十五話 会食
夜になるとキゼルヌが食料を持って現れた。もちろん哉嗚たちも備蓄は用意していたがその大部分は保存食だ。新鮮な食品は歓迎であり、キゼルヌとその部下二人…………そして当然リーフも加えて交流の為の夕食会を行うこととなった。
しかし整備班の装甲車には野外用の機材も積んであったがいずれも実用重視の見た目であり夕食会といった雰囲気ではない…………という話題が出たらリーフが地面から大きな長机を文字通り生やした。哉嗚達からしたらそれは異様な光景でしかなかったが、アスガルドの面々は平然としていた辺りこれが文化の違いというものなのだろう。
「せっかくだし互いに料理を用意するというのはどうだろうか」
そんなキゼルヌの提案でテーブルにはアスガルドとスヴァルトの郷土料理がちょうど半々ずつ並んでいた。二つの国は同じ祖を持つ民族であるはずだが、分かれていた間に食生活も随分と変化したらしく二国の料理は見るからに対照的だった。
アスガルドは野菜中心の料理に籠一杯のパンが用意されており、対してスヴァルトは肉中心の料理に窯で炊かれたご飯が炊き立てで準備されていた。料理の内容もアスガルドの側が素材を生かしたシンプルな作りの物に対して、スヴァルトは技巧を凝らしたような料理の数々が並んでいた。
「随分凝ってるな」
それを見て思わず哉嗚が呟く。並んでいるのは明らかに家庭料理というレベルを超えていて店で出して金がとれるレベルの物だ。
「整備班の中にプロの料理人だった奴がいるらしいですよ。上層部も長期の待機があることは予想していたみたいで、少しでもストレスを緩和できるよう手配してくれたみたいですね」
事情を知っていたらしき榊が隣で説明する。
「毎食レーションというのも飽きますからな」
幸いだというように高島が頷く。スヴァルトのレーションは凝ったものが多いがそれでも続けば飽きるし、やはりレトルト独特の味付けに嫌気も差してくる。行軍中ならともかく火を使っても問題ない状況下であればやはり手料理が嬉しいものだろう。
「やはり料理にも国柄というものが出るようだ」
そこにテーブルの向こう側からキゼルヌが話しかけて来る。身内で話していても交流会の意味がないから向こうから切り出してくれたのだろう。
「そうですね。アスガルドの料理が野菜中心なのはやはり栽培が容易だからですか?」
それに答えるのはやはり哉嗚の立場からだろうと彼は話を合わせる。
「ああ、戦略魔攻士とまではいかずとも植物を急速に成長させられるような魔法を使えるものは多い。なにせ場所季節を選ばず様々な植物を大量に生み出すことが出来るから自然と私達の主食になった」
場所や状況を選ばず必要な食料を必要なだけ生み出せる。人間という種はいかなるときであっても食料の確保がまず第一になるが、その労力に人手をほとんど割かなくて済むというのは様々な点でアドバンテージだ。
もちろんスヴァルトも農業を機械化して大規模栽培を可能としているが、やはり外的要因に左右されることもあり常に安定しているとは言い難い。
「牧畜などは行われてないんですか?」
「昔は行われていたようだが今はしていない…………我々の国は魔法でやれることは全てやるようにしている国だからな」
「それはつまり家畜も魔法で増やしていると?」
気になったのか横から高島が尋ねる。
「まさか」
それに大袈裟にキゼルヌは肩を竦めて見せる。
「植物と違い動物を増やすような魔法の使い手は希少だ」
「確かにゴーレムなどの無機物を動かす魔法との交戦経験はありますが、動物的なものを生み出す魔法の使い手には出会ったことがありませんね」
高島もパイロットとしてこれまでのスヴァルト軍の魔攻士との交戦記録には目を通すようにしている。しかしそんな魔法の使い手と戦ったという事例は目にした覚えがない。
「そういった魔攻士は戦場には出ず高位の魔攻士の嗜好を満たすのが仕事だからな」
「つまりあなたのような?」
「これは手厳しい」
キゼルヌは苦笑する。彼は落ち延びるまでは特権階級でありその恩恵に預かる身だった。
「しかし実を言えば上位の魔攻士でもわざわざ肉を食べたいと思う人間は多くなかった…………その理由はそこに並んでいる料理を食べて貰えばわかることだ」
「ほう、それは気になりますね」
わざとらしく高島は口にして見せる。
「じゃあ、ちょうどいいですしそろそろ始めましょうか」
それを合図に哉嗚がそう提案する。
誰も異論はなく、両国の料理の並んだ会食が始まった。
◇
アスガルドの料理はその見た目に反して多彩な味だった。
調味料もあまり使われず、技巧を凝らしているようにも見えないのに使われている野菜のそれぞれが個性のある味を主張しつつまとまっている…………というか何だこれ、と哉嗚は首を傾げたいくらいだった。
見た目は人参そのものなのにカレーのような風味が備わっていたり、豆をすり潰して作ったと思わしき団子状の物はまるで鶏肉のような味と触感をしていた。
「これは、驚きですね」
「そうですね、スヴァルトの野菜と全然違います」
思わず呟いたというような高島に哉嗚も頷く。
「これは野菜を品種改良しているんですか?」
「ええ、魔法で望む味の方向へと改良してるのです」
それにはキゼルヌの隣の、確かナナイといった女性が答える。佇まいと席からするとキゼルヌの副官と言った雰囲気だ。
「そちらの野菜と比べれば味の違いに驚くかもしれませんが、改良を続けることで動物のような旨味を持った野菜や果実を作り出したのです」
「確かに、違和感はあるけど悪くないな」
梅木が白い何かの実のようなものを口に運んで呟く。植物性ではあるのだろうが非常に脂を含んで噛むとまるで豚の脂のような甘みを感じる。慣れ親しんだ野菜や果物と思って食べると違和感は大きいが、そういう物だと思って食べれば非常にうまい。
「とはいえこっちの料理だってそう捨てたもんじゃないぜ?」
「確かに、手が込んでいて複雑な味わいですね」
ナナイは入念に煮込まれたビーフシチューを口に運ぶ。見た目は茶一色で単調な味のように思えるが、それは様々な食材が入り乱れながらそれでいて調和のとれた味わいを醸し出していて、複雑で濃厚な味を舌に伝えて来る。
メインである牛肉もどれだけ煮込まれたのか歯に当てるだけでほどけるように消えていく。
「アスガルドは食材自体を、スヴァルトは料理技巧に力を入れて食文化を発展させてきたわけですね」
方向性の違いはあるがどちらも美味しい。
「元は同じ国でもこれだけの違いが生まれるとはなかなか面白い話だ」
「ええ、そして違うからこそ優劣ではなく面白い試みもしてみたくなります」
「ふむ?」
哉嗚の言葉に答えを促すようにキゼルヌが顎を傾ける。
「そちらの食材とこちらの調理技法を組み合わせてみたら面白いと思いませんか?」
哉嗚の答えに場の空気が一瞬止まった。
それは単純にその言葉通りの提案と、もう一つ別の比喩に聞こえたからだ。
「賛成」
そこまでずっと黙り込んでいたリーフが口を挟む。彼女はナナイとは反対のキゼルヌの隣に座っていたが、哉嗚に視線を送ることはあってもなぜだか口を開かなかった。
「リーフ、会食中は静かにしておいて欲しいと頼んだはずだが?」
「哉嗚と話したいのを我慢して静かにはしていた。賛同を示すくらいは許されるべき」
「君が今のように空気を読まずに彼と話し込んで会食の空気をぶち壊しかねないから、そういう頼みごとをしたのだと理解して欲しいところだが」
思わずキゼルヌが苦言を口にするがリーフはどこ吹く風だ。だがまあ、彼女がこれまで口を開かなかった理由は理解できた。
「さて話を戻すが二つの国で手を取り合って美味しい料理を作れるか…………いやまあ、本題に入ってしまおう」
リーフに水を差されたからかキゼルヌは前置きを口にするのは止めた。
「つまりは両国の講和は本当になり得るのかが知りたいのだろう?」
「ええ、こちら側の意見はある程度聞けましたが…………これはやはりそちら側の意見もあっての話なので」
「ふむ、具体的にどんな意見が出たか聞いても?」
「簡潔に説明するなら戦争が続くよりはマシ、ということでしたね」
高島達パイロットの意見をまとめるならそんなところだろう。アスガルドに対する恨みつらみは当然あるが、戦場の悲惨さを知っているがゆえにそれを晴らすよりも戦争そのものを終わらせた方がいいと考えられるのだ。
「確認だが、それはスヴァルト全体の意見か?」
「…………いえ、自分達パイロットだけの話です」
スヴァルトの国民たちは今回の同盟の話すら知らないのが現状だ。
「では国民たちはどう反応すると思う?」
「恐らく反発するでしょう」
正直に哉嗚は答える。戦場の悲惨さを実感できない一般の国民たちは家族を奪われた恨みと怒りを決して抑えきれないだろう。
「そちらも同じだとお考えですか?」
恨みがあるのはアスガルドだって同じことなのだから。
「いや、こちらに関しては恐らく反発はあるだろうがそう大したことにはならないだろう」
「えっ!?」
予想外の返答に哉嗚は驚き
「す、すみません…………どういうことなのかお聞きしても?」
慌てて取り繕って尋ねる。
「簡単だよ、それだけアスガルドという国がひどかっただけの話だ」
キゼルヌは気にした様子もなく、淡々とした声で答えた。哉嗚はその続きをすぐに尋ねたいと思ったが、内容が内容だけに促すのも躊躇われてキゼルヌが続きを口にするのを待った。
「君たちは我が国の階級制度は知っているだろう?」
「魔法の力量を基準にした階級制度ですよね?」
「そうだ。それが我が国の権力の基本だ。そしてだからこそそれを揺るがすような例外は一切許されることが無かった…………どういう意味か分かるかね?」
「それは逆らうものは許されないという事ではないんですか?」
「それはもちろんある。しかし私の言っているのはもっと根本的な話だ」
それに哉嗚はすぐには答えられなかった。
「それはもしかして職業選択の自由がない……………いや、そもそも魔法の絡まない職業が許されないとかそういう話ではないですか?」
それに横から高島が口を開く。キゼルヌは彼へと視線を向けるとゆっくりと頷いた。
「その通り。我々の国は魔法の実力による階級制度を絶対とするために、魔法以外の個人の才の全てを否定した…………例えばだがそちらのその料理」
キゼルヌはビーフシチューへと視線を向ける。
「単純に見えるがそれを作り上げるには相応の技巧と年月が必要だったことだろう。鑑みるにそちらの国では料理の才能があるものはそれで身を立てているのではないか?」
「ええ」
高島が頷く。
「だがアスガルドではそんなものは認められない、そういう話だ」
なぜならそれが魔法の絡む才能ではないからだ。魔法の絡まない才能を認めるということは魔法以外の部分で個人の優劣が生まれる可能性を認めるという事だ…………それは魔法の力の大きさを絶対視するアスガルドでは認められない。
だからアスガルドにおいては植物を改良する魔法使いは認められても、料理人という職業は認められなかった…………料理が素材を活かした素朴なものが多いのはそれも理由なのだろう。
「そして知っているとは思うがアスガルドの国民の大半は下級魔攻士にも届かないようなものたちだ…………その彼らがスヴァルトの社会に触れたらどう思うかね?」
「…………希望を抱くってことですか?」
魔法が全てであるアスガルドであれば一生貧民でいるしかないが、それ以外の才能が認められるスヴァルトであれば大成する可能性がある。
「そうだ」
キゼルヌは頷く。
「さっきも言ったように家族を殺された恨みはもちろんある…………しかしそれを言うなら権力のままに自分達を虐げて来たアスガルド上層部に対してもあるのだ。それはつまり自分達の家族が戦争に駆り出されて殺された恨みのいくらかはそれを強要した上層部にあると考えていることでもある」
つまりはスヴァルトと違ってその恨みは分散している。スヴァルトが彼らアスガルドからの難民を支援すれば圧政から解放されたと感謝すらするかもしれない。
「スヴァルトの対応次第とも言えるが、恐らく貧民たちの恨みはすぐに新しい生活への希望に変わるだろう。魔法以外の才能が認められて身を立てられるのならば、恐らく魔法の使用の禁止を命じられても素直に従うはずだ」
もちろんそれ等は生活に密接しているものでもあるが、スヴァルトには魔法に変わる技術などいくらでもある。
「えっと、魔法の力に対するプライドとかは無いんですか?」
「それはある程度の待遇を受けられる中尉魔攻士以上の話だな。下位魔攻士も使い捨ての兵隊にされる程度にプライドなど抱けぬだろうし、貧民などに至っては君らが拳銃の一つでも手にすれば並ぶ程度の力だ…………むしろ虐げられる原因となった力など疎ましいとすら思うかもしれん」
魔法なんて力さえなければ、スヴァルトのような国家体制になっていたのだから。
「あなたやその仲間は、どうなんですか?」
元は権力者であり、恐らくはそれなりの実力者であろう目の前の男性に哉嗚は尋ねる。
「確かに私も上位魔攻士程度の力を持っているし、隣にいるナナイや他の者達も実力者といって過言は無い…………だがな、そんなものはもはやどうでもいいとしか私は思えん」
遠いところを見るようにキゼルヌは視線を上げる。
「圧倒的な力を前に私達と貧民の違いなど些細なものだ」
急に老け込んだように覇気なくキゼルヌは息を吐く。
「私はもう疲れた…………力比べなど、やりたいもので勝手にやってくれ」
心からの本心を込めて、キゼルヌはそう呟いた。
その隣で、リーフがこくこくと頷いていた。




