千両くん、友達を欲す。
千両くんがホールの自動販売機で迷っていると、うしろの二年生二人組の片方が舌打ちしてきた。
「早くしろよ、チビ」
「ばっ、誰だと思ってるんだよ……!」
慌てて連れが止めた。
「あ?」
二人はひそひそ話に移行したが、だいたいなにを言っているのかわかる。入学した頃は耳をそばだてていたが、この頃は面倒くさいので聞こうとも思わない。
結局、優先順位が低いほうのボタンを押してしまった。
「ごめんね、もたもたしちゃって」
取り出しながら笑って言ったが、相手は目をそらし返事もしてくれなかった。
友達一〇〇人でっきるかなっ♪
「一週間かけて、たったひとりだけだよ……」
野菜ジュースにストローを挿す元気もなく、千両くんは机に突っ伏した。
「聞いてもいいですか。そのひとりって誰なんですか」
前の席で本を読んでいた長澤露穂子さんが聞いてきた。
「そのひとりから、そんな質問されるの、傷つくんですけど……」
「でも私、女ですし」
長澤さん、休み時間にはいつも本を読んでいる。
ここまできっぱりと孤独を通せるのも、かっこいいといえばかっこいいのだけれど。
「同性でないと友達じゃないってのは、偏見だ」
「千両くんの場合、同性も恋愛対象ですしね」
「それは妄想だ」
「それはわかってきましたよ。一週間観察して」
ここで、またしても舌打ちだ。
「あなたたち、ひとりひとりはビジュアルいいのに、恋人同士としてはちっとも美しくない」
さいですか。
ていうか、観察されてたんですか。
「あなたたち三人集まると、むしろ暑苦しさとむさ苦しさを感じてしまう。暇さえあれば腕立て伏せしてそうな。ランニングしながら変な歌うたってそうな」
意外と鋭いね。
「あ、でも鳴神くんだけは、ひとりでも暑苦しい」
そうだよね。
「あれっ」
千両くん、まわりを見渡した。
「その鳴神くんはどこ? もうすぐ授業始まるのに」
歌仙くんは、席でぼ~っとしている。
朝に井原先輩の一撃を食らったばかりなのだからしょうがない。
「彼、ガンプラ作る友達ができたみたいです。休み時間はその子のいるクラスに集まって話してるみたい」
「ええっ!」
鳴神くんに、長澤さん以外の友達が!?
歌仙くんにも友達いるみたいだし!
ぼくだけおいてけぼり!?
「うぃーっす」
授業ぎりぎりになって、ご機嫌で鳴神くんが戻ってきた。
鼻歌交じりで授業の準備をする鳴神くんに、呪詛の言葉を投げるしかない千両くんなのであった。
『お昼休み特別企画!』
『チキチキ! ぼっちの千両空くんに友達一〇〇人作っちゃおう! ぽろりもあるよ!』
そして昼休み。
平然とそこに存在しているメイド服姿の二号機さんと神無さんである。
「あの、二号機さん、神無さん。なんで学校にいるんです。なんで地学室にいるんです。なんでそんなことまで知っているんです」
『わあ、いっぱいの質問ありがとう。お姉さん、ひとつひとつに答えてあげちゃうぞ。まず、私たちはできるだけ会社にいたくない(ここで二号機さんと神無さんの目から一瞬だけ精気が消えた)。学校にはあなたがたというオモチャがいる。そして地学室にいる理由は後回しにして、最後の質問には、千両くんには横を向いていただきましょう』
「横って、つまり、窓の外を見ろって?」
千両くん、そこになにが見えるか知っている。
神無さんが手際よく千両くんに双眼鏡を渡した。
窓の外、となりのビルの屋上だ。いつも通り同田貫組代貸、宙兵隊副隊長人間無骨さんが潜んでいるはずだ。それにしても、なんでこう暇なのだろう、あの人。
「うへ!」
それどころじゃなかった。
確かにそこには狙撃銃のスコープを覗いている人間無骨さん。
そして今日は、その横に一号機さんが鎮座してお茶を飲んでいる。
『たった今、一号機さんから入電です。「はるかとなりのビルの屋上から、赤組の勝利を願う」。ありがとうございます!』
「代貸もそうだけど、雪月改って、ほんと野次馬根性と嫌がらせに情熱かけるよな」
お弁当を食べながら言った鳴神くんの額に、赤いマークが灯った。
『はい、鳴神くん、死んだー。たった今、死んだー』
『一号機さんがいるのを忘れてはいけませんねー。あなたたちの声は、ずっとあちらに筒抜けなのですー』
『そしていよいよ、後回しにした質問への答です!』
人差し指を立ててウインクの二号機さんだ。
『なぜ私と後輩が地学室にいるのか。実は私たち、歌仙くんと美人教師のあばんちゅ~るの野次馬に来たのですが、ぼっちの千両くんをいじめたほうが、お昼休み中の短い時間で手っ取り早く楽しめそうだという結論にいたりましたっ!』
「帰れっ!!!!」
歌仙くんのお弁当は今日も美術室だ。
美術室の机をふたつ合わせただけの歌仙くんと広田くんのテーブル。そこにわがままにティーセットとケーキスタンドが並べられている。
「ごめん。広田……」
「いや、いいけどさ。ねえ、このひとだれ……?」
すまし顔で紅茶を楽しんでいるゴスロリ少女。
「あの、三号機さん。いったい……」
『私のことなんか気にしないで。ばっかじゃないの』
実は歌仙くんの話を聞きつけ、清麿さんをほっぽって遊びに来た三号機さんなのだ。
歌仙くんがちらと見ると、珍しく井原先輩と目があった。
井原先輩は三号機さんを見ているだけなのかもしれない。だって、ちょっと無邪気な顔をしていたから。
ぺろり。
二人の視線の絡みに唇を舐める三号機さんなのだった。
『さて、ぼっちでかわいそうな千両くんのために、長曽禰ロボ子さんが送る、友達一〇〇人計画!』
地学教室は無駄にまだ盛り上がっているようだ。
『先輩も友達いないじゃないですか』
『ふんっ!』
いけないことを口にする神無さんには軽く頭突きを叩き込み、二号機さんが取り出したのはスマホだ。
『この時代には広大なネットがあるのです! あなたもすぐに一〇〇フォロワー!』
「ネットかよ!」
「ネットかよ!」
『ネットかよ!』
『ネットの人脈を馬鹿にしてはいけません。雪月改とわかりにくいピンぼけ写真をアイコンにするだけで、あっという間に騙された馬鹿な男どもが数百人! やあん、やっぱりロボ子さんかわいいー? 騙されたいー?』
「あんた、なにやってんだよ……」
『ネットでのロボ子さんは、ちょっと内気だけど大胆にも百合が大好きな小説家希望の女子高生! 「RTしてくれた人のところに読みに行きます。できればいろいろ教えてほしいな……」。騙されろや、馬鹿な男どもー!』
「ほんと、なにやってんだよ……」
『あれ、でもどんどんフォロワー減ってる? あれ、あれ?』
『「クソつまんね」「これ、ぱくりでしょ。ぱくりでしょ」「ぷ。ねえ、これ、どんな顔で書いたの、ぷ」……』
『いやああ、後輩にツイッター乗っ取られた! なんてことするんです、後輩! いや、やめて! 私のオアシスが、私のパラダイスが、私のハーレムがーー!』
「ふうん、あの子、ロボ子っていうのか……」
ほんの数日前まで、お昼の地学教室といえば長澤先生に長澤さん、そして高梨さんの三人だけだったのが、連日この賑やかさだ。
「案外、おまえの名前の元になったロボ子さん、その本人かもしれないよ」
お弁当をつつきながらの長澤さんのつぶやきに、先生が言った。
「彼女、大じいさまのことを知っていたんだぜ」
「ばかばかしい」
長澤さんは鼻を鳴らした。
「冗談で大じいさまの初恋の相手の名前つけられた私の身にもなってよ。ロボ子なんて名前がほんとにあるわけないじゃない。彼女はアンドロイドだからロボ子なんでしょ」
長澤先生は今日も豪華な手作りお弁当だ。
その製造者もここにいるわけだが、彼女は先ほどから体を震わせている。
「先生、どうしてあの人たち追い出さないんですか」
高梨春美さんが言った。
「うるさいよ、目障りだよ」
「鳴神くんと千両くんは天文部だからねえ」
「その二人だって追い出してください。あのひとたち、不良ですよ。戦争のかっこして学校にやってきて、三年生とケンカした不良ですよ。天文部から追い出して!」
「ハルちゃんは……」
長澤先生は普段は彼女をハルちゃんと呼ばない。
高梨さんと呼ぶ。
「ちょっと人見知りが激しすぎるようだねえ……」
いつものおだやかな長澤先生の声のトーンとは、明らかに違う。
高梨さんは真っ青になってしまった。
先ほどまでとは別の理由で、小動物のように震える高梨さんなのだった。
「修羅場かなにか見れるかと思えば、意外と静かだねえ」
美術準備室から野次馬根性丸出しでのぞいているのは板額先生だ。
「なに面白がってんの、高子」
山本先生が言った。
「あんたもその修羅場の中にいるんだからね」
「なんで私?」
「わかんなきゃいいよ」
「朝、すごかったんだって? 見たかったなあ、井原優子のタンカ。『じゃあ、今度は名前も覚えて。私の名前は井原優子』。きゃーきゃーよね、きゃーきゃー。あのきれいな子がやるんだもん、ヅカぽかったんだろうなあ。きゃー」
「あんた、自分が教師だって忘れてない?」
「ところでさ」
「なに」
「あのゴスロリ少女はなに?」
「さあ」
『何か起きないかしら、早く起きないかしら。何か起きてよ。もう、めんどくさい!』
わくわくどきどきの三号機さんである。
■主人公編。
鳴神 陸。(なるかみ りく)
えっち星人。宙兵隊二等兵。艦長付。
三人組の一応のリーダー。ケンカ自慢。突っ走るアホ。
歌仙 海。(かせん うみ)
えっち星人。宙兵隊二等兵。副長付。
美形で芸術肌な、ミニ清麿さん。美術部。
千両 空。(せんりょう そら)
えっち星人。宙兵隊二等兵。機関長付。
小柄で空気を読まない毒舌の天然少年。
■学校編。
長澤 露穂子。(ながさわ ろほこ)
地球人。高校一年生。天文部。通称ロボ子。
クラスメイト。ちょっと目つきがきついメガネっ娘。クラス委員なのだが、案外アホの子でもある。どうやら腐った方であるらしい。
高梨 春美。(たかなし はるみ)
地球人。高校一年生。天文部。ハルちゃん。
小柄でボブでちょんまげ付きなので、座敷わらしと言われてしまう。長澤先生が好き。
広田 智。(ひろた さとる)
地球人。高校一年生。美術部。サトル。
歌仙くんの友達。普通っぽいアホ。
井原 優子。(いはら ゆうこ)
地球人。高校三年生。美術部部長。
板額先生と双璧の美女だが、歌仙くんらぶ。
松田 詩織。
中沢 弓子。
井川さんの親友ふたり。
長澤 圭一郎。(ながさわ けいいちろう)
地球人。地学教師で天文部顧問。露穂子さんの兄。三〇歳。
飄々とした人。
西織 高子。(にしおり たかこ)
地球人。英語教師。板額先生。
あの板額さんに似ているから板額先生。凄い美人だが、変人。三〇歳。
山本瑞希。(やまもと みずき)
地球人。美術教師で、美術部顧問。旧姓、武藤。
長澤先生、板額先生と同じ大学の同期。ひとりだけ既婚者。三〇歳。
山本一博。(やまもと かずひろ)
山本先生の夫。長澤先生の友人。この人も別の高校の物理教師。
■同田貫組周辺編。
人間無骨。(にんげんむこつ)
えっち星人。宙兵隊副長・代貸。中尉。
いつも眠っているような目をしているが、切れ者。陰険。代貸だが、代貸と呼ばれても返事をしない。
同田貫正国。(どうたぬき まさくに)
えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。同田貫組組長。
一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。
■アンドロイド編。
長曽禰 ロボ子。(ながそね ろぼこ)
雪月改二号機。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公だが、番外編では性格が変わる。よりひどくなると表現してもいいかもしれない。番外編では「二号機さん」で統一。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。通称因業ババア。
神無さん。
雪月改のさらに上位モデルとして開発された神無試作一号機。
雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。
板額さん。
板額型戦闘アンドロイド一番機。
高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。護衛としてえっち星に渡ったので世界的な有名人。
三号機さん。
雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。
小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。
基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。




