二十話 どん詰まり
「見たところあちらは大将同士の対決か」
リーフへ向かった魔攻士を哉嗚が撃ち落とし、そのまま対峙する流れになったのを高橋は遠巻きから確認した。それは哉嗚と異なり実戦経験に基づくものでしかないが、彼の勘によれば恐らく哉嗚の対峙しているのが討伐軍の大将だ…………つまりこの戦の趨勢を決定づける対決だ。
「各機、隊長の邪魔をさせないように周囲の排除を提案する」
「了解だ」
「了解」
「了解した」
「了解!」
各々から肯定の通信が入る。加勢の必要はないと全員が分かっている。今回作戦に参加した全員が通常機とは別格の性能を持つYシリーズを乗機としている…………だからこそ隊長の駆るY‐01改修型の突出した性能がよくわかっていた。そして同時に自分達ではその性能を十分に発揮できないだろうことも。
宮城哉嗚は紛れもなく別格の存在であることを彼らは理解している。戦争には英雄であり自分達はそれに恵まれた…………ならばその英雄を盛り立てる事が自分達に与えられた役割であるのだと。
「我々は隊長ほど飛び抜けてはいないから組んで動く方がいいだろう…………とはいえ全員で固まるよりも二手に分かれるべきだとは思う」
「では二機と三機で別れて二機の方で貧民の対処でどうです?」
「賛成だ」
「賛成した」
「賛成!」
するりと方針が決まる。元居た部隊では誰もがエースとして周囲を牽引してきたが、単独行動より集団で動く事の利は身に染みている。リーフによる森の惑わしがなくなった以上は貧民たちの保護はキゼルヌたちでは追いつかないだろうし、斥力障壁を応用して傷つけずに彼らを抑える算段はすでに立ててある。
「では私と深山で貧民たちを抑えます」
「なら残りの三人で遊撃に回る。隊長への横割りを排除しつつ貧民とアスガルト残党の状況にも気を配るとしよう」
「了解」
「了解した」
決まれば行動は即座だ。取り決め通りに合流し、すぐさま戦闘を開始する。
たった五機…………けれど彼らはスヴァルト軍の上澄みだ。
それを討伐軍はすぐに思い知ることになる。
◇
「くそっ、まさかあの五機全ても新型かっ!?」
スヴァルトの参戦そのものには驚きつつもその数自体は少なくニルも安堵していた。相対した巨人機の性能自体は明らかに高かったが、それがスヴァルトの送った最大戦力なのだと判断していたのだ…………だが違った。
戦闘を開始した残りの五機の動きは明らかに彼の知る汎用の巨人機と違う。つまりスヴァルトは最新鋭の六機を援軍としてこの場に送り込んだのだとようやく理解した。
「ニル、それでも性能は多分あちらには及びません」
新型機ではあるが性能自体は相対している薄緑の巨人機に比べれば落ちると部下が指摘する…………だがそれは大した慰めになりはしない。それでも上位魔攻士と単騎で相手にして不足しない力があるのは間違いないし…………何よりもこの戦場にはリーフ・ラシルがいる。
相手がスヴァルトの新型機による小隊だけならニルは激戦を覚悟しつつもその意思を挫かれはしなかっただろう。だが、そこにリーフ。ラシルが加われば話が全然違う。本来でれば全力で奇策と死力を尽くしてそれでも討てるかどうかわからない相手、そんな相手に集中できない状況となれば見える結果は明らかだ。
「…………あちらなら不意を突けば行けるか?」
だがそれでもニルはやらねばならない立場にある。
「エリオ、もう一度あちらの機体を竜巻に巻き込め…………それと同時に私をあそこまで飛ばすんだ」
「っ、わかりました」
ニルの部下、エリオも状況がすでに自分達の大将の安否を気遣える状況ではないと理解していた。彼らが細い勝利をつかむためにはまずあのスヴァルトの新型機五機を瞬殺するしかないのは確かだ。
その後に残る戦力の全てを集中してあの薄緑の機体とリーフ・ラシルを何とか討ち取るしかない。
「やれ」
「…………はい」
頷くと共にエリオは自身の魔法で膨大な風を生み出す。まず大量の風で土を巻き上げたのはその姿を隠すためだ。そして生み出した風の半分を渦巻かせて薄緑の巨人機へと向け、残りの半分を圧縮してニルを打ち出す大砲とした。
「ぐうぅっ!」
圧倒的な速度によってその身にのしかかる圧力には耐えるしかない。それでも不意を突いて距離さえ詰めてしまえばニルの魔法によって巨人機はバラバラにできる…………だが相手の反応は早かった。
どれだけ速かろうがそれは所詮人の耐えきれる速さであり、巨人機のレーダーに捉えられないはずもないのだから。
「ほう、こちらを弱いと見たか」
故に致命的な接近を許す前に高橋はそれに気づいていた。しかし今からライフルを構えてレーザーで迎撃するとなると微妙な距離でもある。
「正解だ」
そう口にしながら高橋は獰猛に笑う。確かにそれは事実ではある…………だが、それはあくまで哉嗚より弱いだけであって自分達が弱者という意味ではない。
「隊長にならってこちらも近づかせない事を優先するとしよう」
高橋は機体の向きを変えると斥力障壁を最大距離で展開させる。もちろんそんなことをすれば他方からは無防備になるし発生する斥力自体の反発力も弱まる…………が、彼は一機ではない。
「この程度っ!」
斥力の網に捕まったことがニルには分かったが押し切れると思えた。エリオの風魔法の効果は目の前の斥力障壁を上回っている。このまま押し切って目標の巨人機に届かせることは可能だと彼は判断していた。
「梅木っ!」
「あいよっ!」
要請にこたえて梅木もその機体かあら斥力障壁を展開させる。だが本来であればそれは単純に倍の効果とはいかないはずだった。
強力すぎるYシリーズの斥力障壁は近い場所で展開してしまうと互いに干渉して逆効果になることもありえたからだ…………しかし、その問題は当の昔に哉嗚と高橋が報告している。
巨人機同士の斥力障壁の完全同調。
すでにYシリーズにはその為のプログラムが導入され、ほとんどタイムラグもなくその同調を可能としていた。複数の巨人機による斥力障壁の干渉はもはやデメリットにならず、その効果を二倍以上に増幅させるようになったのだ。
「なっ、押し返されるだと!?」
一瞬にして趨勢は逆転し、ニルに掛けられていた風魔法は斥力に負けて押し返された。せっかく縮まったはずの距離は瞬く間に開いていき彼の魔法の距離からは大きく遠ざかった。
「お前の相手はこっちだよ」
そしてそれを待っていたように哉嗚がニルへと向けてレーザーを放つ。すでに目晦ましの竜巻も土埃も全て消え去っていた。魔力衝撃でそれを防ぎながらニルは倒れ伏すエリオの姿を見つける。
生きているかどうかはそれだけでは判断できなかった。
「くそっ!」
レーザーを耐えきる頃にはすでに風魔法の効果は切れていた。しかも哉嗚と高橋達からおおよそ中間の距離に放り出される…………そんな間合いではニルはどうにもできない。
すぐさま代替となる移動手段を使える部下を探すが、すでに全体の趨勢は討伐軍の側が劣勢に陥っており彼の元に来れそうな部下はすぐには見つからなかった。
「…………ここまでか」
ニルは諦観の思いで呟く。結局のところほとんど戦いにすらならなかった。元よりリーフ・ラシルの存在だけで正面からの勝ち目は無かったのだ。それをどうにかするための奇策を潰された上に無視できない援軍が現れたのだからある意味当然の結果だ。
「だが逃げる事も出来ん」
負けはほぼ確定だが退くことを選んでも死ぬのは変わらない。あのいけすかない監督官はどうにかできても炎の魔王はリーフ・ラシル以上の化け物だ…………その先に待っているのは確実な死でしかない。
どうせ死ぬならば、とニルは薄緑の巨人機に向けて足を向ける。勝ち目はほぼないがそれでも絶対に勝てない相手に挑むよりはマシだ…………炎の魔王と対峙した時のことを思い出すと今でもニルは震えが止まらない。
ほんの少しの距離を詰めれば彼の魔法の必中の範囲内。けれどそのほんの少しの距離を詰める間に自分が消し炭になっているであろうことが容易に想像できた。
それに比べれば、リーフ・ラシルもあの薄緑の巨人機もまだ怖くはない。
半ば自棄になった心境で…………ずっと自棄ではあったが、彼は走り始める。
「ムスペルの討伐軍に告げる」
けれどそれに冷水をぶち当てるように戦場にそんな言葉が響く。その発生源は今しがた彼が突撃しようとしていた薄緑の巨人機だった。
「俺はスヴァルト軍に所属する宮城哉嗚大尉だ。今回はムスペルに追いやられたアスガルドの人々の援軍として派遣されてきた…………今やスヴァルトとアスガルドは敵ではなく同盟を結んだ関係にある」
そうなのだろうニルもわかってはいたが言葉にされると胸に浮かぶものがある…………その両国は長い間話し合いすら行われぬままずっと戦い続けていたのだから。
「それを踏まえて結論から言う…………この戦場の趨勢はすでに決している。今すぐに抵抗を止めて降伏して欲しい」
それは降伏勧告だった。アスガルドとスヴァルトの戦争に置いてもほとんど行われたことのない代物で…………今のニル達にとってはどうしようもなく魅力的に思える提案だ。
「それに意味があればな」
皮肉気に呟いて、ニルはその真意を問うべく薄緑の巨人機へと再び足を進めた。




