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魔女の森①

 額にヒヤリとしたものを感じてアイシャはぼんやりと目を覚ました。

 目を覚ましたと言っても、目元までしっかりと布のような物を乗せられていて、周りは見えていない。

 見えてはいないが、ここが屋内ということだけは分かる。

 どうやら柔らかいクッションのようなものに寝かせられているっぽい。

 眠る前の記憶では大木に縛られていた筈なのに、背中に感じるそれは樹皮のゴツゴツとした感じではい。

(やっぱり夢だったんだ)

 アイシャは安心した。

 が、自分の措かれている状況はいまいち分からない。

 身体はあちこち痛いし、何故こんなに目元まで布を被せているのか?

 少々熱っぽく感じるけど、ここまで被わなくていいのでは?

 そんな事を思っていると、誰かがアイシャに話しかけた。

「ようやく気付いたかい。もう少しで死ぬとこだったよ」

 アイシャの腕をそっと取り、手首に触れた。

「うん、ほぼ正常。あとは熱と傷だね。まぁそんなのこのグリーニス様にかかればあっという間だけどね」

 グリーニスと名乗った人物はアイシャの腕を戻すと、目元を覆っていた布を取った。

「どれ、私の顔が見えるかい? 視力は落ちてないかい?」

 ずい、とアイシャの前に顔を突き出す。

 そこには長いえんじ色の髪をひとつに束ねた、コバルトブルーの瞳を携えた少し目つきのきつい女性がいた。

「……見えます。多分、視力も落ちてないと思います。遠くはまだ見てないから分からないですが」

「そうかい。まぁ失明はしてないってことでいいね」

 そう言うと再びアイシャの目元に布を被せる。

「今日一日は我慢しておくれ。それには薬が浸み込ませてあるから、目の治療に必要なんだ」

「目?」

「そう、目。あんた自分がどうなったのか分かってないのかい?」

 はい、と小さくアイシャは答える。

 自分がどうなっているかもだが、ここがどこで、なぜグリーニスの元に居るのかすら分からない。

「ここってどこなんですか? お母さんは? お姉ちゃんは?」

「少し混乱してる? あんた、森に捨てられたのは憶えているかい?」


 そこからグリーニスが語った事にアイシャは衝撃を受けた。

 やはり森に捨てられたのは事実で、体力が尽き、雨に打たれた事で熱が出てかなり衰弱したところを、グリーニスに助けられたという。

 その時は熱で衰弱しているだけだと思っていたが、目元や食い込んでいた縄の痕の異様な腫れが気になって調べたところ、目隠しをしていた布と縄に毒が塗られていたそうだ。

「まぁさ、あそこの村のレベルからしたら致死に至る毒なんて作れる人いないから焦りはしなかったけどね」

 グリーニスは滑稽そうに笑う。

「あいつら自分たちがやってることが無駄だって、いつ気付くんだろうね。詰めが甘いっていうか、中途半端っていうか。過疎な村ってそんなもんよね」

 話しながらグリーニスは何かの作業をしているらしく、カチャカチャと金属や陶器がぶつかる音を伴わせる。

「あんた知ってるかい? あの村で捨てた人達がその後どうなったのか」

「みんな、死んだんですよね?」

 そう言い伝わっているし、現に自分も死にかかった。あんな森に捨てられたら病人なら生きてはいけない。アイシャは言わなかったがそう思った。

「いやいや、だから村人の詰めが甘いって言ったのさ」

 陶器をカチャカチャ言わせながらグリーニスが近づいてくる。

「捨てられた人達はさ、みんな私に拾われたのさ」

 はい口開けて、と言われアイシャは言われるまま口を開ける。

 何かを口に入れられた。

 とろりとしたそれはほんのり甘く、のど元に清涼感と潤いをもたらす。これも薬なのであろうか?

「あいつらはさ、捨てた後に死んだのか確認に来ないから『みんな死んだ』って思い込んでるだけ。拾って、私が治療して治した」

「治したんですか!? もしかしてここって王都だったりします?」

 村人が治せない病気が治せるとしたら、医療が発達している王都くらいしか考えられない。

「まーさか。ここは森の奥のさらに奥だよ。王都がこんなに静かなわけないだろ」

 アイシャの答えが何故か面白かったようで、グリーニスは豪快に笑った。

「私は魔女だよ。もうナン百年もここで生活してる善良な魔女」

 自分で善良と言い切ってしまうのはどうかと思うが、こうやってアイシャや捨てられた村人を拾って治療していた事を考えると、間違ってはいなさそうだ。

「魔女って悪い存在だとばかり思っていました」

「表立って行動する魔女は大抵が悪い魔女、黒魔女という種類のやつらさ。私は白魔女、良い魔女だよ。って言っても普通の人には区別なんてつかないわね」

 話ながらもこまめにアイシャの口に甘い液体を運んでくれる。

 ちゃんと飲み込んでむせないタイミングを見て入れてくれている。

「それにしてもさ、あんた病気でないのに何で捨てられたのさ。捨てられた時の毒と熱以外はまるで健康体だったよ?」

 グリーニスは不思議そうに聞いてくる。

「それは、私が呪われているからだそうです。左肩の痣が呪いの現れで、村に災いが降りかかるから死んでもらわなきゃ困るって」

「左肩の痣?」

 そう言ってグリーニスはアイシャの布団をそっとめくる。

 しっかりと刻まれている紋様のような赤黒い痣。寝ても覚めてもやはり消える事はなかった。

「ああ、確かに呪いだね。でもあんたとか村人に災いが降りかかる呪いじゃないいんだけどね。まーた知識のない馬鹿が出しゃばって何か言ったんだね」

 グルーニスは村人を熟知しているのか、さっきから小馬鹿にしたような発言をする。

 しかしもう村から捨てられてしまったアイシャは気にはならなかった。

「あんたの呪いはね、聞いたかもしれないが魔王の呪いなのよ。魔王が殺されないようにかけられた呪いに対する呪いっていう面倒臭い呪いね」

 言葉で聞いただけでは理解できなさそうな呪い。呪いに対する呪いってどんな呪いなんだろう。

「完全に治って、もう少し成長したら教えてあげるよ。それまでここで過ごしなさい」


 その言葉通り、アイシャはグリーニスの下で過ごした。

 ただ過ごすだけでなく、一人でも生きていけるようにとあれこれと教え込まれた。

 料理や掃除・洗濯はもちろん、狩猟や薬草の知識・調合の仕方。挙句の果てには剣術まで教え込まれた。

『この先絶対必要になるから、ちゃんと覚えなさい』

 最初に教えを拒んだ時にグリーニスに言われた言葉だ。

 まさか自分が魔物退治をするなんてこの時は微塵にも思わなかっただろう。

 言われるがまま剣術を覚え、グリーニス相手に腕を磨いていく日々にさほど不満も覚えなかった。

 楽しくもなかったが、真面目に訓練を受けるアイシャを見て、満足そうに微笑むグリーニスを見るのが嬉しかったのだ。

「魔女さま、どうしてここまでしてくださるのですか?」

 ある日、アイシャはずっと疑問に思っていた事を口にしてみた。

 助けて治療してくれただけでなく、色々教えながら育ててくれている。

 拾ってくれた当初の話を思い返すと、他の村人は治療し完治したら村の外へと逃がしていたと聞く。

「ああ、それはね。あんたと私が似たような境遇だったってことかな。恩を恩で返す、それもあるかな」

「魔女さまも呪われているのですか?」

「私は呪い……、まあこの生まれが呪いって言ってしまえば呪いだね。魔女の血に生まれてしまったが故、あの村から同じように捨てられたんだよ」

 グリーニスのいうあの村とは、アイシャの生まれ育ったムルグ村の事をいうのだろう。

「母はよそ者でね、遠い北の地方から幼い私を連れてここまで流れて来たんだよ。母には聞かなかったが、やはり魔女の血が関係して祖国を追われたんだろうね」

 作業の手を止め、グリーニスはアイシャの疑問に答え始めた。

「やっぱり知ったかぶりの村人がいて、村に居ついてだいぶ月日が経った頃に『こいつは魔女の血を引く。村を滅ぼす気だ』って騒ぎだしてさ。当然殺せってなった訳よ」

 アイシャの時同様、勝手な想像と偏った知識で異なるものを排除しようとする姿勢は変わらない。

「母は村の中心で見せしめと言わんばかりに火あぶりにされて殺された。私はまだ幼かったのもあって、あんたと同じように森に捨てられた。こんな子供じゃ生きて行けまいって思ったんだろうね」

 きっと私があの村から捨てられた最初の者だと思うよ。グリーニスはそう付け加えて続けた。

「そこにたまたま薬草を取りに来ていた私の師匠が拾ってくれてね。一人前の魔女に育ててくれたんだ。母が殺されたのは憎いけど、同じように捨てられた人を放っておくのが忍びなくてね」

「魔女さんは復讐とか考えなかったんですか?」

 魔女は呪う者と聞いて育ったアイシャには、助けはするもの村人にされた仕打ちに恨みがないのが不自然に思えてならなかった。

「復讐はね、したかったさ。でもそれは自分を殺すことになるからしなかった。前に言ったよね、魔女には白と黒が存在するって」

 良い魔女が白魔女、悪い魔女が黒魔女。グリーニスはざっくりとそうアイシャに教えてくれた。

「白魔女はね復讐とか、そういう悪い事に魔力を使ったりすると血が穢れてやがて死んでしまうんだ。だからいくら憎いと思っても行動には出来ない。黒魔女はその反対。いい行いをし続けると塵になって死んでしまう」

 だからそこまで憎んで復讐を考える時は自分の死を覚悟しなくてはいけない。

「魔女さまには復讐なんてして欲しくない。ずっと私みたいな捨てられた人を助けていって貰いたい」

 グリーニスには死んでもらいたくない。

 グリーニスには、助けられて笑顔で旅立って行く人を見続けて、憎しみなんて感情をずっと忘れていて貰いたい。そんな願いがアイシャにはあった。

 このままずっとグリーニスと二人で、追われることも殺される恐怖に怯えることもなく暮らしていけたら。ただ、そんな小さな幸せがアイシャは欲しかったのだ。


 年月というものはあっという間に過ぎていく。

 拾われた当時は何も出来なかったアイシャもすっかり成長して、十六歳の誕生日を迎えていた。

 ガリガリに痩せていた身体は程よく肥え、女性らしい丸みを帯びていた。

 金色の髪も腰まで伸び、その鳶色の瞳によく映える輝きを放つくらいに手入れもされてる。

 幼い頃のアイシャの面影はあるが、殆ど別人のようだ。

「ほんと図体ばかりでかくなって、ちっとも中身は成長しないねぇ」

「なによそれ。グリーニスより剣術は強くなったと自負してますが?」

「可愛いげもなくなったこと。最初の頃は『魔女さま』とか呼んで甲斐甲斐しかったのにさ」

「それっていつの話よ。大昔? まだ私生まれてない?」

 負けじとアイシャも言い返す。

 ここまでハッキリとものを言う少女になっていたのは、きっと育ての親がハッキリと言うせいなのだろう。

 こうして言いたい事をハッキリと言えるようになったお陰で、お互いに居心地の良い生活が送れている。気が強すぎるのでは? と思えてしまう事もあるが、これはこれで良かったのだろう。

「それはそうとさ、あんたはその呪いのせいか、ちっとも魔術が使えるようにならないね。魔力は感じるのに、どんな簡単な魔術も発動寸前で消えてしまう」

 グリーニスは薬湯に魔術を込めながら、思い出したように言う。

「まぁ、魔術なんてあったら便利だけど、使えなくてもそれほど困らないしねぇ」

「グリーニスみたいに薬の効果が良くならないのは困りものよ? ほら、この間助けた村人、私の薬で効かなくて死にそうになってたじゃない」

 先日旅立っていった村人を思い返して言う。

 相変わらず治せない病人は森に捨てられていく。

 アイシャがここに来てから、既に十数人の村人が捨てられ拾われている。

「まぁたまにそんなやつも出るさ。私の薬も万能じゃない。助けられなくて死んだやつだっていたさ」

 年老いていた者、病気の進行が思った以上に早かった者、そういった人々は治療の甲斐なく死んでいった。グリーニスの言う死んだ人はこういった人々で、薬の効果云々といった問題ではないのだが、彼女にしてみればそれを超越して治せてこそ魔女だと思っているのだろうか。

「こんなに歳とってもさ、未熟なままなんだよ。魔力とかそういうものじゃない何かが欠けてるのかもね」

「グリーニスで未熟なら私は何? 役立たず? 足手まとい?」

「そこまで言っちゃいないよ。あんたはこの短い期間でだいぶ覚えたし成長した。十分私の役に立ってるよ」

 未熟でないとは言えないが、それなりに出来ていると褒めたいのだろう。ぐしゃぐしゃとアイシャの頭を撫で、元の作業に戻っていく。

 ぐしゃぐしゃの頭にされたアイシャは、お返しとばかりにグリーニスの頭もぐちゃぐちゃと撫でまわす。

 まだまだ子供だなと内心思っているのだろう、グリーニスは『はいはい』と小さく溜息をついてそのまま作業の手を止めずぐしゃぐしゃの頭をひと撫でした。

「グリーニス、もう少し身なりに気を使ったら?土台はいいんだから、整えればもっと美人になるよ」

 そういってアイシャは窓ガラスを鏡代わりに自分の髪を直す。

「いいんだよ。もう嫁に行く歳でも、誰かに見られる場所に行くわけでもないんだから」

 そうだけど、と言いかけてアイシャは誰かが家に近づいてくるのを窓越しに見つけた。

「グリーニス、誰かこっちに向かってきてる。魔女の知り合いとかってここに来るの?」

「魔女仲間なんて、随分集会にも行ってないからね。そもそも本当に人なのかい?」

 木々の間から人のようなものが見えただけで、それが魔女なのか迷ってきた普通の人なのかはまだ判別出来ない。

読んでいただきありがとうございます。

書けるうちにと、他の作品を若干放置しつつこちらを書かせていただいています。

まだヒーローの出てこない恋愛小説。

『この部分、削ってもよくない?』と思われる方いるかもしれませんが、こういう生い立ちでっていうのを入れたかったので書かせていただいてます。

まだ王子の設定が甘くて、些か登場させるのに不安を覚えていますが、何とかなると思い込んでみます。

きっと大丈夫、多分大丈夫。

もう少し進めばきっと恋愛要素が出てくると思います。

引き続きお読みいただければと願います。


それではまた次話でお会いしましょう。


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