板額先生、呑む。
「じゃ、とりあえずかんぱーい!」
「毎週がプレミアムフライデー、いえー!」
とある居酒屋で陽気に呑み始めたのは、板額先生こと西織先生と山本先生だ。
「あんた、よくこんな隠れ家みたいな居酒屋見つけたわねー」
と、西織先生。
「隠れ家というか、まんま山賊のアジトみたいなー?」
山本先生もケラケラ笑っているが、それ、他のお客さんにも聞こえてますから。大将さんにも聞こえてますから。
「学校から遠い、だからまず生徒には会わない。そして料理が安くてうまい。どうみてもおしゃれじゃないけど妙にエスニック。いいでしょ! いいでしょ!」
ていうか、ここ。
妙にエスニックもなにも、今までもなんどか登場している、二号機さんがはじめてお酒を呑んで暴れて吐いた居酒屋さんだったりするわけで。つまり西織先生と山本先生、知ってか知らずかあの村に来ているわけです。
「やーん、メニューが凄い~! ぜんぶえっち星風料理だってー。SFぅ~」
いえ、あたりめとか筑前煮とかもある筈です。
「いろいろ試してみようぜ、高子!」
「帰りどうしよう」
「代行ヤマモト、代行ヤマモト!」
「代行ヤマモト、代行ヤマモト!」
「すっいまっせーーん! とりあえず生ビールおっかわりーー!」
「あ、怒ってる」
山本先生の夫の山本一博さん、アパートの階段を降りてきた長澤先生の不機嫌そうな顔に苦笑いした。ちなみにこの山本一博さんも別の高校で物理を教えている教師だ。
「あたりまえだろ。普通に代行頼めよ。なんでオレがやらなきゃなんないんだよ。明日は天文部の観望会で徹夜なんだぞ」
「あとで埋め合わせするからさ。免許は持った? ささ、乗って、乗って」
「オレが呑んでるかもって思わなかったわけ?」
「その場合は代行頼むだけだろう」
「最初から頼め」
「みんなの顔を見たかったんじゃないの」
「オレたち三人は毎日会ってる。そして、おまえらは夫婦だ」
「だから四人でさ」
長澤先生、苦い顔をした。
「あいつらにとってオレたち、認識としては大学時代のアッシーのままなんだなあ……」
「ちょ、ちょっと、高子!」
日本酒に切り替えてだらだらと呑んでいた山本先生、急に西織先生の手を掴んだ。
「あそこ、あそこにいるの、もしかして板額じゃない?」
「んー? 私がどうした?」
「あんたじゃない! アンドロイドの板額がいる。あそこ!」
「えっ!」
たしかに真っ赤なロングコートは見間違えようがない。
おっさんたちに混じって、あの護衛アンドロイド板額さんがいる。
「ええっ、あんな有名人が、なんでこんなクマが客にいそうなとてつもない田舎の店に!?」
「男どもはほぼ山賊のような客層の居酒屋に!?」
だから聞こえてますよ。
「プライベートかな。声かけちゃ悪いよね?」
「そだね。人目を避けて恋人と来てるのかも知れないし」
人目を避けているかはともかく、恋人と来ているのは正解です。
「はー。いいわねえ。美人ってのは眼福だわ……」
「あんたがそれゆー?(笑)」
「私も三〇ですしー。朝、鏡見て、ちょっとビビりますしー(笑)」
そして視線を元に戻した西織先生と山本先生、危うくお酒を噴きかけた。
いつの間にか、同じテーブルに二号機さんと神無さんが座っていたのだ。しかもなぜかこのふたり、目に精気がなく無表情である。
『教師二人の飲み会ですか』
『教師ってストレスたまりそうですよね』
『居酒屋で嫌がられる客のナンバーワンが教師だといいますね』
『まあ、そうだったのですか、先輩』
『ええ、そうらしいのですよ、後輩』
『ところで相席よろしいですか』
『相席よろしいですか』
もう座っているのだが。
「あの……できれば……」
『たいしょーー! 日本酒、コップでーー!』
『コップでーー! つまみは適当にーー!』
「あのー…」
『呑むぞ、後輩!』
『ええ、呑みましょう、先輩! そして吐きましょう! あんなトーヘンボクのことなんか、ゲロで洗い流してやりましょう!』
なにがあったのかアンドロイド二機。
届いたコップ酒を、ごきゅごきゅと一気に呑み干してしまった。
『たいしょーー! おかわりーー!』
『おかわりーー!』
ふたりの見事な呑みっぷりに、西織先生と山本先生も吹っ切れてしまったらしい。
「ああ、もういいや! 一緒に呑みましょう!」
「かんぱーい!」
『かんぱーい!』
『かんぱーい!』
「長澤、おまえ、生徒に弁当作らせてるんだって? それまずくない?」
運転席の山本さんが言った。
長澤先生、頭の後ろで腕を組んで、助手席でふんぞり返っている。
「まずいねー」
「なに、もう手をつけたの?」
「ないよ。あの子、妹の幼なじみだぞ。ていうかオレの幼なじみだ、一五歳下の。オレが大学生の頃に、やっと目鼻ついた人間になった子だ。そんな目で見ることできないよ。無理」
「妹さんなあ」
「そう、それ。ハルちゃんの弁当食べてると、妹がすっげー嫌そうな目で見るの。なんか、ばっちいもん見るような目でさあ。もともとオレの妹にしちゃ美人なんだけどさ、あの蔑むような目はもうたまんねー。ほんとオレ、あいつの兄貴でよかったー!」
「おまえ、その病気まだ直ってないのな」
「まあ、ハルちゃんも一五歳だ。高校生にもなって、近所の大人のお兄ちゃ~んじゃないだろうさ。特に今年はタイプの違うハンサムな子たちが天文部に入ってきてくれた(長澤先生は、たぶん歌仙くんも勘定にいれている)。彼らでなかったとしても、ほっとけば夢から覚めるさ」
「ふうん、その子たち、露穂子ちゃんの彼氏候補でもあるんだな」
「なに言ってるの、おまえ」
長澤先生の声のトーンが極端に変化した。
「露穂子に手をつけたら、そいつのちんちん切るよ」
山本さん、苦笑した。
「おまえのそれ、本気なのか冗談なのかわからんのだよなあ……」
「本気だよ」
長澤先生、簡潔に答えた。
『わかります!』
板額さんが力強く言った。
いつの間にか、板額さんまで西織先生たちのテーブルに来ている。
先ほどはその存在だけで驚いていた西織先生と山本先生なのだが、すでにデロデロに酔っていて状況をよく把握できていないようだ。
『結婚まで純潔は守るべきです!』
力を込め、板額さんが言った(背後から、そのあとも純潔を守るつもりじゃねえかという声が聞こえ、板額さんはとりあえず声の主を殴り倒して戻ってきた)。
「そうでしょ、そうでしょ、板額さん~。わかってくれて嬉しいなあ~」
と、西織先生。
「でも私、守ってたら三〇になっちゃったあ~。あははは」
「宝の持ち腐れ~。あははは」
これは山本先生。
『それでなんの後悔がありましょう。美しくあるのは男性のためではなく、自己追求のため。すばらしい! ああ、私も呑みたくなってきました! 大将さん、私にもお酒ください!』
どん!と置かれたのは一升瓶だ。
ウワバミだらけのこのテーブルは、さきほどからこの扱いになった。しかも板額さん、青ざめている典太さんを後目に、ごっきゅごっきゅと一升瓶のまま呑み始めたのである。
「わあ、すごい、板額さん!」
「あのね、あのね、この子も板額って言うのー。板額さんに似てるからだってー」
山本先生の言葉に、板額さんは呑みながらサムズアップしてみせた。
『板額さん、板額さん。板額型って飲食できるのですかー』
『いきなりそんなに呑んで大丈夫ですか、大丈夫ですか、乙女ロボー。あははー』
二号機さんと神無さんもいい感じでできあがっている。
板額さん、飲み干した一升瓶をどん!と置き、
『わかりません! はじめて呑みましたから!』
爽やかに言ったのだった。
「ああ、あそこだ。あのコンビニの前で待ってろってさ」
山本さんが車をコンビニの駐車場に入れた。
コンビニの背後に、巨大なシルエットが浮かび上がっている。
「宇宙駆逐艦……補陀落渡海」
車から降り、長澤先生は補陀落渡海を見上げた。
初めて見るわけじゃない。
昼にはときどき見に来ていた。夜のライトアップされた補陀落渡海も見た。しかし今、ライトアップも終わり、月明かりや街灯の淡い光の中に浮かび上がる無言の補陀落渡海は神々しくすらある。
「なあ、山本。オレたちは、すごい時代に生きているな」
「ああ、そうだな」
「ああ、くそ。なんでオレたちは今、高校生じゃないのかな。なんで補陀落渡海はオレたちの高校時代に来てくれなかったのかな。そうすればオレたちの夢はもっと広がったはずなんだ」
「高校時代に戻ったってさ、また諦めと悪あがきを繰り返すだけだよ、オレたちは」
「ちくしょう……」
『おろろろろ』
「おろろろろ」
「おろろろろ」
『おろろろろ』
『おろろろろ』
闇の中から異様な声が聞こえてきた。
さらに漂ってくる酸っぱい匂い。
二人と三機の美女のリバースに、山本さんと長澤先生は三〇歳の現実に引き戻されてしまうのだった。
■主人公編。
鳴神 陸。(なるかみ りく)
えっち星人。宙兵隊二等兵。艦長付。
三人組の一応のリーダー。ケンカ自慢。突っ走るアホ。
歌仙 海。(かせん うみ)
えっち星人。宙兵隊二等兵。副長付。
美形で芸術肌な、ミニ清麿さん。美術部。
千両 空。(せんりょう そら)
えっち星人。宙兵隊二等兵。機関長付。
小柄で空気を読まない毒舌の天然少年。
■学校編。
長澤 露穂子。(ながさわ ろほこ)
地球人。高校一年生。天文部。通称ロボ子。
クラスメイト。ちょっと目つきがきついメガネっ娘。クラス委員なのだが、案外アホの子でもある。どうやら腐った方であるらしい。
高梨 春美。(たかなし はるみ)
地球人。高校一年生。天文部。ハルちゃん。
小柄でボブでちょんまげ付きなので、座敷わらしと言われてしまう。長澤先生が好き。
広田 智。(ひろた さとる)
地球人。高校一年生。美術部。サトル。
歌仙くんの友達。普通っぽいアホ。
井原 優子。(いはら ゆうこ)
地球人。高校三年生。美術部部長。
板額先生と双璧の美女だが、歌仙くんらぶ。
松田 詩織。
中沢 弓子。
井川さんの親友ふたり。
長澤 圭一郎。(ながさわ けいいちろう)
地球人。地学教師で天文部顧問。露穂子さんの兄。三〇歳。
飄々とした人。
西織 高子。(にしおり たかこ)
地球人。英語教師。板額先生。
あの板額さんに似ているから板額先生。凄い美人だが、変人。三〇歳。
山本瑞希。(やまもと みずき)
地球人。美術教師で、美術部顧問。旧姓、武藤。
長澤先生、板額先生と同じ大学の同期。ひとりだけ既婚者。三〇歳。
山本一博。(やまもと かずひろ)
山本先生の夫。長澤先生の友人。この人も別の高校の物理教師。
■同田貫組周辺編。
人間無骨。(にんげんむこつ)
えっち星人。宙兵隊副長・代貸。中尉。
いつも眠っているような目をしているが、切れ者。陰険。代貸だが、代貸と呼ばれても返事をしない。
同田貫正国。(どうたぬき まさくに)
えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。同田貫組組長。
一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。
■アンドロイド編。
長曽禰 ロボ子。(ながそね ろぼこ)
雪月改二号機。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公だが、番外編では性格が変わる。よりひどくなると表現してもいいかもしれない。番外編では「二号機さん」で統一。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。通称因業ババア。
神無。(かむな)
雪月改のさらに上位モデルとして開発された神無試作一号機。
雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。
板額。(はんがく)
板額型戦闘アンドロイド一番機。
高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。護衛としてえっち星に渡ったので世界的な有名人。




