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二十七話 責任

「忙しそうですね」

「忙しいに決まっているだろう」


 司令官室の応接用のソファに深く腰掛けながら辻は顔をしかめる。グエンのあの宣言から軍のトップである彼の対応すべき問題は山のようにある。なにせ軍だけではなく政府や国民に敵国であったアスガルドとも含めた全ての総力を結集せねばならぬ相手なのだ…………調整すべきことは山のようにある。


「私よりも君の方こそどうなのかね」


 だが辻からすればそれは実現可能な範囲の話だ。けれど目の前に座る美亜に求められているのは実現不可能な話に近い。


「こんな短期間で彼を正面から倒す方法を開発するなんて無理に決まっているでしょう」


 ほとんど睨むような視線で美亜は辻を見る。そんな兵器を開発するには三カ月どころか十年あっても足りない…………なにせ自分達よりも遥かに進んだ技術を持っていた古代文明ですら最上位の魔法使いをまともに倒せるような兵器は生み出せなかったのだから。


「その文句は私ではなく彼に言って欲しいものだな」

「共犯者でしょう、あなた達は」

「その表現は間違ってはいないが、目的とする場所の何もかもが一致しているわけではない」


 確かに辻は長く続いたスヴァルトとアスガルドとの争いを終わらせるという共通の目的の元に協力して来た。しかし辻はスヴァルトの人間としてスヴァルト国民がより多く生き残る事を念頭に置いていたし、グエンは自分のような強者が生まれて突然秩序が崩れる可能性を防ぐことを最優先に置いていた。


「それに何より、この戦いが茶番と思われては意味がない」


 共通の敵を作り出すことによって憎悪の対象をそちらに移し、協力してそれを打ち倒すことで連帯感を生み出して戦争の再開を躊躇わせ融和へと持ち込む。もはや当初の開戦の理由も実感を覚えないくらいに長く戦った両国を講和に持ち込むにはそれくらい強引な方法を取るしかない.


けれど当然ではあるがそれが仕組まれた事と知られれば講和は無くなるし、その後の可能性も途絶えるだろう。


「それを考えれば三カ月は妥当なところだ。誰が聞いてもあの炎の魔王に対抗する為の時間と考えれば短すぎる…………これが例えば一年だったら疑問に思う者も生まれる事だろう」


 もちろん一年だってグエンの力を思えば短すぎる。けれど与えられた時間はあくまで彼に対抗するための時間ではなくグエンの敵対勢力がまとまるまでの時間でしかない。名目上は炎の魔王が邪魔者をまとめて叩き潰すためのものであるのだから必要以上の時間を与えるのは流石に不自然だ。


「同様の理由で彼は手加減もすまい」


 もちろん本気を出さないにしても手加減と思われない程度の力は見せるだろう…………そしてその程度でもこちらにとっては十分以上の脅威だ。


「つまり正面から彼を打ち破れるような兵器が必要なんですよね?」

「それが出来なくば彼は宣言通りに実行するだろうな」


 あの宣言はグエンが共通の敵として両国に対して深く刻み込まれる為のものであり、そして同時に彼が倒されなかった場合に備えた保険としてのプランでもある…………どう考えても滅茶苦茶なプランではあるが、凶悪な魔法使いが生まれて国家が破綻して人類が滅亡するというような可能性は抑え込める。


「今のところその可能性が一番高いんですけどね」


 投げやりに吐き捨てると美亜はテーブルに置かれていた冷めたコーヒーを口に運んで顔をしかめる。


「それを覆せるのは君以外にはいない」


 そんな彼女を真正面から辻は見つめる。


「その為に必要であればいかなる非人道的な行為であろうと私が許容しよう」

「これ以上私の手を血みどろにしろと?」

「必要であれば」


 辻の視線に迷いはなく、それを口にしたことに一切の後悔も無かった。

「無論、その責任は全て命じた私にある」


 そう続けると辻は傍らに置いてあった書類袋を美亜の方へと置く。


「これは?」

「戦後の君の新しい身分だ。君なら問題ないだろうが名前や経歴などは今のうちに覚えておいた方がいいだろう。整形などの手術に関しては時機を見て行うことになるな」

「別に私はそう言ったことを尋ねているわけじゃないんですが」


 呆れる、というよりは憤然と言った様相で美亜は息を吐く。


「あなたは私がまともな技術者として生きる道だけではなく、これまでの責任を取る機会まで奪うつもりですか?」

「君の行いは全て私が命じたことであり、その責任は全て命じた私にある」

「それが軍人の理屈です」

「君も軍属ではあるだろう」


 それに、と辻は続ける。


「全ての責任を私が引き受けられるわけではない…………君には果たすべき責任が別にあり、その為にはそれが必要だというだけの事だ」

「そんなもの私には…………」

「Y‐01のブラックボックス…………ユグドと呼ばれる彼女と君は約束があったはずだろう?」

「!?」

「まさかその約束を果たさず逃げるつもりだったわけではあるまい」

「それ、は…………」


 明確に自我に目覚めて己の現状を把握したユグドに協力を求めるために美亜は確かに約束を交わしていた…………全てが終わった後には必ず彼女を普通の人間として思い人の前に立てるようにしてあげると。


「罪を裁かれながら約束を果たせるわけもないし、君以外の誰もその約束を果たす為の代役は務まらないだろう…………残念ながら彼女らを救えるだけの技術を持つのは君以外にはいないのだからな」


 ブラックボックスに関しては徹底的に秘匿して他にその内容を理解する者が少ないのもあるが、何よりも暮雪美亜という技術者の優秀さが必要だ。他の誰であってもユグドに約束した普通の人間にするという条件を満たせる者はいないはずだ。


「それに責任を取るというのなら他の眠り姫も救うべきだろう」


 あくまで目覚めたのがユグドだけというだけの話で、ブラックボックスはY‐シリーズの全てに搭載されているのだからだ。


「わかり、ましたよ」


 それを示されてはもはや頷く他にはなく、消化されることのない罪悪感を抱えたままこの先の人生を生きていくことを苦渋の思いで美亜は受け入れた。


「もっとも現時点でそれは絵に描いた餅だ…………炎の魔王を打倒しない限りは私も君も彼女たちもただこの世から消え失せるだけだ」

「ああもう!」


 流石に堪え切れずに美亜は叫んだ。


「あなたは本当に他人に厳しい人間ですね!」


 もちろん目の前の男は自分自身にも厳しいが、それに関しては全てが終わった後に己の命で清算する決めてしまっているせいか、いっそ清々しいほどに他人に対して容赦のない要求をして来る。


「誉め言葉と受け取っておこう」


 それを辻は眉一つ動かさず受け取った。


「…………グエン・ソールは本気であの宣言の通りにしたいと思っているわけではないんですね?」


 そんな彼の態度に諦めたように美亜は質問を口にする。


「無論そのはずだ」


 もちろん人間である以上心変わりの可能性はゼロではない。しかしそんな想定はするだけ無駄というものだ…………どうせこちらはやれるだけのことやるしかないのだから。


「では本気の彼を倒す必要はないという事ですね………でしたらまあ、何とかなる可能性はある可能性はあるでしょう」


 希望を口にしながらもその表情はもはや投げやりに近かった。


「私が言うのもなんだがそんなにすぐ答えが出て来るとは思わなかった」

「あくまで可能性ですよ」

「それが見つかるだけでも大したものなのだがね」


 凡俗の人間であれば可能性どころかそのとっかかりすら見つけられないところだ。


「正直に言えば技術者としては敗北もいいところの案ですけどね」

「ふむ、君の物言いからすればそれは正攻法ではないという事なのだろうな」


 グエンの本機を確認していることからもそれは明らかだ。


「具体的な案の内容を聞いても?」

「やること自体はすでにある技術の応用に過ぎません」


 もちろんそれでも実現させるには三カ月という時間はあまりにも短いが、まともにグエンを倒すなどという方法を実現するよりは遥かに見込みがある…………それにまあ、先ほど口にした通り技術者としては敗北もいいところだが手段はある。


「最終的には勘と根性に頼ることになるでしょうが」


 どう見積もっても短時間では調整不可能な部分は彼らに任せるしかないだろう。けれどまあそれもすでにY-01改修型なんて代物を送り出している時点で今更だ。技術者としてはやはり憤然たるものがあるが、目的の為と割り切るしかない。


「具体的ではないが」

「詳細は後程書類にまとめて送りますよ」


 いちいち二度手間はかけられないというように美亜は肩を竦める。


「要するに、八百長じゃないと納得させる勝利をすればいいのでしょう?」

「その通りではあるが、彼を納得させるのは並大抵のことではあるまい」

「納得させるのは彼ではありませんよ」


 辻の苦言に美亜は首を振る。


「彼は手加減しないにしても本心では敗北を望んでいるんです…………つまり、納得させる相手は別ですよ」

「…………なるほどな」


 理解したように辻は頷く。


「つまり必要なのは炎の魔王を倒せるような強力な兵器ではありません…………これで倒せなかったのなら仕方ない、誰もがそう思えるような代物ですよ」


 結局は、観客を騙しきれるかの話なのだから。


「とんだ茶番だな」

「何を言ってるんですか」


 それこそ呆れるように美亜は辻を見る目を細める。


「私たちのやってることなんて、最初から最後まで全部茶番じゃないですか」


 けれどそれに踊らされる人々は皆それを知らず真剣で、大勢の人が死んでいく。


 だからこそ自分は罪深く、その罪が裁かれないことが深くその胸に刺さるのだ。

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