ロボ子さん、服を着る。
『ふう……』
朝なのです。
夏ですから、五時でもすっかり明るいのです。早朝から時計台で村を眺めていただく最高級オイル、おいしいのです。
ひっく。
新聞少年のカブが行きます。
朝早くからお疲れさまなのです。
玄関先であの脳天気娘が待っているのです。私の言ったことを確かめるために、ひと晩そこに佇んでいたのでしょうか。少年、驚いています。そしてどぎまぎしているのです。
〈あの綺麗な人がぼくを待っていてくれた。新聞を直接受け取ってくれた〉
〈ほんとうに、なんて綺麗な人なんだろう。しかも、いつもこんなすごい格好で……〉
〈胸とか見たらダメだ。下半身とか見たらダメだ。想像するな、もっとすごいお姉さんの姿なんて想像するな。ぼくのお姉さんへの想いは純粋なものなんだ!〉
でも、その意志に反してけっこうガン見してます、少年。
さすがの脳天気娘も気づいたようです。新聞を握り締めたまま呆然としています。ほんと、同じ雪月改なのに、なんて表情の豊かな子。
『ああ、もっといじめたい……』
盃を飲み干し、一号機さんは陶然と呟いた。
「なあ、宗近。このメーカーの納豆のたれ、急にしょっぱくなったよな」
「ああ、だからぼくはめんつゆで代用してる」
「タレは。捨てるのか。もったいない」
「卵かけごはんのタレに使う。なあ、虎徹さん。ロボ子ちゃんにもバレたんだし、こんな質素な生活を続けなくてもいいだろ」
「ばっか、おまえ。仲間はみんな働いて食ってるんだ。おれたちだけ補陀落渡海守として遊び人させてもらっているんだ。もったいなくて贅沢なんかできるか。だいたい、電話かかってきたらどうすんだ」
「どんな」
「『艦長。おれだよ、おれ。会社に損失出しちゃってさあ』」
「詐欺だろ」
「そんな時にさっと出してやれるように、金は大切に使わなきゃならん」
「詐欺だろ! あんたまさか引っ掛かったんじゃないだろな! 毎日新聞読んでてなにしてんだ!」
しかし、その新聞。
今朝はロボ子さんに雑巾のように絞られ、読める状態じゃない。
『あの』
ロボ子さんの声に、びくッ!とすくみ上がるおっさん宇宙人二人だ。
『おかわりはどうですか。おふたりのごはん、なくなっているみたいですけど』
「あ、ああ、おかわりください、ロボ子さん」
「ぼ、ぼくも……」
『マスター。宗近さん』
「はい」
「はい」
『どうして私を見てくれないのですか。どうして不自然に私から目を逸らすのですか』
「……」
「……」
『一号機さんが言ったとおり、私は裸で過ごしてきたアホの子なのですか。新聞配達の子が、私の体を舐めるように見ていきました。マスターが私を見る視線と同じ、絡みつくような粘りつくような、すべてを奪われそうな視線でした』
「そんな視線でロボ子さんを見たことねえよ!」
『なんで今日は私を見てくれないのですか』
『それはですね、二号機さん。あなたがシーツを体に巻き付けてるからです』
『二号機さん、隠しているようで、むしろ扇情的になってます』
また出た。
ロボ子さんの背後にぬうっと現れる一号機さんと三号機さんなのだ。
「あのな、お嬢さんたち!」
虎徹さんはご立腹。
「あんたたちが変な事吹き込むから、昨日からロボ子さんが変なんだよ! どうにかしてくれよ!」
『あら』
『あら』
『でも、事実でしょう。私は今日もマスターに買わせた小千谷縮』
『私はワードローブいっぱいにマスターが買いそろえていたゴシックロリータ』
『世界でたった三機しかない雪月改』
『とんでもなく売れなかった雪月改』
『やめて、三号機さん。その言い方やめて。わたし一人だったときがすごく長くてさみしかったからやめて』
『その中で二号機さんだけが』
『なかなかマイペースで小生意気な子ね。嫌いじゃないわ。その中で二号機さんだけが』
『裸!』
『裸!』
ひいっと、今度はロボ子さんがすくみ上がった。
ほどけそうになったシーツを慌てて抑えているが、余計にえっちで虎徹さんと宗近さんは視線に困る。
『よくて水着かレオタード姿!』
『よくて水着かレオタード姿!』
『ひいいっ!!』
『しかも二号機さんは、この恥ずかしい姿でスーパーにまで行っちゃうのです! おとなしく家や畑だけにしておけばよいものを!』
『ああっ、二号機さんがかわいそう。男たちのいやらしい視線にさらされている二号機さんがかわいそう。私なら耐えられない。きっと屈辱で機能停止してしまう。二号機さんがかわいそう』
ぶーん。
ぶーん。
『この家ではむさ苦しい男たちのためにごはんのおかずを作っている二号機さんは、夜はよその男のオカズにされているのです。なんちゃって』
『一号機さん。私たちは雪月改です。下品です』
『そうでした、三号機さん。私たちは雪月改です。下品でした』
ぶーん。
ぶーん。
ぶーん……。
『二号機さんが自分の部屋に引きこもってしまいました、一号機さん』
『感情豊かなだけでなく打たれ弱い雪月改さんです、三号機さん』
さきほどから聞き覚えのある異音がうるさいと思ったら、ロボ子さんの頭の冷却ファンが全力で稼働してたようだ。
『そういうわけで、長曽禰虎徹さま』
「いや、なんでおれの名前を知っているんです。それもフルネームで」
『私たちウエスギ製作所のアンドロイドは高機能にもかかわらずスリムなボディラインで作られています。着る服を選ばないように』
『着せ替え人形のように楽しめるように。弊社の技術と無駄な情熱を結集したボディラインなのです。逆に言うと、二号機さんのように裸だとレオタード姿に見えてしまうのです』
「裸とかレオタード姿とかさあ」
ムスッと声をあげたのは宗近さんだ。
「ロボ子ちゃんのどこが裸なんだよ。そりゃ、ちょっとセクシーだなあとは思ってたけどさ。アンドロイドの裸ってのは、つまり、内部構造が見えてるような状態だろう?」
『……』
『……』
「歯車がカシャカシャやってるのが見えるとかさ。それでこそグッとくるもんだろう。グッとだよ、グッと!!」
『……あの、長曽禰虎徹さま』
「だから、なんでおれの名前を知ってるんですか。それもフルネームで」
『三条小鍛治宗近さまはヘンタイさんなのでしょうか』
「なんでぼくの名前を知っているんです。それもフルネームで」
『まあ、そうでございますね。ネイキッドモデルというものがございます。透明な外殻のアンドロイドです。雪月や雪月改のデモンストレーション用モデルとして存在はしております』
「――まじで!」
宗近さんの顔が輝いた。
「あるんだ、そんなの! 中身、見ほうだい!? アンドロイド美少女の内部構造、眺めほうだい!? わあああ、想像しただけで、なんかいけない状態になっちゃいそうだぞおお! ふぉー!」
『……』
『……』
「……」
「ねえ、虎徹さん、ぼくにもその雪月か雪月改を買ってくれよ! なあ、ぼくの給料と退職金の前払いって形でさ、ねえ、ねえ! 頼むよ! それくらいの余裕あるだろう!?」
「そういや思い出したわ」
頭をかき、虎徹さんが言った。
「ふぉー!」
「うるせえよ、メカオタク。そうだった。ロボ子さんのプラン選定するときに言われたわ。ホワイトボディとか言うんだっけ。それだと服を必要としないというのでめんどくさくなさそうで、それにしたんだった」
『ほんとにダメなマスターさんですね。たしかに私や三号機さんの体は、服によって肌がのぞいても違和感がないように、全身が顔と同じ色になっているのです』
「そっちで服を着せないほうがえっちじゃね?」
『そりゃそうですが、そもそもその姿で服を着せないマスターはまずいませんよ。裸のマネキンが歩いているみたいでしょう。怪奇ですよ』
「ふぉー!」
「ふぉー!」
『さて、三号機さん』
『ええ、一号機さん』
『二号機さんをとりまく環境の酷さを再確認したところで、二号機さんの天岩戸を開けに参りましょう』
一号機さんがにっこりと笑った。
『ええ、一号機さん。私たち、よそのマスターのこと言えませんしね』
まだ初々しい三号機さんは無表情。
「ふぉぉー!!」
宗近さんは幸せそう。
ロボ子さんの部屋にアンドロイドが三人集まってから三〇分。
襖を開けて出てきたのは、夏らしい藍色のサマードレスを着たロボ子さんだ。頭には大きなリボンの麦わら帽子。
『私のワードローブからいろいろ持ってきたのですが、二号機さんにはこんなさわやか系が似合うようですね』
『田舎の素朴な女子高生ってかんじですね』
一号機さんは得意そうで、三号機さんもすこしだけ微笑んでいるみたい。
『あの、どうでしょうか。マスター、宗近さん』
ロボ子さんは恥ずかしそう。
『私、腕も足も白いままですし、おかしいでしょうか。あの……』
どうしてお二人ともなにも言ってくれないんです。
似合わないならそういってください。そうじゃないって、似合うって、だったらなんで困ったような顔をしているんです。頭をかいているんです。
ねえ、マスター。
ねえ、宗近さん。
『もっとちゃんと、私を見てください』
■登場人物紹介・アンドロイド編。
ロボ子さん。
雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。通称因業ババア。
三号機さん。
雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。
小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。
基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。
■人物編
長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。
ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。
三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)
長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。
ちなみに、ロボ子さんの呼称は
虎徹さんが「ロボ子さん」
宗近さんが「ロボ子ちゃん」
それ以外は「二号機さん」で統一されています。もしそうじゃないなら、それは作者のミスですので教えてください。