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ロボ子さんといっしょ!  作者: 長曽禰ロボ子
加洲清光編。
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そして、事件は起きた。

挿絵(By みてみん)

「いっそこのままオレを殺してくれ、浜省ーーっっ!!」

「うおおおおーーっ!」

 その男は叫んだ。

「おれは、おれは、どうして六〇年代に青春を送れなかったんだ。おれはどうしてリアルタイムに浜田省吾を聞けなかったんだーーっ!」

 男は泣き叫び、シャウトした。

「ショウミー! ユアウエーーイ!」

 たぶん、宇宙人だからだと思います。


「なんだ、ありゃ」

 廊下で警備の打ち合わせをしていた典太(でんた)さんが眉をひそめた。


 この観光ホテルは、パークのお隣に某ホテルチェーンの協力を得て建てられた。現在はパークが仮オープンというのもあってえっち星人の宿舎になっている。世界に散らばり戻ってきた補陀落渡海(ふだらくとかい)クルーも、職員住宅ができるまではここが宿舎だ。

 最上階は、要人を泊めることができるロイヤルスイートルーム。

 その階下に五室のスイートルーム。

 うち一室は領事仮公館。

 そして三室が勅任艦長さんの部屋だ。

 そういう事情もあり、この階と上階のロイヤルスイートルームの閉鎖要請をホテル側も受け入れた。理由は宙軍の内密の行事のため。ルームサービスさんやルームキーパーさんも階下のエレベーターの前でえっち宙軍に受け渡される。

「支配人。なにがあるんですか」

「知らない。でもまあ、あのひとたち宇宙人さんですし」

「宇宙人さんですしね。ねえ、ぼくら、アニメや映画の中にいるみたいな会話してますよね」

「実感あんまりないけどね」


 そこに聞こえたきたのだ。

 さきほどの素っ頓狂な声が。


「今の歌、浜田省吾ですよね」

「そうかもしれないね」

「ねえ、支配人。あのひとたち、本当に宇宙人さんなんです?」

「本当にね……」


 典太さんたちのいる廊下では、嫌になるほどその歌声が聞こえてくる。

「勅任艦長”い”じゃないですか。あのひと声がでかいから」

 部下の一人が言った。

「あのダミ声は、”ろ”じゃねえの?」

 典太さんが言うと、もうひとりの部下が訂正してきた。

「”は”ですよ。浜田省吾ファンは勅任艦長”は”です。地球答礼使節団の方に聴かされてはまったようです。他のおふたりもお好きなようですが」

「ふうん、じゃあ、『ぴゅ~~となるやつをやりたい』って言ってるのは誰?」

「それは全員です」

「今やらせりゃあいいじゃねえか。ヒモつけて、三人ともスイートルームのバルコニーから蹴落としちまえ」

「いいですねえ……」

「そうしたいですねえ……」

 そもそも、いろは。と名づけるのはどうなんだ。


「俺の顔、彼に似ーてーるーっ!」

 当の勅任艦長さんは気持ちよさそうに熱唱している。



 虎徹(こてつ)さんが家に帰ると、宗近(むねちか)さんが風呂上がりでホカホカになってビールを呑んでいた。宇宙巡洋戦艦不撓不屈(ふとうふくつ)の機関部に招待され宇宙に行っていたのだが、そういえば、今日は定期便の日だったか。

 あれ、なら、その帰りの便にあの三馬鹿を乗せればよかったんじゃないの?

 まあ、大物だからめんどくさい手続きもあるのかな。

 知らんけど。

「よう、おかえり、宗近。ロボ子さん、おれの分も頼むな」

 ロボ子さんに声をかけ、虎徹さんもざっと風呂を浴び、宗近さんと改めての乾杯だ。

 横で、ロボ子さんと神無(かむな)さんまで嬉しそうにビールのグラスを合わせている。いくらなんでも、呑兵衛のアンドロイドに育つとはどういうことなんだ。

 ただ、普段ならさらにその横で、ごはんを食べるわけでもなくお酒を飲むわけでもなく、ただニコニコ座っている板額(はんがく)さんが今夜はいない。

 どうやら、提督さんは残業をしているようだ。

 提督さんをホテルの自室まで送り届けるまで板額さんの仕事は終わらない。そして朝、提督さんから呼び出されるまでが板額さんの休憩とメンテナンスの時間だ。


 ところで虎徹さんは、宗近さんに、加州(かしゅう)清光(きよみつ)さんの情報を集めてきてるよう頼んであった。


「士官学校を放校処分になった学生が密航を繰り返している。彼は『幽霊』と呼ばれている。神出鬼没なのがその理由だが、彼が現れた星では必ず誰かしら士官が死ぬからでもある」

 不撓不屈のデータベースにあった都市伝説だ。

 地上の虎徹さんもそこまでは調べることができる。


 宗近さんによると、機関部でも連絡艇の搭乗者も、誰もこの噂を知らなかったそうだ。どうやら有名な噂とはいえないらしい。

「……」

 それより虎徹さんには気になることがある。

 ビールを交わしていても、あの快活な宗近さんに元気がない。

「どうした。最新鋭艦を見てきて、テンション上がってるのかと思えば」

「うん、ああ。まあね」

「なにかあったのか?」

「久々の宇宙で、やっぱり疲れたんだろうさ。なんでもない」

「いえよ」

 宗近さん、苦笑いをひとつこぼして話しはじめた。


 大冒険を成し遂げた補陀落渡海の若き機関長。

 英雄。

 大歓迎された宗近さんだったが、不撓不屈の機関室に圧倒されてしまったのだという。

「びっくりした」

 宗近さんが言った。

「なにひとつわからないんだ。機関長のぼくが、計器の見方すらいちいち教えてもらうしかなかったんだ」

「しょうがないだろ。おれたちの頃から五〇年経っているんだぜ」

 虎徹さんが言った。

「しかもおれたちを完全に門外漢にするワープ航行艦ときている。なにもかもが違うんだ」

「なあ、虎徹さん。ぼくは軽く絶望を覚えたんだ」


 これじゃもう、どの船でだって機関長としてやっていくことなんてできない。

 それどころか、新兵として一から叩き込まれなきゃ使い物にならない。


「ぞっとした」

 宗近さんが言った。

「板子一枚下は地獄って言うけどさ、ほんとうに、ストンとぼくの足元がなくなってしまった。どこまでも宇宙を落下していくようだった」

「……」

 ばん!

 虎徹さんは自分の足を両手で叩いて立ち上がった。

「おい、宗近。軍服着ろ」

「どうしたんだい、虎徹さん」

「呑み直しだ。クラブ補陀落渡海に行こうや」

「うん――そうするか」

 宗近さんも立ち上がった。

「ロボ子さん、後片付けお願いな。吐かない程度なら、神無さんと好きに呑んでいいぞ」

『えー、私も行きますようっ』

『神無さんも行きますっ。余市、平らげますようっ』

「よけい来んな。ぜったい来んな。今日は男だけ。じゃあな」



 さんざん言われている三馬鹿勅任艦長さんたちだが、どんなにアホで馬鹿で無能でも、根性腐りきっていても、勅任艦長は勅任艦長であり軍人なのである。鍛え上げられていなくても、最初から緩んでいても軍人なのである。

 そう。

 勅任艦長”は”さんが、地上十一階のバルコニーに立った怪しい人影を少しも怪しいとは思わず、それどころか自ら窓を開けてしまったのは、その人影が彼にとって特別なものだったからなのだ。


 頭に巻かれたバンダナ。

 ノースリーブのジージャンからのぞく、たくましい腕。

 夜だというのにサングラス。豊かな唇。


「浜省ーー!」

 勅任艦長さんは叫んだ。

 その声はホテルに響き渡り「彼は最期に『ハラショー!』と叫んでいました」という、事態をややこしくさせるだけの証言を引き出すことになる。

「浜省ぉおーー!」

 おお、なんということだろう。

 その幻は、背負っていたストラトキャスターを構え、かき鳴らす仕草までしてくれたのである。勅任艦長”は”さんの眼から涙が溢れた。

「うおおお。殺してくれ、いっそこのままおれを殺してくれ、浜省ーーっっ!!」

 ”は”さんはバルコニーに飛び出した。

 この騒ぎに、他の勅任艦長さんたちもそれぞれのバルコニーに出た。

 彼らが見たのは、叫び声を上げて落下していく”は”さんの姿なのだった。



 クラブ補陀落渡海は今夜もすでに何人かたむろしている。

 ロボ子さんやボーイたちがいないのでセルフサービスだが、もともと航海中は多くの場合がそうだったのだ。虎徹さんは、宗近さんに余市シングルカスクをご馳走することにした。

「いいのかい、これは秘蔵の高い酒なんだろ?」

「なんだよ、おまえも知ってたのかよ。いいんだよ、ほれ、封が開いてる。昨日、清光に封を開けられちまった。もう呑みきるしかない」

「じゃ、遠慮なく」

 補陀落渡海さんが虎徹さんの携帯の着信を告げた。

 一号機さんの地獄耳も届かないが、電波も届かない。仲介して繋いでもらうと、それは勅任艦長が死んだという報せなのだった。


 みなが飛び出していった士官室に、宗近さんだけが残された。

 新しいショットグラスを見繕い、氷も入れずに余市をたっぷり注ぐ。

 ぐいっと一口呑んで、「うまい」と呟いた。

『機関長は行かなくてよろしいのですか』

 補陀落渡海さんが言った。

「ぼくはいいでしょう、非番だし。みんなが行ってくれてるのだし。ねえ、補陀落渡海」

『はい、機関長』

「ごめんよ」

『今の謝罪は、どういう意味でしょう、機関長』

「ぼくは、若くてグラマーな美人を見て、ちょっと目がくらんでしまった。少しばかり本気になってしまった。でも、ぼくの誇りはずっと、ぼくが君の機関長であることだった。ぼくは馬鹿だから、ときどきそんなことまで忘れてしまうんだ」

『男とはそういうものです』

「ほんとうにごめん」

『男とはそういうものです』

「明日から、またよろしく、補陀落渡海」

『はい、機関長』

 もう一口、宗近さんは余市を喉に流し込んだ。


■登場人物紹介・アンドロイド編。

ロボ子さん。

雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。

本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。

時代劇が大好き。通称アホの子。


一号機さん。

雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。

目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。

和服が似合う。通称因業ババア。


三号機さん。

雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。

小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。

基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。


板額さん。

板額型戦闘アンドロイド一番機。

高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。


神無さん。

雪月改のさらに上位モデルとして開発された神無試作一号機。

雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。


野良ロボ子さん。

野良雪月。

前のマスターである「おばあちゃん」の記憶を消されるのが嫌で野良をしている。食いしん坊。充電しなくても動ける謎の根性回路を搭載している。


ファンシーロボず。

第一世代と第二世代の旧型戦闘アンドロイド。よそのテーマパークで余生を送るはずが、なぜか宇宙船争奪戦に巻き込まれ、ロボ子さんに吹き飛ばされ、村に居座った。現在はパークの従業員。


■人物編

長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)

えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。

ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。


三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)

えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)

長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。


源清麿。(みなもと きよまろ)

えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)

三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病オヤジ。美形。


同田貫正国。(どうたぬき まさくに)

えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。

一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。


三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)

えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。

方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。


粟田口藤四郎吉光。(あわたぐち とうしろう よしみつ)

えっち星人。宙軍提督。

えっち星のえっち国領事としてやってくる。虎徹さん、典太さん、清光さんの同期。タイムジャンプをそれほどこなしていないので六〇歳を越えている。


加洲清光。(かしゅう きよみつ)

えっち星人。密航者。

幽霊と呼ばれるほど神出鬼没。宙軍士官学校では虎徹さん、藤四郎さんと並んで三羽ガラスと呼ばれた。補陀落渡海の航海に匹敵するほどタイムジャンプを繰り返していたので、虎徹さんと同い年のままのように見える。



ちなみに、ロボ子さんの呼称は

虎徹さんが「ロボ子さん」

宗近さんと清光さんが「ロボ子ちゃん」

神無さんが「先輩」「お姉さま」

それ以外は「二号機さん」で統一されています。もしそうじゃないなら、それは作者のミスですので教えてください。


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雪月改三姉妹。
左から一号機さん、二号機さん(ロボ子さん)、三号機さん。
雪月改三姉妹。
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