露穂子さんがやって来た。
「申し訳ございません、申し訳ございません!」
『申し訳ございません、申し訳ございません!』
その日もまた、ゴリラのように巨大なお父さんと、どう見ても雪月改のお母さんのご両親が、呼び出された教務室で必死で頭を下げている姿が見られたのだった。
なにも言わない組長と一号機さん。そして気持ち悪いほどご機嫌な人間無骨さんが怖ろしくて、三人組は小さくなって停学期間を過ごした。
『ケンカは先に殴らせるのです。鳴神くんたちなら大丈夫でしょう? そして一発だけ殴らせてから思う存分反撃するのです。それが処分を軽くするコツです』
勝手に押しかけてきて、うさんくさいうんちくを垂れているのは二号機さんだ。
「あのね、二号機さん、漫画の読み過ぎ」
相手をしているのは鳴神くんだ。
「そんなん、最初の一発で決まっちゃうことだってあるんだから」
『相手の拳が当たる瞬間に、首をくいっとですね、くいっと』
「できねーよ、達人じゃあるまいし。って、首をぐりんぐりん回すな、気持ち悪いわ!」
まあ、三年生たちの方から絡んだのは明らかだったので、ケンカ両成敗。むこうも停学で、むしろ三人組の処分は甘かったのだ。
なにせ、むこうは全員病院送りだったのだから。
「ねえ、歌仙くん。大丈夫かな。ぼく、友達作れるかな」
膝を抱えて言った千両くんに、歌仙くんは驚いた。
ちなみに、この小柄童顔でありながら、彼も数人病院送りにしていたりする。
「千両、まだ学校行くつもりだったのか」
歌仙くんが言った。
「行くよ、あたりまえだろう。せっかく組長が行かせてくれるんだよ、投げ出せるわけないじゃないか」
「おまえって、意外と強いんだなあ……」
正直に言って、もう終わったと歌仙くんは思っていた。
同田貫さんや一号機さんがなにもいわないのは、見限られたからだと思っていた。せっかく高校に行かせてやったのに一日も登校できずに辞めてしまいやがったと。がっかりされ見捨てられたのだと思っていた。
まだ、チャンスがあるのかな。
退学になったわけじゃないもんな。
そう考えたら、少しだけ前向きの気分になった。
「あれ、どこに行くの、歌仙くん」
「絵、描いてくる」
歌仙くんは同田貫組美術部へと向かった。
部屋の中では鳴神くんと二号機さんがケンカ談議を続けている。
千両くんはすることもなく、宿舎を出て門に向かった。
同田貫組は、村の廃校をそのまま使っている。門のところに、自転車から降りて覗き込んでいる小柄な少女がいた。まだ見慣れているわけじゃないが、たぶん同じ高校の制服だ。
メガネに肩までのボブヘア。
ちょっとかわいい。
「あ」
少女は千両くんを睨み付けてきた。
ちょっとかわいいけど、目つきは悪い。
「千両くん。千両空くんですよね。停学なのに出歩くつもりですか」
「ジュース買いに行こうかなと。君、だれ?」
「クラス委員の長澤露穂子です。プリント持ってきました」
「えっ」
一瞬妙な単語が聞こえた気がしたが、それを上回る驚きに千両くんは声をあげてしまった。
「わざわざこんなところまで!?」
「私、自転車通学だから平気です。学校から一時間かかりませんでした。私の家も同じ方向だし。夏には免許とってバイク通学ですし」
そんなこと聞いてないし。
「男子が言ってました。千両くん、すごいケンカ強いらしいけど、私、暴力に屈しませんから」
だから、そんなことも聞いてないし。
「それにしても、大きな家ですね。なんだか学校みたい」
学校です。
「あと、鳴神陸くんと歌仙海くんの家を教えてくれませんか。同じ村なんでしょ? 先生からもらった住所には……ええと、同上、同上って」
「あの」長澤さんが真顔で聞いてきた。
「『同上』って、どこら辺ですか?」
どうしよう、アホの子だ……。
「え、同じ家に住んでいるんですか。兄弟だったのですか。でもみんな苗字が違う。――あっ!」
長澤さんは激しく頭を下げた。
「そもそも同い年! ごめんなさい、なにか聞いちゃいけないわけがあるんですね! ――ああっ!」
今度はなんでしょう。
「もしかして三人は尊い間柄で、三人で暮らすために共同で家を借りたんだ。だからこんな大きな家に住めるんだ!」
大きいにもほどがあると思います。
ところで、尊いってなんですか。
どうしてそんなキラキラした眼でぼくを見るのですか。
「創作に活かしたいので、こんどインタビューさせてください!」
なにそれ。
「じゃあ、私、帰ります」
そして一瞬で事務モードに戻ってしまう長澤さんなのだ。
「ちゃんと鳴神くんと歌仙くんにもプリント渡してくださいね」
長澤さんが自転車にまたがった。
なんとなく気を失いかけていた千両くんは慌てて声をかけた。
「待って!」
「なんですか」
「ええと――さっき凄いインパクトがあったんだけど――あっ、そうだ! 長澤ロボ子さん!」
どうやら言われ慣れているらしく、表情も変えずに長澤さんが訂正した。
「長澤露穂子です」
「わざわざありがとう、長澤さん!」
千両くんが人懐っこい笑顔で言った。
こちらには慣れていなかったらしく、長澤さんは顔を真っ赤にさせた。
「が、学校が始まってから二週間もたつのに、一度も登校してないって異常です。しっかりしてください。それじゃ、私は帰ります!」
「うん、停学開けたらよろしくね!」
今度は少し余裕のある笑顔を長澤さんも返してくれた。
表情がくるくる変わる。
むっちゃかわいい。千両くん、そう思った。
門の影から鳴神くんと歌仙くん、そして二号機さんが覗いている。
「なんだあのちっこいの」
『私の名前を連呼してませんでした?』
「そういや、小型二号機さんみたいだったな」
長澤さんが気になってときどき振り返るほど、千両くんは両手を振り続けた。
そして二度目の停学が開けた。
今朝は教室への侵入に成功した三人組である。
しかし、ここでもアウェーの空気がすごい。男子女子問わず、恐れられているといってもいい。
「あ、千両くん。それで、そちらが鳴神くん、歌仙くんですね」
そこに現れたのが長澤ロボ子さんだ。
「おはようございます。三人の席はこっちの隅っこです。二週間でてこないので固められてしまいました。好きな席を使ってください」
天使に見えた。
女神に見えた。
目つきはちょっと悪いけど。
「授業始まるまで時間ありますから、よかったら軽く校内を案内しますけど、どうします?」
「お願いしますっ!」
教室を出るとき、「長澤さん、すごー」「ロボ子、勇者ー」という声が三人にも聞こえてきた。
「この廊下のいちばん奥が大体育館。全校での集会といえばそこになります。途中に購買があります。うちには食堂はありませんから、お昼は購買で買うかお弁当になります。大丈夫ですか」
「そうなんだ」
「まあ、今日はパンでも買おうぜ」
「そだね」
「戦争ですよ、パン争奪戦は」
長澤さんの言葉は脅しになってない。三人組、「へー、そーなんだー」「戦争なんだー」と不気味な笑顔を浮かべている。
「理科棟はこっち。まあ、教室移動の時は、最初のうちはみんなについて行ってください。そのほうが確実です」
案内をしてもらっている最中も、生徒たちがチラチラとこちらを見てくる。
やはり、三人組はすでに有名人になってしまっているらしい。
悪い方向に。
「ねえ、長澤さん」
歌仙くんが言った。
「君ってすごくいい人だと思う。プリントもありがとう。でも、ぼくらと付き合うと、君の立場が悪くなるんじゃないの?」
長澤さんは長身の歌仙くんを見上げた。
しかし、真顔のまま変化しない。
はじめは怒っているのかと思ったが、どうやら長澤さんは歌仙くんの言葉の意味を理解できていないらしい。
「あのさ、おれらのこと怖くないの……?」
「怖いと言うより……」
長澤さんは真顔のまま首をひねった。
そしてまた、突然スイッチが入ってしまったのである。
「ねえっ、三人は恋人なんでしょう! キスとか週に何回くらい!?」
なにをいいだしているんです。
「やっぱりベッドはひとつなんですか? 三人とも全裸で寝るんですよね!」
あれからどんな想像してすごしたのです。
「ない」
鳴神くんが無慈悲に言うと、長澤さんは真顔に戻った。
めまぐるしい。
しかも舌打ちまでした。
「でも、あなたたち、一緒に住んでいるんでしょう?」
「おれたちは兄弟でもなければ親戚でもないが一緒に住んでいる。ただし、四〇人のむさ苦しいおっさんどもと一緒だ」
とどめになるはずの鳴神くんの言葉は、しかし逆に長澤さんを強烈に刺激してしまったのだった。
「頑強な大男たち四〇人を、あなたたちたった三人で総受け……!」
「違うわーー! そこから離れろ、この腐れオンナーー!」
二号機さんに大量に少女漫画を読まされたため、長澤さんがなにを言っているのか理解できてしまうのが少年たちには悲しかった。
■主人公編。
鳴神 陸。(なるかみ りく)
えっち星人。宙兵隊二等兵。艦長付。
三人組の一応のリーダー。ケンカ自慢。突っ走るアホ。
歌仙 海。(かせん うみ)
えっち星人。宙兵隊二等兵。副長付。
美形で芸術肌な、ミニ清麿さん。美術部に所属している。
千両 空。(せんりょう そら)
えっち星人。宙兵隊二等兵。機関長付。
小柄で空気を読まない毒舌の天然少年。
■人類編。
長澤 露穂子。(ながさわ ろほこ)
地球人。高校一年生。通称ロボ子。
クラスメイト。メガネっ娘。クラス委員なのだが、案外アホの子でもある。どうやら腐った方であるらしい。
人間無骨。(にんげんむこつ)
えっち星人。宙兵隊副長・代貸。中尉。
いつも眠っているような目をしているが、切れ者。陰険。代貸だが、代貸と呼ばれても返事をしない。
同田貫正国。(どうたぬき まさくに)
えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。同田貫組組長。
一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。
■アンドロイド編。
長曽禰 ロボ子。(ながそね ろぼこ)
雪月改二号機。
「二号機さん」と呼ばれる。本編の主人公だが、番外編では性格が変わる。よりひどくなると表現してもいいかもしれない。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。通称因業ババア。




