座敷わらしさん、現る。
現実問題として、アウェーなのはしょうがない。
違う中学からの知らない人がいつもより多いとしても、それでも二週間もあればしっかりと社会ができあがっちゃっているわけで。
たとえば、教室に入って来るなり、「はじめから狼だった男なんていないッ! ちんちんは自分で生やすものなのだッ!」と謎の宣言をしてから授業をはじめるすごい美人の英語教師とか、他の生徒からすればすでに日常であったりするのだ。
長澤ロボ子さんも、さっきのことはなかったかのように真面目にノートを取っている。
「そりゃあ、私もあれから考えましたよ」
未練たらたらで長澤さんは言ったのだった。
舌打ちまでして。
「常識的に考えて、いくら三人でも、高校生にあんな大きな家が借りられるわけないし」
常識を働かせるの、やっとそこですか。
ていうか、廃校ね。まずそっちに気づいてね。
しかもぼくたちのおうちはその離れなのよね。そんでもって、あの廃校って超格安物件だったりするのですよ。
「惜しいなあ。あなたたち、ビジュアルはいいのに」
そりゃどーも。
「想像は自由! 妄想は自由! 創作は自由!」
がんばってください。
長澤さんは孤立を怖れるタイプじゃないらしい。
歌仙くんは思った。
だからおれたちみたいなのにも平気で声をかけてきてくれる。そりゃ嬉しいけど、やっぱり迷惑だよな。
おれたちは高一だけど、みんなよりちょっと年上で。
少し違う経験をしていて。
ていうか宇宙人で。
あれ、なんだよ。ほんとおれって、こんなしちめんどくさいこと考えるキャラだったか?
教室がざわめきはじめた。
窓側のほうから、徐々に言葉が伝わってくる。
「あれ、雪月だよね」
「雪月が、メイド服で自転車に乗ってる?」
「すごい、おれ初めて見た。違うよ、あれは雪月改だ。もっと凄いアンドロイドだよ」
「あんなの買える金持ちが、うちの高校にいるのか?」
何が起きているのか、窓側じゃない三人組にもわかってしまうのである。
『おぼっちゃーーん!』
響き渡ったのは、紛う事なき二号機さんの声なのだった。
『一年三組の鳴神陸、歌仙海、千両空のおぼっちゃーーん! お弁当をお忘れですよーー! ロボ子がお届けに参りましたよーー!』
今度はなにをはじめたのだ、あのアホの子は……。
二号機さんは大爆笑だ。
三人組から長澤さんの誤解の話を聞かされ、膝をバンバン叩いて喜んでいる。
「どう見ても動きが人間ですね、しかも行儀が悪い方の……」
自分が笑われているのは気にもせず、長澤さんは眼をまばたかせている。
昼休みの地学教室。
教室に二号機さんを入れたらフェスティバルになりそうだし、どこか人がいないところはないかと聞いたところ、長澤さんにここに連れてこられたのだ。
「雪月改を所有してるなんて、やっぱりお金持ちなんですね」
「二号機さんはよその家の子だよ」
「あれ、でもうちにも一号機さんがいるか」
なかなかややこしい。
「二号機さんは嫌がらせに特化したアンドロイドで、おれたちをからかって楽しんでるんだ。おおかた、その格好で学校に飛び込んできたら注目浴びて、おれらが困るとでも考えたんだろうさ」
鳴神くんが言った。
『そっのとおりでえーすっ!』
そのためにわざわざお手製お弁当を作り、メイド服に着替えて自転車を飛ばしてきた二号機さんなのである。
「うわ、本当にお弁当だ」
「作ってきてくれたの、二号機さん」
「食べていいの?」
『毒なんかはいってませんようっ!』
高校生向けとしてはやや和食に偏っているが、なかなか豪華だ。
いたずらのおまけとはいえ、これはなかなか嬉しい。
『いっただきまーす!』
しかも二号機さん、自分のお弁当まで用意していて食べ始めちゃったのである。
はじめて二号機さんを見る長澤さんにとってはいろいろと衝撃だ。
「あれ、今日は賑やかだね」
準備室の方のドアを開け、白衣にメガネの若い先生がお茶を手に入ってきた。
「お兄ちゃん」
と、長澤さん。
「ここは天文部の部室で、お兄ちゃんは天文部の顧問。お昼は天文部が集まるの」
「あれ、でもあんたらしかいないじゃん」
と、鳴神くん。
「うん。部員は私とハルちゃんだけだから。『人がいない』ところでしょ」
実はこの時、二号機さんが箸を止め、長澤先生を見つめてフリーズしている。
誰もそれに気づいていない。
「今日は遅いな、ハルちゃん。いつもなら誰よりも早く来てるのに」
長澤さんが言った。
「ハルちゃんがいないということは、今日はお昼ご飯にありつけないってことになる」
長澤先生が言った。
長澤さんがジロリと長澤先生をにらんだ。
「お兄ちゃん。ハルちゃんからお弁当もらうの、もうやめなよ」
「そうだねえ。でも、約束だからねえ」
「というかですね」
苦笑いを浮かべ、歌仙くんが言った。
「さっきから、座敷わらしみたいな子が、恨めしそうにぼくらを睨んでるんですけど……」
教壇の机の陰で、びくっと体を震わせた小さい人影がある。
「ハルちゃん」
座敷わらしさんが立ち上がった。
唇を噛み、涙目だ。
「うーー!」
変な声をあげると、座敷わらしさんは教室を飛び出していった。
「ハルちゃん!」
長澤さんが追いかけようとしたが、座敷わらしさんはくるっと向きを変えて教室の中に戻ってきた。
「ごふっ!」
長澤さんも小柄だが、座敷わらしさんはさらに小型だ。前屈みの座敷わらしさんの頭が長澤さんの胸を強打してしまった。胸をおさえてしゃがみこんでしまった長澤さんの一方、座敷わらしさんの頭は頑強のようだ。
「ん!」
何事もなかったように長澤先生の前にお重を置くと、また教室を飛び出していった。
「ハ、ハルちゃん……」
長澤さん、涙目で苦しそう。
「座敷わらしか、あれは。やっぱりそうなのか」
三人組と二号機さんは呆然としている。
「高梨春美さんは君たちと同じ一年生で、ぼくや妹の幼なじみです。おお、今日も豪華だなあ」
長澤先生、お重を開けて食べ始めた。
三人組と二号機さん、こちらにも驚いている。
ニッポンの高校生活には門外漢の三人組と二号機さんであっても、常識的に教師が女子生徒にお弁当を作ってもらうってのはよろしくないだろうというのはわかる。
長澤さんが立ち上がった。
長澤先生をきつい視線でじろりと見下ろし、ハルちゃんを追いかけて出ていった。気にもせず、長澤先生は美味しそうにお弁当を食べている。
「あれ」
と、箸を止めて。
「君たち、もしかしてえっち星からの新入生ですか」
入学してからの停学の二週間と今日の一日。
やっとその言葉を聞いた。
「入試の話は聞きましたよ。三人とも数学や物理化学は満点だったって。良かったら、ときどき遊びに来てください。いろいろと話をしてみたいです。授業がない時はぼくはたいていここにいます。できれば、天文部に入って貰えると嬉しいなあ。見ての通り、廃部危機ですから」
『あの、長澤先生?』
二号機さんが言った。
「はい。あれ、変わった服を着た生徒がいるなとは思っていたけど、あなたは雪月ですね?」
『はい、雪月改二号機。長曽禰ロボ子といいます』
長澤先生が眉をひそめた。
「――ロボ子?」
『はい。もしかして先生のご先祖さまに東京天文台に勤めていた方がいらっしゃいませんか。あと、おたくでは猫を飼ってらっしゃいませんか?』
「おどろいたな……」
長澤先生はつぶやくように言い、そしてにっこりと笑った。
「はい、母方のご先祖さまに東京天文台に勤めていた人がいると聞きます。ぼくはそれにあこがれて天文学を目指しましたが、学力が足りずにこうして高校の天文台守をしています。それと、ぼくはいまアパート暮らしですが、実家ではずっと猫を飼っています。そのご先祖さまが猫好きだったと聞きます。長曽禰ロボ子さん、あなたは千里眼ですか。それとも過去から来たのですか」
二号機さんが嬉しそうにうなずいた。
「ロホちゃん、ひどいよ。なんで私たちの部室にあんな人たちを入れちゃうの」
座敷わらしこと高梨春美さん、階段に座り込んでめそめそ泣いている。
「あの人たち、戦争の格好をして学校に来たんだよ。三年の不良とケンカしたんだよ。不良だよ」
「そんなことより」
長澤さんが言った。
「ハルちゃん。もうお兄ちゃんにお弁当作るのやめて」
「えっ」
ぷいっと背を向け、長澤さんは階段を降りていった。
「ロホちゃん……もう、小姑……?」
高梨さん、ガチガチとまた体を震わせるのだった。
■主人公編。
鳴神 陸。(なるかみ りく)
えっち星人。宙兵隊二等兵。艦長付。
三人組の一応のリーダー。ケンカ自慢。突っ走るアホ。
歌仙 海。(かせん うみ)
えっち星人。宙兵隊二等兵。副長付。
美形で芸術肌な、ミニ清麿さん。美術部。
千両 空。(せんりょう そら)
えっち星人。宙兵隊二等兵。機関長付。
小柄で空気を読まない毒舌の天然少年。
■学校編。
長澤 露穂子。(ながさわ ろほこ)
地球人。高校一年生。天文部。通称ロボ子。
クラスメイト。ちょっと目つきがきついメガネっ娘。クラス委員なのだが、案外アホの子でもある。どうやら腐った方であるらしい。
高梨 春美。(たかなし はるみ)
地球人。高校一年生。天文部。ハルちゃん。
小柄でボブでちょんまげ付きなので、座敷わらしと言われてしまう。長澤先生が好き。
長澤 圭一郎。(ながさわ けいいちろう)
地球人。地学教師で天文部顧問。露穂子さんの兄。
飄々とした人。
■同田貫組周辺編。
人間無骨。(にんげんむこつ)
えっち星人。宙兵隊副長・代貸。中尉。
いつも眠っているような目をしているが、切れ者。陰険。代貸だが、代貸と呼ばれても返事をしない。
同田貫正国。(どうたぬき まさくに)
えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。同田貫組組長。
一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。
■アンドロイド編。
長曽禰 ロボ子。(ながそね ろぼこ)
雪月改二号機。
「二号機さん」と呼ばれる。本編の主人公だが、番外編では性格が変わる。よりひどくなると表現してもいいかもしれない。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。通称因業ババア。
神無さん。
雪月改のさらに上位モデルとして開発された神無試作一号機。
雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。




