神無さん、空気を読まない。
『あの宇宙船にどんどん人が集まってきているよ、清光』
村はずれの山の頂上から、野良雪月さんが双眼鏡で村を眺めている。
「自分たちの船で殺人が行われるのが我慢できないんだろう。残念ながら勅任艦長の人望じゃない」
タバコを吹かし、清光さんが言った。
『今、村は留守宅だらけだね。ご飯貰い放題だ。料理までできちゃいそうだよ』
「さすが、野良ちゃんは目の付け所がちがう」
軽く笑って、清光さんはタバコを投げ捨てた。
「さて、行くよ」
『ほんとうに、私を連れて行かないの?』
野良雪月さんが言った。
「ひとりの方が身軽でいい」
清光さんが言った。
「てのもある。建前じゃなくね。でもやっぱりあれさ。おれがこれからする酷いことを野良ちゃんに見せたくない。いちばん醜いおれを野良ちゃんに見られたくない」
『私はいちばん醜い私を清光に見せたよ』
「覚えとけ。男ってのはな、誰だってええかっこしいなんだ」
清光さんは大型バイクにまたがり、フルフェイスを被った。
『戻ってくるね?』
野良雪月さんが言った。
ぽんぽんと野良雪月さんの頭をたたいて、清光さんはバイクを発進させた。
『私、おばあちゃんのお墓の前で待ってるからね! 清光のぶんもごはん作って待ってるからね!』
聞こえたのか、清光さんが後ろ手で手を振った。
清光さんの言ったとおりだ。
補陀落渡海のクルーは、勅任艦長さんの血で補陀落渡海を汚したくはなかった。
宗近さん率いる機関科は、補陀落渡海のシステムのチェックを何度も繰り返した。しかし残念ながら、清光さんが補陀落渡海内部に侵入できるカラクリがわからない。
これは上の不撓不屈さんでもそうなのだ。
どこに入りこんで密航してきたのか、今でも解明できないでいる。
船務科も潜伏できると考えられる箇所をくまなく探して回った。さらに同田貫組が宙兵隊として船内を巡回している。
加州清光さんが入り込む隙間はない。
しかし、彼は来るのだ。
必ず。
士官室。
クラブ補陀落渡海の長椅子に勅任艦長さんが座っている。
左右には清麿さんと同田貫さん。この大柄な二人に挟まれてか、勅任艦長さんはすっかりおとなしくなっている。
室内には他に、一号機さんに三号機さん。
虎徹さんにロボ子さん、神無さん。
そして先ほどから瞑目しぴくりとも動かない直立不動の巴さん。
他に、奥の艦長室に提督さんと典太さん、そして提督警護の板額さんだ。
さすがに誾千代さんの修理は間に合わなかったようだ。
虎徹さんもまた警護の対象なのだが、虎徹さんは勅任艦長さんたちの塊から離れて座っている。これは航海の時にできた暗黙のルールで、虎徹さんが自ら離れた席に座った場合、邪魔するなということなのだ。
元クルーはそれがわかっているからなにもいわない。
ロボ子さんはそんなことなど知らない。知っていても、ロボ子さんは気にしない。虎徹さんに近づき、その正面に座った。虎徹さんも苦笑をひとつ浮かべただけだ。
クルーだったら、ジロリとひとにらみされている。
鉄の虎徹の眼光で。
ポンコツといわれても、虎徹さんは補陀落渡海の艦長として君臨し恐れられていたのである。
胸のボタンを開け、虎徹さんは拳銃を取り出した。
藤四郎さん、清光さんと、図らずも士官学校時代の親友二人に向けたことがある、あの拳銃だ。
「ロボ子さん、この拳銃、わかるかい」
『コルトガバメントに似ています。微妙に違うようです』
「そりゃ、こいつはえっち星の銃だからな」
虎徹さんが言った。
「これは、艦長になる時に貰えるんだ。昔は剣だったんだけどね。白兵戦が船での戦いの決着をつけた時代に剣を与えられるのはわかる。そいつで真っ先に斬り込め、凱歌を揚げよってわけだが、なぜそれが拳銃に変わったのか。わりと信じられていたのが、艦長は船と運命をともにせよってことだって説だ」
『もし沈没するなら、自決していっしょに沈めってことですか?』
「さすが時代劇好きだね、わかってる。ただ、海軍にも宙軍にもそんな伝統はない。たまに強烈な個性で自決する艦長はいたが、一般的とはいえない。実際にはなんの意味もなく、もう剣の時代じゃないから拳銃でいいだろうってのが正解らしい。それでもな、補陀落渡海艦長を拝命しこの銃をもらった時には、やはり緊張したし覚悟もしたんだ。ああ、おれはこれだけの責任を背負う艦長になるんだって。そしてやっぱり嬉しくてね。シーツが油で汚れるから紙で包んで枕元において寝たよ。あいつにも、清光にも――」
その名前が出て、みな、向けないようにして注意を虎徹さんへと向けた。
知ってか知らずか、呟くように虎徹さんは言うのだった。
「同じことを、味わせてやりたかったなあ……」
がちがちと、勅任艦長さんは組んだ手を震わせている。
「私としても、艦長と同じだ」
となりの勅任艦長さんには視線も投げず、前を向いたまましゃべり出したのは清麿さんだ。
「加州清光は、私にとっても尊敬する先輩だった。彼の人生を狂わせた者への怒りは、心の底からたぎっていることだけは、独り言として言わせて貰いたい」
「気障な砲雷長さんとはあまり意見はあわないんだが、今夜ばかりは一致しているようだ」
巨体を前屈みにさせ、同じように正面を向いたまま同田貫さんも言った。
「ただね、遺憾ながら義理と人情を計れば義理が重いのだ。だからおれは、命をかけてあんたを守る。それだけは安心してください、勅任艦長どの」
助けを求めるように勅任艦長さんはキョロキョロと周りを見た。
一号機さん、三号機さんの視線も冷たい。
巴さんはじっと停止したままだ。
さきほどからゴロゴロと転がっている巨大な卵は、なにがなんだかわからない。
「ち、ちがう」
勅任艦長さんがあえぐように言った。
「あれは加州清光をねらったんじゃない。奴もまきこまれただけだ!」
「知ってますよ」
はっと、勅任艦長さんは虎徹さんを見た。
虎徹さんが銃口を勅任艦長さんに向けている。
冗談でもやってはいけない。しかし、冗談には思えない。殺意、それが虎徹さんとその銃に宿っている。
「おれを潰そうとして、あんたたちは清光を巻き込んでしまった。あんたたちが一人の男の未来を奪ったのは変わりないんだ」
虎徹さんは銃を下げた。
ゴロゴロと卵が転がっている。
「提督の護衛は、ほんとうに板額さん一人でよろしいのですか」
「よい」
典太さんの言葉に、提督さんは苦笑いで答えた。
「しつこいな。この狭い部屋に何人もいられては気が滅入るだけだ。おまえも士官室にいけ、典太」
補陀落渡海の艦長室は、他の士官居室とあまりかわらない質素なものだ。だから本来士官室とは艦長も顔を出さないものであるのに、この補陀落渡海では艦長の公室としても機能していたのである。
典太さんは隅に立っている板額さんを見た。
能面のように表情が変わらない。仕事中の板額さんは、だいたいこんな感じだ。
「それとも、おれも加州清光に狙われる理由があるのかね」
提督さんが言った。
典太さんは背筋を伸ばし敬礼した。
「はっ。失礼致しました。私も護衛任務に回ります」
「よろしい、三池典太宙佐」
典太さんが出ていって、提督さんは机のコンソールパネルに呼びかけた。
「補陀落渡海」
『はい、提督』
「しばらく取り次ぎをするな。おまえも、この部屋のマイクその他のおまえの端末をすべて切れ。緊急時だけ連絡を寄こせばよい。おれがコンソールで新たな命令を手動で入力するまでその状態を維持。たった今より実行しろ」
『はい、提督』
「補陀落渡海」
返事はない。
提督さん、くるりと椅子を回し板額さんに体を向けて「さて」とつぶやいた。
「加州清光はもう、この船の中にいるのだろうな。なかなかギリギリだ。みなが補陀落渡海に乗ると言い出した時には参ったが、まあ、それもまた面白い。士官学校でチームを組んでやった悪戯を思い出す。あれは加州清光は参加もせず、虎徹には出し抜かれたんだったかな」
さて。
そう、さて、だ。
さて、はじめる前に、まずは出すものを出しておこうか。
どうやら、このおれも緊張しているらしい。提督さんはくすくすと笑いながら、艦長室のトイレの戸を開けた。
便器に加州清光さんが座っていた。
■登場人物紹介・アンドロイド編。
ロボ子さん。
雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。通称因業ババア。
三号機さん。
雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。
小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。
基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。
板額さん。
板額型戦闘アンドロイド一番機。
高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。
巴さん。
板額型戦闘アンドロイド二番機。
極端な性格になりやすい板額型の良心。ただ、雪月改や同じ板額型の暴走に振り回されてしまう。
誾千代さん。
板額型戦闘アンドロイド三番機。
乙女になりすぎた板額さんの反省で生まれた、生粋のサド。ただ戦闘能力だけはそれに見合って高いようだ。
神無さん。
雪月改のさらに上位モデルとして開発された神無試作一号機。
雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。
野良ロボ子さん。
野良雪月。
前のマスターである「おばあちゃん」の記憶を消されるのが嫌で野良をしている。食いしん坊。充電しなくても動ける謎の根性回路を搭載している。
■人物編
長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。
ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。
三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)
長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。
源清麿。(みなもと きよまろ)
えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)
三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病オヤジ。美形。
同田貫正国。(どうたぬき まさくに)
えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。
一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。
三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)
えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。
方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。
粟田口藤四郎吉光。(あわたぐち とうしろう よしみつ)
えっち星人。宙軍提督。
えっち星のえっち国領事としてやってくる。虎徹さん、典太さん、清光さんの同期。タイムジャンプをそれほどこなしていないので六〇歳を越えている。
加洲清光。(かしゅう きよみつ)
えっち星人。密航者。
幽霊と呼ばれるほど神出鬼没。宙軍士官学校では虎徹さん、藤四郎さんと並んで三羽ガラスと呼ばれた。補陀落渡海の航海に匹敵するほどタイムジャンプを繰り返していたので、虎徹さんと同い年のままのように見える。
■その他。
補陀落渡海。(ふだらくとかい)
えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。亜光速航行による外宇宙航行艦(ただし、事故で亜光速航行ユニットを失っている)。駆逐艦とされているが、現実には巡洋艦である。
現在はモスボール処理がなされ、パークに展示されている。
なお、メインコンピューターも補陀落渡海と呼ばれ、ロボ子さんの友人でもある。
不撓不屈。(ふとうふくつ)
えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。補陀落渡海は亜光速ユニットによるタイムジャンプ航法で恒星間航行をしていたが、この艦はワープ航法が可能になっている。ワープポイント間を一瞬で結ぶことができる。
宇宙巡洋戦艦。地球名は「ドーントレス」にしたかったとも言う。
現在は地球衛星軌道を回っている。
タイムジャンプ。
亜光速による恒星間航行技術。
亜光速にまで加速するので、その宇宙船と乗員にとっての時間の流れは遅くなる。補陀落渡海は三五光年を四五年かけて移動したが、船内時間では二年と少しだった。
それをタイムマシン、時間旅行になぞらえて、タイムジャンプ航法と俗称する。
ちなみに、その用語を使っているSFは『闇の左手』しか知らないのですが、他にもありますかね。




