北の大地・ブリザリア④
早朝、三人はブリザニアに向けて出発した。
ミハルの体調も良くなった様子で、顔色もよく足取りもしっかりしていた。
「これから向かうブリザニアには私も初めて訪れる地です」
レイは途中迷うこともあるかもしれないし、危険な目に遭わせる事があるかもしれません、とミハルに詫びる。
「完全に安全な旅などありはしないだろう? これまでだって安全って言って進んでいても危険な目には遭ってきたし」
悪気はないのだろうが、レイの安全管理がなっていないと言われているように聞こえる。
「……申し訳ございません」
「何で謝っているんだ?」
ミハルは天然なのだろう。自分が言ったことがレイを責めているとは思っていない様子だ。
謝られてもその意味を気付かず、呑気にだけど旅は楽しいよねとまで言い出す始末だった。
だからこそしっかり者で警戒心が強いレイが従者としてミハルの旅に付いてきているのが納得できる。一人で旅させたら間違いなく死んでいるタイプだ。
「ところで、ブリザニアって国なの?」
殆どグリーニスのいる森を出た事もなければ、近隣の地理なども教えられることなく過ごしたアイシャにとっては全てが未知なるもの。
魔王に『ブリザニアへ行け』と言われたものの、それがどんな場所で、国なのか街なのかも分からない状態である。
「ブリザニアは街というよりは地方領土ですね。国は国王が治めます。それより小規模な地は領主が治めます。それが領土ですね。街はそれよりもっと小規模な領土と思ってください」
アイシャに分かりやすいようにと、レイはかなりおおまかに国と領土の違いを説明した。
細かくいってしまえば税金や上納金、国境などさまざまなものがあるが、いまここでアイシャに説明したところで理解出来るわけはない。
「じゃあ色々な物があるのね! 鉱石から作られた薬があるってグリーニスから聞いた事があるの! 一度見てみたかったの!」
興奮してアイシャは言う。
「少し見て回る分には構わないが、旅の目的を見失うな。魔王が言っていたヒントとやらを探すのが先決だ」
そのヒントとやらも何かは分からない。ブリザニアへ行って聞き込みをしなくては始まらないのだ。
「ごめんなさい。今まで一人で旅してて、大きい街とか国とかに行ったことなくて」
「謝ることはないよ。僕だって国を出るまでそんなに見て回ってた訳じゃなかったから、初めて行った国や街ではしゃいでレイに怒られてたよ」
苦笑いを浮かべながらミハルはレイに『そうだろ?』と同意を求める。
そう言われてレイも『あー……』と困り顔をする。
「ミハル様との旅のはかなり目が離せませんね。土地の人に話を聞いている間にどこかへ行ってしまっては要らない物を買ってきて……」
「要らないって失礼だな。レイだって最初買ってきた時には『珍しいですね!』って喜んでたじゃないか」
レイの話にミハルは突っ込みをいれる。
「い、いや。確かに珍しい物もありましたが、実際旅に使えたかというとですね」
あたふたと否定はしているが否定になっていない。
「はいはい、分かりました。つまりは勝手にどこかへ一人で行くなってことね。見るときはレイの腕でも引っ張っていくわ」
二人のやり取りに呆れつつもついアイシャは笑ってしまう。
従者というかまるで保護者であるようだが、こうして話を聞いてみるとレイは年齢以上の背伸びをしている感がする。思ったよりも歳は上ではないのかもしれない。
可愛いというのには語弊があるが、レイのいい一面が見れた気がする。
「腕を引っ張られるのはいい迷惑ですが、一人で行かないという心がけは忘れないでください」
照れ隠しなのか、レイは咳払いして再度注意する。
「領土に着いてからだけでなく、単独行動は避ける事。特にアイシャは魔王に狙われているという事をわすれるな」
忘れかけていたが魔王はまたアイシャの前に現れると言っていた。
魔物を引き連れてくるのか分からないが、その点は要注意だ。
「しかし、こんな娘のどこがいいんだか。美人でもないし。魔王も物好きというものだ」
魔王を気の毒がっているのか、大きく溜息をついてチラリとアイシャを見る。
「レイそれはアイシャに失礼だよ」
ミハルにそう言われてアイシャはドキッとしたが、次の言葉でがっかりした。
「それなりにアイシャも可愛いとは思うし。魔王は美人好みじゃないんだよ」
「そうですね。それは言えますね」
ミハルのそれは完全に否定でも慰めでもなく、肯定だった。しかも単に可愛いではなく『それなり』との枕詞まで付けてくれた。
「あー、そうですね。私そんなに可愛くも美人でもないし、性格も悪いですしね」
「そこまで言っていないだろう。まぁ否定はしないが」
アイシャにしてみれば皮肉って自虐してみただけなのだが、あっさりとレイに肯定される。
ここまで言われてしまうと、本当に魔王は自分のどこが好きになったのかアイシャ自身も分からなくなってしまう。
「魔族ってそんなに変なのしかいないのかしら……」
「さぁ、私も魔族は魔物と魔王しか見た事ないからな。きっと容貌も性格も醜いのかもしれん」
こんな馬鹿話をしているうちに三人はブリザニアの領土入口にさしかかった。
領土というだけに入口には門兵が立ち、出入りする者のチェックを行っていた。
「次の者」
門兵に止められ、レイが先頭となり対応をした。
「旅の者です。三人です」
「商売はするのか?」
「いえ、商売手形は持っていませんので」
「よし、通れ」
特に何も咎められる事もなく、あっさりと中に入ることが出来た。まだ魔王が街を襲ったという情報も入っていないのか、警戒もさほどでないらしい。
「意外とあっさりと入れるものなのね」
アイシャにしてみれば拍子抜けでだった。門兵にあれこれ聞かれたり、痣の確認などされるものと思っていたからである。
「まあ、領土っていってもここは街に毛が生えた程度のものだからな。まだ魔王のことも広まっていないようだし」
「そうだね。もう少し大きい領土や国になるとちゃんとした門壁や門があるからね。ここは門といっても丸太で作られた目印みたいなものだったしね」
旅に慣れた二人にしてみればここはそんなものらしい。
きっともう少し規模が大きくなるとチェックも厳しくなるのだろう。
「まずは宿を探してしまいましょう。聞いて回るにしても、見物するにしても少し休むのが先です。アイシャは野生児だから体力が余っているだろうがな」
いくら少し和解したからといってもレイの皮肉はなくならない。ミハルにちょこちょこと気に掛けられるアイシャが気に食わないのには変わりない。
「私より体力のありそうなレイはもっと野生児なのね」
ここで黙っているアイシャでもないので言い返しはしたが、
「お前みたいな野生児と一緒にするな。鍛え方が他の者と違うだけだ」
あっさりと一蹴されてしまった。
宿屋を前にしてアイシャは立ち止まった。
「どうした?」
入ろうとしたレイは不思議そうに尋ねる。
「あの……、当たり前っていえば当たり前なんだけど、私お金持ってないの。宿屋に泊まれない」
アイシャの言葉に二人は顔を見合わせ、ミハルは笑い出した。
「何言ってるのアイシャ。一緒に旅すると決まった時に言ったよね? アイシャの事は守るって」
「言われたけど……。それと宿屋の代金とどう関係があるの?」
急に笑われてちょっとムッとしながらミハルに尋ねる。
「アイシャが野宿して誰かに襲われたらどうするの? それこそ約束守らなかったことになるよね? 一緒に宿に泊まるのも身辺を守ることと一緒だよ」
「まあ、野宿したいなら止めないが。あとで文句言ってきても私は知らないからな」
二人ともアイシャが一緒に宿に泊まって、宿の代金をミハル達が払うのは当然と思っていた感じだ。
アイシャだけが勝手にお金のない自分は野宿で、旅の間の警護だけをしてもらえると思っていたらしい。
「え、いいの!? 後で出せって言われても本当に持ってないからね!?」
「疑い深いな。大丈夫だ、そこまで私はケチではない」
憮然としてレイはアイシャを冷めた目で見つめ、先に宿に入っていってしまった。
「仮にレイが払えって言っても、僕が払わせないから安心して」
ニコリと微笑んでミハルはアイシャの手を取り、宿の中へと入っていく。
『アイシャ、僕が一緒に怒られてあげるから早く家に入ろう!』
そう言って手を引いて家に入る兄の面影がミハルに重なった。
やはりどこか兄に似ている感じがする。そら似なのか、それとももしかして本人なのか……?
天然と成長しきっていない子供というのは、いつだって言われた事はすぐに忘れるものである。
予想通りというか、何かそういう決まりでもあるのかと思われるほどだ。
「「市場を見てくる!!」」
部屋を案内されて荷物を置くや否や、ミハルとアイシャは休んでからと言ったレイの言葉を綺麗さっぱり忘れ去って飛び出していった。
「ミハル様!? アイシャ!?」
待ちなさい、という言葉は発する間もなく二人の姿はあっという間に扉の向こうへ消えた。
「……これだから先に釘を刺しておいたのに」
いつもならミハルだけ探せば済むものの、今回は二人。手間も二倍である。
「せめてアイシャが本当に手を引っ張って出てくれれば捜索も一人分で済んだのに」
期待なんてはしていなかったが、二人のやりとりを見て笑って宣言したアイシャを思いだすと、ちょっぴりだけそんな期待を抱いていた自分がいる事にふと気づいた。
レイの苦労も知らない二人は一直線に市場へと走って行った。
さほど大きくない領土だけに、宿屋から市場の賑やかな声が聞こえてので人に道を聞くまでもなく市場の場所は分かった。
「ミハル、領土の市場ってどんなものが売ってるの?」
「食料品、衣類は当たり前だけど、街で見ることがない様な装飾品とかも置いていることがあるよ」
「薬草とかは?」
「多分色々あると思うよ。街よりも出入りがあるから、取引もそれなりに盛んだからね」
向いながら二人はこんな話をしていたが、ミハルもここの領土は初めてである。どんなものが置いてあるのか、アイシャ同様かなりわくわくしている。
そして当然ながら市場に着くなり二人ははぐれた。
はぐれた、というより声を掛けることも忘れ、それぞれが興味の惹かれたものに一直線に走り出していったのである。
もちろんアイシャは薬草と思われる袋の山と鉱石が置いてあるテントへ向かって。
「うわー! この薬草あんまり見ないやつだ! この鉱石ってどんな効能あるんですか!?」
テントの前に着くなり薬草を隅から隅まで眺め、グリーニスから聞いた事はあるが実際見たことのなかった鉱石の薬をじっと見つめる。
「これは山の洞窟で取れる鉱石だよ。粉末状にして化膿止めにも使えるが、色々な薬草と合わせて煮詰める事によって別な薬効も期待できるんだよ」
嬉々として尋ねるアイシャに、物珍しい娘と思ったのか薬商人は快く親切に教えてくれた。
「お嬢ちゃんは薬草に詳しいんだね。薬草もだけど鉱石も使い方を間違えれば毒だからね、ちゃんとした薬師に教えて貰ってから調合はするんだよ」
「ありがとうございます! ちなみにこれって、いくらぐらいするんですか?」
気になった鉱石を指さして尋ねる。
「お嬢ちゃんのお小遣いでは買えないかなー? ちょっと高いんだよ」
薬商人は両手を使って指で値段を示した。
そしてそれを見てがっくりとするアイシャに慰めのつもりなのか、薬商人は後ろ手にある山を指して言った。
「まぁ、買わなくてもあの山に入れば取れるけどね。危ないから一人じゃ山に入っちゃダメだよ?」
薬商人には『分かりました』と元気に返事をしてテントを後にしたアイシャであったが、当然いう事を聞く訳がない。
「あれは『普通の女の子ならば』って前置きがあるから言ってるのよね」
フンフンと鼻歌を歌いながらアイシャは薬商人が指さした山のふもとまで来ていた。
あとは洞窟を探すだけだが、そこまで詳しく教えてはくれなかったので自力で探すしかなかった。
「まぁ、ここら辺ぐるっと回ってみれば見つかるかな?」
日もまだ高いし、とアイシャは呑気に構えて山のふもとを歩き出した。
しかし知らない土地だけに、ふもとを回っているようだったが少し道を反れてしまったようだった。
「何か山を登っているような気がしないでもない……」
これ以上行くのはちょっと止めて戻ろうと歩みを止めると、背後から声を掛けられた。
「お嬢ちゃん、どこに行くのー?」
振り向くと、少し身なりの薄汚れた五人の男が居た。
「これ以上登ると足場が悪いから危ないよー」
「もう日が暮れるよ? 誰かと一緒なのかな?」
ニヤニヤと笑いながら男達はアイシャを囲み、行き場をなくさせる。
「おじさんたち、私これから山を下りるの。そこどいてくれない?」
これくらいで怖がるアイシャではない。男達に強く言いながら睨みつける。
「怖いお嬢ちゃんだねー。こういうお嬢ちゃんが好きっていう客もいるんだよね」
リーダーと思われる男が顎で合図すると、他の男達はアイシャとの距離をさらに縮め拘束にかかる。
「!? こんなおじさんに負けると思ったら大間違いよ!」
そう言ってアイシャは剣に手を伸ばす。
「へぇ、お嬢ちゃんは強いんだ?」
あるはずの剣がない。逆側にも地面にも落ちていない。
「探してるのはこれかな?」
背後にいた男がアイシャの持っていた剣をかざして見せる。
「それ私の!」
「よそ見する余裕があるんだねー。すごいすごい」
剣に気を取られた一瞬、二人の男はアイシャを両脇から取り押さえた。
「!? ちょっと! 卑怯よ! 放しなさいよ!」
「卑怯で結構だよ。こういう仕事してんだからさ。へぇ、顔もなかなかだし結構いい身体してんな」
リーダーの男はアイシャの顔を掴みじろじろと見ると、じっくりと下へと視線を下ろした。
「味見したって高く売れそうだな」
言うや否や、リーダーの男はナイフでアイシャの服を胸元から引き裂いた。
読んでいただきましてありがとうございます。
少し更新が遅れました。
自己管理がなってませんので、すいませんです。
旅を始めて最初の土地でアイシャはなんだかなぁ、な行動しております。
まあお約束の行動です。
よし、さっさと次話行ってみよう。そんな感じですね。
がんばります。
一人でも読者がいるかぎり……。
ブクマがいなくても読者がいれば(´・ω・`)
誤字脱字がありましたら教えてください。
それでは次話お会いしましょう。