三人組、入学する。
春、四月。
桜吹雪舞う中を、三人の少年たちが道を急いでいる。
「入学式から遅刻かよ!」
「眠れなかったんだもん! ワクワクドキドキして眠れなかったんだもん!」
「とにかく急ぐぜ!」
同田貫組の三人組が、今日から高校生である。
「地球の高校って、どんなかなあっ!」
「彼女作るぞおっ! 地球の彼女作るんだあっ!」
「ふん。女子高生じゃな。おれはもっと大人じゃないと」
「童貞の癖に」
「童貞の癖に」
「おまえらもだろっ! おれはクラブ活動に青春をかけるんだ!」
「美術部だろ?」
「ぼくは友達いっぱいつくるんだっ!」
「おお、作れ、一〇〇人作れ!」
「よおしッ!」鳴神くんが拳を振り上げた。
「これがおれたちが三年間通う学校だ! 行くぜ、歌仙! 振り落とされんなよ、千両!」
ドドドド!
ガガガガ!
桜満開の校庭に飛び込んできたのは、巨大な二台のミリタリーバイク。
一台はサイドカーつきである。
乗っているのは迷彩服着用の三人。
ご丁寧にド派手なドリフトまで決めている。
ドドドド!
ドドドド!
ドドドド!!
土煙が凄かった。
爆音が凄かった。
新入生たちや先生方の驚愕と恐怖に歪む顔が凄かった。
入学式当日。
三人は停学処分になったのだった。
補陀落渡海は宇宙駆逐艦である。
そう言い張りつつ、艦級としては実は宇宙巡洋艦であるらしい。これは艦長長曽禰虎徹さんの階級を上げたくなかった宙軍主流派の姑息な嫌がらせなのだそうだが、それはここではよい。
高いレベルの文明を持つことが確実な惑星「地球」への四五年を越える大冒険に旅立った補陀落渡海に、出発したあとから三人の少年たちが乗っていることが発覚した。それが現在の同田貫組三人組である。
同じ孤児院出身。
中学校の体験入隊でなぜか補陀落渡海に紛れ込み、そのまま旅立ってしまったという強引な引きをもつドジっ子さんたちだ。
亜光速への加速はすでに始まっていた。
本星に引き返すのは不可能。
しょうがなく彼らはクルーの一員として迎え入れられ、主にゲンコツでかわいがられた。地球に着いてからは同田貫組を立ち上げた同田貫さんに引き取られた。
リーダー格の鳴神陸。
腕っ節と体力に無駄に自信があるが、突っ走る馬鹿である。
歌仙海。
そこそこ長身の鳴神くんよりさらに長身で、薄い色のさらさらな髪が似合う美形の少年だ。
千両空。
長身の二人といつも一緒にいるから、よけいに小柄なのが目立つ童顔少年だ。
この三人に高校に通わせてやりたいと言い出したのは、同田貫の親分さんである。
一月。
組長室に呼び出された三人組は「おれたち、なんかやらかしたっけ」と緊張しながらも、同田貫さんの隣に立つ一号機さんのいい匂いにドキドキもしていた。
「なあ、おまえたち」
同田貫さんが切り出した。
三人組は伸ばしていた背筋をさらに伸ばした。
「サー、イエッサー!」
「おまえら、軍に入れば高校にも通わせてくれるっていうので軍に入ったのだったな」
「サー、イエッサー!」
「行きたくはないか、高校に」
「サー、イエッサー!」
条件反射で返事をしたあとで、三人組は「は?」と目を丸めた。
同田貫さんがテーブルの上に入学案内を三通並べた。
「ふもとの町の高校だ。全日制課程だ。組も余裕ができた。おまえたちを学校に通わせてやるくらいはできる。まあ、今さらかもしれん。よく考えてみろ」
三人組はテーブルの上の入学案内をじっと見つめている。
「いいぞ、読んでみろ」
「よろしいのですか、サー」
「構わん、読め」
三人組は顔を見合わせ、代表して鳴神くんが話した。
「サー、いいえ、高校のほうです。おれたち、いえ、私たちは下っ端ですし、定時制でも有り難いのに全日制だなんて……」
「おれたちは同田貫組だな。まあ、元は宙兵隊だが」
「サー、イエッサー!」
「同田貫一家ともいうそうだ。おれたちは一家だ。家族だ。そうだな」
「サー、イエッサー!」
同田貫さん、ここで苦笑いのような表情を浮かべた。
「子供が親に遠慮するな、馬鹿もん」
三人組は泣いた。
ありがとうございます!と連呼しながら、それぞれ入学案内を抱きしめた。
「こらこら。入試があるんだぞ。その高校はこの地域での進学校らしい。まずはそれの突破だ。まあ、歴史や国語以外なら充分なほど教えてあるはずだが」
国語も現代国語なら大丈夫そうですが。
三人の喜びように同田貫さんや一号機さんまでもらい泣きしそうになったところで、泣き笑いの顔で鳴神くんが言った。
「女子高生ですっ!」
同田貫さんと一号機さんは一瞬反応できなかった。
「女子高生ですっ!」
嬉しそうに鳴神くんが繰り返した。
『マスター、お考え直されては』
無表情で一号機さんが言った。
「ううむ……」
同田貫さんの顔を、嫌な汗が流れていく。
『野獣を野に放つことになるのでは』
「ううむ……」
さて。
同田貫さんが言ったとおり、馬鹿そうに見えてこの三人組、特に理系はとうに高校の課程レベルを終えている。宇宙船乗りには必須の知識だからだ。ただ、やはり問題は古典や歴史、地理など地球というか日本固有に由来する教科だ。
三月の入試まで、三人には家庭教師がつくことになった。
『はあい、魅惑の女教師、ロボ子さんですようっ!』
「なんで二号機さんなんだよおお!」
「アホの子に教わりたかねえよおお!」
「誰だよ、美人教師が来るって嘘ついたのはああ!」
しかし悔しいことに、これで二号機さんは全科目で大学入試を突破できるだけの学力を持っているのだ。そして必殺の頭突きを持っているのだ。
『今日のスーツ、一号機さんに借りたのです。スカート短いでしょ、短いでしょ、ぱんつ見えそうでしょ。いやん』
しかもこの先生、教えるより遊ぶのに熱心なのである。
「……そもそもぱんつはいてないでしょ、二号機さん」
よせばいいのに反応するから、千両くんはいい餌食になってしまう。
『ホントにそう思う? ホントにそう思う、千両くん? 見なきゃわからないよ……?』
「……」
『ブラつけてないのはホントだよ……。欲情する? 欲情する……?』
「だあああああああ! 硬い胸押しつけてくるなああ!」
『きゃー、千両くん、こわーい』
『二号機さんに家庭教師を頼んだのは、失敗ではないでしょうか』
三人組の宿舎である離れを眺めながら、一号機さんが言った。
「弥生さんじゃ、今度は別の意味で勉強にならないだろ、あいつら……」
もしかしたら今年の高校入学は無理かなあと、一号機さんに剥いてもらったミカンを食べながらため息をつく同田貫さんなのだった。
しかし奇跡は起きた。
三人組、そろって合格してしまったのだ。
『先生が良かったのです』
得意満面のロボ子さんである。
「あんた、江戸時代や大正時代の歴史や文学ばっか無理矢理詰め込んできたじゃねえか!」
「吉屋信子や諏訪根自子が高校入試にでてくるわけねえだろ!」
「ぼく、八代将軍吉宗と出てきただけで、成敗の改革って書きそうになっちゃったよ……」
それでも三人は合格した。
あとから聞くと、やはり吉屋信子だろうが成敗の改革だろうが文系科目はボロボロだったのだが、理系科目がとにかくダントツだったのだそうだ。
高校生だ。
数年遅れだけど。
なぜか異星の高校だけど。
彼らはとにかく高校生になったのだ。
同田貫さんも一号機さんも、同田貫組のみんなも、補陀落渡海クルーたちも、村の人々までもが喜んでくれた。
そして停学処分である。
「申し訳ございません、申し訳ございません!」
『申し訳ございません、申し訳ございません!』
この日、ゴリラのように巨大なお父さんと、どう見ても雪月改のお母さんのご両親が、教務室で必死で頭を下げている姿が見られたのだという。
■主人公編。
鳴神 陸。(なるかみ りく)
えっち星人。宙兵隊二等兵。艦長付。
三人組の一応のリーダー。ケンカ自慢。突っ走るアホ。
歌仙 海。(かせん うみ)
えっち星人。宙兵隊二等兵。副長付。
美形で芸術肌な、ミニ清麿さん。美術部に所属している。
千両 空。(せんりょう そら)
えっち星人。宙兵隊二等兵。機関長付。
小柄で空気を読まない毒舌の天然少年。
■人類編。
長澤 露穂子。(ながさわ ろほこ)
地球人。高校一年生。通称ロボ子。
クラスメイト。メガネっ娘。クラス委員なのだが、案外アホの子でもある。どうやら腐った方であるらしい。
人間無骨。(にんげんむこつ)
えっち星人。宙兵隊副長・代貸。中尉。
いつも眠っているような目をしているが、切れ者。陰険。代貸だが、代貸と呼ばれても返事をしない。
同田貫正国。(どうたぬき まさくに)
えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。同田貫組組長。
一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。
■アンドロイド編。
長曽禰 ロボ子。(ながそね ろぼこ)
雪月改二号機。
「二号機さん」と呼ばれる。本編の主人公だが、番外編では性格が変わる。よりひどくなると表現してもいいかもしれない。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。通称因業ババア。




