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ロボ子さんといっしょ!  作者: 長曽禰ロボ子
加洲清光編。
84/161

提督さん、語る。(後編)

挿絵(By みてみん)

「珍しい本を読んでいる」。自分と趣味の合う相手には馴れ馴れしい砂糖菓子くん。

ちなみに、後ろは少年の頃の清麿さん。

「珍しい本を読んでいる」

 その声の主がだれであるのか、藤四郎(とうしろう)さんははじめ気づかなかった。顔を上げ、やっとそれが砂糖菓子くんだとわかったのだ。

「ああ、ここの司書の審美眼も捨てたもんじゃない」

 軽やかに言えたろうか。

 動揺を隠せたろうか、喜びを隠せたろうか。

 胸の高鳴りは聞こえていないだろうか。

「新刊が出たのを知っている?」

 砂糖菓子くんが言った。

「知っているが、学生に簡単に出せる値段じゃない。ここに入るのを待つさ」

「持ってる」

「えっ」

「ぼくの趣味は読書だけだから。好きな作家の本は新刊が出ると実家が送ってくれる。明日、ここに持ってこようか。貸してあげるよ」

 明日、ここに持ってこようか。

 その言葉だけでも胸が高鳴る藤四郎さんなのだ。

 砂糖菓子くんは、また会う約束をしてくれている。

「もう読んだのか」

「とっくに」

 感想も言わず、座ってもいいかとも聞かず、砂糖菓子くんは向かいに座った。そして広げた本に、藤四郎さんは見覚えがあった。

「君だって、珍しい本を読む」

 ムッとした表情で、砂糖菓子くんが上目遣いに藤四郎さんを見た。

「図書カードに、君の同類の名前が書かれてあるはずさ」

 巻末の図書カードを確認して、「ああ、これが君の名か」と砂糖菓子くんが笑った。そこには、たった一人の名前しか書きこまれていなかったのだから。


「四〇年前、いや、五〇年前の小さな話さ」

 提督さんが言った。

「どうもわからんね」

 清光(きよみつ)さんが言った。

「おれが最初に撃った男は、あれはそこの鉄の虎徹(こてつ)のトーヘンボクを困らせるために仕組んだ悪戯だったといった。悪戯だぜ。それがおれのせいになっているのはともかく、どうして学生一人を放校処分、永久追放処分にするほどの大事件になったんだ?」

「砂糖菓子が自殺したからだ」

 提督さんが言った。

「そりゃそうだろう。だから、どうしてそうなったんだ」

「それは、そこの勅任艦長が一番よく知っている」

 勅任艦長さんに視線が集中した。

 勅任艦長さん、ひっ、と小さな悲鳴を上げて更に小さく縮こまった。

「レイプされて自殺した。それは事実だということだ」

 提督さんが言った。

「最初は悪戯だった。それは本当の話だったそうだ。鉄の虎徹を陥れて、停学処分にでもなればいいというだけの軽い罠だったのだ。やつらは砂糖菓子を自分たちの根城の東の提督館に引きずり込み、裸にして写真を撮った。それを虎徹にやられたと一筆書かせた。もちろん、繊細な砂糖菓子のことだ。それだけでも自殺してしまったかもしれん。だが、それで終わらなかったのだ。他の者を帰し、残った三人の男たちが、実際に次々と砂糖菓子をレイプしたのだ」

 ざっと典太(でんた)さんが立ち上がった。

 震える勅任艦長を見下ろし、典太さんが言った。

「事実ですか、勅任艦長」

「……悪かった」

「事実かと聞いているんです」

「……事実だ」

補陀落渡海(ふだらくとかい)、記録したな! 下衆め、軍法会議にかけてやる!」

 提督さんが苦く笑った。

「無駄だ、典太。逆におまえが陥れられてしまう。そいつのバックはそれほど強いのだ。加州(かしゅう)清光、おまえの放校処分はともかく永久追放処分というのはな、おまえがいろいろ動いていたので本格的な捜査が始まる可能性が出てきた、その前にケリをつけたというわけだ。おれもな、おれも必死になって出世した。こいつらを潰すには力が必要だ。だが、提督となった今でも、こいつらにはなにもできんのだ。そのおれが」

 提督さん、万感を込めて天井を見上げた。

「この千載一遇のチャンスに、復讐を計画したのは間違いか?」


 三人の不良たちは強力なバックで士官学校を卒業し、順調に出世し、勅任艦長にまでなった。当然ながら宙軍の中では嫌われている。定年を前に地球での軍法会議に必要な三人の勅任艦長に指名され送り込まれたのは、観光旅行のほかに厄介払いの意味もあったのかもしれない。

 領事として赴任することが決まっていた提督さんは、三人の勅任艦長を押しつけられたことを周囲から同情されたが、心の中では歓喜していた。

 四〇年。

 まさに千載一遇のチャンスが廻ってきたのだ。

 この四〇年で身につけたのは、提督の地位と、忍耐だ。

 「地球人をまだ全面的に信用するわけにはいかない」と秘密裏に板額さんを改造させることもできたし、不撓不屈さんに乗船してからの、勅任艦長さんたちの相変わらずの傍若無人や馴れ馴れしさも笑顔で受け流すことができた。

 加州清光さんのことを調べていたのは事実だ。

 上がってくる報告を積み重ねれば、清光さんがなにをしているのかの予想はすぐについた。ただ、「幽霊」がほんとうに地球にまで現れたと知った時には正直いって焦った。先を越されるかもしれない。


「だが、おまえは殺さない」

 提督さんが言った。

「そうだよ、おれは殺さない」

 清光さんが言った。


「おまえは、肘と膝を撃ち抜いて相手を苦しめるだけだ。それも義手や義足に換装すれば元通りになるだけなのに、お優しいことだ」

「『幽霊』が、士官を殺して回っているって噂になっているのにはまいったよ」

 清光さんは苦笑いを浮かべた。

「おれ、そこまで極悪人じゃないっての。提督さんのお墨付きがついて安心したよ。殺したつもりがなくても死んじゃってるのかもって、ほんとはちょっとビビってたんだ。よかないけど、よかったよ」

「士官を殺してまわっているという噂は、おれがデータベースに書き込んだのだ」

 提督さんが言った。

「おまえは殺さない。ならば、おまえに先を越されてもおれが殺せるのだ。もちろん、それでは気分が悪い。事件の処理も難しくなる。これはゲームだ。おまえより早く早くと必死に考えたよ」

「焦らせてしまったのなら悪かったが、おれはもうどうでもよかったんだよね。あんたは焦る必要なかったんだ」

「――なんだと?」

「こんな果ての星にまでやって来て、なんか歯車が狂っちゃってさ。おれ、何してるんだろうってことばかり考えちゃってさ。だいたい見ろよ、あのじいさん」

 清光さんはアゴで勅任艦長さんを指した。

「もう別人だよ。あんなの相手にして、肘や膝を撃ってやろうとか思わないよ。思い知ったかって言ってやれる感じしないよ。なあ、藤四郎くん。あんたに聞きたいことがあるんだ。あれから五〇年だ。おれにとっては一〇年。あんたにとっては四〇年。人を殺したいって気持ちを四〇年も持ち続けることって、できるものなのかい」

 清光さんの言葉に、提督さんは目を剥いた。

「怒らないでよ。おれはまだ三〇そこそこの若造でさ、わからないことばかりなんだよ」

「おまえは……」

 提督さんは怒りをこらえている。

 体を震わせている。

「おまえは、いつもそうだった……」


 あれ、それっておれの台詞だったなと、虎徹さんは思った。

 あれ、と、もうひとつ思った。

 清光さんは口にごはん粒をつけているのだが、あれはなんだろう。おにぎりを食べたのか? 後ろ手で拘束された腕で? ていうか、野良雪月(ゆきづき)さんも両手におにぎりを持っているように見えるのは錯覚だろうか。


「そうやっていつも、おれたちを小馬鹿にして、上から見下ろして、おれは、おまえのことが嫌いだった……」

 提督さんが言った。

「そうか、そりゃ悪かった。でもさ、それだけじゃないよね?」

 清光さんが言った。

「なに?」

「ごまかす気かい? 人に罪をなすりつけようとしてたくせに、それはないよ。あんたさ、まだ隠してることあるよね」

 清光さんは振り返り、壁際に立っている誾千代(ぎんちよ)さんを見た。誾千代さんにはこの視線でわかったようだ。

 清光さんは提督さんに視線を戻した。


「『全身の骨を砕き、踏みつぶし、この男に最上の苦痛を与えながら完全に最終的な死を与えよ』。嫌いだってだけの台詞じゃないよね」


 提督さんが後ろ手で拘束された体で立ち上がった。

 清光さんは構わず続けた。

「あんたが殺したかったのは東の提督館の三人だけじゃない、おれもだ。それはいったいどうしてなんだ。事と次第によっては殺されてやってもいいぜ。どうせもう、なにもすることがなくなった人生なんだ」

 提督さんがうなり声を上げ、自分の片腕の肘から先をもぎとった。

 そうじゃない、それは義手だ。

 提督さんは外した義手をテーブルに叩きつけた。


「最後の最後に、この瞬間が迎えられようとは、なんと私は果報者であることか!」


 義手が爆発した。

 それは自害用に簡易チェックでは見つからないよう巧妙に仕込まれていたもので、誾千代さんが渡された爆弾に比べれば小規模のものだったが、それでも士官室を地獄に変えるのに充分な威力を持っていたらしい。

 だが、その爆発の被害は最小限に留まった。


 危険を察知し飛び出した野良雪月さんが、自分の体で爆発を抑え込んだのだから。


■登場人物紹介・アンドロイド編。

ロボ子さん。

雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。

本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。

時代劇が大好き。通称アホの子。


一号機さん。

雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。

目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。

和服が似合う。通称因業ババア。


三号機さん。

雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。

小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。

基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。


板額さん。

板額型戦闘アンドロイド一番機。

高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。


巴さん。

板額型戦闘アンドロイド二番機。

極端な性格になりやすい板額型の良心。ただ、雪月改や同じ板額型の暴走に振り回されてしまう。


誾千代さん。

板額型戦闘アンドロイド三番機。

乙女になりすぎた板額さんの反省で生まれた、生粋のサド。ただ戦闘能力だけはそれに見合って高いようだ。


神無さん。

雪月改のさらに上位モデルとして開発された神無試作一号機。

雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。


野良ロボ子さん。

野良雪月。

前のマスターである「おばあちゃん」の記憶を消されるのが嫌で野良をしている。食いしん坊。充電しなくても動ける謎の根性回路を搭載している。


■人物編

長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)

えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。

ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。


三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)

えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)

長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。


源清麿。(みなもと きよまろ)

えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)

三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病オヤジ。美形。


同田貫正国。(どうたぬき まさくに)

えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。

一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。


三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)

えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。

方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。


粟田口藤四郎吉光。(あわたぐち とうしろう よしみつ)

えっち星人。宙軍提督。

えっち星のえっち国領事としてやってくる。虎徹さん、典太さん、清光さんの同期。タイムジャンプをそれほどこなしていないので六〇歳を越えている。


加洲清光。(かしゅう きよみつ)

えっち星人。密航者。

幽霊と呼ばれるほど神出鬼没。宙軍士官学校では虎徹さん、藤四郎さんと並んで三羽ガラスと呼ばれた。補陀落渡海の航海に匹敵するほどタイムジャンプを繰り返していたので、虎徹さんと同い年のままのように見える。



ちなみに、ロボ子さんの呼称は

虎徹さんが「ロボ子さん」

宗近さんと清光さんが「ロボ子ちゃん」

神無さんが「先輩」「お姉さま」

それ以外は「二号機さん」で統一されています。もしそうじゃないなら、それは作者のミスですので教えてください。


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雪月改三姉妹。
左から一号機さん、二号機さん(ロボ子さん)、三号機さん。
雪月改三姉妹。
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