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魔法使いと巨人の戦記 ~人型の敵を巨大ロボで全力でぶん殴るけど蹂躙される話~  作者: 火海坂猫
革命という名の茶番劇

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二十二話 意地

「なるほど、確かに降伏したところで炎の魔王に殺される可能性はある…………だがここで降伏しないなら結局は殺されるんだぞ?」


 哉嗚は彼らを将来的な戦力として生かしたいと考えて降伏勧告を行ったが、それを拒否されてまでも助けたいとは思っていない。流石に反抗的なのが分かっている魔攻士を捕虜にするのは無理があるので断るのなら容赦をするつもりはなかった。


「それでも、炎魔王の相手をするよりは可能性があるだろう」


 ゼロとゼロでないものの間には大きな差がある。僅かな可能性すら存在しないなら人は挑戦する気力すら湧いてこないものだ。


「どうせ勝てないからと炎の魔王に尻尾を振り続けるのか?」

「…………つまらん挑発はよせ」


 呆れというよりは開き直ったもの特有の冷静さでニルは嘆息する。


「結局のところ全てはお前が炎の魔王に相対したことが無いから言える話だ」

「相対ならした」

「ふん、下らん嘘だ」


 はなからニルはそれを嘘だと決めつけた。


「あの男と相対したなら敵であるお前が生きているはずがない」

「嘘じゃない」


 ただ事実を述べるように哉嗚は否定する。その声から感じられる真実味にニルも気づいたのかまさかというように目を見開く。


「そ、その機体にはそれほどまでの性能があるとでもいうのか?」

「残念ながらそういうわけじゃない」


 誇張することなく哉嗚は事実を答える。


「単に相対しても死ななかったというだけだ…………こっちを舐めてかかった手抜きの一撃相手に辛うじて生き残ったに過ぎない。こっちの見た目は完全にスクラップで確実に死んでると勘違いされて生き残っただけだ」


 もしももう少しこちらに余力があれば止めを刺されて死んでいただろう。ユグドが機体の全てを犠牲にして哉嗚を生かすことだけを優先してくれたからこそ起こった奇跡だ。


「次に同じ状況になったらほぼ間違いなく殺されるだろうな」


 事実として哉嗚はそれを認める…………確かに機体はあの時よりも大幅に強化されているしミストルティンだってある。


 それでもなお、哉嗚はグエンがその気になれば瞬殺されるだろうという確信があった。


「な、ならば」


 その事実を嗤うでもなく、むしろ信じられないものを見るようにニルは哉嗚の乗る巨人機を見上げる。


「ならば、なぜ戦える…………なぜ再び相対しようと思える」


 それがニルには信じられない。相対したどころか手抜きとはいえその殺意をぶつけられ、それでも恐怖を抱かず再び立ち向かおうと思えることが彼には信じられない…………相対しただけで自分の心は折れてしまったというのに。


「死ぬのが、怖くないのか?」

「そんなもん怖いに決まってるだろ」


 当然のことを聞くなというように哉嗚は答える。


「別に俺だって死にたかない。そりゃ軍人なんて上からの命令を果すために効率よく死ぬような仕事だけどな……………誰だって死んで構わないとなんて思ってないはずだ」


 軍人であれば必要とあれば命令の為に死ぬように訓練されている。だけど必要が無いなら死にたくはないし、必要とされても死にたくないと思っているに決まっている。


「炎の魔王に立ち向かえば確実に死ぬのだぞ!」


 だからこそニルにはわからない。死にたくないと口にしながら確実な死へと邁進していく目の前の人間が。


「まあ、そうだな…………だけどな、結局のところ人間なんていつか死ぬんだよ。それが早いか遅いかに関わらずな」


 それは不死身ではない生き物の宿命だ。戦争や事故に病気、死ぬ可能性のあるものはそこらにいくらでも転がっていて…………それらを避けても最後には寿命が待っている。


「どうせ死ぬなら、俺は自分で納得のいく死に方がしたい」

「だから炎の魔王に立ち向かうと?」

「そうだ」


 哉嗚は肯定する。


「恐ろしくは、ないのか」

「だから、怖いに決まってるだろ」


 哉嗚にとってもグエンというのは死が具現化したような存在だ。そんな相手に向かっていくなんて怖いに決まっている。


「でもな、怖いからって引き籠っていてどうなる」


 それで事態が解決するなら哉嗚だってわざわざ死にに行きはしない。


「炎の魔王の目的はこの世界の人間を自分に管理可能な数まで減らすことだ。当然真っ先に戦える人間を消していくだろうからどうせそれで殺される」


 だったら、と哉嗚は続ける。


「俺はどうせ死ぬならいつか来る死に怯えて死にたくはない…………例え勝てないとしても理不尽と戦って死にたい」


 どうせ死ぬなら前のめりに、死ぬことを後悔しない道を選びたい。


「お前は、最後まで怯えたまま死にたいのか?」 

「っ!?」


 この戦いで死んでもそれは炎の魔王の恐怖から逃れたことにはならない。なぜなら彼らが討伐軍となったのは炎の魔王に忠誠を誓っているからではなく、その恐怖に怯えて元の同胞たちを討つことを強制されたからだ。


 ならばここでの死は恐怖と後悔に彩られたものになる。最後まで炎の魔王に怯えたままそのせいで迫った死に後悔しながら死ぬことになるだろう。


「…………痛いところを突いてくれるものだな」


 諦観して目を背けていたものを哉嗚の言葉は直視させた。その圧倒的な力を前に仕方ないことだと目を背けていた…………自分自身の怯える姿の情けなさに。


「ふん」


 当の昔、炎の魔王に相対した時に捨てたはずのプライドが再び蘇って来る。目の前にそれでも立ち向かい続けようとする人間がいて、自分だけが膝を抱えて蹲るなどみっともなくて我慢が出来るはずもない。


「そうだな、その通りだ」


 自嘲するようにニルは呟く…………これまでの情けない己自身に。


「どうせ死ぬならあれに一矢報いたほうがマシな気分で死ねる」


 そう口にすると久方ぶりにニルの口元へ笑みが浮かぶ。ほんの少し前まで自分を縛っていた重い鎖が一瞬で消え去ったようだった。


「それは降伏して協力してくれるってことでいいのか?」

「そういうことになるな」


 ニルは頷く。


「条件は話した通りで?」

「構わない」


 ただ、とニルは続ける。


「私の判断に全員が従うとは限らないし、従った振りをしてムスペルに媚びを売ろうとする奴もいる可能性はある…………全員が炎の魔王の恐怖の前に開き直れるわけではないからな」

「その辺りはこちらも織り込み済みだから問題ない」


 そうでなくては降伏勧告など行わない…………実のところニルにはまだ明かさないがキゼルヌの手勢に精神系の魔法を使える魔攻士がいるのだ。話によると完全に心が読めるわけではないが敵意の有無を感知することはできるらしい。


「では……………現時点を持って討伐軍の将として降伏を申し入れる」

「その降伏を受諾する」


 哉嗚の声はスピーカーで増幅されているし、ニルは念話で自軍へ会話を伝えていた。降伏勧告を行って交渉が始まった時点で戦闘は概ね停止していたが、降伏が受け入れらたことで戦場の魔攻士達も完全に戦意は無いと示すように手を上げて地面に座り込んだ。


「では魔攻士と貧民たちには別れて集まって貰いたい」

「それは構わない…………が、言い忘れていたが一つ問題がある」

「問題?」

「それは…………」


 答えようとしたニルのその言葉は最後まで続かなかった。


「困ります、困りますねえ」


 その言葉とは裏腹に、むしろ喜色を含むような声がその場に響く。


「せっかく我らの王が慈悲深くもチャンスを与えたというのにそれを無下にしようとは」


 その声は上から響いていた。哉嗚が機体のカメラを向けると三十メートルほど上空に一人の青年が浮かんでいる。


「あいつは?」

「討伐軍を監視していたムスペルの手の者だ」


 先んじて伝えるはずだったことをニルは答える。これまで戦場のどこにいたかは知らないがずっと監視していて彼が裏切ったタイミングで姿を現したのだ。


「ニル・ヘーラグ。その意味は分かっているのですね?」

「当然だろう」


 もはや気を遣う必要もない。鼻で笑うようにニルはヴァーリを見据える。


「俺はな、どうせ死ぬなら格好良く死ぬと決めたのだ…………もうあのいけ好かない炎の魔王に尻尾を振るつもりはない」

「なるほど、あなたはそうかもしれませんね…………ですがあなた以外の人間はどうでしょうか?」


 一度は完全に心折れたはずのニルが覇気を取り戻したことをヴァーリは認める。けれど彼の視線は戦場全体に向いていた。


「討伐軍の将兵に告げます。私は王より子の討伐軍の督戦を行うべく派遣されたヴァーリ・リンドです。かの王はあなた方に降伏する選択肢を与えておらずその使命を最後まで全うすることを望んでおられます…………故に、王の意に反したニル・ヘーラグを討伐軍の将から解任します」


 つまりは今しがたの降伏勧告など無効とそう言いたいのだろう。


「将の無能は兵の責任ではありません。故に今再び立ち上がりアスガルドの残党共を討つというのならその罪は問いません」

「だ、そうだ」


 王の代理として誇らしげに告げるヴァーリの言葉をつまらなさそうにニルは吐き捨てる。


「まだ戦いたいやつは勝手に戦えばいい…………どうせなら格好良く死にたいなんてのは俺のただの自己満足だからな。将を解任された以上はお前らに強制することもできん、後悔の無いように好きに考えて好きに決めろ」


 ニル自身がそうしたように…………結局のところ、自分の人生は自分で選ぶしかないのだから。

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