野良ロボ子さん、還る。
「みんな無事か!」
虎徹さんが声を張り上げた。
煙が立ちこめる中、無事を知らせる報告が次々と上がった。
「ロボ娘たち!」
『無事です』
『無事です』
『神無さんが卵のままで端っこに挟まってますが、静かでいいからほっときます』
「同田貫、清麿。提督と勅任艦長の拘束を任せる。補陀落渡海!」
『はい、艦長』
「被害の報告。衛生科の手配。宗近を呼びだせ。工作室スタンバイ。巴さん、誾千代さん、おたくの技術者をお借りしたい。ロボ子さん、ウエスギ製作所に連絡してくれ、雪月が事故だと」
『はい、マスター』
『艦長に報告。船体への重大な被害はなし。引き続きチェックします。衛生科、士官室に向かいます。機関長、通話に出ます。工作室電源入りました。順次起動します』
呆然と立ち尽くしているのは清光さんだ。
虎徹さんが気づいていたとおり、爆発の前から拘束は自分で外している。
しかし、今の彼はただの木偶の坊だ。士官学校始まって以来の英才、悪魔のように頭が切れると言われた男が、ただ突っ立っているだけだ。
爆発の痕跡を残しながらも割れることなく健在の一枚板のテーブル。
その上に横たわる野良雪月さん。
「嘘だろう……」
清光さんはふらふらと手を伸ばした。
「技術者が来るまで待て」
その手を虎徹さんが制した。
「おれなら直せる。野良ちゃんの右腕も修理したんだ。おれが直したんだ」
清光さんが言った。
「野良雪月さんがどういう状況かわからん。へたに動かして後悔したくはないだろう」
「後悔? なんだよ、後悔って」
「落ち着け、清光。おまえらしくもない」
清光さんの眼から涙が溢れた。
「おれらしいよ! このうえなくおれらしいよ! 相棒なんだ! 生まれて初めての相棒なんだ! おれの相棒なんだよ!」
清光さんは崩れ落ちた。
「おれをもうひとりにしないでくれ。頼むよ、野良ちゃん。お願いだよ……!」
ここまであけすけに泣く男の人を初めて見たと、ロボ子さんは思った。
清光さんが子供のように泣いている。
「助けてくれ、虎徹。頼むよ、野良ちゃんを助けて……!」
頼られても、結局おれはなにもできないじゃないか。
虎徹さんも悲しくてしょうがなかった。
アンドロイドは機械だ。
だから、修理はできるのだ。
それでも記憶を失ったアンドロイドは、別のアンドロイドだ。
野良雪月さんがずっとこだわり野良の道を選んだのも、「おばあちゃん」の記憶を失いたくなかったからなのだ。
社長さんが率いるウエスギ製作所のスタッフが到着するまで、野良雪月さんはテーブルの上で応急的な修理と保全をされただけだった。ひと目見た社長は修理より頭部とボディの切り離しを指示した。
体の各所にチップ等が分散配置されている雪月改や神無と違い、雪月は頭部に重要回路が集中している。頭部さえなんとかなれば野良雪月さんは救われる。
しかし、頭部がだめだったら。
ウエスギ製作所の作業は夜を徹して続けられた。
「砂糖菓子は、加州清光が好きだったんだ」
補陀落渡海の営倉に収監された提督さんは、虎徹さんを相手に語った。
「そんなことはわかっていた。砂糖菓子はよく加州清光に手紙を書いていたんだ。出すつもりのないない手紙だ。自殺する前にあいつはおれに電話をかけてきた。砂糖菓子は泣いていた。泣きながら手紙の存在と隠してある場所を言った。そんなもの、おれは知っていた。中身だって全部知っていた。あいつは、それらを処分してくれと言った。おれしか頼める人がいないのだと言った。加州清光に迷惑をかけたくないのだと言った。
砂糖菓子が、最後におれに頼んだのがそれだったのだ……!
苦しかった。悔しかった。憎かった……!
そうだ。砂糖菓子が脅されて書いた手紙を書き替えたのはおれだ。あいつの字はいつも見ていたから、真似するなんて簡単なことだった。あいつの死体の前で、おれはあの手紙を書き、入れ替えたんだ。本格的な捜査がなされることなく、加州清光が追放された時には迷った。だが、おれは沈黙した。そうだ、おれだ。おれが加州清光の人生を奪ったのだ……!」
提督さんが言った。
「あいつに伝えてくれ。おれを殺してくれていい」
虎徹さんは、どう返事をしようかと考えた。
敬語を使うのはおかしい気がした。悲しい気がした。あの頃、この人とも親友だったのだ。それで、こう答えた。
「あいつは、今、それどころじゃないんだ」
うつむいたままの提督さんが涙を落とした。
この人の前にも、かつてはまっすぐな道が続いていたはずなんだ。虎徹さんは思った。
真新しい雪月のボディに野良雪月さんの頭部が接続された。
技術者は野良雪月さんを再起動した。
頭部の反応はなかった。
技術者たちはなんどもチェックし、試してみた。しかし結果は同じだった。野良雪月さんの両目は開かなかった。
はじめから無理だとわかっていたチャレンジだった。
それほどに野良雪月さんの損傷は激しいものだったのだ。
後ろのほうでその作業を見ていた清光さんは、誰にも気付かれないうちに姿を消していた。
「残念だよ」
長曽禰家に招かれ、ロボ子さんお手製のつまみをつつきながらウエスギ製作所の社長さんが言った。
「明日、彼女の頭を元の体に戻す。この上ない冒険をした雪月だ。うちの会社で大切に保存して、手を合わせてやりたい」
「彼女の記憶の、一部だけでも拾えませんかね」
虎徹さんが言った。
「もちろん、サルベージは試みるがね。期待はせんでくれ。衝撃にいちばん弱いのが記憶装置なのだ」
目を伏せたまま、社長さんが言った。
次の日、野良雪月さんの頭部が元の体に戻され、処理を施されてウエスギ製作所のトレーラーに移された。残った雪月の体には、別の新品の頭部がつけられた。しかし彼女は、見た目がそのまま野良雪月さんだ。
いや、むしろ。
『野良雪月さんみたいでもあるし、二号機さんみたいでもあるわね』
一号機さんが言った。
『前から似てたものね』
三号機さんも言った。
『そうなんですか?』
と、ロボ子さん。
「そうだよ。雪月の顔には基本形が数種類あって、おまえと野良雪月は同じ基本形なんだ。特にこの子はニュートラルのままだし、まだ性格もできあがってないし、区別出来るほどの個性がまだ現れてないのだね」
社長さんが言った。
ロボ子さんは顔を寄せ、真新しい雪月さんの顔を見つめた。
かわいいと思った。
自分もこれくらいかわいいんだと、ちょっと嬉しかった。雪月さんがにっこりと笑いかけてきて、なぜか照れてしまった。
『お父さん、私や野良さんの基本形に名前ついてるんですか?』
「ついているよ、『人畜無害系』」
『うう』
野良雪月さんの記憶を残すことはできなかったけれど、今日、新しい雪月さんが生まれた。
悲しいけれど、時は流れて留まらない。
新しい雪月さんは完全な新品だ。
一度だけ繋がったとはいえ、野良雪月さんの部品はひとつも残されていない。
ただ、野良雪月さんの頭部を駆け巡った電子は彼女の中に収束され、彼女に最適化され、新しい頭部にもそのまま流れ込む。ニュートラルな頭部に、微少な影響が与えられる。
微少な。
かけら。
ほんの小さな傷もつけられない、野良雪月さんのかけら。
新しい雪月さんは、トレーラーの汎用の整備用椅子に座っている。目の前のボックスには、ほんの少しだけ触れ合ったもうひとりの自分の壊れた体がある。
新しい雪月さんが目を開けた。
『うとうとと、していました』
と、まだ硬い口調で口にした。
独り言ではない。暗いトレーラーの中に人の気配がある。
「起こしちゃったかい」
『いいえ。私はアンドロイドですから、加州清光さん』
パイロットランプの小さくも陰影の濃い灯りの中に、清光さんの姿が浮かび上がった。
『でも、アンドロイドなのに私、夢を見ていました。きれいなお花畑でした。川が流れていました。川の向こうに、きれいなおばあさんがいました。なぜだかせつなくて、悲しくて、嬉しくて、私は泣きながらそのおばあさんのところに駆け寄ろうとしました。でも、ダメだって言われました。まだ来ちゃいけないって言われました。まだその時じゃないって言われました。私は、おばあさんと同じくらい好きな人ができたのを思いだしました。川を引き返そうとして振り返ると、おばあさんは泣いていました。笑顔で泣いていました。おばあさんは手を振ってくれました。また会えるから、さみしいけどそれまで待っているからと言ってくれました。大好きだって、私をいつまでも大好きだって言ってくれました。私は。私は――』
雪月さんの目から涙があふれている。
清光さんもまた、涙を落としている。
「言っただろ、どこにいたって、おれは君を見つけるって」
清光さんが言った。
『私、帰ってきたよ。今度こそ遅れずに帰ってきたよ』
雪月さんは両手を広げた。
清光さんは雪月さんを抱きしめた。
「おかえり、野良ちゃん」
■登場人物紹介・アンドロイド編。
ロボ子さん。
雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。通称因業ババア。
三号機さん。
雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。
小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。
基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。
板額さん。
板額型戦闘アンドロイド一番機。
高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。
巴さん。
板額型戦闘アンドロイド二番機。
極端な性格になりやすい板額型の良心。ただ、雪月改や同じ板額型の暴走に振り回されてしまう。
誾千代さん。
板額型戦闘アンドロイド三番機。
乙女になりすぎた板額さんの反省で生まれた、生粋のサド。ただ戦闘能力だけはそれに見合って高いようだ。
神無さん。
雪月改のさらに上位モデルとして開発された神無試作一号機。
雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。
野良ロボ子さん。
野良雪月。
前のマスターである「おばあちゃん」の記憶を消されるのが嫌で野良をしている。食いしん坊。充電しなくても動ける謎の根性回路を搭載している。
■人物編
長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。
ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。
三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)
長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。
源清麿。(みなもと きよまろ)
えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)
三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病オヤジ。美形。
同田貫正国。(どうたぬき まさくに)
えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。
一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。
三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)
えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。
方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。
粟田口藤四郎吉光。(あわたぐち とうしろう よしみつ)
えっち星人。宙軍提督。
えっち星のえっち国領事としてやってくる。虎徹さん、典太さん、清光さんの同期。タイムジャンプをそれほどこなしていないので六〇歳を越えている。
加洲清光。(かしゅう きよみつ)
えっち星人。密航者。
幽霊と呼ばれるほど神出鬼没。宙軍士官学校では虎徹さん、藤四郎さんと並んで三羽ガラスと呼ばれた。補陀落渡海の航海に匹敵するほどタイムジャンプを繰り返していたので、虎徹さんと同い年のままのように見える。
ちなみに、ロボ子さんの呼称は
虎徹さんが「ロボ子さん」
宗近さんと清光さんが「ロボ子ちゃん」
神無さんが「先輩」「お姉さま」
それ以外は「二号機さん」で統一されています。もしそうじゃないなら、それは作者のミスですので教えてください。




