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二十九話 終わりを歩む

「ふう」


 見上げれば夜空に星が煌めいている。無駄に豪華に見えるだけで固い玉座にもたれながらグエンはぼんやりとその光景を眺めていた。そこにあったものの何もかも焼き尽くしたので周囲には何もなく、日中は跪いて彼の機嫌を伺っていた連中もすでにいない…………広大な焼き後にぽつりと置かれた玉座の上に彼だけがいる。


「なーに黄昏れているんすか」

「…………黄昏時はもう過ぎてるだろうが」

「うわ、つまんない揚げ足取りっすねー」

「…………」


 からからと笑うイムにグエンは顔をしかめる。


「あのな、俺にそういう態度で接してるのを誰かに見られたらお前を殺さにゃならんのだぞ」


 グエンは悪逆非道で傲慢な絶対者ということになっている。そんな彼が馴れ馴れしく話しかけてくるような相手を許していてはそのイメージが崩れてしまう…………自分は誰も彼もが恐れその死を願われるような人間でなくてはいけないのだ。


 そんな存在だからこそ敵対するものの結束を促すのだし、だからこそそのイメージを崩すような真似は出来ず例え親しい人間であっても許すことはできない。


「それはちゃんと私も気を遣ってるっすよ。ここの様子を伺ってる者が誰もいないことはこの目で確認済みっす…………誰も炎の魔王の機嫌を損ねたくなんてないっすよ」

「…………はあ」


 それはそうだろうしイムの魔法の優秀さはグエンもよく知っている。けれどそんなものはバランス感覚に自信があるから細い崖の道を日常的に通りますと言っているようなものだ。基本的に問題なく通れても不測の事態があれば死に直結する道であるのは間違いないのだから。


 問題はそんなことはイムも承知しているという事だ…………承知してやっているのだから注意することにほとんど意味がない。


「それで、何の用だ」


 ならばさっさと要件を聞いて追い払おうとグエンは決めた。


「別に、何となく様子を見に来ただけっすよ」

「おい」


 つまり用件もなく来たのかと彼は半眼でイムを見やる。


「えっ、だって重責に落ち込まれて自殺とかされてたりしたら困るじゃないっすか」

「誰がするか!」


 そこまで自分は無責任じゃないとグエンは憤る。


「えー、でも今なんか夜空を見上げて黄昏てたし」

「…………別に夜空を見るくらい誰でもするだろうが」


 反論はするが声色は少し弱い。グエンが気を落ち着かせるために夜空を見ていたのはじじつであり、それを心が弱っていたからと指摘されればあまり否定は出来なかった。


「そんなんでもし勝っちゃった時は大丈夫なんすか?」

「その時は俺の人間性を捨てるだけだ」


 絶対の合理性と残酷さを持って人間を管理可能な数に維持し続ける。そんなことをまともな人間性を保ったままやれるはずがないので感情なんてものは捨てるしかない。もしもグエンが勝ってしまうようなら彼は人類を維持するための機械になるつもりだった。


「その後の俺には慈悲など期待するなよ?」

「あー、そん時は大丈夫っすよ。そんな世界には未練は無いので炎の魔王の手を煩わせることなくこの世からはおさらばするっすから」

「…………お前な」


 頭の痛そうな表情を浮かべてグエンはイムを見る。


「だから頑張って負けてくださいっす」

「そんなものはあっち次第だ」


 グエンも勝つ気はないが八百長で負けてやるつもりもない。


「ともあれ俺に負けろってことは向こう側に行く覚悟は決めたんだな」


 イムの監視能力は有用ではあるがこの状況になればそれほど必要もない。スヴァルトとアスガルドがいかなる策謀を用いようともグエンはその圧倒的な力のみで全てを焼き尽くす…………そういったていで進めるつもりだからだ。もちろんそんなものはあちら側の勝率をあげるための詭弁でしかないが、勝った場合には炎の魔王はより絶対的な存在として残された者たちに君臨できる。


 そして元々イムは長老会の子飼いだったこともありその存在を公では知られていない。グエンがクーデターを起こしてからもあまり表には出さないようにしていたので消えたところで気づくものは少ないだろう。


「え、行かないっすけど」

「おい」


 思わずグエンの声が荒ぶる。敗北すれば当然ながらムスペルなんて国はそこに居た人間ごと消えてなくなる。彼が負ける事を望むのなら彼女は当然アスガルト残党と合流して平穏な未来を享受するものと彼は思っていたのだ…………まさかそれを否定するとは。


「お前、死にたくないんじゃなかったのか」

「誰も死にたくないなんてい言ってないっすよ?」


 不思議そうにイムはグエンへと首をかしげて見せる。


「私はムスペルが勝った未来で生きる意味はないって言ったんっす…………グエンを裏切って向こう側に一言も言ってないっすよ?」

「それは、そうだが…………」


 話の文脈からすれば勘違いしてもおかしくは無いはずだ。


「つまりお前は俺と一緒に死ぬつもりってことか?」

「うーん、まあそんな感じっすね」


 あっさりと、気軽に買い物に付き合うような口調でイムは頷く。


「俺がそれを望んでると思うのか?」

「大事なことは他人じゃなくて自分の意思で決めろとか昔誰かに言われた覚えがあるっすよ?」


 からかうようにイムはグエンへと笑みを見せる。


「確かに俺はそう言ったが…………」


 歯切れ悪そうにグエンは呟く。確かに彼は前にイムへとそんな言葉を口にしたことはあったが、それは彼女を前向きにさせるためであって今のように死に向かわせるためではない。


「大体他の人達はみんなグエンと一緒に死ぬ気じゃないっすか」

「…………あいつらはむしろ生きたいと言いだしたら殺すしかないだろ」


 ムスペルに所属する人間には二種類が存在する。一つは炎の魔王の掲げた絶対的な実力主義による支配に賛同した者たちであり彼の勝利により栄光の未来が訪れると信じる者、そしてもう一つはグエンの真意を知りそれに賛同した者たちだ。


 前者の者達は元よりムスペル共々沈んでもらうつもりだし、後者の者達も同様にして彼の敗北と共に全員死んでもらう手はずになっている。もちろんそれは彼らも承諾済みの事だし、もしも生を選ぶなら尊重した気持ちもグエンにはある…………だけどグエンは彼らを間違いなく信頼しているが絶対を信じていない。だから万が一にも彼らが心変わりを起こして真実が露見する可能性を看過できない。


 故に全員死んでもらうしかないし、心変わりを起こしたなら彼自身で処理する。


「それなら私も同じ立場だと思うんすけど」

「お前とあいつらじゃ立場が違う」


 グエンの賛同者は殆どがムスペルにおいて幹部の立場にある。それと名も知られていない魔攻士の少女の発言とではその重みが違う。例えイムが全てを証言したところで誰もそれを真実とは捉えないだろう…………それを肯定するような証拠をもちろん残すつもりはない。


「それにお前の離脱に関しては全員が承諾済みだ」

「うわー、最悪の仲間外れっすね」


 辟易とした表情をイムは浮かべる。


「まあ、そんなこと言われたって聞かないっすけどね」


 だがすぐに知ったこっちゃないとムカつく笑みに変えた。


「…………好きにしろ」

「最初からそのつもりっすよ」


 からからとイムが笑う。


「だが一つだけ忠告しとくぞ」


 それでも、と念を押すようにグエンがイムを見る。


「なんすか?」

「俺を救おうなどとは絶対に考えるな」

「…………」


 その言葉を聞いた瞬間、一瞬だけだがイムの顔から表情が消えた。


「やだなー、いきなり何を言い出すんすか」


 しかしすぐに苦笑したような表情を彼女は浮かべる。


「自分を助けるために私みたいないたいけな少女が死地に残ろうと考えるとか自意識過剰なんじゃないっすか?」

「だといいがな」


 イムの表情の変化を見逃すほどグエンも鈍くはない。


「…………俺が負けるならその死は絶対に必要だ」


 だからそう続ける。自分の死の重要性を。


「魔攻士ならまあ大抵がそうではあるが…………大人しく捕まる事なんて絶対にありえないからな」


 武器とは違い魔攻士からその力を没収できない以上は反抗的な魔攻士を穏便に捕まえておくようなことはできない。そしてグエンは一人で国ひとつを超えるような力の持ち主であり、仮に捕縛が出来ても回復すれば捕らえていられないのは目に見えている…………そんな存在が大人しく捕まって裁きを待つような真似ができるはずもない。


「仮に死を偽装したってその先はどうする。この大陸中に俺の居場所なんてないし生存が露見した瞬間に全てが台無しになる可能性だってある」


 その力が規格外すぎるせいでグエンには選択肢がない。生存しているならその力を使って復讐を実行しないわけがないわけで、そうしなかった理由を推察されれば全てが茶番だったと看破される可能性もゼロではないだろう。


「そうっすね。グエンが救った世界にグエンの居場所はないっすよ」


 棒読み気味にイムが口にする。


「だから別にグエンを助けようなんて思ってないっす…………自意識過剰っすよ?」

「だといいがな」


 嘆息してグエンは話を打ち切るように夜空を見上げる。いざとなれば彼にはイムを口封じの為に焼いてしまう覚悟はある…………だが、出来ればそれはしたくなかった。すでに罪もない多くの人間を手にかけた身で今更だとは思うが…………それでも嫌なものは嫌なのだ。


「俺たちの先祖はあの空の遥か遠くから来たらしい」


 正確にはそうしてやって来た人間にこの星で作られたらしいが、まあ似たようなもんだろとグエンはそう口にする。


「それがなんっすか?」

「だから俺が死んだらあの星のどこかに帰ったと思え」


 目の前の少女の死を遠ざけるために、柄にもなくそんなことをグエンは口にした。


「うわくっさ」

「うるせえ」


 そしてその感傷は一瞬の後に消え去った。

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