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プロローグ

「せぃやぁぁー!!」

 気合いを込めて一気に剣を振り下ろす。

 硬いものを斬る感触が手に伝わる。

 何度体験してもこればかりは慣れない、あまりいい感触とは言えないと少女は思った。

「ふぅ。ここって何でこんなに魔物が多い訳? さっきの村人、近道とか言ってたけど、天国に近い道なだけじゃないの!?」

 誰に聞かせる訳でもないのに文句を言いつつ、今倒したばかりの魔物を手際よく解体していく。

 『普通の女の子はこんな事しない、こんな生活しない』

 魔物を倒し解体する度、旅路で行き詰まった時、少女は必ずそう呟き嘆いていた。


 ******************


『全ては自分が悪い。

 全ては、産んで捨てた親が悪い……。』


 いつの頃からか、少女の心の中には呪いの言葉が住み着いた。


 ******************


 西の王国の外れに位置するムルグ村。少女はそこで生まれた。

 両親に愛され、兄弟姉妹に愛され、貧しいながらも幸せに暮らしていた。


「アイシャ、その肩はどうしたの!?」

 外で遊んでいて泥だらけになったアイシャが、母に言われて着替えようと服を脱いだ時だった。

 母はアイシャの腕を掴んで驚いて言った。

 言われて見てみると、左肩のあたりにうっすらと痣のようなものが出来てるではないか。

「どこかでぶつけたのかな?」

「アイシャは夢中になると周りが見えなくなるタイプだものね。痛くない?」

「ぜんぜん痛くないよ」

「ならいいんだけど……」

 心配そうに母はアイシャの頭を撫でて、もうすぐご飯だから遠くに行かないで家で遊んでいなさいと声をかけた。


 それからしばらくは母もアイシャ自身も痣のことなんて忘れ、いつも通りに過ごしていた。

 その日、湯浴みをしようとアイシャが服を脱いだ時、どうしたことか突然肩の痣の事を思い出した。

「……」

 もう綺麗に消えていると思っていた痣は、ひと月以上経ったというのにまだ消えることなく左肩に残っていた。

 それどころか色が濃くなったようにすら思えた。

 (これは何か悪い病気?)

 アイシャはそのまま服を着ると、湯浴みもせずに部屋へ逃げ込んだ。

 家族に見られてはいけない、ばれてはいけないと思った途端、咄嗟に出た行動だった。

 なぜならば、この村では暗黙の下で『悪い病気の者は森へ捨てる』という事を行っていたからだった。

 田舎の村ゆえ、高度な医療も医者も薬もない。王都へ連れて行く金も、当然ながら治療に払う金もある訳がない。

 それゆえに村の大人たちは、治せないと見込んだ病人を森へと捨てていた。

『村に病気の蔓延を防ぐため』

 そんな大義名分を掲げ、厄介払いをするために。

 当然、アイシャは自分が捨てられるという身の危険を覚えた。消えない痣の病気なんて聞いた事がない。

 森へ捨てられるということは死を意味する事。

 病気の進行が早いか、飢えてしまうが早いか、成すすべなく森の土へと還っていく運命。


 それからアイシャは家族の前では着替えどころか、肩の見えるような服を着る事すら避けて過ごすようになった。

 もしかしたら痣は時間が経てば消えるかもしれない、悪い病気ではなくほくろや染みのようなものなのかもしれない、そんな願いもあった。

 そんなアイシャの願いも虚しく、肩の痣は母だけでなく家族の知れるところとなってしまった。

 今まで普通に家族の前で着替えをしたり姉と一緒に湯浴みをしていたアイシャが、不自然なまでに家族を避けて行動し始めたのを誰ともなく訝しげに思うようになったからだった。

「アイシャ、あんた何か隠してるでしょ」

「別に隠してなんかいないわ」

 姉に言われ咄嗟にそう答えたものの、まっすぐ顔を見ては言えなかった。

「母さん、絶対こいつ何か隠してる」

 それを合図に父が、母が、兄が、弟がアイシャを取り囲んで押さえつけた。

「何も隠してない! 何もしてない!」

「嘘! 母さん、服脱がせてみて!」

 姉がそう言うと、母はアイシャの服を脱がせにかかった。

 強引に服を脱がそうとし、それをアイシャが抵抗したためにビリビリと袖の部分から無残に破れていく。

 そして一同は息をのんだ。

「アイシャ、それ……」

 左肩に浮かび上がる赤く不気味な痣。

 最初に見た時よりも赤くはっきりと、そして小さくぼんやりと形を成していたそれは、今やくっきりと何かの形を表している。

「違うの! ぶつけたの! 川で泳いでてぶつけたの!」

「母さん、こいつ川で泳いでるの見た事ないぞ! 絶対何かの病気だ!」

 兄が『病気』と発した途端、どくんと心臓が跳ね上がった。


『捨てられる。森に捨てられて死んでいく』


 アイシャの中はその言葉で埋め尽くされていった。


 そこから家族が何を話していたのかアイシャは記憶になかった。

 聞こえてはいたが、何を話しているのか理解できなかった。

 自分に向けられて話しているのか、自分の事を家族で話してるのかすらも分からなかった。

 その後父に連れられて村にいる唯一の医者の元に行ったのは思えている。

 医者は難しい顔をしてただ首を横に振るだけで言葉を発していなかったように見えた。


 当然、村の長老、村長らの元にも連れて行かれた。病気なのか何なのか分からない、アイシャの今後を話し合うために。

「医者が言うには、何かの伝染病という事ではないらしいのですが……」

 父はアイシャを傍らに座らせて、皆が居る前で小さく言った。

「長老、いかがいたしますか?」

「うむ。誰かこの症状について知っている者はいないのか?」

 数人の有識者・取りまとめ達がひそひそ周りと話す中、一人が静かに声を発した。

「それは呪いだ」

 声を発した者はゆっくり立ち上がり前へ出ると、アイシャの痣をじっと見つめ再び口を開いた。

「その形、間違いなくサンドゥールの呪いだ」

 呪いという言葉がこの場を瞬時にして変えた。

 静まり返ったと思いきや、蜘蛛の子を散らすようにほとんどが建物の外へと逃げだしたのだ。

 悲しいことに父までも。

 建物の中にいる者も数名はいたが、アイシャとの距離はかなり離れていた。

 ただ一人、発言者だけがアイシャの傍らに残っていた。

 じっと痣を見つめたまま、村の責任者としてかろうじて建物の中に残った、長老と村長らに向かって話を続けた。

「魔王サンドゥール。かつて勇者により深き眠りにつかされたと聞く。今その呪いの紋様が現れたということは即ち、魔王の復活を意味する」

『呪い』『魔王』の単語を聞き、長老らは息を飲んだ。

 この呪いが魔王が復活した意味に繋がっていたという驚愕の事実。

 村が呪われる、村の誰かが呪われるという以前にこの国自体が亡びる恐れのある事実が判明してしまった。

 しかし不運にもこの発言者は呪いの事を詳しくは知らなかった。

 呪いという事実だけしっており、それがどういうものなのか、何の災いをもたらすのか、アイシャ本人にどんな作用を及ぼすのか全く知らなかったのだ。


 結果、『呪い』と『魔王復活』という言葉だけが独り歩きし、『呪われたアイシャが死ねば復活した魔王も死ぬ』という噂へと変わっていた。

 誰も真実を知らないだけに、否定する者はいない。

 アイシャを愛していた父ですら否定せず、他の村人と同じようにアイシャを殺せと村長に訴えかけた。

 殺したところで魔王が消滅する保証もないが、このままアイシャを生かしたところで村人が暴動するのは目に見えていた。

「アイシャを森に捨てにいこう」

 村長が決定したのは魔王の呪いだと判明した三日後の事だった。


 その日は朝から雨が降っていた。

 正しく言えば朝というより未明に近い。

 日付が変わったころからうっすらと降り始めていた雨は、空が白んでくるにつれて雨足を強くし始めた。

 夜が明けたのか分からないくらいのどんよりとしたの空の元、大人が数人黒いローブを被って森の奥へと進んでいく。

 ローブを被った大人たちの中心には、目隠しをされ手を後ろで縛られ、わざと袖の無い服を着せられたアイシャが背中を押されるように歩いている。

 誰も最後の姿をみようと外に出てはこなかった。

 噂はいつの間にか『姿を見たら呪われる』とまで尾ひれがついて広まっていたせいだった。

「さっさと歩け」

 ぬかるんで歩きにくい森の道を、子供のアイシャの足では速くは歩けるわけがない。

 それでも大人たちは一緒にいるだけで呪われるんじゃないかという心配から、決して歩みを緩めない。

 引きずるようにアイシャを奥へ奥へと連れて行く。

 そして漸く、子供では帰れない場所までやってきた。

「恨むなら呪いを受けた自分を恨め。呪うなら産んだ親を呪え」

 大木にアイシャを縛り付けながら、大人たちは自分が呪われないよう口々に言った。

「さあ、これで最期だ。死んでも今まで育ててやった村に恩を仇で返すような真似はするな」

 この言葉を最後に、大人たちの足音が遠ざかっっていった。

 木々を打ち付ける雨の音だけがアイシャの耳に聞こえる。動物の声も、他は何も聞こえてこない。

(ああ、本当に殺すために捨てられたんだ……)

 痛いほどに食い込んだ縄と、外されることがないままの目隠しが、ここで生き延びる事も許さないのを嫌という程実感させる。


 どれくらい時間が経ったのだろう。

 食い込んだ縄の痛さは麻痺して感じなくなってきた。雨に打たれて寒いと思っていたのも、もう寒いとも感じない。

 ただ眠い。アイシャはそれだけ感じでいた。

 もしかしたら眠って起きたら、これは夢だったんじゃないか? と頭に過った。

 だったら眠ってしまおう。誰もこない森の奥で助けてくれる誰かを待つよりも、眠って起きてこれが夢だったことを願った方がまだ希望が持てる。

 そう思った途端、アイシャはコトンと眠りに落ちた。


「おやまあ、今回は斬新な捨て方だこと」

 人のいない筈の森の奥に、雨音に交じって人の声らしきものがした。

読んでいただきありがとうございます。

プロローグ、こんな重たい文章ですが恋愛ものの話です。

どこでどう転がるか分かりませんが、恋愛ものです。

辛抱強く次話も読んでいただけたら幸いです。

ちゃんとヒーロー出します、性格がどうなるか不安定ですが。


それでは今後ともよろしくお願いいたします。

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