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二十七話 決着と終わりの来訪

ユグドはレーザーガンの一斬りで偽巨人機の上半身を斬り飛ばした。さらに膝下を斬り飛ばし、そこから上を両断する。上半身からは枝木が繋がろうと伸びてきたが斥力障壁でまとめて吹っ飛ばした。


 そうして残った断片をユグドは両手でつかみ取る。


「抑え込め!」

「了解です、哉嗚」


 ユグドが答えると同時に断片が弾けて魔力障壁が広がり、ユグドの拘束を破ろうとする。だがユグドも負けじと斥力障壁でそれを抑え込む。だが樹海創造の魔法と違って純粋に魔力を固めるだけの魔力障壁であれば力が拡散することもない…………つまりは互角、ではない。


「哉嗚、抑え込めるのには限界があります」


 単純に魔力を放出するだけのリーフと違いユグドはY-01という機体を介している。単純な力比べになれば今度はその差がユグド側に敗北をもたらすのだ。リーフが攻撃に回ればその魔法の性質上ユグドが有利だが、守りに固められると逆転するのだから妙な噛み合いがある。


「コクピットを開けてくれ」


 そう言って哉嗚は懐から携帯式のレーザーガンを取り出す。もちろんそんなもので今のリーフの魔力障壁は破れない。前のように機体と直結させても威力自体は巨人機の兵装に及ぶことはない…………だが、隙は作れるかもしれない。

 その貧弱なレーザーガンで傷をつけられたという過去がリーフにはある。哉嗚を見て一瞬でも気を取られればユグドが押し勝てる可能性は十分にあるのだ。


「…………お勧めしません」

「危険は承知だ」


 もちろんこの状況で即座に哉嗚を狙えまいという計算もある。


「そういう意味ではないです」

「ならどういう意味なんだ?」

「…………」


 ユグドは答えなかった。


「いいです、開けます」

「あ、おい」


 問い質す暇を与えずコクピットが開かれた。


 そうして久方ぶりに哉嗚はリーフ・ラシルに直接顔を合わせた。


                ◇


 リーフの人生でこの相手には勝てないと思ったのは二度だった。


 一人目はグエン・ソール。彼には会っただけで勝てないと思い知らされた。


 二人目はあの忌々しいアイズ・マグニ。力の総量ではグエンのように格差を感じなかったが魔法の相性差が明らかだった。リーフとしては珍しくそれに気づいた時ひどく不快だったのをよく覚えている。


 そして今、三度目の感情をリーフは味わっている。力は互角、しかしこちらの全てをあの少年には読まれていた…………何をしてもまるで最初かわかっているように対応される。今も完全に抑え込まれるのだけは何とか防いでいるが、この拘束を脱しても勝つ術がリーフには思い浮かばなかった。


「負ける……わけ、には」


あの少年にただ負けるならリーフにとっては喜ばしいくらいだ…………けれどその敗北は絶望を呼ぶ。リーフが勝てないと思った残りの二人が少年に立ち塞がることになる。

 アイズであればまだ可能性はある…………だけど、グエンに命令が下されれば終わりだ。


「私、が……!」


 勝つのだ、勝たなくてはならないのだ。その意思を振り絞ってリーフは自身を押し潰そうとする斥力に抗う力を高める。

 魔力障壁を最大で広げてまずこの拘束を打ち破るのだ…………その後は思い浮かばないがとにかくやるしかないのだから。


「あ」


 しかしその決意も何もかも立ち消えてしまった。不意に新型機のコクピットが開き、あの日と変わらない眼差しの少年が姿を現す…………たったそれだけで彼女の戦意はきれいさっぱりと消えてしまった。


                ◇


「哉嗚、リーフ・ラシルが抵抗をやめました」


 そう報告するユグドの言葉に哉嗚の頭には疑問が浮かんだ。まだコクピットが開いただけで哉嗚は身を乗り出そうとすらしていない。当初の予定であったレーザーガンのブラフによる効果が当然あるはずもないのだから、隙どころかそれ以上の効果が現れたのが理解できない。


「なんでだよ」


 思わずそう口にしてしまっても仕方のないことだろう。確かにここまでは哉嗚たちが有利に進めてきたが決定打には欠けている。だからこそ哉嗚が身を晒してまで隙を作ろうとコクピットを開いたのだ。

 そこでいきなり降参のような態度を取られたら拍子抜けもする。


「…………」


 罠だろうかと哉嗚は逡巡する。少なくともコクピットを出てレーザーガンで威嚇するという作戦は実行に移さない方がよさそうだ。


「…………哉嗚」


 少し迷うように間をおいてユグドが彼に声を掛ける。


「リーフ・ラシルが最初から本気であれば私達は死んでいました」

「!?」


 その言葉に哉嗚は驚くが、考えてみれば事実だった。ユグドがリーフ・ラシルと互角の力を発揮するようになったのは原因不明の暴走を経てからだ。それより以前に全力を出されていたら哉嗚の勘だけでは恐らく耐えられなかっただろう。


「っ」


 遊ばれていたのだろうかと思うとかっと頭が湧きたつ。高島や味方の部隊の状況は確認できていない…………全滅している可能性は十分にある。遊びで彼らが殺されたのだと想像するとどうしようもないくらいの憎悪が溢れ出してくる。


「哉嗚」


 けれどそこに水を差すようにユグドの声が聞こえた。


「ああ、そうだな…………そうだったよな」


 憎しみで暴走したユグドを諭したのは他ならぬ哉嗚だ…………そしてその時に自分はどう思っていたのだと彼は思い出す。


 あの時哉嗚は自分にとってリーフ・ラシルは憎い相手ではないと気づいたのだ。初めて顔を合わせたその少女の顔があまりにも空虚すぎて…………そんな少女を戦いに駆り出すこの戦争こそが元凶なのだと思い直した。


 もしかしたら、目の前の少女も同じだったのかもしれない。あの時哉嗚がリーフ・ラシルに会って変わったように、哉嗚も彼女へと変化を与えていたのかもしれない。それがどんなものかは哉嗚にはわからないが、それが現状に繋がっているのだろう。


「…………ふう」


 余計な感情を自分から追い出すように息を吐く。


「ユグド、何かあったら頼む」

「…………了解です、哉嗚」


 その返事を聞くと同時に哉嗚はコクピットから身を乗り出した。


                ◇


「リーフ・ラシル、だな?」


 以前にも見た銃を構えて少年がコクピットから出てきた。開かれたコクピットのハッチを足場にして、機体の掌の上で座り込んだリーフへとギリギリまで距離を縮める。今この瞬間に魔力障壁を最大展開すれば彼を弾き飛ばして下へ落とすことができるかもしれない…………けれど頭に浮かべるだけでリーフは実行しなかった。


「うん」


 ただ素直にそう頷いた。


「あー、顔を合わせるのは二度目だな」

「うんっ!」


 覚えられていたことが嬉しくて思わずリーフは食い気味に頷く。そのことで明らかに彼が困惑した様子を見せたが彼女は気づきもしなかった。


「…………聞きたいことがある」


 少しして少年がまた口を開いた。


「その前に私からも聞いていい?」

「内容による」


 あえてそっけないような声で彼は言った。


「あなたの名前は?」


 リーフは未だに少年の名前を知らなかった。


「…………宮城、哉嗚」

「哉嗚」


 少し躊躇ってから彼は答え、その名前をリーフは小さく繰り返す。これまでずっと彼女は彼のことを少年と口にしていた。その単語は年齢が低ければ誰にでも当てはまる。

 もちろんリーフは哉嗚のことを知っているからその姿が頭に浮かぶが、それでもその言葉は実像からは少し遠い…………けれど今その名前を知って距離はなくなった。


「それで、哉嗚は何が聞きたいの?」

「っ!? ああ、いや、それは…………」


 いきなり名前呼びされると思っていなかった哉嗚が戸惑うが、リーフの方はなぜ彼が戸惑っているのかよくわからなかった。

 リーフは彼の名前を知ることで距離が縮まったと喜んだが、縮まったのは彼女の側からだけという意識が一切ないからだ。


「…………なんで俺を殺そうとしなかった」


 迷いつつも核心から哉嗚が尋ねる。


「それは…………」


 答えるのは簡単だったがリーフの言葉は止まる。彼女が新型機を倒すという目的はすでに失敗してしま

っていた。そうなれば自分かアイズのどちらかに命令が下るだろうとグエンは言っていた…………だからこそリーフは勝たなくてはならなかったのだ。


 けれどリーフは負けてしまった。まだ可能性は残っていたが哉嗚の顔を直接見たことで戦意はもう無い…………だから考えなくてはならなかった。考えるのは面倒だけど他ならぬ哉嗚の未来のこととあればリーフも知恵を振り絞るしかない。


「言えない」


 考えて、何も言わないことをリーフは決めた。グエンとアイズのどちらに長老会が命令を下すのかリーフにはわからない。けれどここで彼女が余計なことを哉嗚に教えればグエンは確実に哉嗚を殺しにかかるだろうという確信はあった…………だから何も言わない。どの情報が致命的なのか彼女には判断が付かないから。


「哉嗚」

「…………なんだ」


 少し不機嫌そうに聞こえたのは自分が答えを拒んだからだろうか。


「私を殺して」

「!?」


 けれどそれもすぐに驚きの感情で吹き飛んだようだった。


「…………投降しろ」


 しばらくして表情を戻し、哉嗚はそう告げた。哉嗚一人ならそんな答えは出なかったかもしれないが、ユグドもそう願っているように彼は思えた…………そうでなければ彼女は哉嗚を宥めたりはしなかっただろう。


 その変化を哉嗚は良いことだと思うから、その意思を汲み取る。


「意味がない」


 けれどリーフはそれに首を振った。


「それはどういう意味だ」

「投降すれば私は死ぬ」


 端的にリーフは事実を告げる。


「死ぬって…………」

「長老会を裏切ると死ぬ、そういう呪いが魔攻士にはかけられている」

「!?」


 それは哉嗚の初めて知る事実。もちろん命令として戦争を強要されている魔攻士もいるのだろうとは考えていた…………しかし全ての魔攻士が文字通り国に命を握られているというのは想像の範囲外だ。


 だが考えてみればこれまで投降して来たアスガルドの魔攻士はいなかった。それどころか無謀な突撃を敢行する彼らに疑問を抱いていたのだ…………だが答えを得たことに爽快感などなく、ただ後味の悪さだけが残った。


「どうせ死ぬなら、私は哉嗚に殺して欲しい」

「…………なんでだよ」


 思わず哉嗚が吐き捨てる。客観的に見れば哉嗚とリーフは一度顔を合わせただけ、しかも彼にとっては最悪の出会いだった…………それがまさかその一度で全てを捧げてもいいと思うほどに、彼女が自分に惚れたなんてさすがに想像できるはずもない。


「…………お願い」

「っ」


 じっとリーフが哉嗚を見つめると彼は顔を歪める。


「あー、悪いがそういうわけにもいかねえんだわ」


 そこに第三者の声が掛かる。


 終わりをもたらすものの声が。


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