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北の大地・ブリザリア②

 不本意ながらミハル一行と一緒に旅をすることになったアイシャであるが、決定したにも関わらず一向に出発しようとしなかった。

 ミハルに薬草を施してもう結構時間が経つのに、ミハルは樹の根元から動こうとしない。

「ミハルさん、まだ痛みますか?」

 普通の切り傷くらいなら、グリーニス直伝の調合した薬草で痛み共に良くなるはずである。

「まだ、身体が苦しくて……」

「苦しい?」

 切り傷で苦しいなんて症状が出るのはおかしなことだ。そんな症状が出るのは別なところに原因があるかもしれない。

「少し、傷口を見せて貰ってもいいですか?」

 アイシャはミハルに尋ねた。

 ミハルはお願いしますと頷いたが、レイがあまりいい顔をしていない。

「レイさん、何か不満でも?」

「それはあるに決まってるだろう。どこの馬の骨か分からない女に診せるなんて……」

「レイ!!」

 次を言わせない勢いでミハルが制する。

 このまままレイとアイシャが言い合いになってしまえば、下手すると剣が出てきそうだと判断したのかもしれない。

「失礼しました。アイシャ、ミハル様を診てくれ」

 またも不機嫌になるレイを無視して、ミハルの傍に跪き、脚の包帯を取る。

「……。傷を負ってからここに来る間に、沼か湖かそんな感じの所に寄りました?」

「ああ、すぐそこに沼があった。その側は通ってきた」

 ミハルが指さす方向に木陰からだが沼らしいものが確認できた。

「すいません、ちょっと確認してきます。ここにこのまま居てください」

 断るとアイシャは剣を持って沼へと走って行く。


「お待たせしました。やはり毒が入り込んだようですね。こいつが原因ですよ」

 戻ったアイシャは再びミハルの傍に跪き、レイも近くに寄るように呼び寄せた。

 レイがミハルの元に来ると、袋の中から沼から持ち帰ったものを見せた。

「何だこれは」

 眉を寄せて怪訝そうに尋ねて手を伸ばすレイに、アイシャは触らないよう言う。

「これは特定の沼地に生息する蟲です。動物や人間の血液の臭いに敏感で、嗅ぎ付けるとそれを吸血して養分とします。その際に毒を吐き出すので、ミハルさんはこの蟲に吸血されて毒が入った感じです」

「毒だと!? どうやって治療するんだ。お前は解毒剤なんて持ってなかっただろう?」

 レイがミハルの額に手を置きながら、アイシャの薬草袋の中身を思い返して言う。

「レイさん、薬草詳しくないんですよ、ね!?」

 多分ミハルの心配から、自分が薬草に詳しくないという設定でいたのをうっかり忘れてしまったのであろう。

 アイシャが少しきつめにレイに同意を求めると、ハッと顔を上げて渋い顔をした。

「あ、ああ……。さっきお前に旅先を聞いた時に、薬草袋に何が入ってるか聞いたじゃないか。お前、そんな事も忘れたのか?」

 親切に指摘してやったというのにレイは恩に着るどころか、何言ってんだ風にアイシャをあしらう。

「あー、そうですよね。そんな事もありましたね」

 やはりこの男と旅をすることを決めたのは早まった気がしたと思った。

 あの薬草の件で最初に剣を交えた時、殺せるチャンスは幾らでもあったのに殺さなかった。だからレイが『呪われた娘』を探している目的が殺すことではなく、別な目的があってにことだと判断した。

 殺すことが目的でなければ一緒に行動しても大丈夫だろうと。

 逆を返せば、別々に旅をしても殺せない理由があっちにはあるのだから、呪いを受けた娘がアイシャであろうという情報を流して回ることはないと言うことだ。

(少し考えれば分かるような事だった……)

 きっと早計だったのはミハルの事が気にかかっていたからなのかもしれない。

 兄なのか、別人なのか。

 多分別人なんだろうが、何故か気になって仕方がない。


「そういえば」

 殺されかけた時の事を思い出していて、気になったことがあったのを思い出した。

「レイさんの剣に刺されそうになった時、突然剣の軌道が反れたように思えたけど、あれはミハルさんが石でもぶつけたせい?」

 そう思ったのはレイが軌道が反れた瞬間にミハルの名を呼んでいたから。

 ミハルが何かしたに違いない、そう思ったからだ。

「それはちょっとした魔力みたいなものかな?」

「ミハルさんは魔法が使えるの!?」

「魔法って言ってもちゃんとしたものではないんだ。修行したわけでないからね。ちょっとした衝撃を与える程度なんだ」

 修行した訳でもないのに、ちゃんと発動出来ているし、的中している。独学で練習していたのかもしれない。

「それでも凄いです! そもそも自分の中にある魔力を……」

 ミハルの話にグリーニスに話された魔力についての話を思い出し、話し始めたところをレイが手を一つ叩きそれを制した。

「はい、そこまで。アイシャ、ミハル様と雑談するために傍にいった訳じゃないだろう。さっさと毒の治療をしないか。これ以上ミハル様を苦しめるな」

 はっとしてミハルを見ると、話しに夢中になっていて気が付けなかったが顔色がかなり悪くなっている。

 久し振りに普通に会話したせいもあって興奮していたんだ、とアイシャは後悔と反省をした。

 グリーニスは常々言っていたのだ。

『病人の前では常に注意を払え。たとえ病人が元気であっても、異変は急に訪れるものだ』と。

「ごめんなさい、つい話が楽しくて……。ミハルさん、ごめんなさい。具合悪いのに無理に話してもらって……」

「アイシャ、ミハルさんではなくミハル様だ。私の事もレイ様と呼べ。あと、用もないのにミハル様に話しかけるのは禁止だ。話したいときは私を通せ。それから……」

 この際だからとレイは呼び方などあれこれと注意をする。要約すると自分の身分を弁えろ、という事だ。

 しかし今度はそれをミハルが制した。

「レイ、主従関係はお前と僕だけだ。アイシャは旅の同行をするいわば仲間だ。あれこれ命令して規制した挙句、アイシャと結んだ契約を反故にするつもりなのか? 身分が低いからといってこっちから搾取するだけして、アイシャの事は守ってやらず危険にさらしてもいいと言うのか?」

「そ、そこまでは……。あくまで身分相応の対応をしろと言いたいだけで……」

「旅をしているのに身分云々言うのがおかしいと言っているんだ。じゃあ、レイ。今からお前と僕も主従関係はなしだ。お前と僕はもう無関係だ。一緒に旅をしたくないからここでお別れだ」

 無理して立ち上がろうとして、ミハルは体勢を崩しそのまま地面に倒れ込む。

「ミハル様!?」

 助け起こそうとするレイを拒絶するように、レイの足元に衝撃魔法を放つ。

「言ったろう、もう無関係だと。アイシャとの関係を見直すなら、もう一度一緒に旅をすることを考えてもいい」

「ミハルさん、こっちもお願いして同行させてもらってるので、それくらいの規制は……」

 慌ててミハルを止める。

 アイシャがミハルをどう呼ぼうが話しかけようが本当は旅には関係ない。彼らと主従関係を結んだ訳でもないのだから。

 この旅の同行自体レイが勝手に進めたのだから、レイが言ったことを守らなければ同行出来ないというなら願ったりだ。

 ただそれが原因でミハルとレイの別離の話になるなら別だ。

「いや、これはアイシャが折れればいいという問題ではないよ。もしこの先同行者が現れた時、同じような問題になるだろう。レイが自分の考えを貫くか、僕に従うか」

 倒れた体勢のまま起き上がらずにレイを睨みつける。

 起き上がらないのはそこまで身体に毒が回っていて、思うようにならないからなのか。

「分かりました。アイシャとの関係性を少しだけ見直します。ここで同行を拒否されてしまっては、ミハル様のお父上に私が処罰されてしまいます。処罰されるくらいなら、この小娘の行動に少し目を瞑るくらいの方が幾分いい」

 やはりこうしてレイの会話を聞いていると、かなり傲慢だし性格が悪い気がする。

 ミハルには従順だが、自分より身分が低い者・女子供には威張り散らしている感がある。

「それじゃあ、まず呼び方だ。レイは今まで通りで構わない。旅の間だから付けないで呼ぶのもいいとは思うんだがね。アイシャはミハルでいいよ。『さん』なんてつけられるのも堅苦しいし。レイを呼ぶときもさんも様も付けなくていいよ。そんなことしてるとまた調子に乗りそうだ」

 そこまで話すと、ミハルは目を閉じてしまった。

「ミハル様!? アイシャ、早くミハル様を!」

 倒れて起き上がれなくなった時点でくだらないやりとりをせずに治療をしていればいいものを。レイが拘った挙句の結果だった。

「持ってる薬草を混ぜなくてはいけないの。火を起こせる?」

「それくらいは簡単だ。早く薬草を調合しろ!」


 ミハルが目を覚ましたのはすっかり夜も更けて、魔物も樹々も眠りに就いたころだった。

「……レイ? どこだ?」

 目を覚まして、片時も傍から離れることがなかったレイがいなかったことにミハルは不安を覚えた。

 気を失う前に言い合いをした時に、自分に従わないなら別離して旅をしようと言っていた事を思い出される。

 もしかしたら気を失った後にレイとアイシャが言い合いになり、それぞれが別に旅に出てしまった可能性も否めない。

 しかしそれは杞憂に終わった。

「あ、気付かれました? 良かった。思ったより毒の量が少なかったみたいで、私の持ってる薬草の調合だけで解毒出来たみたい。まだ油断できないけどね」

 ずっと薪を拾っていたのか、アイシャは両手いっぱいに枯れ枝を抱えていた。

 ミハルの寝ているところから少し離れた所に焚火はあり、燃やしてからかなり時間が経っていたらしい焚火は、火は消えないまでもかなり小さくなっていた。

「レイは?」

「レイさ……、レイは食糧調達がてら周辺の偵察に行ってます。私がここでかなり硬質な魔物を倒したと話したので」

「そうか……。一瞬、僕があんな事言ったからみんなバラバラに旅を始めてしまったかと思った……」

 ほっとしているのか、まだ不安が拭えないのか、ミハルの顔は微笑みを浮かべているのに寂しそうに見えた。

(兄さんもよく、こんな寂しそうな笑顔をしていたな……)

 こんな小さい仕草までも兄に似ている。

 兄でないと分かっているが、兄である可能性が捨てきれない。


「あ、熱、下がったかしら? 倒れた時少し高かったの」

 そっとミハルの前髪を上げると、アイシャは自分の額をミハルの額にくっつけた。

「ん、下がったかな? これくらいなら朝には回復してるわ」

 額を離して、ミハルに笑顔を向ける。

「あ、アイシャ……」

 困ったような、照れたようなミハルがアイシャを見上げる。

 アイシャはミハルが何を言いたいのか分からず首を傾げたが、ハッと気づいてアイシャも恥ずかしくなってしまった。

「わざとじゃないの! あの、あの、よく私が熱を出した時に兄にこうやって熱を測っててもらって。それでつい……」

 兄の事を考えていたら、ミハルと兄が重なって見えた。だからつい兄にして貰っていた事兄にしている感覚で、無意識にミハルにもしてしまった。

 こんなことミハルには言えない。

 兄に似ていたからしてしまったなんて、言えない。

 殺されて死んでいるかもしれない兄に似ている事なんて、絶対に言えない。


「アイシャにはお兄さんがいるんだ」

 アイシャのこんな複雑な心の中など知る由もなく、ミハルは嬉しそうに尋ねる。

「ええ、五歳上の兄がいたわ。優しくて、正義感が強くて、いつも私を心配してくれたわ」

 痣が浮かんできた時も、母よりも姉よりも一番心配してくれたのも兄だった。

「『いた』ってことは亡くなったのかな。あ! ごめんね、こんな突っ込んだこと聞いちゃって。言いたくなかったら言わなくていいよ。ごめんね」

「あ、うん。今はちょっと言えないかな……。ごめんなさい」

「いやいや、こっちこそ変な事聞いちゃったから」

 お互い謝り話は収束したが、何となく気まずい雰囲気になってしまった。

 何か話せばいいのだろうが、今日さっき知り合ったばかりで何を話題にしていいのか見当がつかず、お互い黙ったままになってしまった。

 ただ顔を見合わせているのも照れくさく、ついには俯いてしまった。


 焚火の木の爆ぜる音だけが鮮明に聞こえる中、暗がりの茂みからガサっという音が聞こえた。

「誰!?」

 すぐさま剣を鞘から抜き構えるアイシャ。

 音のする方に集中しながら、ミハルを自分の背後で守れる位置まで移動する。

 魔物らしい気配はない。人の気配も、動物の気配も感じない。

 風にしては音が大きかったから、やはり人か魔物と考えるのが妥当だ。

「出てきなさい!」

 アイシャが声を張り上げる。

 それに応じる様に音がした茂みから何かがこちらに近づいてきた。

「私だよ、アイシャ。敵ではない」

 焚火の灯りで漸く見える様になったその姿はレイだった。

「何だ、驚かせないでよ。魔物かと思った」

「それは悪かった。それより、この先少し下りたところに村があった。そんなに距離はないから、ミハル様をこのまま野宿させるよりは連れて行った方がいいかと思うんだが」

 確かにこのままでも熱も下がるだろうし毒も抜けるだろうが、熱と毒で消耗した身体にはちゃんとした場所で休ませるのが一番である。

「ミハルが歩けるようなら。ただ、村に下りても宿に泊まれるとは限らないわよ?」

「それはダメだった時に考えよう。ミハル様、動けますか?」

 返事をする代わりに立ち上がり、自分の剣を腰に携える。

「大事をとってゆっくり進みましょう」


 レイが見つけた村は、村というより街に近い感じの少し発展した地域だった。

 しっかりとしたレンガで出来た家々が並び、歩道も整備されている。

 宿屋もあったから、やはり街なのかもしれない。

 かなりの夜遅くということもあり、灯りのともっている家は一軒もない。

 宿屋もすっかり灯りを落としている。まだ仕込みをするにしても早すぎる時間なのだろう。

「レイ、どこも灯りはついてないわ。どうするの?」

「宿屋は起こしたって構わないだろう。あっちも商売だ」

 そんな酷い事をさらりと言って、宿屋の扉を叩こうとした。その時、

「グオォォォ!!」

 上空を大きな影と空気を裂くような雄叫びが聞こえた。

 大きな影が街を過ると、去った跡からオレンジ色の炎が上がった。

「魔物!?」

 上空を舞う大型の翼を持った魔物は、翼から火の粉のようなものを振り落としている。

 それが街の家々の屋根に落ちて燃えているのだ。

 魔物も雄叫びと次々と上がる炎に静まり返っていた街は一転して、家から飛び出し逃げ惑う人々で騒然となった。

 気が付くと地上にも魔物が溢れ返っていた。

 鋭い爪で家から飛び出してきた人々を裂き、喰らい、次々と殺していく。

「レイ!」

 アイシャが声を掛けるよりも早くレイは剣を構え、ミハルに襲い掛かる魔物を倒していっていた。

「アイシャ、街の人々は仕方がない。この数では助けに回る我々の命が危ない」

 冷静に答えながら、素早い剣捌きで魔物を次々と倒していく。

「ミハル様はまだ戦える状況ではなさそうだ。私がミハル様を守るから、お前は自分の事だけ考えろ!」

 そう言うレイにもあまり余裕がない。魔物の数が多すぎる。

 しかしアイシャにはそれ以上に余裕はない。腕が立つといってもレイ程力も素早さもないから、倒せる数にも限度がある。

 とにかく倒すのみだ。でないとこちらが死ぬまでだ。


 爪は鋭いが思ったほど強くはないお陰で、余裕がないながらも魔物を片付けていくことが出来た。

 夜も明けるかという頃になると魔物も残すところ数体というところまでになった。

「何だ、街のやつらが無残に死んでるのを楽しみにやってきてみれば。興醒めだな」

 また一体魔物を倒したところで不意に声がした。

 いつの間に出来たのか、禍々しい異空間に繋がる穴が口を開き、その前に異形の人間らしきものが立っていた。

「お前! 魔王か!?」

 レイが声を上げる。

「そうだ。あまり姿を現さないのによく分かったな。暇つぶしに魔物を放ってみたのだが。殺ったのはお前らか? 一人は女だな」

 魔王はじっと三人を見る。

「面白いメンツだな。実に興味深い。特に女、お前が気に入った。俺のものになれ、そうすればこの場を見逃してやる」

読んでいただきましてありがとうございます。

やっと、やっと! 魔王さま登場です!

まおうさまぁぁぁー!

って言っても出て少ししか会話してない。

でもいいんです。

恋愛要素の主要な人出せただけで、話が少し楽になる…いや、盛り上がるんで。

さぁ、頑張るぞ。

休み少なくても、寝る時間少なくても、体調不良でも。

書ける時に頑張ります。


それでは次話お会いしましょう。

変な言い回しとか誤字脱字、色々なご意見お待ちしています。


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