一話 新たな戦場
いつもと変わらない荒野。場所が変わっても景色そのものはいつも同じだ。そんな風景の中に移る小さな人の姿を視線誘導でロックする。この瞬間は何度繰り返しても慣れない…………むしろ慣れてはいけないのだとも思うが、だからと言って手が止まることもなかった。
握ったトリガーを引くと同時にモニターを閃光が埋め尽くす。だがそれも一瞬のことで即座に光度が補正されて正常な風景を映し出した…………だがそれを確認するよりも早く哉嗚は叫ぶ。
「回避!」
「了解です、哉嗚」
その返答が行われるよりも早く機体は回避行動を取っていた。殆ど体勢を崩すように位置を変えたその脇を太い光の奔流が通り過ぎていく…………それが今しがたこちらから放ったはずのものであることは見るだけで理解できた。
「反射か!」
単純だがそう判断するしかない。もしかしたら吸収して撃ち返すようなプロセスかもしれないが、結果として反射と変わらないのなら考える意味はない…………いずれにせよ巨人機の兵装の主力であるレーザーライフルを無効化するのであれば非常に厄介だ。
「威力は関係あると思うか?」
「あると判断しますがリスクが大きいです」
無制限に反射できるのではなく、反射できる威力に限界はあるとユグドは推測する。
けれどその限界を見極める為には高威力のレーザーを放つ必要があり、相手の限界値しだいではこちらに有効な威力を反射されるというリスクを伴う。
「じゃあ、距離を詰めるか」
「了解です、哉嗚」
哉嗚は操縦桿を前に倒し機体を前進させる。レーザーが通じないなら直接ぶん殴るという単純な思考…………斥力障壁を拳に集中させてぶん殴れば巨人機の出力も相まって人間なんて簡単にミンチにできる。
「!?」
けれど前進を始めて数秒と経たない内に哉嗚は操縦桿を引いて機体を停止させた。その慣性をユグドが即座に斥力を調整して補正をかけて機体を安定させる…………が、機体はぐらついて前方へと傾く。
「ユグド、後ろに跳べっ!」
自身も全力で操縦桿を引きつつ哉嗚が叫ぶ。その言葉に答えるように機体が浮き上がって後方へと大きく距離を取る…………だがその挙動は明らかに普段より鈍かった。
「今のは?」
「底なし沼のようなものだと推測します、哉嗚」
「ただ重量で沈ませるってわけじゃないだろ?」
「その通りです、哉嗚。あれは斥力による反発も抑えているようでした」
巨人機は斥力によって周囲のものと反発させることで機動力を得ている。先程後退する動きが鈍かったのはその反発も沈み込ませていたということなのだろう…………完全に効果範囲に入る前に抜け出せてよかった。
「確認できる魔攻士は一人だよな?」
基本的に魔攻士は単能だ。能力自体に応用は効いてもその方向性は変わらない。あの反射の魔法を応用して底なし沼を生み出すことのは難しいように思える。
「カメラで確認できるのは一人です」
「…………なら地面の下か」
自身の魔法で地中に潜んでいるのだろう。
「生体センサーで探すには距離があるな」
しかし近づけば地面に引きずり込まれる。
「いえ、哉嗚」
けれどユグドはそれを否定する。
「今の私なら見つけられます」
「…………そうなのか?」
機体のスペックは哉嗚も当然把握しているが、生体センサーの性能自体は以前と変わらないはずだ。
「はい」
「わかった」
だがそんな事実よりもユグドを哉嗚は信用していた。そしてすぐさまそれを証明するようにレーダーに敵の位置を示す光点が現れる。
「撃ち抜ける深さか?」
「問題ないです、哉嗚」
「となると問題は反射の魔攻士か」
地中の魔攻士と反射魔攻士の位置は重なっている。遠距離攻撃は反射して、それで近寄ろうとすれば地中に引きずり込まれるという互いの強みを生かしたコンビなのだろう。
勢いをつけてジャンプすれば斥力機動が働かずとも近寄れるだろうが…………一撃で仕留められなかった場合のリスクが大きすぎる。
「仕方ない…………あれを使おう」
「私も他にないと判断します」
「幸い高島さんも頑張ってくれてるしな」
敵魔攻士を全滅させてしまえば情報が漏れることもない。
「届くよな?」
「届かせます」
「頼む」
信頼を込めて哉嗚は口にする。
「牽制で何発かレーザーを撃つ。出力調整で見た目だけ派手に出来るか?」
「もちろんです」
「さすが!」
視線誘導で狙うは反射魔攻士。それに連動して巨人機がその手のライフルを構える。
モニターにもその木目のような模様の浮かぶ金属が映りこんだ…………機体の装甲にも使われているらしいが何度見ても不思議な金属だ。
「撃つ」
言葉と共にトリガーを押し込む。レーザーを単発で五発。先ほどと同じくモニターを埋め尽くす光の奔流は見た目だけは遜色がない。しかしそれが反射されたところで機体を撃ち抜くような力がありはしないのだ。
「今!」
反射されたレーザーが機体の装甲で弾けたその瞬間に哉嗚が叫び、操縦桿を引き抜いてその両手を振る…………機体のその手に持っていたはずのレーザーライフルが、一瞬にして長大な大剣となってその刀身を反射魔攻士へと伸ばした。
その大きさに反して薄すぎるほどその刀身は伸びていたが、人間の首を刎ねるだけならそれでも充分だ。
「次」
操縦桿を担ぐように構えると大剣が元のライフルの形へと戻る。狙うは地中。大まかな角度はユグドが示してくれる…………後は哉嗚の勘だ。撃つ。
今度は何の偽装もない光の奔流が吸い込まれるように地面へと消えていく。
「反応消失です、哉嗚」
「よし」
頷いて哉嗚は視線を上げる。
「他の状況は?」
尋ねるとちょうど通信が入る。
「高島さん」
「宮城中尉、こちらは片付きました」
高島は少し離れたところで下位魔攻士の集団と戦闘していたが無事に終わったようだ。
「こちらもちょうど終わったところです」
そう通信を返すと向こうから感嘆したような息遣いを感じた。
「まだのようでしたら助力をと思いましたが、流石です」
「機体の性能がいいですから」
苦笑して哉嗚は答える。高島は頼れる部下だがいささか自分を持ち上げすぎる。ただでさえ年上でベテランの彼が部下で申し訳なく思うことがあるのに、正面からあまり褒められるとこそばゆくて仕方ない。
「それにミストルティンも使っちゃいましたし」
ミストルティンは哉嗚が現在搭乗しているY‐01ユグド改修型のメインとなる兵装だ。通常はレーザーライフルの形状をしているが、機体の装甲にも使われている特殊な金属によって生成されており電気信号によって自在にその形状を変えることができる。
さらにコクピットには哉嗚の脳波を読み取る装置が取り付けられており、彼が咄嗟に思い浮かべた武器をユグドが即座にプログラムを組み上げ形状を変化させる…………正に変幻自在の万能武器だ。
基本的に巨人機の魔攻士への対処はレーザーライフルによる力押しだ。それは多彩過ぎる魔攻士の魔法に対して有効な兵器を揃えようと思ったら膨大になり過ぎる為だったが、ミストルティンであれば一つで済む。魔攻士に対して力押しではなく有効な攻撃手段による搦手を取ることが出来るのだ。
「それだけの相手だったならやむを得ないでしょう」
これまでの巨人機の兵装とは一線を画すだけに出来る限りの秘匿が望ましい…………だが戦争が続く限り隠しきることは不可能であるのだから使用を躊躇う理由はない。
「ちなみにどのような相手だったのですか?」
「後で戦闘映像は送りますが…………一人はレーザーを反射する魔攻士でした」
「それは…………ここで倒しておいて正解でしょう」
レーザーライフルが主兵装の巨人機にとって天敵のような魔法だ。
「そちらはどうだったんですか?」
相対した反射魔攻士達は下位魔攻士の集団をまずけしかけて来た。そちらを高島に任せて哉嗚は集団を突っ切ってリーダー格の反射魔攻士を潰しにかかっていたのだ。
「正直苦戦はしませんでした…………これまで相対した魔攻士に比べて実力も戦意もあまり高いとは言えませんでしたね」
「…………これまでも下位の魔攻士の戦意は高くはありませんでしたよね?」
下位魔攻士は巨人機にとって単体では何の問題にならない相手であり、集団で連携が機能してようやく負ける可能性がある程度の戦力差があった。そんな戦力比が分かっていながら前線に送り出されるのだから彼らの戦意が高いわけもない。
「なんと言いますか、動きが素人くさいというか…………全く連携を取ろうともせずそちらの戦闘が始まったら散り散りに逃げ出しましたし」
そのせいで全滅させるのに少し時間が掛かったのだと高島は陰鬱そうに口にする。彼としても敵とは言えそんな相手を撃つことは躊躇われたのだろう。
これまでは戦意こそ低くとも下位の魔攻士たちは逃げ出したりしなかった。それに少しでも生き残る可能性を作るためか連携を磨いているようだった…………もちろんそれは逃げれば呪いによって死に至るためだったろう。
それが今は連携も拙く《つたな》監視役であろう上位の魔攻士の目が離れれば逃げ出すようになった。
「…………やっぱりあの噂は本当なんですかね」
「ムスペルは民間人も前線に送り出しているという話ですか」
重苦しい声で高島が答える。ムスペルはアスガルドで反乱を起こしたグエン・ソールが新たに設立を宣言した国の名前だ。古い神話で炎の巨人が住む国の名前らしく絶大な炎の魔法を操る彼の国の名前らしいと言えばらしい。
これまでアスガルドを支配していた長老会をグエンは打倒し一時は民衆から英雄と讃えられていた…………だが今は悪逆の名をほしいままにしている。
噂によればこれまで以上の実力主義に傾倒しており、逆らうものはもちろん力の弱いだけの民間人をも不要だとして前線送りにしているらしい。
「正直な感想を述べさせていただくならその噂は正しいように思えます」
その声が苦しそうに感じられたのは今しがた相手にした下級魔攻士達がそうであると認めるようなものだからだ…………アスガルドの魔法使いたちは敵であるとこれまでずっと認識していた。だからといって敵国とは言え民間人を喜んで殺せるかといえば別の話だ。
「…………ムスペルから逃げ出したアスガルドの残党がこちらと講和を望んでいるという噂もありましたよね」
「ええ、状況を考えればおかしくもない話でしょう」
「上層部に捕虜をとることを打診した方がいいかもしれませんね」
同意する高島に哉嗚はそんなことを口にする…………二つの国の長い戦争においてお互いに捕虜を取ったという話はほとんどない。
それはスヴァルト側からすれば捕虜から魔法という武器を取り上げようがないからであり、アスガルドからすれば魔法を持たないスヴァルトの人間にそもそもの人権を認めてないから…………そしてなによりもお互いの指導部が一切の政治的交渉を行っていなかったからだ。
しかしもしもスヴァルトの残党と講和が行われるなら捕虜を取る価値は生まれる。恐らくは無理矢理に前線に送られたであろう彼らは、スヴァルトの残党にとっては今や貴重な民となるだろうからだ。
「通るでしょうか?」
「上層部も今は少しでも戦力を搔き集めたいと思ってるはずですよ」
そうでなくては勝ち目がない…………いや、そうであっても勝ち目が見つからないのが現状なのだ。
「炎の魔王、グエン・ソール」
二つの国の戦争に力づくで終止符を打ち…………新たな戦乱の業火を撒き散らした男。
なんとしてでも彼を倒さなくては、スヴァルトに未来はないのだから。




