勅任艦長さんたちの逆襲。
仮のえっち国領事執務室は園長室と同じ建物の中にある。
領事執務室の前で直立不動で立っている真っ赤なコートの板額さんの姿は、虎徹さんにとってもう見慣れた光景だ。
「長曽禰虎徹艦長。提督のお呼びで参りました」
『お待ちください』
そう言いながらも板額さんは動かない。
中とは内蔵の電話でやりとりしているのだろう。
『どうぞ、長曽禰虎徹艦長』
「ありがとう、板額さん」
いっしょに暮らしている虎徹さんにも杓子定規の対応をする。本人確認も当然しているのだろう。板額さんの生真面目さもおなじみだ。
まあそれは、軍人である自分もなのだが。
執務室に入ると、藤四郎提督さんが立ち上がって迎えてくれた。
「すまんな。おまえはパークの園長で、おれの部下というわけでもないのに、ちょくちょく呼び出して」
提督さんの指示で、ふたりは応接セットに移動した。
お茶を出してくれたのは、いつもの典太さんの部下ではなく別の兵だった。そもそも典太さんがいない。
「典太はちょっと用事で出している」
虎徹さんの視線に気づいたらしい提督さんが言った。
「今日呼び出したのは、それにも関係がある」
提督さん、茶をすすって「なにやら、二号機さんが痛快なことをしてくれたようだな」と言った。
「はあ」
典太さんと同じ事を言う。
「それで、おまえと二号機さんの解任要求が出されている」
「はあ?」
「ついでに、おれの領事解任も要求されている」
「あの三人組ですか?」
「そういうことだ。まあ、おれはともかく、おまえは地球とうちの合弁会社の園長だし、二号機さんに至っては軍属ですらないただの民間従業員なのだから、はっきりいって筋違いだ。ただな。あの三人組はただの三人組じゃないんだ。考えてみればわかるだろう。出世のためだけにちょろっと四光年の亜光速航行を、しかもお飾り副長として体験しただけ。揃って今までただ一艦の外宇宙艦も指揮したことがない。その三人が勅任艦長さまだ。バックがすごいんだよ」
もちろん、彼らが東の提督館で好き勝手していた時から、それは知っていた。
士官学校に不良というのもおかしな話だ。
それでも大金持ちや政治家や宙軍のお偉いさんの子弟で、箔をつけるためだけに入学し、成績も素行もよろしくないが退学もさせられないという手合いが必ずいるものなのだ。青かった虎徹さんはそれが許せず、彼らの無秩序に挑戦しようとした。
もっとも、それは例の事件で終わった。
彼らはそのまま好き放題を続けたが、虎徹さんのほうが情熱を失ってしまった。以前、清麿さんが言っていた虎徹さんの「ポンコツ」は、この時すでに始まっていたことなのだろう。
「彼らが本星に戻って、なにやら工作して新しい領事を任命して連れてくるとしても、そりゃ早くても一年後だ。それまでにはおれもやれることはやっておく。おまえと二号機さんには手をださせん。くれぐれも二号機さんを叱るんじゃないぞ。その場にいたなら、おれだって手を叩いて喜んだところだ。とりあえず、この話はこれで終わりだ」
そして提督さんは、上目遣いで虎徹さんを見た。
「おまえ、昨日、加州清光に会ったんだってな」
「う」
これは良くない話題だ。
清光さんは密航者だ。
えっち国軍人として逮捕しなくてはならなかったのだ。
だけどあいつを逮捕なんて、顔がかわっちまう。格闘実技でもあいつはトップだったんだ。しかも昨日は、あいつも銃を持っていた。
あれ?
そういや同田貫のおっさんと喧嘩させたら、どっちが強いのかな。
虎徹さん、真面目な顔を保ったまま二人の喧嘩をシミュレーションしはじめたところに、提督さんが言った。
「加州清光は、あの三人の勅任艦長を殺しに来た。おれはそう見ている」
ちょうど清光さんにフリッカージャブを打たせたところだった虎徹さん、自分がそのジャブを食らったかのように藤四郎提督さんの顔を見た。
「加州清光は、東の提督事件は濡れ衣だったこと、それなのに放校になったのには納得していないと言ったのだな?」
まあ、大筋は間違ってない。
典太さんがまとめたのだろうが、味も素っ気もない。
「加州清光がなぜ幽霊と呼ばれるほど密航を繰り返し、宙軍が進出した星に姿を現すのか、おれなりに考えていることがある」
提督さんが言った。
「加州清光――幽霊が姿を現した星では、宙軍士官が誰か死ぬ。それが『幽霊』の異名のもとにもなっているのだ」
そんなバカな。
ただ、ひっかかりはあるのだ。
彼は、野良ロボ子さんの復讐の手助けをしたという。
そして、なぜ地球に来たのだと問うた虎徹さんに言った「言えるか、馬鹿」という言葉。長年のわだかまりを解いたあとでも、人には言えない理由が彼にあるのだ。
「この不便な宇宙での情報のやりとりだ」
提督さんが言った。
「報告書を読むだけでもややこしい。写真と戸籍上の年齢が一致するものなどおらん。だから何期生かを見るわけだ。それでわかるのは、少なくとも死んだ士官は例外なくおれたちと同期か、それに近い者たちだということだ。さらに――報告書からではぜったいに読み取れない、おれたちにしか気付けない事があるのさ」
提督さんは、ここで間をとって虎徹さんの顔を覗き込んだ。
「『幽霊』が現れた後に死んだ士官は五人。全員が、例の東の提督館を根城にしていた不良どもだ」
ピクリと、虎徹さんは反応してしまった。
「そういうことだよ」
提督さんが言った。
「加州清光は、レイプ自殺事件の責任をとらされ士官学校を放校処分。だが、彼の人生を狂わせたその事件は、不良たちに仕組まれた濡れ衣だった。もともと怖ろしいほど頭の切れる男だ。宙軍の情報を手に入れ、この時代には不可能なはずの密航の危険を冒し、自分を陥れた不良たちを処刑して回っているんだ」
つまり、と提督さんは言った。
「これは復讐なのだ」
――復讐。
「あの事件に関わったのは東の提督館グループの中でも八人。そのうち五人はすでに死んだ。そして残ったのが、あのグループの力の源であり、リーダーだった三人」
「あの三人の勅任艦長ですか」
「そうだ。おれが、不撓不屈にあいつが乗ってきているに違いないと考えたのは、そのためだ。あの三人を殺して、あいつの復讐は終わるのだ」
人より煌びやかな才能に恵まれ。
それでしてきたことは――復讐。
「今までも不撓不屈の海兵隊には言い含めてあったが、いよいよ加州清光の口からそれを確認できたとなれば、領事、地球方面司令官として動かねばならない。なんやかやと適当な理由をつけて三人をホテルで禁足にした。典太には警護の指揮をとらせている。あいつらが素直に言うことを聞くとも思えんし、せいぜい数日の緊急措置だ」
「その後は?」
「三人を不撓不屈に放り込む。地球に来るまで加州清光が行動しなかったのは、さすがに最新鋭艦のセキュリティの中では、あの男であっても身を隠すことしかできなかったからだろう。まあ、それだけでも充分に驚愕なのだがね」
「それにしても」と、藤四郎提督さんは腕を組んでため息をついた。
「なあ、虎徹。これがおれの職務とはいえ、なぜおれが、あの男たちを守ることを考えねばならんのだ?」
虎徹さんは返事をすることができなかった。
「将来を嘱望されたひとりの学生の未来を奪った。彼らも、なんらかの報いを受けるべきだ。そうじゃないか?」
園長室に戻ったあとの虎徹さんは、むっつりと黙り込み、ただ決裁印を機械的にポンポン押して過ごした。
ロボ子さんや神無さんが、自分の不機嫌さを気にしているのにも腹が立った。
心配をさせてしまうガキな自分に、無性に腹が立った。
もし、あいつが復讐をしたいというのなら。
おれは止めるべきなのか。
それとも――手伝うべきなのか。
それすらわからないのにも腹が立った。
仕事が引け、社屋の外に出ると、あの桜が今日も咲き誇っている。
あいつはすごいヤツで。
おれなんか届かないところにいるヤツで。
それがくやしくて、負けたくなくて。それでいて、あいつと同じ時間を過ごせたのがおれの誇りでもあり自慢でもあって。
そのあいつが、一〇年を、五〇年を、ただ復讐の為に生きたというのか。
「やりきれんなあ……」
昨日はずいぶん泣いた。
今日は別の涙が出そうだ。
桜の花が舞っている。寒い、と虎徹さんは思った。
■登場人物紹介・アンドロイド編。
ロボ子さん。
雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。通称因業ババア。
三号機さん。
雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。
小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。
基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。
板額さん。
板額型戦闘アンドロイド一番機。
高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。
神無さん。
雪月改のさらに上位モデルとして開発された神無試作一号機。
雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。
野良ロボ子さん。
野良雪月。
前のマスターである「おばあちゃん」の記憶を消されるのが嫌で野良をしている。食いしん坊。充電しなくても動ける謎の根性回路を搭載している。
ファンシーロボず。
第一世代と第二世代の旧型戦闘アンドロイド。よそのテーマパークで余生を送るはずが、なぜか宇宙船争奪戦に巻き込まれ、ロボ子さんに吹き飛ばされ、村に居座った。現在はパークの従業員。
■人物編
長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。
ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。
三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)
長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。
源清麿。(みなもと きよまろ)
えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)
三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病オヤジ。美形。
同田貫正国。(どうたぬき まさくに)
えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。
一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。
三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)
えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。
方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。
粟田口藤四郎吉光。(あわたぐち とうしろう よしみつ)
えっち星人。宙軍提督。
えっち星のえっち国領事としてやってくる。虎徹さん、典太さん、清光さんの同期。タイムジャンプをそれほどこなしていないので六〇歳を越えている。
加州清光。(かしゅう きよみつ)
えっち星人。密航者。
幽霊と呼ばれるほど神出鬼没。宙軍士官学校では虎徹さん、藤四郎さんと並んで三羽ガラスと呼ばれた。補陀落渡海の航海に匹敵するほどタイムジャンプを繰り返していたので、虎徹さんと同い年のままのように見える。
ちなみに、ロボ子さんの呼称は
虎徹さんが「ロボ子さん」
宗近さんと清光さんが「ロボ子ちゃん」
神無さんが「先輩」「お姉さま」
それ以外は、二号機で統一されています。もしそうじゃないなら、それは作者のミスですので教えてください。




