 説明する義理などはないはずではあるが、ここで見苦しくごまかすのも自身の矜持に反するとアイズは聞き伝いの知識を口にする。


 本来自分自身にしか効果のないはずのアイズの強化魔法だが、漆黒の巨人機に使われている金属にその細胞を組み込むことで機体を自分自身だと魔法に認識させる。最初に説明された時はそんなことが出来るのかと思ったが、実際に出来ているのだから納得するしかない。


「スヴァルトの科学とやらも存外にやるものだと認識を改めた」


 他人が使っているのを見ただけではわからないこともある。自分自身で使って初めてアイズは科学というものの有用性を知ることが出来た。それは非力なものが頼るものと昔は考えていたが、そうでないものであろうとも利用できるその汎用性の高さこそが強みなのだと。


「はっ、手前にしちゃあ柔軟なこった」


 相手の技術を見極めその有用性を認める。それが最初からできていればアスガルドでのアイズとの軋轢も無かっただろうとグエンは思う。


「貴様の力は認めていたとも…………認めていたからこそ気に入らなかったのだ」


 その力の持ち手がもっとも気に入らない人間であったがゆえに。


「そして今はもっと気に入らない」

「はっ、だったらどうする」

「ぶん殴るに決まっているだろう」


 言うが早いか漆黒の巨人機の姿がぶれてグエンの眼前へと現れる。もちろん魔力障壁は維持しているから直接ぶん殴られることはない………ない、が。


「さっきから速過ぎるだろうが!」


 思わずそう口にしてしまうほどにはアイズが駆る巨人機が速い。巨人機のその巨体にも拘らず移動の瞬間が捉えられずまるで瞬間移動されているようだ…………そしてその移動速度をそのまま攻撃に乗せてぶつけて来るので魔力障壁の力も抜けない。


 ドゴゥ


 グエンの眼前で土どころか地層がはだける。その一撃は外したのではなくあえて狙ったのだろう。巻き上げられた土煙が視界を塞いでますます漆黒の巨人機の姿を捉え難くなる。


「グエン、貴様は確かに化け物のような魔攻士だが一つだけ欠点がある」


 そんな彼を追い立てるためかアイズの声が巨人機のスピーカーから響く。その声から一を悟られないためか、元から移動しているからか、いずれにせよその声は四方八方から響いてそこから位置を辿れそうにはない。


「何もかもを焼き尽くすような炎の魔法に何物にも破られない強固な魔力障壁…………だがお前自身は平凡な身体能力しか持たない」


 魔攻士というのは基本的に魔法が無くても頑強な生き物だ。体内で生み出される魔力がそうしているのか、それとも使用する魔法に適応しているのかは知らないが、強力な魔攻士ほどその身体能力が高い傾向にある…………だが当然それにも限度があった。


 例え戦略魔攻士であってもその身体能力は上位魔攻士とそう変わらない。つまりその辺りが上限であってそれ以上はアイズのような強化魔法の恩恵を受ける必要がある。そして彼の三田ところグエンもその常識の範疇に収まっている…………つまりその身体能力は平凡だ。


「お前には私の動きは捉えられん!」


 その動体視力上回る速度で動けば狙うことも反応することも出来ない。生身ならともかく巨人機という装甲を纏ってそんな動きが出来る事こそ彼の強化魔法とスヴァルトの科学の親和した結果だ。


 基本的に強化魔法は掛け算だ。対象となる元の能力が大きければ大きいほど強化魔法で倍増される能力の値は大きくなる…………つまるところグエンに向けた言葉はアスガルド時代のアイズ自身にも当てはまる。いくら彼の強化魔法の倍率が優れていても元の身体能力が平凡であったがゆえにその伸び幅はグエンのいる場所には届かなかった。


 だが、今は違う。


 アイズは漆黒の巨人機という新たな外骨格を手にしている。

 平凡な生身であっても戦略魔攻士第二位の地位までに引き上げた強化魔法…………それがスヴァルトの持てる技術の粋を集めて生み出された巨人機に使われれば結果がどうなるかは言うまでもない。


 彼の駆るその機体は間違いなくスヴァルトで最強の巨人機だった。文字通りに目にもとまらぬ速度で駆けまわる漆黒の巨人機は、四方八方から強烈な一撃をグエンの魔力障壁へと叩きつける。


「…………舐めてるのか?」


 だがグエンの魔力障壁は揺らがない。いくら速かろうがそれだけでは意味がない。最初はその速度に驚きはしたがそれだけであれば何の意味もない。彼の魔力障壁がそれほど強固であることは他ならぬアイズ自身が知っているはずなのに、だ。


「見えなくたってそこに居るなら関係ねえんだよ」


 言葉と共にグエンはその魔力障壁を押し広げる。当然そこを高速で跳び回っていたアイズの巨人機はそれに撥ね飛ばされる形になる…………当然そんなものに素直にぶつかるほどアイズの反応速度は遅くない、しかし確実にその距離は開いた。


「全部燃やせばいいだけだ…………それを手前は知ってるはずだろうが」


 目に捕らえられなくてもそこに居るなら全てを焼き払えばいい。もちろんそうなれば火力は分散するが…………分散してもアイズを焼き尽くせるほどの火力を注ぎ込めばいいだけだ。


 力の集中が出来ないなら、十をぶつけるために千の力をぶちまければいいだけだと以前にグエンはアイズへと告げている。


 それを生きのびたアイズに敬意を払い、以前の十倍の火力でグエンは周囲を薙ぎ払った。

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