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魔女の森②

 近づいてくるのは成人した男だった。

 そこまで体格は良くなかったが、森の奥まで一人で来れるくらいの体力と、鬱蒼とした樹々の枝を払うだけの力はある健康な状態の人間であることは確かだ。

「グリーニス、知り合いっぽい?」

 作業を中断して窓際まで来たグリーニスにアイシャは尋ねた。

「いや、知らない顔だね。ここで拾った顔でもないよ」

 じっと窓の外の男を見つめ、グリーニスは険しい顔をする。

「……アイシャ、ここからすぐ逃げなさい」

 突如、何かを感じたらしいグリーニスは、アイシャにここから逃げる様に命令する。

 普段『あんた』としか呼ばず、決して命令などしなかったグリーニスの言葉から異変を感じた。

 近づいてくる男が危険をもたらすだろうことは察しがついたが、一体誰なのであろうか。

 それを確認する余裕も考える余裕も与えることなく、男はいつの間にか家の前まで来ていた。

「!? 早くお逃げ!」

 突如家のドアが破壊され、男が無遠慮に踏み込んできた。

「やはり生きていたのか! この呪われた娘め!」

 アイシャを見るなり叫びを上げて、今ドアを破壊したばかりの鉈を振りかざして襲い掛かってきた。

 が、その刃先が肌を掠める前に男の動きは止まった。

「お前さんはここが魔女の家って知らないで乗り込んできてる訳じゃなかろう?」

 グリーニスが放った魔力によって男は身動き一つ取れなくなっていた。

「早くお逃げ!!」

「私が逃げたらグリーニスが!?」

「私は何とでもなる! 早く!」

 促され、ここにいても足手まといにしかならないと実感し、アイシャは剣を取りあげると裏から後ろ惹かれる思いで逃げだした。

(私に魔法が使えれば。もっと剣が上達していれば……)

 今は悔やんでも仕方がない。

 とにかく逃げるしかない。見つからないようにどこかへ。

 しかしグリーニスが心配で遠くに逃げ遂せるのが躊躇われる。

(遠くへ行けないなら……)

 思い浮かんだのがここから少し行ったところにある洞窟。

 魔物が出そうな雰囲気はあるものの、ここまで入り込んでくる村人は今までいなかったとグリーニスが言っていた洞窟。

 奥まで入り込まなければ怖くなさそうだし、家の辺りに異変を感じたらすぐに駆け付けることが出来そうだ。

 息を潜め洞窟で耳を澄ませる。

 誰か近づいてこないか、グリーニスが危険な目にあって助けを求めていないか。

 きっと大丈夫と自分に言い聞かせて、アイシャは剣を抱えてうずくまる。


 嫌に静かだった。

 もうグリーニスによって男は追い払われたのでは? と思えるくらいに時間も経っていた。

 それでもグリーニスが探しに来るでもなく、追い払われた男が自分を探しにこの場所までやってくるでもなかった。

 こっそりと様子を伺いに行こうかと洞窟から出た途端、パァンと何かが爆発する音がした。

「!?」

 不吉な予感しかしない。

 グリーニスが火薬を使うとは思えないし、自分を探すのにこんな方法を用いたこともない。

 息を切らして家の前まで戻ると、グリーニスはおろか誰もいない。

 火薬の残骸す残骸はあるものの、血痕も何もない。

「グリーニス無事なの!?」

 もしかしたら銃を向けられ中に逃げたのかもしれない。

 一緒に男が中に入っていった可能性も考えず、アイシャは壊されたドアを乗り越えて家に入ってしまった。

「!!」

「ほーら、やっぱり戻ってきただろう?」

 アイシャの目に入ってきたのはグリーニスではなく件の男だった。しかも他に数人連れ立っている。

 男達はすぐさまアイシャの上から袋を被せると縄で縛り上げた。

「この魔王の手下はよ、魔女様を尊敬してるんだよ。いくら逃げろって言われても逃げれる訳ないのさ」

「本当だったな。のこのこ戻って来やがった」

「しかしよくお前、この女がアイシャって気付いたな」

「そりゃあんな動かぬ証拠くっ付けて生きてりゃ、誰だって判るだろう」

 男達は嘲り笑う。

 アイシャの痣を見たと言っているが、アイシャが直接治療に携わらなかった助けられた村人の誰かがこの中にいるのであろうか?

 そうだとしたら、助けられた村人がグリーニスに薬を運ぶアイシャの肩を見て、村の外へ逃がされたというのにわざわざ村まで生きている事を教えに戻ったという事なんだろう。

 それよりもグリーニスが心配だ。

 この現状では姿を確認する事も出来ない。今現在声も聞こえてこない。

「ねえ! グリーニスは!? グリーニスは無事なの!?」

 被された袋の中からアイシャは叫んだ。

「さぁな。俺の放った毒矢がしっかり刺さったからなぁ」

「まさかもう……!?」

「そんなのもう関係ないだろう!」

 グイ、と突然縄を引っ張っられた。

 そのままアイシャをグイグイ引っ張るので足がもつれて転びそうになる。

「ちょっと! 歩くなら歩くって言って! それよりグリーニスはここに居ないの!? だから分からないの!?」

 アイシャは必死に叫びを上げる。

 本当は泣きたいほど怖い。でも泣いてはいられない。

 そんなではグリーニスは助けられない。

 執拗に叫びを上げるアイシャに負けた男の一人が煩わしそうに漸く口を開く。

「あの魔女ならお前が出て行った裏口のドアの前でくたばってるよ。生きてるかどうかなんて、触ったら呪われそうで確かめちゃいない」

 これ以上騒ぐなと脚を蹴り上げ、動こうとしなかったアイシャを引きずり出した。

 確かめようがないが、生きている可能性もある。

 これくらいでグリーニスは死んだりしない。そんな願いも望みにつなぐ。

 機会を伺って逃げて、グリーニスを助けよう。

 そう決心し、諦めたフリをして引きずられるまま家を後にした。


 目隠しを外されて目にしたのは、アイシャに見覚えのある光景だった。

「ほら入れ!」

 乱暴に背中を押されて入れられたのは、四面が木の格子で出来た檻だった。

 まるで獣扱いだ。

「ここで夜まで大人しくしてろ!」

 鍵をかけられ、見世物よろしくアイシャはそのまま置いて行かれた。


 何も変わっていない懐かしい風景。

 かつて幸せに暮らしていたあの村。

 村を追い出されて十年以上経つというのに、あの時のまま時が止まってしまっているかのような錯覚すら覚える。

 風化してボロボロになっては補修をして住み続けている家。

 共同の井戸やその周りで遊んでいたと思われる子供の落書きの跡。

(井戸が近いってことは、ここは広場……)

 ここに放置されていったという事は、間違いなくここで見せしめで殺されるのであろう。

 さっきの男が『夜』と言っていたから、子供には見せない配慮だけはしているようだが、ここの広場はおおよその家の窓から覗くことが出来る拓けた場所だ。

(また嫌な風習が子供に伝わっていくのか)

 悲しく思うが今の自分にはどうすることも出来ない、と力なく井戸を見つめる。

 持っていた剣を取り上げられ、縛られたままの現状ではここから逃げる事もできない。

 今はただ夜になるのを待つしかなかった。


 日が暮れるにつれ、一人また一人と村人が広場に集まってきた。

 中には見覚えのない顔もいたが、殆どが名前も知った者ばかりだった。

「本当だ、まだ生きていやがった。魔王が生かしていたんだ」

 聞こえてくる声はこんなものばかり。誰一人アイシャを懐かしむ者も気の毒に思う者もいなかった。

「お集りの諸君! 魔王の脅威が去らなかった原因はここにあった! 今度こそここで血祭りに挙げ、魔王を消滅させようではないか!」

 松明を掲げたローブの男が言った。

 かつてアイシャを呪われた子として村から追い出し殺そうとした男だ。今またここでアイシャを殺そうと指揮を執っている。

 アイシャに何か恨みでもあるのか、それとも自分の出世のためにしているのか。

 またもいい加減な事を村人たちの前で語り、それを実行しようとしている。

「今宵は新月。今なら魔王は魔力を十分に出せないはず。魔王復活の役目を果たしたこの娘を殺せば魔王も消滅する。骨肉ともに塵にして月に捧げてやろうぞ!」

 ローブの男の叫びと共に村人が一斉に松明を掲げて声を上げる。この異様な光景はある種の新興宗教を思わせる。

「待って! 私を殺しても魔王は消滅しない! 消滅もしなければ呪いだって解けやしない!」

 大声でアイシャは叫ぶが声は届かない。

 聞こえないのか、魔王の呪いという言葉に憑りつかれアイシャの声が届かないのか。

 ローブの男の松明がアイシャの檻に放たれる。

 チリチリと端の方から火が燃え移り、徐々に檻を焦がしていく。

「さあ、皆も火を!」

 言われるままに村人が次々と松明をアイシャの檻へと放そうと近づいてくる。

 しかし近づいても放った途端呪われると思っているのか、なかなか実行する者がいない。

「何をしている! 早く火を放すのだ!」

 苛立ち始めたローブの男が村人に怒鳴り声をあげる。それでも村人はまだ躊躇い、松明を手に次の放し手を譲り合う。

「役に立たない村人どもめ!」

 ローブの男が舌打ちし、ぶつぶつと何かを唱えだす。

 するとローブの男の手の中に黒い渦の球が生まれた。

「あの魔女の事だ、まだ生きてるに決まってる。助けに来る前にこいつを消してしまわねば……!」

 言うと同時に黒い球をアイシャの檻に向かって投げつけた。

 球はアイシャの正面の檻に当たり、黒い炎を上げて燃え、松明の炎さえも取り込んで檻全体に広がった。

「この黒い業火で燃え尽きるがいい! 死ぬまで消える事がない炎に苦しんで死ね!」

「!!」

 檻が一気に音を立てながら燃えていく。

 中にいるアイシャにも容赦なく熱と黒い炎が襲い掛かり肌をこがしていく。

 このままではものの数分で塵になるのは避けられそうにない。

 かといって崩れかけているとはいえ、この檻から脱出することも不可能そうだ。

(ああ、やはり呪いは呪いだったんだ……。一時でも幸せになれると信じた私がばかだった)

 森に捨てられた時に言われた『恨むなら呪いを受けた自分を恨め』という村人の言葉が甦る。

 自分を恨まず村人を恨んだら、この人達は私に呪われるんだろうか?

 そんな事がアイシャの胸の内に過る。

 だったら呪ってやろう、自分とともに一緒に燃え尽きて塵になるように。こんな村、滅びてしまえばいい!

 アイシャはそう心の中で強く願った。 

読んでいただきありがとうございます。

少し間が空きましたが三話目です。

前置き長いなーって思ってらっしゃる方多いかと思われますが、その通りです。

流れ的に欲しいと思って書いてますが、自分で読み返しておかしいとかウザイとか思い始めたら改編します。

それまでこのままでいさせてください。

もう少しで王子様は登場させます。

ようやく恋愛要素部分出てきます。ご辛抱ください。


それではまた次話お会いしましょう。

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