提督さん、語る。(前編)
『私の体の中って、どうなっているんですかね』
のちに補陀落渡海さんは、宗近さん相手に愚痴ったらしい。
『人間が一人通り抜けてもわからないし、アンドロイドが一機、床下這っていても気づかないんです。だいたいそんな通り抜けがあるなんて、今でも納得できませんよ。自分の内部なのに』
「人間も自分の体に対しては、同じような感想を持つものさ」
宗近さんは、そう答えたそうな。
二人の勅任艦長さんを殺害したのは藤四郎提督さんだった。
怪しいと気づいたのは、板額さんだ。
ときどき自分の記憶がない。もともとクライアントから記憶抹消を求められることがある。だからこれも、提督さんからの指示だろうと考えていた。軍および領事に関する機密は桁外れに多いだろう。
しかし今日、洗浄しただけでは落とせない匂いを自分の体に感じた。
戦闘の匂いだ。
決定的だったのは、狙撃支援システムに起動した痕跡が残っていたことだ。
板額さんは現在、念のためにトレーラーで機能停止させられている。
クルーが解析しているが、定期的にメンテナンスを受けながら異常を見つけられなかったのだから、細工されたポイントを特定するのには時間がかかるだろう。結論から言えば、板額さんはえっち星でメンテナンスを受けた時にすでにプログラムを弄られていて、提督さんの指示で操ることができるようになっていたのである。
『私が殺したのでしょうか、ふたりの勅任艦長さんを』
専用のメンテナンス用の椅子に固定されたまま、板額さんがつぶやいた。これもまた、のちの話である。
「おれは士官学校時代の藤四郎を知っている」
典太さんが言った。
「あいつは、自分ができることを人に譲るようなことはしない」
典太さんは板額さんの額をなでてキスをした。
この時ばかりは、板額さんも怒らなかった。
後ろ手で手錠をかけられ、藤四郎提督さんは士官室で拘禁されている。
艦長室は人間無骨さん率いる同田貫組特殊班が捜索中だ。誾千代さんに渡されていた爆弾は、すぐに処理に回された。
「なんでおれまで手錠されてるの」
不平を言ったのは、加州清光さんだ。
野良雪月さんも同様に後ろ手に手錠で拘束されている。
虎徹さんは苦い顔をした。
「しょうがないだろう、まだ無罪ってわけじゃないんだ。それだって、地球での勅任艦長殺害の件だけだ」
「おれはまだしも、野良ちゃんの拘束は解いてやれよ」
「すまんが、それもできない。正面きっては、おまえよりむしろ雪月の方が脅威だ」
「野良ちゃん、なんで来たんだよ。待ってろっていっただろ」
清光さんが野良雪月さんに声をかけた。
「え?」
振り返った野良雪月さん、口をもぐもぐさせている。
野良雪月さんが背負ってきた風呂敷包みの中身は、大量のおにぎりだったのだ。士官室の床の上にどっさりと盛られ、みんなで食べている最中だ。
みんな。
雪月改三姉妹に神無さんに野良雪月さん。
あれ、アンドロイド娘しかいない。
『ごはんって、こんなにおいしいものだったのですね』
『おにぎりって魔性の食べ物ですね』
『海苔の香りがたまりませんよね』
『せんぱーい。神無は卵のままなので食べさせてくださーい』
『あんたたち、清光の分も残しておいてよね』
『お茶、お茶』
『はい、お茶ですよう』
おかしい、なにかがおかしい。
『でもこれ、たぶん、うちの具ですよね。この梅干しなんかそうだし、シャケの味付けもそうですよね。ごはんもうちの炊飯器の炊きあがりですよね、これ』
ロボ子さんが、鋭く主婦ぶりを発揮している。
『そうよ、アンタの家で炊いて作ったんだもん、このおにぎり』
『どうしてそう堂々としていられるのです』
『おなか空かせて帰ってくる清光に食べてもらおうと作ってさ。いっぱい作ってさ。そして約束のお墓の前に行ったらさ……』
野良雪月さん、はらはらと涙をこぼしはじめた。
それでも食べるのをやめない。
ちなみに後ろ手で手錠をかけられているので、かぶりつく格好だ。お行儀がよいとはいえない。
『急に不安になってさ。じっとしていられなくなってさ。もう、嫌だよ。だれかのお墓を守るだけの人生なんて嫌だよ……』
三姉妹もおにぎりを手に、はらはらと涙をこぼしている。
もちろん、食べるのをやめない。
ロボ子さんにおにぎりを食べさせてもらった神無さんは、またゴロゴロと転がっている。
なにかがおかしい。
これから提督の尋問が始まるというのに、空気がおかしい。
「なあ、話を進めていいか……」
典太さんが言った。
青筋を立て、かなり苛ついているご様子。
「おれに聞くなよ」
虎徹さんが言った。
どういうわけか、この人までおにぎりを手にしているのだ。
「おまえがこの補陀落渡海の艦長であり、この場の最先任士官だろ」
「アレだろ」
「アレかよ!」
残されたひとりになった勅任艦長さん。
「アレ」は、びくりと体を震わせた。
「勅任艦長」
頬にごはん粒をつけて虎徹さんが言った。
「あなたが最先任士官だ。指揮を執ってください。粟田口藤四郎吉光提督の指揮権剥奪と尋問を行いたい」
「いやだ!」
勅任艦長さんが言った。
「なんでそんな面倒くさいことをおれに押しつけるんだ! いやだ、おれはいやだ!」
「殺人が疑われる事件、爆弾テロ未遂事件の容疑者なのですよ」
「おまえらがやればいいだろ! おれは偉くなりたかっただけなんだ! 偉ければなんでもまわりがしてくれるんだ! そうだろ! なあ、そうだろ!」
勅任艦長さんは、長椅子で膝を抱え縮こまってしまっている。
「補陀落渡海が全てを記録している」
典太さんが言った。
「充分だ。虎徹、おまえが二人を解任し、おまえが指揮を――」
虎徹さんは典太さんを制止し、提督さんへと向き直った。
「提督」
提督さんが顔を上げた。
「なんだ」
「同期として、あなたと話をしたい。かつての友人として」
提督さんが苦笑を浮かべた。
「鉄の虎徹、健在だな」
典太さんは首を振っている。
「トーヘンボクめ」
「あなたが二人の勅任艦長を殺したのですか」
テーブルを挟んで向き合い、虎徹さんが言った。
「そうだ。私が二人の勅任艦長を殺した」
提督さんが言った。
「なぜです?」
「なあ、虎徹。おまえは同期だと言ったな。かつての友だったと言ったな。ならおれの最後の願いを聞いてくれないか」
「なんでしょう」
提督さんは奥の勅任艦長さんを見た。勅任艦長さんは膝を抱えたままだ。
「あれを殺させてくれ」
提督さんが言った。
「あと一人なんだぞ。あと一人でおれの復讐は終わるのだ。それでもだめかね」
野良雪月さん。
加州清光さん。
そして――提督さん。復讐が多すぎる。
「どういうことなのですか。あなたは復讐で勅任艦長二人を殺したというのですか。あなたの復讐とは、いったいなんなのですか」
提督さんは瞑目した。
眉をひそめ、感情を抑え込んでいるように見えた。
やがて提督さんが言葉を絞り出した。
「東の提督館事件だ」
虎徹さんと典太さんは顔を見合わせた。
清光さんの顔を窺うと、清光さんも口にごはん粒をつけ無表情で提督さんを見ている。
「自殺した砂糖菓子は、おれの恋人だったんだよ」
提督さんは語り始めた。
おれは男色家じゃない。
だが、砂糖菓子には一目惚れをしてしまったんだ。
あれも、あんな顔をして実はシゾイド気質な所があって、友達だの恋愛だのには興味がないらしくてな。なんどか強引に誘った時には嫌そうな顔をしていたのに、図書館で本を読んでいたら『珍しい本を読んでいる』とむこうから話しかけてきてくれたんだ。おれたちは、奇跡的に読書傾向が似ていたんだ。
それからは、図書館で本の感想を交わしあうその程度の仲になった。
あれは頭が良かった。
おれが気づかなかった素晴らしいセンテンスをよく教えてくれた。
時にはなにも読まず、なにも喋らず、ふたりで図書館の窓から空を見上げた。
そうだ、その程度の仲だ。
だが、おれにとっては、たぶん一度きりの恋愛だったのだ。
提督さんの話を聞いていた清麿さん、なにか嫌な視線を感じている。
「私の天使。どうしてそうキラキラした目で私を見ているのかな……?」
『マスターもきっと、そんなふうに弟と図書館で青春を過ごしたんですね……』
「弟ってなんだね。だいたいその図書館には私も入り浸っていたはずだが、私はまったくふたりに気づかなかったぞ。ちょっと待て、二号機さん、なぜ君まで嬉しそうに私を見ているのだ」
『私、吉屋信子さんの『花物語』が好きなんですけど、三号機さんのマスターさんのBLも読んでみたいです』
「どうして私が書く事が前提なのだ。なあ、一号機さん。さすがに君にその趣味はないだろう。なぜ嬉しそうに笑っているのだ」
『うふふ』
『うふふ』
『うふふ』
「不気味に笑うのはやめてくれないか、君たち」
ゴロゴロゴロ転がる神無さんに、しつこいくらい飽きる気配はない。
■登場人物紹介・アンドロイド編。
ロボ子さん。
雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。通称因業ババア。
三号機さん。
雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。
小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。
基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。
板額さん。
板額型戦闘アンドロイド一番機。
高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。
巴さん。
板額型戦闘アンドロイド二番機。
極端な性格になりやすい板額型の良心。ただ、雪月改や同じ板額型の暴走に振り回されてしまう。
誾千代さん。
板額型戦闘アンドロイド三番機。
乙女になりすぎた板額さんの反省で生まれた、生粋のサド。ただ戦闘能力だけはそれに見合って高いようだ。
神無さん。
雪月改のさらに上位モデルとして開発された神無試作一号機。
雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。
野良ロボ子さん。
野良雪月。
前のマスターである「おばあちゃん」の記憶を消されるのが嫌で野良をしている。食いしん坊。充電しなくても動ける謎の根性回路を搭載している。
■人物編
長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。
ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。
三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)
長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。
源清麿。(みなもと きよまろ)
えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)
三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病オヤジ。美形。
同田貫正国。(どうたぬき まさくに)
えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。
一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。
三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)
えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。
方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。
粟田口藤四郎吉光。(あわたぐち とうしろう よしみつ)
えっち星人。宙軍提督。
えっち星のえっち国領事としてやってくる。虎徹さん、典太さん、清光さんの同期。タイムジャンプをそれほどこなしていないので六〇歳を越えている。
加洲清光。(かしゅう きよみつ)
えっち星人。密航者。
幽霊と呼ばれるほど神出鬼没。宙軍士官学校では虎徹さん、藤四郎さんと並んで三羽ガラスと呼ばれた。補陀落渡海の航海に匹敵するほどタイムジャンプを繰り返していたので、虎徹さんと同い年のままのように見える。
■その他。
補陀落渡海。(ふだらくとかい)
えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。亜光速航行による外宇宙航行艦(ただし、事故で亜光速航行ユニットを失っている)。駆逐艦とされているが、現実には巡洋艦である。
現在はモスボール処理がなされ、パークに展示されている。
なお、メインコンピューターも補陀落渡海と呼ばれ、ロボ子さんの友人でもある。
不撓不屈。(ふとうふくつ)
えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。補陀落渡海は亜光速ユニットによるタイムジャンプ航法で恒星間航行をしていたが、この艦はワープ航法が可能になっている。ワープポイント間を一瞬で結ぶことができる。
宇宙巡洋戦艦。地球名は「ドーントレス」にしたかったとも言う。
現在は地球衛星軌道を回っている。
タイムジャンプ。
亜光速による恒星間航行技術。
亜光速にまで加速するので、その宇宙船と乗員にとっての時間の流れは遅くなる。補陀落渡海は三五光年を四五年かけて移動したが、船内時間では二年と少しだった。
それをタイムマシン、時間旅行になぞらえて、タイムジャンプ航法と俗称する。
ちなみに、その用語を使っているSFは『闇の左手』しか知らないのですが、他にもありますかね。