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北の大地・ブリザリア①

(兄さん!?)

 アイシャは目を疑った。

 樹に寄りかかって苦し気にしている青年は、十年以上前に捨てられた家の兄に似ていたのだ。

 似ていると言っても、髪の色も少し違うし年齢も兄に近いようには見えるがよく分からない。

 そもそもあんな貧しい家の兄がこんなに立派になっているはずはない。

 それに兄と言わず家族も村の者も全員、グリーニスの呪いで死んでいるのだからここにいるわけがない。

「レイすまん。僕が不注意なばっかりに」

 ミハルと呼ばれた青年は、駆け寄った従者に軽く頭を下げて礼を言う。

「いえ、ミハル様が悪いのではございません。私が薬草を切らしてしまったばかりに」

 レイは跪いてさらに謝る。

 そんなことよりもケガの具合とかどんな薬草が欲しいのかとか全然聞いていない。

 謝り合戦しているぐらい元気なら、私が呼ばれる必要なかったのでは? とアイシャは二人を冷めた目で見る。

 こんな所で油を売っている暇などないのだ。

 一刻も早く、呪いを解くために旅を進めなくてはいけないのに。なのに呪いを解くものが何か、どこにあるのかすら分からない。

 知っているとすればグリーニスの仲間の魔女ぐらいだろう。その魔女もどこにいるのか探さなくてはいけない。

 ミハルの正体に少々興味はあるが、今は呪いが先決だ。

「あのー、かなり元気そうなんで薬草必要ないですよね? 探せばここにもいっぱい生えてるし」

 見れば切り株の陰に傷を癒す薬草や解熱の薬草がいくつか生えている。それなのに薬草を摘もうともしない二人がかなり不審である。

 考えたくはないがこの二人は村人の生き残りで、自分を殺すべく後を追ってきたのではないか?

「用がないなら私、先を急ぐので」

 そう告げて踵を返すと、レイが慌ててアイシャを呼び止めた。

「待ってください! 薬草が必要なんです。この通りミハル様はケガをされていて……」

「ケガっていってもちょっとした切り傷でしょ。概ね枝にでもひっかけたんでしょ。それに傷に効く薬草、そこら辺に生えてますよ」

 それじゃ、と歩き出すとレイはアイシャの前に回り込み行き先を阻む。

「なんですか? 本当の目的はこっちですか?」

 素早く剣を抜き取り、立ちふさがるレイに刃先を向ける。

「回りくどい事は無しにしましょう」

「え、ご、誤解です! 剣を納めてください!」

 誤解と言っている割にはその誤解を解く為の説明をしない。

 やはりこの二人はケガ人を装った追手だったのか。そう思い剣を振り上げた時、展開についていけなくなっていたらしいミハルが口を開いた。

「待って下さい! 薬草が欲しいのは本当なんです! 生えてても何の薬草か分からないんです!」

 ミハルの叫びにアイシャは動きを止めた。

 そしてじっと二人の顔を交互に眺め、首を傾げた。

「……お二人とも旅人、ですよね?」

「はい」

「……いつから旅を?」

「かれこれ一年にはなりますかね?」

「今までどんな風に旅されてましたか? 食料や寝る時、ケガや病気は……」

「ギルドの依頼の魔物を倒して賃金を得て、それで宿を取っていました。ケガや病気は宿の近くの診療所を使ってましたね」

 アイシャの問いに答えるのは全てミハルだった。その間レイは渋い顔をしてアイシャを睨んでいた。

 何で主人が見知らぬ女の受け答えをしているのか不思議でならないが、この従者はかなりプライドが高いのだろう。

 見知らぬ女に薬草を請うのは主人の為に仕方がないことだが、その理由まで話す必要はないと考えているのだろうか。

「で、戦闘中とか今みたいにケガして動けない時はどうしてたのよ。黙ったままでいる従者さん」

 睨むレイにアイシャも睨み返す。

「……下手に出ていればいい気になりやがって、女ごときが。黙って薬草を渡せばいいんだ」

「人に物を請う態度じゃないわね。主人は女ごときにもちゃんと話してくれるのに。今まで何とかしてきたんでしょ!? 女に物乞い出来ないならさっさと宿屋に帰りなさいよ!」

 まだ鞘に納めていない剣を握り直し、レイの胸の前に向ける。

「遊びで旅をしてるなら、命があるうちに家に帰りなさい。そんな態度のままではいずれ死ぬわよ」

 アイシャ自身もそんなに旅をしているわけでは無い。でもこんな旅の仕方ではいずれ遅かれ早かれ命を落とす。

「偉そうに言うな! 身分の低い小娘のくせに!」

 怒りに任せてか、レイも剣を抜く。

「そこまで偉そうに言うくらい腕も立つと言うのだな。いいだろう、お前が間違っているということを思い知らせてやる」

 抜いた剣先を素早く振り上げると、アイシャの剣を自分の胸前から横へ逸らさせ、その勢いのまま振り下ろしてアイシャの剣を弾き飛ばした。

 それで勝負はついたと思われた。

 しかしレイは思い知らせると言った言葉通り、丸腰のアイシャに向けて再び剣を振るった。

 寸止めなどではなく、振るわれる剣はアイシャの急所を狙い容赦なく襲い掛かる。

 しかしそこでやられるアイシャでもない。拾われた時からグリーニスについて剣術を習ってきたのだ、大抵の攻撃は避けることぐらい楽勝だった。

 が、相手は豪語するだけの腕前だった。最初は避けられていたレイの剣も紙一重にしか避けられなくなり、ついには髪を切り、服を裂くまでに至った。

「言う程の実力はないな、小娘。これで最後だ!」

 心臓目掛けてレイの剣が鋭く走る。

 このまま突き刺さると思われた瞬間、何かに弾かれてレイの剣の軌道がずれた。

 剣は心臓を反れ、そのまま左腕を掠めて抜ける。

「ミハル様!? ……!! 小娘、その痣!?」

 掠めた時に破れてしまった袖からアイシャの痣が現れる。

 村から追い出されて二回も殺されかけた経験から、見られていい思いをするものではない事を悟ったアイシャははっきりとレイに見られる前に手で覆って痣を隠した。

 レイの表情からして、彼はこの痣が何か知っている様子だ。ここで騒がれては旅を続けるのに支障が出る。

 何とか痣の事に触れるのを阻止しなくてはと、アイシャが口を開こうとした時ミハルが先に声を上げた。

「レイ止めろ! いくらこの娘が剣の腕が立つと言っても、お前の腕に敵うものがいないのは分かっているだろう! 無抵抗の者まで殺す気なのか!?」

「しかし……」

「しかし、じゃない! ……お嬢さんすいませんでした。謝って許されるような事ではないとは思いますが、お嬢さんの言葉も少々行き過ぎた所があったように思えます。一応これでも長く旅している身、お嬢さんに言われるまでもなく死と隣り合わせでいるのは重々承知しています」

 レイを諫め睨んだその目でアイシャをも睨み上げる。

 言葉は丁寧であるが、口調や内容は目つきと共に謝っているようには思えないものだ。

 言われてみれば言い過ぎたのかもしれない。誰だって魔物と戦いながら旅するのに、死を覚悟しないものはい。まして一年以上旅を続けているならなおさらそれは身をもって分かっている事だろう。

「……すいません、私も言い過ぎました。薬草はお渡しします。ただ条件がひとつあります。レイさん、ちょっといいですか」

 アイシャは薬草の入った袋を出しながらレイを呼んだ。

 主人に諫められたレイは憮然としたままアイシャの傍らへ近づく。

「何だ小娘、何が条件だ。金か?」

「そんなんじゃないわ。あなた見たわよね、これ」

 そう言って手を少しだけずらして痣を見せる。

「ああ。それは何かの呪いだな? 何でお前がそんなもの受けているんだ」

「色々あるのよ。条件はこれよ、この痣の事を黙ってて欲しいの。旅を続けるのに、痣の事が噂で広まると差し障りが出るの」

 言いつつミハルの方を伺う。ミハルはアイシャの痣の事には気付いていなかった様子で、アイシャが手をずらした時も気に掛ける様には見えなかった。

「それだけか?」

「ええ、それだけ。それさえ守ってくれればこの袋の薬草は全部あげるわ」

 薬草の入った袋をレイに差し出すが、レイはそれを受取ろうとせず鼻で笑った。

「お前の秘密というのは随分対価が安いのだな。あまりに世間知らず過ぎて気の毒だからひとつ教えてやろう。大抵のやつは薬草ごときでそんな重要な事黙っちゃいない」

 これは教示分だ、と袋から傷用の薬草をひとつ取り出すと袋をアイシャに投げて返した。

「別れてしまえば相手がどこで秘密をバラしているなんてこっちには分からないことだ。支障が出るほど重要な事は、バレないように死守するかバレたら相手を殺すかどっちかだ」

 そのままミハルの元へ戻ろうとするレイを、アイシャは咄嗟に腕を掴んで止めた。

「待って! どうしてそんな事教えてくれるの。さっきまで殺そうとしてたくせに。あと、薬草詳しくないなんて嘘でしょ。そんなに色んな種類の薬草が入ってるのに、迷いもなく傷用の薬草を選んで取ったわ」

「……目ざといな。薬草は詳しいよ、でなければこんなに長く旅していて無事でいない訳ないだろ。教えてやったのは言った通り気の毒過ぎたから、それだけ」

 掴まれていたアイシャの手を払うと、今度こそレイはミハルの元へ向かうため踵を返す。

「まだ話は終わってないわ。あなたの本当の目的は何!? 嘘をついてまで近づいてきたのは何故!?」

 咄嗟に掴みなおすことが出来なかったレイの背後から言う。

 最初にレイに声を掛けられた時に感じた違和感。

 剣を向けられてもまるで恐れていなかった目の色。予めそうなることを知っていたかのような振る舞い。全てが不自然で違和感だった。

「人探しだよ。とある理由で呪われた娘を探してた」

「探すだけなら普通に聞いて回ればいいだけじゃない。薬草とか関係ないじゃない」

「お前は自分がさっき言った事ももう忘れたのか? 呪われた事を隠しているのに、聞いて『はいそうです』と答える馬鹿がいるか?」

 確かに、聞かれてそう答えるのは自ら殺してくれと言っているようなものだ。

「私の探している呪われた娘は、魔女に育てられた娘と聞いた。薬草に詳しく剣をも扱い、肩に呪いの印を持つという。だったらその条件を満たす者を『呪い』という言葉を使わずに見つければいい」

「だからって薬草を持つ娘全員に剣を向けるの!?」

「まさか。薬草をくれと言っただけなのに剣を向けてきたからちらも剣を向けたまで。普通に薬草を渡してくれていれば『剣は使えるか?』と聞いたまでのこと」

「はいと答えた娘全員にそうやって剣を向けてきたの!? あんな危険な剣捌きを、普通の娘は避ける事すら出来る訳がない!」

 グリーニスと毎日実践的な特訓を積んできたから辛うじてかわせたものの、男の下級兵士でもあんなものかわせない。

 レイが何か答えようとしたが、ミハルが声を掛けてきてそれを遮った。

「レイ、いつまで交渉してるんだ!? 無理なら仕方がないから宿に戻ろう。無理すれば歩けなくもない」

「ミハル様、今戻ります」

 アイシャに答えず、薬草を持ってミハルの元へと急ぎ戻っていく。

「ミハル様、この娘の条件とやら、承諾してもよろしいでしょうか?」

 ミハルの脚の傷口に薬草を施しながらレイは言う。

 先ほどアイシャに『世間知らず』と罵った条件は薬草が入った袋を返された時点で却下とみなされているはずだ。

 しかもなぜ却下された条件に痣の事を知らない主人に許可を取る必要があるのだろうか?

「何だ? どんな条件だ?」

「ミハル様との旅に同行したいとの事です。薬事関係は請け負うので、その代わり野営などの時に守って欲しいと」

「え!? ちょっ……」

 そんな事一言も言ってない、と訂正しようとしたがアイシャの言葉をレイの手とハルの返事が遮った。

「いいだろう。レイの薬草知識が乏しくて些か不安な面もあったことは否めない。そうなればいちいち宿に戻って治療するなどの手間も省けて、旅も進むというもの」

「それではそのように。娘に少し旅の方向などについて聞いてまいります」

 一礼するとレイはまたアイシャの元へと戻ってくる。

「ちょっと! 何で勝手に一緒に旅することにしてるのよ!?」

 こんな女だからと蔑むような冷酷な男と一緒に旅するなんて御免だ。ミハルについてはもう少し聞きたい事もあるが、レイの機嫌を損ねて殺されたりでもしたら呪いを解くどころではない。

「言っただろう、『呪われた娘を探している』と。多分お前がその娘だ。まだ確証は持てないが、十中八九間違いない。それに……」

 ニヤリと意味深げな笑いを浮かべると小声でアイシャに囁いた。

「お前、ミハル様に気があるのだろう。さっきからチラチラと様子を伺っているのは知っているんだ。うまくいけばミハル様のご寵愛くらいは受けれるぞ。あと呪いの事をバラされたくないんだろう? こちらを監視する意味でも、同行するのは一石二鳥ではないのか?」

「ご寵愛?」

 そんな難しい言葉はグリーニスの下では聞いた事が無い。褒美か何かの一種なのだろう、とアイシャは首を傾げながらも悪い話ではないと考えた。

「まぁいいわ。ミハルさんの事も少し聞きたいし。一緒に旅するわ」

 アイシャの言葉を受け、レイはミハルに向かってコクリと頷く。

 それを見てミハルはアイシャに向かってニコリと微笑み手を振った。

「よろしくね、お嬢さん。僕はミハル、ミハル=ローングリエット。君に剣を向けたのがレイ=グロンド」

「……よろしく。アイシャと言います」

 些か不審な面は拭えないものの、一人で旅を続けるのに不安がなかったと言えば嘘になる。

 ミハルの言うように旅も一人の時よりも進むだろう。


 こうして三人の旅が始まろうとしていた。

読んでいただきましてありがとうございます。

やっとメインキャラクターの登場となりました。

まだ王子様の出番が二言三言しかありませんが、一応登場しました(笑)

従者はもっと性格悪くしたいなと思ってますが、まだ序盤なので逆に優しい人になる可能性も……。

とっとこ魔王様を出さないと話は進みませんので、さくさく旅を進めさせます。


それではまた次話でお会いしましょう。


タグ入れたけど、意味あるのかなぁ……。不安でしかない。


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