幕間 とある日のありえない未来についての雑談
「そういえばなんだが」
グエンと辻の司令官室での五度目の密会。行われた話し合いにも一区切りつき、応接用のソファに大きく持たれたグエンがふと思い出したように口を開く。
「スヴァルトの技術の元である古代文明は俺たちの祖先と戦争して負けたんだよな?」
「その通りだ」
辻の方はグエンほど気を抜いていないもののポットで新しくコーヒーを入れ直していた。普段なら誰かに用意させるところだが客がグエンでは自分でやるしかない…………あまり慣れていないのか分量を間違えたらしく、一口含んでその苦さに顔をしかめる。
「ちなみにさっきのは薄かった」
「…………次回までには努力しよう」
追い打ちをかけるように口にするグエンに、辻は憮然とした表情で返した。
「それで、古代文明の歴史が気になるのか?」
話を戻すように辻が尋ねる。
「歴史というか何で戦争になったかだな」
グエンが知るのは古代文明とアスガルドを興した先祖が戦争をして、最後には古代文明が超強力な爆弾を起爆してあの広大な荒野を生み出し滅んだということだけだ。グエン達の祖先も勝ちはしたものの全滅寸前であったらしく、生き延びることだけを優先し記録はほとんど残っていない。
「遺跡にはその辺りの情報も残ってるんじゃねえのか?」
遺跡は負けを悟った古代文明がせめて技術だけでも残そうとしたものだという。しかし滅びゆく人々を想えばそれ以外のものも残そうとすることは容易に想像できる…………自分達がどう生きてどうして滅びに至ることになったのか。
「その推測は正しい」
苦すぎるコーヒーをテーブルに置き辻はグエンを見る。
「だがその前に一つ質問をしよう…………君はそもそも我々のような特殊な事情を除いて魔法と機械による文明が並び立つと思うかね?」
スヴァルトはアスガルドから逃げ出した人々が興した国であり、その根底となる技術は偶然発掘した古代文明の遺跡によるものだ。恐らく遺跡がなかったらスヴァルトは弱い魔法と拙い技術による文明を築くしかなく、アスガルドに発見された時点で終わっていただろう。
「それは仲良くできるかって意味じゃないよな」
「並び立って発展するかどうかでいい」
「それなら無理じゃねえか?」
魔法使いは主として生まれた時からの強者だ。曲がりなりにもスヴァルトがそれと拮抗しているのは発展した機械技術を古代文明の遺跡から得られたからだ。
つまるところ技術が発展しない限り普通の人間に勝ち目は無い。そして自分達に対抗できる技術が積み重ねられるのを魔法使いたちは安穏と見守りはしないだろう。
「すっげえ距離が離れてたらなんとか、くらいか?」
「ふむ、妥当な線だ」
魔法使いは種として強者であったせいか文明としての発展は遅い。技術を発展させずとも大抵のことが出来てしまい、さらには種としての危機感が薄いからなのか出生率も低かった。そのため活動圏の拡大も遅く距離があれば技術発展の余裕はあるだろう。
実際にスヴァルトがアスガルドに発見されずに国を成立させられたのも、遠く離れた場所まで逃げ延びることができたからだ。付け加えればアスガルド側に境界線となっているあの荒野を忌避する伝統があったのも大きい。
「で、答えは?」
「結論から言えば古代文明が最盛期を迎えるまで魔法による文明は存在していない」
促すグエンに辻はそう答える。
「あー、それはつまり俺たち魔法使いは古代文明が生み出したってことか?」
「その通りだ」
「…………」
さすがにそんな予想はしていなかったらしくグエンは押し黙る。
「これは軍で使われている応急用の傷薬だ」
辻は執務用の机の引き出しから一本のスプレー缶を取り出してグエンに見せる。
「魔力が含まれてるな」
「君たちが魔力と呼び操るそれを古代文明はナノマシンと呼んでいた」
目に見えず量子に干渉できるほどの極小の機械群。そのスプレーの中にあるナノマシンには吹き付けられた傷口を修復するよう命令が与えられている。
「そもそも魔法や魔法使いというのは古代文明では創作物に登場する架空の存在だった」
「それを古代文明のやつらが再現したってか?」
「そうだ、ナノマシンを体内で生み出しそれを操ることで魔法を再現できる存在を彼らは生み出した」
「なんのために?」
それは当然浮かぶ疑問だった。
「娯楽だ」
グエンの頭に浮かんでいたのは兵器利用だったが、それとは全く違う答えを辻は口にした。
「あー、悪いが意味がわからん…………魔法使いを見世物にでもしたかったってことか?」
確かに物語の存在を実在させたならそれは珍しいだろう。
「まあ、ある意味間違ってはいない」
辻が肯定するとグエンは苦笑して肩を竦める。
「古代文明とやらはよっぽど暇だったんだな」
「そう、彼らは暇だったのだよ」
その皮肉をしかし辻は肯定する。
「どういうことだ?」
「何事も発展すればいいというものでもないという話だ」
自戒するように、辻は苦すぎるコーヒーを一口飲んで顔をしかめる。
「古代文明はどうやら星を渡るほどに科学技術が発展していたらしい」
「星って空に光ってるあれか?」
「そうだ。空の果てには宇宙という広大な空間があり、そこにはこの地と同じような大地…………星々が無数に浮かんでいる」
「そりゃすげえな」
魔攻士には空を飛べるものや空間転移が出来るものもいるが、空の果てにはなぜだか行くことが出来ないのでその実態はわかっていなかった。グエンにとって世界とはこの大陸のことでしかなかったが、今の話を聞くとそれがとてつもなくちっぽけな物なのだと思えてくる。
「残された記録によれば古代文明の人々の母星は別にあるらしい。その中の一部がこの星に移民して生活していたようだ…………それを容易く行えるほどの技術が彼らにはあった」
「それで暇になったのか?」
「そういうことだ」
辻は頷く。
「あらゆる仕事は機械に取って代わられ、一つの星では限りある資源も宇宙に出たことでほぼ無限のものとなった…………結果として貧富の差は無くなり、あらゆる人々が働くことなく好きに暮らせるようになったようだ」
それは文明としては理想的な状態だろう…………同時に終着点でもあるが。
「生きることに労力を割かなくなった分人々は娯楽に力を入れたらしい…………だがどんな娯楽だっていつか人間は飽きる。そして飽きればもっと刺激的なものを求めるようになるのが人間のサガというものだろう…………やがて一人の人間が創作物の中だけの存在を現実に生み出してみたら面白いんじゃないかと考えた」
「それが俺たちか」
「他にも様々なものが生み出されたらしいがね」
辻が知る限りでもドラゴンなどの生物学上存在しえないような怪物が実際に生み出されたらしい。幸いだったのはそれらの生物には繁殖を行う機能を付けなかったことだろう。
「最初我々の先祖は闘技場のような場所で見世物に使われたらしい」
「はっ、古代人様は進んだ文明を持ってたくせに随分と高尚な趣味をしてやがるな」
「統一国家が生まれてからは一度も争いが起こっていなかったという話だからな、刺激的ではあったのだろう」
ある意味原始的な方向へと回帰していたともいえる。
「魔法使いの能力が基本的に一つなのも、それぞれに個性を持たせるためだったらしい…………それに力を与え過ぎない目的もあったのだろう」
「なるほどねえ」
確かに誰もが万能であっては個性もないし、単能であれば抑え込むのも簡単だろう。
「だがそれでも反乱は起こった」
「そりゃな」
見た目は同じ人間でありながら、殺し合いの見世物にされれば誰だって反抗する。
「もちろんそれはすぐに鎮圧されたが…………古代人たちはそれが楽しかったらしい。それからは魔法使いたちに意図的に反乱を起こさせて戦争ごっこを楽しむようになった」
「最悪だな」
「そうだな…………そしてそう考える者が古代人にもいた」
何せ見た目は同じ人間なのだ。感情移入するものだって生まれるだろう。
「我々の祖先には能力が一つである以外にも制約が掛けられていた。それは操れるナノマシンの量の限界や子供が作れないというものだった…………しかし祖先たちに同情した古代人の一人がその制限を解除したようだ」
結果として魔法使いたちは密かに数を増やし、その中には古代人たちの想定を超える力を持った魔法使いたちも生まれるようになった。
「そして遊びの戦争がやがて本気の戦争となり…………結果はあの荒野というわけだ」
古代人たちは自ら生み出した娯楽によって滅びたのだ。
「なんつーか自業自得だな」
「だが同時に大きな教訓でもある」
重苦しく辻は息を吐く。
「君と約束した戦後の技術放棄の際には、Yシリーズ絡みの技術以外にも公表されていない古代文明の技術データの大半は消去する予定だ…………いずれ同じ未来に辿り着く可能性があるとしてもその期間は長いほうがいいし、違う可能性があるべきだからな」
「そうだな」
グエンが残るべき文明としてスヴァルトを選んだのもアスガルドよりは存続の可能性が高いと思ったからだ…………その意味では今の話は根底を揺るがすものではあったが、選択をやり直すほどのものでもない。
辻が口にした通り違う未来になる可能性はあり、その猶予はアスガルドの存続を選ぶより長いはずだ。
「ところでその話を聞いて一つ疑問が増えたんだが」
「なんだ?」
「この星にやって来た古代人は一部なんだよな? 他の残りはまだその母星とやらや別の星にいるってことか?」
元々の場所が滅んでしまって逃げて来たというなら別だが、辻の話を聞く限りそのような感じではなかった。
「少なくとも古代人たちが滅んで現在に至るまで接触はないようだな…………宇宙は無限に思えるほど広いとデータにはあったから、単純に距離の問題かもしれないが」
「もしくは他も似たようなことして滅んじまってるかだな」
むしろその可能性の方が高いようにグエンには思える。
「ちなみに別の星に渡るための技術ってのは残ってたのか?」
「現状では見つかっていないな」
古代人が星を渡ってきた以上はあるはずなのだが、今のところ辻の確認した遺跡からの技術にそのようなものはなかった。
「そうか、それは少し残念だな」
グエンは僅かに肩を落とす。
「君は宇宙に興味があるのか?」
そんな様子を見て辻が尋ねる。
「話を聞いたら興味は湧いた…………なんせ生まれてこの方俺はこの世界が小さすぎると思っていたからな」
それくらいグエンの生まれ持っていた力は大きすぎた。
「そんなに大きいっていうならちょっと見て見たかったと思っただけさ」
「…………可能性はゼロではない」
未発掘の遺跡の中に技術が残されている可能性はあるかもしれない。大半の遺跡に残されていたデータは共有のものだが、全てが一致しているというわけでもないのだから。
「なら少しばかりそれに期待するかね」
そう言ってグエンは軽く笑う…………例え見つかったところで彼が宇宙に行く可能性などありはしないと知りながら。
「もしも見つかったなら伝えよう」
辻もそれを理解しながらそう答える。
「宇宙か」
ソファにもたれかかってグエンは天井を見上げる。
そこに広大な宇宙が広がっているとでも言うように。