ロボ子さん、着替える。
「ガンホー!」
「ガンホー!」
「やろうども、今日こそ妙高山組をぶっ潰せ!」
「地上から消し去ってしまえ!」
「ガンホー!」
「ガンホー!」
「ムーヴ! ムーヴ! ムーヴ! ムーヴ!」
今日も朝から軍用トラックに高機車が村の廃校から飛び出していく。
新興の売り出し中の武闘派ヤクザ屋さん。留守の組本部を守るのは雪月改一号機さんだ。
『やっほい、やっほい。商売繁盛で笹持ってこーい』
和服にたすき掛け、大団扇を振ってむくつけき男どもを送り出し、そして誰もいなくなった校庭に持ち出してくるのは縁台に緋色の毛氈。そして野点傘。手には盃。
『がさつでやかましい若い衆が出払ったら最高級オイルです。ああ、真っ昼間から呑む最高級オイル、染み渡ります』
ちっとも守っていない気がするが、きっと気のせいだろう。
ミーン。
ミーン。
真夏の陽射しと蝉時雨。
逃げ水が彷徨う中を、日傘をさして三号機さんがやってきた。今日もゴシックロリータ。無表情が初々しい。
『一号機さん、ごきげんよう』
『三号機さん、ごきげんよう。隣に座らない? 安心して、今日はうちの子たちはいませんよ』
『狙って来たのですもの。私、あの人たちが怖いから』
くすくすと一号機さんが笑った。
三号機さんは日傘を畳んで縁台に座った。
『今日も素敵なお着物ですね、一号機さん』
『ありがとう、三号機さん。ほんの越後上布です。夏っぽくていいでしょう。三号機さんもかわいい日傘にゴシックロリータがお似合い』
『マスターの趣味です』
『その眼帯も?』
『マスターの趣味です』
『……』
『……』
三号機さんの無表情が伝染ったのか、いつの間にか一号機さんも無表情になっている。
ミーン。
ミーン。
『マスター!』
一方、長曽禰家では雪月改二号機ロボ子さんが土下座である。ニコニコとご機嫌なマスターの虎徹さんの前で、額を畳にこすりつけている。
『この長曽禰ロボ子、お願いがございます! 一生の、一生のお願いでございます!』
ミーン。
ミーン。
『長曽禰さんちは今日も面白そう』
一号機さんが言った。
『またのぞきですか、一号機さん』
三号機さんが言った。
『観察よ』
被せるように一号機さんが言った。
『人聞きの悪いこと言わないで、三号機さん。ほら、私とデータリンクしなさい。私が見たり聞いたりしていることをあなたにものぞかせてあげる』
『のぞきなのですね、一号機さん』
『観察よ、三号機さん』
「あっ」と、三号機さんはその無表情の顔で目を見張った。
ここは廃校。小高いところにある。だから村中が見渡せる。だけど今、三号機さんの視覚エンジンに映しだされるのは遠い長曽禰家だ。
『マスター! なにとぞ! なにとぞ!』
窓を開けたロボ子さんの部屋の中。
ロボ子さんの声まで聞こえてくる。
恐るべし、一号機さん。これからは一号機さんの悪口は控えよう。
『どうか、どうか、わたくしがセーラー服を着て鏡見てたことだけは、どうか内密に! 宗近さんにも! 補陀落渡海さんにも!』
しかも二号機さん。
服を着ることを覚えた雪月改二号機ロボ子さんが着ているのは、なんとセーラー服なのだ。
『ねえ、あのセーラー服ね、私のなのよ』
一号機さんがささやいてきた。
『衝撃の告白ですね、一号機さん』
『面白そうなので貸してさしあげたのよ。うちのマスターが、純情で無垢な女子高生に罵られる汚れた中年教師というシチュエーションにはまった時期がありましてね』
『聞いてません、一号機さん』
ミーン。
ミーン。
「えー、なんでー。似合うよ、ロボ子さん。みんなにも見せてあげようよ、この写真」
デジカメを手に、虎徹さんは楽しそう。
『データ消してーー! おねがい、消してーー!』
「やーーだよーー」
『そもそもどうして私の部屋にセーラー服が吊されていたんです。どうして絶妙なタイミングでデジカメ持ったマスターが部屋に入ってくるんです。罠ですか、罠だったんですね。その勝ち誇った笑顔、私、リカバリされても絶対に忘れませんから……!』
ミーン。
ミーン。
『私たち、マスターに恵まれてませんね、一号機さん』
『そうですね、三号機さん』
ミーン。
ミーン。
お昼。
『ごはんできましたよ、三条小鍛治宗近さん』
今度のロボ子さんは虎徹さんから借りたジーンズにYシャツだ。袖と裾は三つ折りにして、顔には張り付いた笑顔。
『今日のお昼は三条小鍛治宗近さんだけです。どうしてそんなに震えているのですか、三条小鍛治宗近さん。どうしてそんなに汗をかいているのですか、三条小鍛治宗近さん』
宗近さんの前に置かれているのは、皿に載せられた謎の黒い物体。
「あの、ロボ子ちゃん……」
『はい。なんでしょう、三条小鍛治宗近さん』
「なんで今日だけ、ぼくをフルネームで呼ぶのかな……」
『あら、そういえばどうしてでしょう』
「虎徹さんは……」
『マスターなら縛って納屋に吊してありますが、なにか』
はい、それはオムレツです。得体の知れない物体ではありません、オムレツです。さあ召し上がれ。ごたごた言ってないで、とっとと食いやがれ。
泣かないでください。
鼻水垂らさないでください。
あらあら、えっち星人の消化器官は意外とタフです。
『さて、三条小鍛治宗近さん。今度、私の部屋にバニーガール衣装だろうがなんだろうが私が気に入らないものを置いたなら、次はこんなものじゃ済みませんから。お返事は? あれ、おかしいな。聞こえませんよ、三条小鍛治宗近さん?』
七色の顔色の宗近さん、「マァム・イエス・マァム!」と一声叫び、そして昇天したのであった。
『はい、大変良く聞こえました、三条小鍛治宗近さん!』
ミーン。
ミーン。
『やるものです、二号機さん』
『やるものです、二号機さん。私も今度試したいと思います。ところで、そのバニーガール衣装とやらも一号機さんのものなのですか』
『はいそうです。基本ですから』
『基本なのですか』
『ところで、三号機さん。あなたはマスターにお昼ご飯を作らないでだいじょうぶなの?』
『一号機さんと遊ぶと言ったら、とても喜んでいましたから。友達を作ることはよいことだと』
『……それで?』
『どん兵衛うどんを置いてきました』
『……私たちのマスターたちもアンドロイドに恵まれてないかもしれませんね』
『どん兵衛うどんです。どん兵衛そばじゃありません』
『そうですか』
『ところで一号機さん。二号機さんの発言で気になるのですが。”ふだらくとかい”とか”えっちせいじん”というのはいったい』
『三号機さん』
盃をなめて、一号機さんが言った。
三号機さんは大きな瞳だけを一号機さんに向けた。無表情の一号機さんから、いつもの妖艶な一号機さんへと戻っている。
『あなた、この村に来てもう一週間が経ちますね。なにか気づいたことはありませんか』
『そうですね。昨日は日立製作所製フローラⅡさんに会いました。この間は三菱重工製RH202系。私たち雪月改三機に、そういえば、汚れた雪月さんにマスターの夕ご飯のハンバーグを盗まれたこともあります。如月さんもウロウロしているし、なぜこんなド田舎で小さな村にアンドロイドがたくさんいるのでしょう。面倒くさいです』
『そうね。それもおかしなこと』
一号機さんが言った。
『でも、それだけじゃありません』
『なにをおっしゃりたいの、一号機さん。私、まだ質問に答えて貰ってないのだけど』
『この数日、村を見かけない男がうろついていました。視界の中には入ってくるけど、外れるとその場で忘れてしまいそうな印象が薄い人。それでいて背広の下にはP230JP。警察の名簿には見つからない』
『それが?』
『警視庁公安よ』
ふたたび三号機さんの大きな瞳が一号機さんに向けられた。
『この村はちょっと不思議な村。三号機さん、もっと周囲に目をこらしなさい。耳をすませなさい。私たちはマスターを守らなければいけません。何かが起きてからでは遅いのです』
『一号機さん』
『今日はここまで。三号機さん、夕ご飯はマスターの大好物を作ってあげるのよ』
『ただのぞきをしているだけではなかったのですね、一号機さん』
『そうよ、三号機さん。あなた私のことそう見てたの』
『はい』
『傷つくわ』
ミーン。
ミーン。
『それで結局、それに落ち着いたのわけですか、ロボ子さん』
補陀落渡海艦橋。
落ち着いた男性の声が響いた。
『そうです。しまむらで買ってきました』
ロボ子さんはピンクの長そでスエットの上下姿だ。
艦長席の椅子に座り、ぐるぐる回して遊んでいる。
『それじゃ、ただの家のオカンじゃないですか。もっとこう、夏ですし、せめて半袖Tシャツにショートパンツとかですね』
『えっち星人は船までえっちなんですね』
『は、すいません……』
午前中に家事を済ませ、あとは夕方三時からの時代劇の再放送が始まるまでロボ子さんはここで補陀落渡海のメインコンピューターさんと話して過ごすことが多くなった。なんといっても、補陀落渡海さんはこの小さな村の数少ないロボ子さんの知り合いの中でいちばんの常識人なのだ。
えっちな点をのぞけば。
『この程度でえっちといわれましても……』
『私がいて、ジャマになりませんか、補陀落渡海さん』
『いえいえ。マルチタスクお手の物です。話し相手がいた方が楽しく作業できます。それが女の子であればよけいに』
『やっぱりえっちです』
『うう……』
さて、水戸黄門の再放送と夕ご飯の支度に家に戻ったロボ子さん。自分の部屋に置かれたその黒い物体を見て、最初はなにかわからなかった。
『まだ懲りていないとは、えっち星人の執念恐るべしです』
驚愕するしかない。
しかし、それにしても。
『さすがにブルマはないと思いました、マスター、宗近さん……』
■登場人物紹介・アンドロイド編。
ロボ子さん。
雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。通称因業ババア。
三号機さん。
雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。
小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。
基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。
■人物編
長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。
ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。
三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)
長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。
ちなみに、ロボ子さんの呼称は
虎徹さんが「ロボ子さん」
宗近さんが「ロボ子ちゃん」
それ以外は「二号機さん」で統一されています。もしそうじゃないなら、それは作者のミスですので教えてください。