二十五話 誘蛾灯
「さて、俺からお前らに宣告するのはこんなところだ。今日よりきっかり三か月後に俺はスヴァルトに向けて侵攻する…………都市を巻き込みたくないのなら無の荒野に全軍を集めておくことだ」
いずれにせよ全て焼き払うが、とグエンは続けるがこちらに選択肢はない。一般の人々が暮らす都市を巻き込むわけにはいかないのだ、彼が戦場を指定してくれるならそれに従うよりほかはないだろう。
「しかし、だ。俺を直接知らない奴や戦場に出たこともない連中は俺の力のほどがわからんだろう? そんな連中が足を引っ張って足並みが乱れられても困る。俺が求めるのは全軍一丸となってお前らが結集することだ…………その為に、俺の力の証明も兼ねてお前らの尻に火をつけてやろう。人間目の前に死を見せつけられれば嫌でも生存の為の努力をする」
文字通りにな、とグエンが嗤う。
「リーフっ! 全員をできる限り僕らの元に集めろっ! ユグドも全機をすぐにこちらに来るように伝達! アスガルドも討伐軍の連中も力のある奴は急いで集めさせろ!」
背筋に寒気を覚えて哉嗚は叫ぶ。
「せいぜいあがけ」
そう告げると、ぱちりと映像のグエンが指を鳴らし……………いくつもの巨大な炎が空に放たれた。
「小隊の全員で斥力障壁を同調させて最大出力で展開する! リーフはその中で火に強い植物を生み出し続けてくれ! ニルっ、キゼルヌは魔攻士達を指揮してさらにその内側で魔力障壁を展開! その他の人達も今は戦えるかどうかは関係ない…………皆で生き残るために少しでもそれに助力してくれ!」
哉嗚の命令で集まった巨人機に、ニルやキゼルヌの招集、そしてリーフの魔法によって強引に集められた人々に哉嗚は言葉を選ぶ余裕もなく叫ぶ。時間の余裕は全く無い。リーフの魔法で強引に集められた貧民たちに至ってはまるで状況も理解できていない…………だが、やらなければ死ぬのだという確信が哉嗚にはある。
「アスガルドの全員は彼に従え!」
「討伐軍の全員もだ! 今は捕虜かどうかは関係ない!」
それに応えるようにすぐさまキゼルヌとニルがそれぞれの配下に号令を飛ばす。流石に魔攻士達は軍人だったこともあり指示が飛べば動くのは早い。
「前面には巨人機が立つ! その後ろに実力順で魔攻士、非戦闘民はその後ろにリーフが動かせ!」
そして非戦闘民のアスガルドや討伐軍の貧民たちはリーフが無理矢理に固めて動かす。彼らの助力も必要だがまずは陣形を整えるのが先決だ。
「各機体の斥力障壁の同調開始! 主導は隊長機で行う! 出力は最大! この後のことは考えなくていい! 機体の稼働限界のギリギリで展開し続けろ!」
「「「「「了解!」」」」」
流石ベテランのパイロット達だけあって余計な疑問を挟まず哉嗚の指示に従ってくれる。
「来るぞ!」
空を覆い尽くすのではないかという炎の塊がモニターに映し出される。けれどそれはここにだけ放たれたものではないだろう…………哉嗚の頭に浮かぶ不安はいくらでもあったが今はこの場で生き残る事を優先しなければならない。
「斥力障壁全力展開!」
「了解です、哉嗚」
Y-01改修型の全出力を総動員して斥力障壁を展開。それを他のYシリーズ五機が展開する障壁に重ね合わせて同調…………より強力な斥力障壁へと作り替える。
「リーフっ!」
「うん、任せて」
その内側にリーフが巨大な樹木を生み出してその場の全員を包み込む。彼女の魔力が続く限りその樹は生まれ続け、焼かれ続けることで内部の哉嗚達を守る。
「魔力障壁を張れるものはその全員が全力で展開せよ! ここではなくその場全てを守るように広くだ! 一つ一つが強固である必要はない! この場の全員の障壁を重ね合わせれば必ず耐えられる!」
短い間に意思疎通をしたのか、キゼルヌが討伐軍の捕虜を含めたその場の魔攻士全員に指示を出す…………いや、指示通りなら貧民たち非戦闘員も含めてか。それに全員がすぐに従うわけでもないだろうが、一人一人が弱くとも数が集まればそれは充分な力になる。
「!」
リーフの樹木で閉ざされていた視界が一瞬で赤く染まった。斥力障壁でその勢いを緩めているはずなのに再生し続ける樹を焼き、その下に展開された魔力障壁を押し破らんと激しい衝撃を伝えて来る…………化け物め。
「悲鳴を挙げるくらいなら魔力を絞り出せっ!」
ニルか、それとも他の見知らぬ魔攻士かが叱咤する声が聞こえる。致命的な熱気は抑えられてはいるものの、モニターに映し出された表示は周囲の温度が少しずつ上昇していることを伝えている。
「頼む」
それでも今の哉嗚に出来るのは祈る事だけだ。
自分に出来る事はやった、後は共に戦う仲間たちを信じるしかないのだから。
◇
グエンが放った莫大な炎の塊が消えるまでは一瞬だったように思えるし、とても長い時間だったようにも思える…………ただ確かなのはそれが致命的な熱量を皆に伝える前に鎮火してくれたという事だけだった。
「終わったの、か?」
「そのようです、哉嗚」
哉嗚の呟きにユグドが答える。モニターに映し出された周囲の光景は地獄絵図…………ではない。その代わりに何も無かった。そこにあったはずの大森林が丸ごと消え去って見える範囲が全て更地になっていた。
だが、哉嗚達の機体が立つその後方だけは別だ。そこだけは区切られたように緑が残っている…………もちろん、そこに居た非戦闘民たちも同様だ。魔攻士達を含めて誰も彼もが全力を出し尽くして疲労困憊だが、それでも生きている。
「見事だ、と言ってやろうか?」
けれどその喜びに浸る間もなくグエンの声が響く。見上げればそこには変わらず彼の姿を空に移す立体映像があった…………その視線は明らかに自分達に向けられていると哉嗚には感じられた。
もちろん彼がこの場で見ているわけではないだろう。けれどその声はこの場に向けて語りかけているのは明らかだった。
「複数まとめてで威力が散ったとはいえ生き残るとはな…………無論、威力を高めてもう一発打ち込んでやって耐えられるとも思えんが」
「っ!?」
それに思わず哉嗚は背筋を凍らせる。魔攻士達は疲労困憊だし、自己修復が可能なY-01改修型と違って小隊の巨人機も今の負担は大きかった。威力を高めるどころか今のと同じ炎をもう一発飛ばされるだけで耐えられるかどうかは怪しい。
「だがまあ安心しろ、今はやらん」
けれどグエンはそんなことを言い出す。
「別に慈悲じゃあないぞ? 希望という火があったほうが有象無象も集まりやすくなるだろうというだけだ…………最後には全て燃え尽きることになるだろうがな」
この場を生き残った哉嗚達はグエンの暴威の前に唯一生き残った面々となる。それは彼の脅威を知ったものにとって確かに希望になる事だろう…………全ては彼が目障りな存在をまとめて焼き尽くすためのお膳立てでしかないとしても。
「それでも」
それでも、と哉嗚は歯を食いしばる。そこにいかなる思惑があろうと生き残ることが出来るのならチャンスはある。諦めない限り、可能性があると信じて前に足掻き続けられるならそこに後悔はない。
「俺は諦めない」
強く、震えることなく哉嗚はその言葉を口にする。巨人機のスピーカーを通じてそれは周囲にも響き渡っているはずだ。ニルに後悔しないために戦うのだと謳った手前、ここで弱気の姿を見せるわけにはいかなかった。
哉嗚は別に英雄になりたいわけではない。
けれどその言葉が誰かに響いてくれるなら、英雄を演じることに躊躇いは無かった。




