二十三話 終結、そして次
「まだ戦いたいやつは勝手に戦えばいい…………どうせなら格好良く死にたいなんてのは俺のただの自己満足だからな。将を解任された以上はお前らに強制することもできん、後悔の無いように好きに考えて好きに決めろ」
ニルの言葉は各々の選択に任せるという突き放したものだったが、重圧から解き放たれた者特有の爽やかさがあった…………それはつまり彼と異なる選択を選んだのなら再び炎の魔王の恐怖という重圧に晒されることになるわけであり、そんな選択をする者はいなかったのだ。
「それが、答えという事ですね」
立ち上がる者のいない戦場を侮蔑するようにヴァーリは吐き捨てる。
「では我が王に代わって私が断罪を行うとしましょう。ムスペルに逆らったことを後悔し、恐怖に怯えながら死んでいきなさい」
「生憎と、お前のような小者に殺される安い命は持っておらんな」
そんな脅しなどもはや意に介さずニルはヴァーリを嘲笑う。
「炎の魔王の意を借るキツネ風情が、己の実力を見誤って足元を掬われないと言いな?」
「…………言ってくれますね」
ヴァーリがニルを睨みつける。
「近づかねば何もできないから挑発で私をおびき寄せようというつもりですか」
「ああその通りだ。だから怯えて近づいて来るんじゃないぞ?」
そう言ってニルは肩を竦める。その目的を隠すことのない明け透けな挑発…………だからこそ効果がある。ヴァーリのプライドが高いのは明らかで、そういったものほど己の実力を過信して自分ならば不可能も可能にできると信じ込む。
自分を誘う挑発とわかっていても、それを正面から叩き潰して絶望させてやると思わせればニルの思惑通りなのだ。
「ユグド、仕込みは済んでるか?」
そんな二人のやり取りをコクピットから見守りながら哉嗚が尋ねる。
「あのヴァーリという魔攻士が姿を現した時点で済んでいますが、哉嗚…………初見殺しはとっておくのではなかったのですか?」
ニルに対して使用を提案した時には哉嗚はそれを却下している。グエンに対して有効な可能性を残しておくためにという理由にはユグドも納得しており、実際にヴァーリというムスペルの監視役がいたのだからそれは正しかった…………だが結局ヴァーリに使ってしまえば露呈する可能性は出て来る。
彼以外に戦場を見守る人間がいないとは限らないからだ。
「ユグドはあのヴァーリという奴をどう見る?」
「典型的なプライドが高いだけの上位魔攻士…………と、言いたいところですがそのプライドに見合うだけの実力も伴っていると考えるべきです」
「ああ、俺もそう思う」
プライドの高いだけの馬鹿なら突っ込んできたところを倒して終わりだが、ニルの話によればあのヴァーリは討伐軍の監視役であり、今のように彼らが裏切ればそれを粛正する役目も担っている…………たった一人でだ。
単純に考えればそれは、ヴァーリ一人でニルを含めた討伐軍の魔攻士全員を相手取れるという意味でもある。
「ですが哉嗚、この場には私達がいます」
スヴァルト軍の参戦というのは予想されていなかったはずだし、仮にしていたとしても現状で軍のトップクラスと言っていい巨人機の乗り手が小隊でやって来ることなどは想定できなかったはずだ。
しかも討伐軍、アスガルト残党共に大した被害の無い状態で降伏が成立している。ヴァーリが全軍の相手をすることを想定していても流石に双方の損害はもっと大きいと考慮されていたはずだろう。
「まあ、まともに戦っても少なくとも負けはしないだろうな」
「ではなぜです?」
勝てるのならばあえて手札を切る必要はないとユグドは思う。
「ここで苦戦したくない」
哉嗚の返答は端的だった。確かに勝てはするだろうがヴァーリの魔法の性質を見極めてその命を刈り取るまでに相応の被害は出る。最悪のケースはニルが討ち取られることで、仮にそうなれば残された討伐軍の士気は大きく下がる。
「せっかく最良の形で降伏を促せたんだ、それに水を差したくないんだよ」
必要なのはヴァーリに対する圧勝だ。これならば炎の魔王にも勝てるとまでは思わせられずともこれからの戦いに不安を抱かせるような勝利では意味がない。これから先彼らを戦力として期待するためにも士気の上がるようヴァーリとの格差を見せつける必要がある。
「了解です、哉嗚」
その意図を読み取ってユグドは頷く。元よりこれから使おうとしている手段はグエンに対しての成功率はそれほど高くないと彼女は考えていた。それならば無理に取っておくより有効に活用できるタイミングを逃すべきではない。
「タイミングは哉嗚に任せます」
「ああ」
操作の全てはユグドが行い、その実行のタイミングだけを哉嗚が図る。その準備が整うのとヴァーリの忍耐が限界を迎えるのはほぼ同時だった。
「いいでしょう、まず最初にあなたから粛正することにしましょう…………その様を見ればその他の愚か者共も考えを改めるでしょう」
中空で、ヴァーリがその両手を広げる。
「王に認められし我が力を見るがいい!」
そう叫び、ヴァーリが自身の魔法を使おうとした…………その瞬間に、彼の首が飛んだ。
「は?」
その光景にぽかんと口を開けたのはニル。当のヴァーリ自身は空気を送り出す肺と切り離されて何も口にすることは出来ず、ただ何が起こっているのかわからないという表情で目を見張ったまま絶命した。
「お見事です、哉嗚」
「ユグドのおかげだよ」
ただそれを成した二人だけがお互いの健闘を叩き合う。
「ところで哉嗚、何か勝ち名乗りをあげるべきではないでしょうか」
「あー、確かに」
何が起こったかわからず戦場は静まり返っている。最低でも哉嗚がやった結果だとは示しておく必要があるだろう。
「ムスペル軍魔攻士ヴァーリ・リンド。スヴァルト軍宮城哉嗚大尉が討ち取った!」
とりあえずスピーカから戦場に響き渡させる。
「すごいすごい」
遠く離れた大樹の中で、リーフだけがそれに賞賛を送った。
◇
ミストルティンは哉嗚の思い描く通りにその形状変化させることのできる武器だ。彼の思い描いた武器をユグドが瞬時に読み取り、必要な構造を代わりに演算することで一瞬にして剣などの単純な武器からレーザーライフルなどの複雑な兵装へと変化することが出来る。
とはいえもちろん質量的な制限はある。例えばミストルティンをY-01の完全なコピーへと変化させようとしても質量が足りずに上辺だけの張りぼてになってしまう…………だが逆に言えば質量的に小くしても構わないならいくらでも拡大できるという意味でもある。
例えば、ミストルティンのその一部を糸上に伸ばしていくことならいくらでもできる。当然距離を伸ばすならその糸は目にも見えないような極細にならざるを得ないが、むしろその方が好都合だ。目に見えぬような極細の糸であれば相手に気付かれぬまま首に引っ掛けることは容易いのだから。
もちろんそんな細い糸では魔攻士が纏う魔力障壁どころかその首を傷つける事すら敵わない…………だから一瞬。敵魔攻士が魔法を使う為に意識を割いて魔力障壁の優先度が下がるその一瞬を哉嗚が勘で掴んで、その一瞬のうちに糸の強度を高めてその首を刈り取る。
例え相手が格上でも一瞬で殺しうる初見殺し、それが見事にヴァーリにはハマり被害を出すことなく事を終えることが出来た。
「おー、中々えぐい殺し方するっすねー」
とはいえそれはあくまで初見殺しであれば知られれば防ぐのは難しくない…………そして哉嗚とユグドの懸念通りヴァーリとは別にムスペル軍として戦いを見守る者がいた。
イム・ヘダル。監視特化の魔攻士であり炎の魔王グエンの信頼も厚い少女。彼女は戦場から遠く離れたその場所からまるで現地にいるようにして戦況を把握していた。
「あれはグエン様には通じなくっても他の幹部ならやられていたかもしれないっすね」
彼女の魔法であれば極細の見えないはずのミストルティンの糸であってもはっきりと視認できる。なのでヴァーリの首にそれがかけられるところまでしっかりと確認していたが、彼女はそのことを彼には伝えなかった。
「ととと、余計なこと考えてないでまずグエン様に連絡しないと」
自分の使命を思い出してイムはグエン当人へと念話を繋ぐ。そこまで長距離の念話などは普通出来ないが今回に限っては中継の魔攻士を何人か配置することで可能としていた。
「もしもーし、こちらイムっす」
「イム、連絡して来たという事は終わったのか?」
待機していたのかすぐに返事が返って来る。
「はいっす。予定通りあの勘違い野郎はやられたっすよ」
「そうか」
その死を悼むでも嘲笑するでもなく淡々とグエンは返す。
「被害はどうなってる?」
「双方ともに皆無ってレベルっすね。スヴァルトからの援軍は予想通りだったっすが…………やって来たのがあの新型機のエースでしかも同じ新型機で固めた小隊を引き連れてたっす」
「ほう」
「その介入もあって早期に討伐軍は降伏、命令通りに勘違い野郎が粛正しようとしたんですけど何もする前に瞬殺されました…………具体的に何が起こったかはまた戻ってから報告するっす」
「わかった」
グエンは承諾し、次の指示をイムへと告げる。
「なら予定通りお前はその場で待機…………次の段階に移る」
「いよいよっすね」
「ああ、いよいよだ」
万感を込めてグエンは答える。
「どちらに転がるにせよ、旧い世界をこれで終わらせる」