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北の大地・ブリザリア③

『俺のものになれ』

 山羊の角を持つ翡翠色の瞳をした魔王は、呼吸をするようにさらりと言った。


「はい?」

 緊迫した空気が一瞬止まった。

 魔王が言った言葉は『この場で皆殺してやる』ではなく『俺のものになれ』だったからだ。

 当事者のアイシャが一番魔王の言葉を理解出来なかった。

「俺のものになれって……。どういう意味?」

「そのままだが?」

 魔王も魔王で説明になっていない答えをする。

 ぽかんとするアイシャと反して、レイは緊張して魔王と対峙していた。

「この娘をどうするつもりなんだ!? 人間だぞ!?」

「人間だから何だと言うんだ。魔王が魔族以外の嫁を娶って何が悪い」

 そう言って魔王はアイシャに手を差し出した。

「さあ、女。俺と一緒に来い。こんな旅をするよりいい生活を送らせてやるぞ。服も食べ物も、そして肉欲も全て与えてやる」

 魔力でも放たれているのか、魔王の差し出す手に引き寄せられるようにアイシャは魔王へと歩み始める。

「アイシャ! 魔王の元になんて行ってはだめだ!」

 ミハルがアイシャを止めようとするが、ミハルもレイも身動きが出来ない。

「勝手に引き寄せられてるの! ちょっと魔王! あんたと一緒になんて行きたくないわ! そもそもあんたの呪いのせいで私は迷惑してるのよ!」

 そう言いつつもアイシャはどんどん魔王へと近づいていく。

「アイシャが魔王の呪い!?」

 ミハルは驚きを隠せなかった。

 何か訳アリな娘だとは思っていたが、魔王の呪いを受けた娘だとはミハルは予想だにしていなかった。


「そんな事より女、それはお前の思い違いだ。俺の呪いと言ったが、それは正確に言えば俺の呪いじゃない」

 ニヤリと魔王は笑った。

「時間というものは実に面白い。俺が眠っている間に事実は異なって伝わっていく」

 完全に引き寄せられたアイシャは魔王に腕を掴まれた。

 掴んだ腕をそのまま自分の腰に回させ、同じように自分の腕をアイシャの背中に回しぎゅっと抱きしめた。

「教えてやりたいが、俺は意地悪だからな」

 抱きしめ、魔王はアイシャの耳元に顔を寄せる。

「運命なんて言葉は、あのくだらない神を信仰する人間のものだけだと思っていた。でもこの出会いはまさに運命」

 目を閉じ、アイシャを愛おしそうにさらに抱きしめる。

「一目惚れ、というのか。お前を見た瞬間、欲望とはまた違う何かを感じた。これが愛というものなのか……」

 これが魔王なのかと疑うほど、愛おし気にアイシャを抱きしめる魔王の姿は人間臭い。

 姿さえ異形でなければ、待ち焦がれた恋人を迎えた人間にしか見えない。


「放して!」

 アイシャは魔王の腕の中から逃れようともがく。

 しかしやはり魔王、アイシャごときでは力では敵わない。

「放せと言われて放すバカがどこにいる? せっかく運命の人に出会えたというのに、逃がす訳ないだろう。このまま魔界に連れて帰る」

 そのままアイシャを両手で抱きかかえると、異空間の穴へと踵を返す。

「待て。そのまま行かせはしない」

 魔王が振り返ると、魔王の魔力を解いたレイが、魔王の頭を狙い魔力を放そうとしていた。

「剣士、やはり面白いことをするな。このパーティ自体が面白いが、お前が一番面白い。このまま女を連れ帰るのもいいが、」

 そう言うと魔王はアイシャをそっと地面へと下ろした。

「今日はお前に免じて女は置いて行こう。これは俺のものだというしるしと、お前らが駒を進めるためのヒントへの報酬だ」

 まだ掴んだままでいたアイシャの腕を引き寄せると、魔王はアイシャの唇に深くくちづけした。

「女の呪いについて知りたければ北の大地を目指すがいい。ブリザニアという地だ。くちづけ程度ではここまでしか教えられん」

 魔王はアイシャの手を取ると手の甲にキスをし、今度こそ異空間の穴へ身を投じた。

「しばしの別れだ。愛しい女よ」


 アイシャが我に返った時はもう魔王は異空間へ消えていた。


「何なのあの魔王は!?」

 すっかり朝になり、レイとアイシャは街の様子を見て回ることにした。

 アイシャは魔王に突然キスをされたことに腹を立てたままだった。

「は、初めてをあんな魔王に奪われた! 何なの!? 何なの!?」

 瓦礫を蹴散らし、壊滅状態を調べているはずなのに、ただ当たり散らして歩いているだけだ。

「アイシャ、あれくらいで腹を立ててどうするんだ。いずれ誰かとするんだろうし」

「その誰かが問題なの! 初めて会って、しかも好きでも何でもない、迷惑の根源としてしまった身にもなって!」

「いいのではないか? 相手はアイシャを好いている」

 レイはアイシャの気持ちを汲むどころか、火に油を注いでいるとしか思えない。レイの性格なんだろうか、やたらと淡泊だ。

「それでは何か? ミハル様だったらいいのか?」

 突然ミハルの名を出され、アイシャはあの寂しげな笑顔を思い浮かべる。

 兄のようで兄ではない、気になる存在。

「え、いや、それは……」

「最初に会った時もやたらミハル様を見ていたしな。一緒に旅すればご寵愛を受けれると言ったら、二つ返事で飛びついたくらいだものな」

 少し冷めた目でアイシャを見る。

 出会ってからそんな感じの目でしか見られていないので、アイシャはいまさらそんなのでは怯まない。

「そもそも『ご寵愛』って何なの?」

「まあ、特別大切にして愛するって意味なんだが、大体の場合は暗に『夜のお相手』にして貰えるってことだ」

『夜のお相手』の言葉を聞いて暫く黙っていると、急にアイシャは顔を真っ赤にして両手をバタバタさせ始めた。

「ええ!? そ、そんなの……、や、私……、そうじゃなくって……!」

「……知らないで承諾したのか。てっきり玉の輿狙いでいたのだと思っていた」

 あまりのアイシャの慌てようにレイは拍子抜けする。

「本当に色々と知らない女だな。ミハル様に害のあるやつだと思って警戒していたが、そこまで害はなさそうだな」

「害ってなによ!」

「まぁ、害は害だ。そんな事よりさっさと現状確認してミハル様の元へ戻ろう。こんな所でグズグズしていては旅が進まない」

 軽くあしらい、無駄話はここまでと言いたげにレイはアイシャを置いて先に進んでいった。


「街はほぼ復興不可能な状態でした」

 街を一周し、レイはミハルに報告した。

「そうか。ここまで壊滅していればもう魔物も襲ってはこないか。ただ、近隣の国に襲われた旨は報告しておいた方がよさそうだな。ここからはぐれていった魔物が襲いにこないとも限らない」

 ミハルは神妙な顔つきで街を見回し、どうすべきか考えているようだ。

「魔王が言っていたブリザニアという地はここからどのくらいの場所にあるんだ?」

 言われてレイはすかさず地図を取り出し、ミハルの前に広げる。

「ここからさほど遠くはない模様です。一番近い国がここから北西の方向にあるのですが、そこに向かうよりは近いかと」

 今いると思われる街から指をなぞり、ブリザニアと書かれた場所を指す。

「では先にブリザニアへ向おう。そこから西へ行き、この国にも魔王の出現を教えよう」

 ミハルの決定に二人も同意する。まずは一番近い場所に警戒を呼び掛けるのが一番である。

「では、今日はここで休息を取って明日の朝に出発しよう。アイシャもゆっくり休むといいよ」

 三人は比較的倒壊状況が悪くない建物に入って休む事にした。


 徹夜で動き回った疲れがほぼ癒えた頃に、アイシャは薬草の補充をするために外に出る事にした。

「そんなに奥へは行かないので大丈夫です」

 そう言ったが、ミハルは心配なのかレイに付いていくよう命令した。

 先ほどの魔王の事でレイも警戒しているのか、素直にアイシャに付いて薬草を採りに行くことを同意した。

「私が一緒だからと言っても奥へは行かないぞ」

 剣を携えると、レイが先頭に立ち外へ出る。


 言われた通り、街から少し出た範囲で薬草を探し始める。

 あまり目ぼしいものがないが、ないよりはと二人で手分けして探し摘んでいく。

「ねぇレイ、ミハルに魔法を教えたのはあなた?」

 摘みながら、アイシャはさっき見たばかりのレイの魔法を思い出し問う。

「ああ、ミハル様には通常以上に魔力が潜在していたからな。剣が使えなくなった時を考えて威嚇程度に使えるようにはした」

 淡々と答えるレイの表情は見えないが、『それがどうした』とい雰囲気は分かる。

「あなた達は何者なの? 魔王もレイの存在が面白いって言ってた。このパーティも。普通の人じゃないって事よね?」

 アイシャが普通でないのは呪いを受けている段階で自分でも分かっている。呪いのせいで発動できないが魔力も潜在しているのも分かっている。

 魔力は普通、魔女や魔族などの特殊な血族や何かしらの契約で自分の中に生まれる。レイもミハルも魔力があるということはそのいずれかということだ。

「ミハル様はある契約のもとに魔力を授かった。魔族といった血統ではない、普通の人間だ」

「じゃあレイは? あれだけの魔力、契約で授かるものなの? グリーニス……、魔女の魔力にも近い強大さがあったわ」

「気が向いたら教えてやろう。強力な魔法が使えた方が何かと便利だろう? 魔王にキスされたりそれ以上を求められた時に助けるのには」

 蒸し返すように魔王の事を例えにあげる。

「ま、ま、まおうは関係ないの!」

 思い出しまたアイシャは赤面する。レイの言うそれ以上も必然的に想像してしまう。

「そ、そうなったら助けてくれるんでしょうね!?」

「ああ、側にいればな」

 アイシャの動揺っぷりが面白かったのか、レイは声を上げて笑った。

 ここまでしかめっ面か難しい顔くらいしてなかったレイの笑顔は、まるで少年のようだった。


 トクンとアイシャの心がひとつ鼓動を打つ。

読んでいただきましてありがとうございます。

魔王さま、あっさり帰っちゃいましたが、まだまだ出ます。

なにせ主要人物ですから。

王子の影が薄いのは、手抜きではないです。これから書きます(多分)


私の話に共通して言える事が、ヒーローがヒーロー扱いされず、やがてわき役的になってしまうこと。

きっと読んでいた本などでヒーローに惚れずサブヒーローなキャラに惚れる性癖のせいだと思われます。

ここでも同じ現象が起きるのか、頑張ってヒーローをちゃんと活躍させるのか。

多大に期待せずお待ちください。


それではまた次話でお会いしましょう。

感想とかいただけたら嬉しいなぁ……。

ブクマ誰もいないし(´・ω・`)


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