二十四話 分析
閃光が収まった後には当然のように無傷のリーフがその姿を現した。その頃には彼女にも感情を表情に表さないくらいの冷静さが戻っている。
昂りはそのまま、けれど己のすべきことが彼女は明確になっていた。
「じゃ、終わらせるね」
哉嗚が一つ勘違いしていたのは、自分が彼女の注意さえ引けば味方への被害を抑えられると考えたことだった…………逆なのだ。彼がいるかもしれないからこそリーフは威力を抑えた魔法を行使をした。
しかし哉嗚の存在が明確になった以上はもはや何の遠慮もいらない。彼だけは殺してしまわないように調整をし、他の何もかもは遠慮なしに蹂躙し尽くすことができる。
哉嗚の乗る機体は真っ直ぐに見据え、彼に対する魔法行使を精密に構築する。そしてそれ以外に対しては見る事すらなく、あのくらいの範囲まで壊し尽くせばいいかなと雑に構築を済ませた。
その二つを同時にこなせるくらいには戦略魔攻士は強大な存在なのだから。
「育って、伸びて、蹂躙して」
いつもと変わらぬように呟いて彼女は魔法を発動させる。
哉嗚の覚悟が矮小なものであると嘲るように、それはより大きな破壊を振りまいた。
◇
「やったか?」
レーザーの閃光がモニターを埋め尽くす中で哉嗚は呟かずにいられなかった…………その可能性が限りなく低いと分かっているからこそ、その不安を紛らわすように。
「駄目です、哉嗚」
けれどそれをすぐにユグドが否定する。
「目標健在、有効なダメージは与えられませんでした」
「…………そうか」
わかっていたがそれでもその事実は心に刺さる。下方への斥力障壁にリソースを割いていたとはいえ今の一撃はあの時点での最大出力だった。それをあっさりと防ぎきられてしまうと出鼻をくじかれたという印象が大きい。
「正面からでは難しいと判断します」
「ああ、だが勝ち目がないわけじゃない」
魔攻士はその意思によって魔法を行使する。故に必ず発動にはタイムラグがあるし、瞬時に展開しているように見える魔力障壁であっても間隙を突けば破れることは哉嗚が以前に証明していることだ。
それにユグドのレーザーを受ける直前にリーフ・ラシルの魔法は停滞した。それはいくら彼女でも防御に集中する必要があったのではとも考えられる。
「私がリーフ・ラシル分析します」
攻撃パターン、防御傾向、魔法行使のタイムラグ、こちらの攻撃に対する魔力障壁の展開速度。例え戦闘中であってもデータがあればユグドは分析できる。そして分析さえ完了してしまえば意識の間隙を突いて一撃を通すことは可能なはずだ。
「頼む、俺はその時間を稼ぐ」
「任せます、哉嗚」
他の誰であってもそんな時間は稼げないが、ユグドには彼への強い信頼があった。哉嗚ならば理屈も性能も超えて分析が終わるまでの十分な時間を稼いでくれるだろうと。
「行く」
宣言して哉嗚は操縦桿を前に倒す。時間を稼ぐといっても逃げはしない…………接近してよりユグドが分析するための情報を集める。それに自身に注意を引きつけて味方の負担を減らすという目的も彼は忘れたわけではなかった…………魔攻士戦のセオリーからは外れるがここは接近してより相手の意識を集中させるしかない。
中空から斥力で反動をつけて樹海へと飛ぶ。自由落下よりも早く、再び機体へと群がり始めた枝木を蹴って加速する。もはや地表に地面は存在せず文字通りの樹海となって蠢いている。それらを蹴り、障壁で防ぎ、レーザーガンで切り開いて哉嗚は機体を前進させていく。
操縦は先ほどまでと同じように全て勘。見てからでは間に合わないのだからその感覚に委ねる以外に乗り切る道はない…………意識を研ぎ澄ませ、その感覚を拡大するように集中。こうすべきと手が動くままに機体を操作する。
「あは、来るんだ」
この状況にもひるまないその意思にまたリーフが笑みをこぼす。いけないと表情を戻すがそれでも唇が緩むのを止められなかった。楽しい。嬉しい。任務どころかこれまでの人生でこんな感情を覚えたのは初めてのことだった。
「本当に君はすごい」
リーフは哉嗚を殺さないようにしているが決して手を抜いているわけではない。むしろコクピットを除いた機体の大半は完全に破壊するつもりで魔法を行使している。それなのに彼はそれをすり抜けるように確実に彼女へと近づいてきていた。
「なら、こういうのはどうかな?」
ただ圧力を強めただけでは避けられるなら変化球を。リーフの意思が魔法へと反映されて蠢きユグドを飲み込もうとしていただけの樹海が変化を起こす。蠢く木々がうねり、組み合わさって一つの形となってそこに生まれ出でる…………それは木々で形作られた巨人機。それが何機も生えてきて哉嗚に向かって動き出す。
「何の冗談だよ!?」
認識すると同時に吐き捨てる。その形に意味があるようには感じられない。巨人機を真似たところで結局は木の塊であることに違いはない。動くスピードはただの枝木であった方が早いくらいだし固まったほうが対処もしやすい。
「っ」
しかしすぐにその困惑を哉嗚は打ち消す。考えるな。操縦に、感覚に集中しろと自分に言い聞かせる…………あの偽巨人機に意味があろうがなかろうが関係はない。自分はユグドの分析の為に時間を稼ぐことだけを考えればいいのだと。
相手がこちらに合わせてくれたのならむしろやりやすい。レーザーライフルを模した銃身から発射された種子の弾丸は僅かに機体を捻って躱し、そのまま距離を詰めてレーザーガンで両断する…………しかし元々ただの枝木が絡み合って形作られた人形。すぐに周囲から別の枝木が絡みついて再び巨人機の姿へと戻っていく。
しかしそれを確認している暇は哉嗚にはない。他の偽巨人機達は取り囲むように迫って来るし、相変わらず樹海の木々たちも機体を押し潰そうと絡みついてくる。
それでも、少しずつ哉嗚は前へと進んでいた。
◇
哉嗚の操縦のサポートと並行しながらユグドは全力で分析を続けていた。リーフ・ラシルの魔法による攻撃のその全てを記録しそこに込められた意思を読み取る…………しかしその作業を続けていたユグドは戸惑っていた。
情報が多い。それ自体はもちろん良いことなのだが……多すぎる。その量は明らかに木体で収集できる量を超えているし、積まれているセンサーでは収集できない類の情報まで混ざっていた。
「しかもこれは…………」
さらにはその情報量に比例するようにリアクターから生み出されたエネルギーの一部が消失している…………とはいえ元々ユグドのリアクターは機体の耐久限界を超えるエネルギーを生み出せるのだから消失しているエネルギーを計算に入れても行動に支障はない。問題なのはそのエネルギーがどうして消失しているのかがわからないことだ。
「ひとまずはそっちを優先するしかないですね」
哉嗚に負担をかけることは心苦しいが、このエネルギー消失の原因を突き止めないと機体運用のエネルギーまで失われてしまう可能性もある。幸いというか収集された情報にはユグド自身を含むデータまであったので調べるのは容易だと判断できた。
「…………エネルギーを消費しているのは哉嗚?」
エネルギーの流れを精査してみるとそうとしか考えられなかった。コクピット内でのパイロットの生体情報を確認してみると彼に大量のエネルギーが流れ込んでは消失している。しかもそれとほぼ同時に機体へ異常な量の情報が流れ込んでいるのが確認できた。さらに付け加えるとそれらの情報は機体のコンピューターによって何らかの計算が行われている。
結論から言えば哉嗚の異常な勘の正体はこれなのだろう。ユグドから奪った大量のエネルギーを使って周囲一帯の情報を収集し、それを元にほぼ正確な状況予測を行っているのだ。
普通の人間がこれだけの情報を瞬時に脳に詰め込めば尋常じゃない負担がかかる…………だから機体のコンピューターを利用して負担を減らしているのだ。
それにこれまでユグドが気づかなかったのは哉嗚が無自覚なのもあるが、肉体そのものが力に順応できていなかったからだろう。過去のデータを鑑みても哉嗚の勘は本当に必要な時にだけ働いている。恐らくリーフ・ラシルという存在に対する本能的な危機感、さらに哉嗚自身が己の勘に対して意識を集中した結果順応が大きく進んで今の状態となったのだ。
「そもそもいかなる原理でエネルギーを利用しているのか気になりますが」
普通に考えれば人の身で扱えるエネルギー量ではない。哉嗚の身の安全を考えればすぐさま調べたいところだが今はそれよりも大きな脅威が差し迫っている。ひとまずは哉嗚を介して得られた膨大な情報を分析するべきだとユグドは判断する…………なにせ周囲一帯の情報が全て流れて混んできているのだから必要のない情報も膨大だ。それらを選り分けてリーフ・ラシルの分析を行う必要がある。
「これは、表層的とはいえ相手の感情まで読み取っているのですか」
驚くべきことに収集されたデータにはリーフ・ラシルの感情まで含まれていた。ユグドとしては対象の分析に大きく貢献する情報だからありがたいが驚くほかない。
「遊んでいる? 哉嗚との戦いを楽しんでいる?」
感情といっても表層的なものではっきりとした思考がわかるわけではなかった。それでもその感情が歓喜に満ち溢れ、そしてそれが哉嗚という対象に向かっている事はわかる。そしてそれ以外に対する虚無的な感情から読み取れるのは、哉嗚の思惑は完全に逆効果に働いてしまっているということだ。
理由はわからないがリーフ・ラシルは哉嗚に対し敵対をとは別の感情を抱いている。故に彼に集中できる現状はそれ以外をぞんざいに破壊できるということでもあるのだ。
「急いで哉嗚に進言を…………ん、これは?」
リーフ・ラシルに関する情報が別にもあることにユグドは気づく。情報は不要なものを選り分けながら必要な物をカテゴライズしていっていたのだが、なぜだかリーフ・ラシルのカテゴリーだけ二つ存在している…………しかも中を確認してみると内容がまるで違う。読み取られた表層的な感情も焦りや嫉妬のようなものばかりだし、肉体の状態もリーフは損傷を負っていないはずなのに脆弱で…………。
「こ、れは」
わかってしまった。わかるべきでないことがわかってしまった。
「あ、あああ」
自分が他のAIと違うのは特別性だからと思っていたし、開発者である暮雪美亜も哉嗚たちにそう説明していた。
だが、違ったのだ。
自分が他のAIと違う理由も、
機体のシステムが落ちていても目覚める理由も、
その何もかもに説明が付いてしまった。
リーフ・ラシルとユグドが同一の存在であると分析してしまったがゆえに。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
会ったこともない彼女のことがなぜだか憎かったのも当然のことだった。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
同一の存在でありながら…………自分はこんな姿なのだから。
◇
「なっ!?」
突如として機体に走った衝撃に哉嗚が目を見張った。彼が反応できなかったのではない。操縦は万全だったのに機体が反応しなかったのだ…………それはつまりユグドによるサポートが行われなかったということ。
「ユグド! どうした!?」
叫ぶがいつもならすぐあるはずの返答はなかった。それどころかモニターに次々と赤い警告の文字が現れてスピーカーからも警告音が鳴り響く。これまで直撃は受けていないから機体に損傷があるはずもなく、まさかハッキングかと浮かぶがありえないと否定した。
「殺ス」
鳴りやまない警告音の中ではっきりとその言葉は聞こえた。
「殺してヤル」
リーフ・ラシル、その存在だけは許しておけないと
怨念のような声をユグドが発していた。




