三人組、停学が開ける。
「おまえらのことだ。なにかやると期待はしていたがなー」
とりあえず一発ずつ三人組をぶん殴ってから、人間無骨さんが言った。
「初日からってのは、さすがのおれも度肝抜かれたわー」
「だって、バスに乗り遅れたんです」
と、鳴神くん。
「嬉しくて眠れなくって寝坊して」
と、歌仙くん。
「ぼくだってまさか、学校内までバイクで突っ込むとは思わなかったです」
と、千両くん。
言い訳する三人を、また一発ずつ殴ってから。
「ねえ、見た? 大尉と一号機さん、教務室で米つきバッタのように頭下げてたんだよ」
うぐっと、三人組は真っ青になった。
「代貸は見たんですか……」
代貸と呼んだ鳴神くんを、また一発殴ってから。
「うん。めったに見られるものじゃないからね。あの泣く子も黙る同田貫組組長、同田貫正国大尉が頭下げてるんだよ? ぼくさ、となりのビルの屋上から思わず望遠レンズで録画しちゃったよ。なあ、おまえらさ。卒業まで、何回大尉に頭下げさせちゃうつもり?」
うぐっと、三人組は真っ青の上にさらに真っ青になった。
千両くんはもう吐きそうだ。
「まあ、おまえらが非常識なのはぼくらのせいでもあるからねえ。とりあえず、この停学の間に、おまえらには日本の高校生活の常識をみっちりと学んでもらう。そういうわけで今日は特別教官をお呼びした。先生、どうぞ!」
『はあい、愛くるしいニッポンの女子高生、ロボ子さんですようっ!』
「またこいつか!」
「またこいつか!」
「またこいつか!」
『少女漫画で鍛えたこの私が、一週間、あなたたちにニッポンの高校を教えてさしあげましょう! 似合うでしょ、似合うでしょ! やっぱり犯罪的に似合うでしょ、いやあん、私のセーラー服姿っ!』
「あんたも高校通ったことないだろ!」
「ていうか、あんた生まれて一歳にもなってないだろ!」
「なんだよ、少女漫画って! 時代劇をテキストにされるよりはマシだけど!」
結局、教官がきゃっきゃとひとり盛り上がって自分のセーラー服姿を楽しんでいる横で、三人組は少女漫画を一週間読まされたのだった。
「ねえ、歌仙くん、寝た?」
夜。
千両くんがカーテンの向こうから声をかけてきた。
「いや、起きてる。くやしいけど、二号機さんから借りた少女漫画が面白くてやめられない」
「ぼくもなんだ。ぼくのは『のだめボンゴレロッソ』ってやつ。女子高生じゃなくて女子大生の話だけど。歌仙くんのは?」
「おれのは『となりの大仏くん』っての。しかし、鳴神はあっさりいびきかいて寝てるな」
「鳴神くんは格闘漫画かエロ漫画しか読まないから。ねえ、歌仙くん、ぼくら、こんな学校生活送れるのかなあ」
歌仙くん、くくっと笑い声をあげた。
「ばっか、漫画だぜえ、これ」
「そうだけどさ。なんだか読んでて、面白いけどせつなくなってきたんだ。こんな楽しそうな毎日が送れるのかな。友達ができるのかな。変だよね、だいたい、ぼくらはここの人たちにとっては宇宙人なのに」
歌仙くんにも思う所があった。
この家にいてこの村にいれば、孤独感なんて感じたことはない。鳴神くんや千両くんもいるし、隊の先輩たちもいる。外に出ても、村の人たちは自分たちを異星人とは見ていないようだ。
だけど、学校では。
漫画の中でも、友達を作れない悩みや人間関係の悩みが多い。
ましてや自分たちは異邦人――異星人だ。
なんでおれたちは学校に行くんだろう。
異端者であることを、孤独を、わざわざ思い知らされるために?
「中学の頃、おれ、こんなめんどくさいこと考えたっけ」
「なに、歌仙くん」
「寝ろ、千両。明日も早い」
「うん。歌仙くんもおやすみ」
漫画本を閉じて灯りも消したが、歌仙くんはしばらく眠れなかった。千両くんの気配もしばらくしていた。鳴神くんだけがやかましいいびきを立てていた。
そして停学が開けた。
今日はおとなしくバスに乗って来た三人組である。
制服に乱れはない。そもそも制服をだらしなく着ていたらぶん殴られる社会からやって来た少年たちだ。
しかし、どうも悪目立ちしている。
バスを降りてから、いや、バスに乗っているときから、自分たちを見てヒソヒソ話す気配がある。
「鳴神くん、歌仙くん、ぼくらどこかおかしいかな」
「単純に、迷彩服にでかいバイクで入学式に乗り付けたアホとして有名なんだろ」
「歌仙のいう通りだ。気にすんな」
鳴神くんはさっさと歩いて行く。
「強いなあ、鳴神くんは」
「あいつは鈍感馬鹿なだけだよ。おれたちも行こう、千両」
しかしその鈍感馬鹿な鳴神くんも、校門をまたいだとたんに足を止めてしまった。ものすごいアウェーの空気を感じてしまったのだ。
(くそ、おれたちがなにをした)
初日から、あんなド派手な通学しちゃいましたけど。
(言いたいことがあるなら、面と向かっていいやがれ)
それはそれで、ホントにやられたら困ると思いますけど。
ガンホー!
両手で頬を叩き、気合いを入れて。
「いくぜ、歌仙、千両! ビビってんじゃねえ!」
「ビビってるの鳴神じゃん」
「鳴神くんがビビってるんじゃん」
「うるせー! 宙兵隊魂を忘れんな――あ、すまん」
そしていきなり、誰かにぶつかってしまう鳴神くんなのである。
だけどそれはしょうがない。
いつの間にか、三人組は人相の悪い生徒たちに進路を遮るように取り囲まれていたのだ。しかし、鳴神くんに体をぶつけてきた生徒、「うっ」と声を漏らししゃがみ込んでしまったのは情けない。鳴神くんの頑丈さに返り討ちにあったらしい。
「ごめん、ホントだいじょうぶ?」
「だいじょうぶだから、だいじょうぶだから」
このときになって、やっと自分たちが置かれた状況に気づいたようだ。鳴神くんは周囲を見渡し、その雰囲気を一変させたのである。
「……」
「ねえ、やばくない、歌仙くん」
千両君は青くなって歌仙くんにすがった。
「うん、どうやらこれはやばい」
歌仙くんの顔も青い。
やばい。
なにがやばいって、鳴神くんがである。明らかにスイッチが入っている。
「お、おい、鳴神。教室に行こうぜ……」
「そ、そうだよ、鳴神くん。停学開け初日から遅刻だなんてまずいよ……」
歌仙くんと千両君は必死になだめようとしたのだが、鳴神くんはまったく聞いてない。しかもそれが、逃げようとしているととられてしまったようだ。
「逃がすかよ」
体の大きな生徒がずいっと前に出てきた。
高校生には見えない。
三〇越えたおっさんのような顔をしている。
「おまえらだよな、入学式に軍隊のカッコで学校に乗り込んできた一年ってよ」
ほら、鳴神くん。
ほんとに面と向かって言ってくる人が出ちゃいましたよ。
「おまえ、ほんとに高校生?」
鳴神くんが言った。
「あ? 三年に向かってその口の利き方はなんだ、一年」
「あのな、おれたちはおまえらとたいして変わらねえよ。たぶん。その顔見てると自信なくしちまうけどさ」
「わけの分からんこと言ってンじゃねえ、一年」
「いいからさ」
にたり。
鳴神くんが不気味な笑いを浮かべた。
「やるんならやろうぜ。安心しろよ、おれたちは殺し方しか知らんが、まさかこんなところで殺しゃしない。なあ、歌仙。千両」
「巻き込まないでください、鳴神くん……」
「すごく迷惑です、鳴神くん……」
不良たちは、鳴神くんの中二病台詞に噴き出した。しかし、それが事実に基づく警告であることをすぐに思い知ることになる。
二発だった。
鳴神くんのフック気味の掌底があごに決まり、横を向いたところに逆方向からの平手が首筋に叩き込まれ、おっさんくんは膝から沈んでしまった。
「残念。殺していいなら、このままナイフで頸動脈でいい。武器使っちゃだめってんなら顔面につま先蹴りでもいい。とうに死体だぜ、こいつ」
おっさんくんは白目を剥いて気を失っている。
鳴神くんは、その髪を片手で鷲掴みにしてこれ以上倒れないように支えている。
「来いよ」
じろり。
鳴神くんが不良たちを見渡した。
「他の連中も。二度と調子に乗らないように体に叩きこんでやる。宙兵隊方式でな」
そして三人組は、二度目の停学処分となりました。
■主人公編。
鳴神 陸。(なるかみ りく)
えっち星人。宙兵隊二等兵。艦長付。
三人組の一応のリーダー。ケンカ自慢。突っ走るアホ。
歌仙 海。(かせん うみ)
えっち星人。宙兵隊二等兵。副長付。
美形で芸術肌な、ミニ清麿さん。美術部に所属している。
千両 空。(せんりょう そら)
えっち星人。宙兵隊二等兵。機関長付。
小柄で空気を読まない毒舌の天然少年。
■人類編。
長澤 露穂子。(ながさわ ろほこ)
地球人。高校一年生。通称ロボ子。
クラスメイト。メガネっ娘。クラス委員なのだが、案外アホの子でもある。どうやら腐った方であるらしい。
人間無骨。(にんげんむこつ)
えっち星人。宙兵隊副長・代貸。中尉。
いつも眠っているような目をしているが、切れ者。陰険。代貸だが、代貸と呼ばれても返事をしない。
同田貫正国。(どうたぬき まさくに)
えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。同田貫組組長。
一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。
■アンドロイド編。
長曽禰 ロボ子。(ながそね ろぼこ)
雪月改二号機。
「二号機さん」と呼ばれる。本編の主人公だが、番外編では性格が変わる。よりひどくなると表現してもいいかもしれない。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。通称因業ババア。




