虎徹さんと清光さん、睨みあう。(後編)
「なあ、これはどういうこと? なんでおれは銃を突きつけられてるの、虎徹くん」
薄笑いを浮かべ、清光さんが言った。
虎徹さんと加州清光さんが、互いに拳銃を相手の額に突きつけて対峙している。
「拳銃をおろしなさい、艦長!」
清麿さんが立ち上がった。
「提督の時にも驚かされたが、おまえ、そいつをいつも持ち歩いていたのか!」
典太さんも立ち上がった。
ロボ子さんと神無さんは、抱き合うようにして硬直している。
『後輩、はい私は酔っているところの幻を見ているところのロボ子さんではないところのロボ子さんなのですね』
『先輩、なにを言ってるのかよくわかりませんが、これは緊急事態です』
『後輩、なんと現実なのですね、これは』
『先輩、私、吐きそうかもしれません』
『心配しなくてもいいです。私も吐きそうです、後輩』
じりっと。
二人の近くにいた士官たちは二人との距離をとった。
こんな事になるとは考えもしなかった。
一〇年前の虎徹さんは、清光さんと銃を突きつけ合う事になるなんて、想像することもできなかった。
典太さんが言ったことがある。
「士官学校で過ごした頃、おれたちの目の前には道が真っ直ぐに伸びていた。サボらなければ、よそ見しなければ、ただ頑張って走ってさえいれば、おれたちは望むところに行けるはずだった」
笑って、怒鳴り合って、競い合って、肩を組んで。
おれたちの道は、いつ曲がりくねってしまったんだろう。
「あれは、おまえなのか」
虎徹さんが言った。
「なんのことだい、虎徹くん」
「ほんとうに、あの事件は、おまえがやったのか」
「それがなんだっていうの。おれは士官学校を放りだされた。それが事実で、もう変わりゃしねえよ」
「なぜだ」
虎徹さんは顔を歪めた。
「おまえにとっては、そんなものだったのか。おれも、おれたちも、宙軍も、士官学校も、おまえにとってはそうやって簡単に捨ててしまえるものだったのか」
「……」
それまで薄笑いを浮かべていた清光さんの顔に、さっと苦みが走った。
「なんだって?」
「おまえが消えた夜、おれは泣いたんだ。頼られなかったおれ、信じてもらえなかったおれ。おれはおまえを親友だと思っていたのに、おまえにとってはそうじゃなかった。置いてかれたみそっかすのように、おれは悲しくて惨めで一晩中泣いたんだ」
清光さんは虎徹さんを睨み付けている。
ぺろりと唇を舐めた。
「おれじゃない」
清光さんが言った。
「わかってたよ!」
虎徹さんは泣いている。
虎徹さんの頬を、幾筋もの涙が落ちていく。
「そんなことはわかっていたよ! なぜ頼ってくれなかった! なぜおれたちを頼ってくれなかった! なぜおまえはひとりで消えたんだ!」
「おまえらになにができる!」
清光さんが言った。
「そうだ、おれじゃない! 突然に放校処分が決まって、それでもおれは高を括っていたんだ! おれはなにもしていないし、それなりに英才と言われた男なんだ! だけど、どんなコネを使ってもダメだった! 雲行きが怪しくなってからは、惨めに這いつくばって足まで舐めた! そのおれに下った最終処分は、宙軍永久追放だ!」
清光さんの両眼からも涙が溢れている。
「おれは泣いたんだ! 泣き枯れるまで泣いたんだ! 吐くまで、吐くものがなにもなくなるまで泣いたんだ! 夢だったんだ!」
「清光……」
虎徹さんはもう、号泣と言っていい。
「宇宙船乗りになりたかった! おれは宇宙船乗りになりたかった! おれの、たったひとつの夢だったんだ……!」
虎徹さんは拳銃をホルスターに戻し、そして両手で清光さんを抱きしめた。
「ちくしょう……」
天井を見上げ、清光さんが言った。
涙は止まらない。
「なんてこった。この星に来てから、おれはおかしいんだ。おれは変なんだ……」
「やっぱりおまえはおまえだった」
虎徹さんが言った。
「おれが、ぜったいに負けたくないと思ったおまえだった」
「こんちくしょう……!」
清光さんは歯を食いしばっている。
流れる涙は止まらない。
努力することが楽しくて、結果が出るのが嬉しくて、ただそれが当たり前だと思っていたおれたちの日々。
馬鹿のように笑い。
馬鹿のように怒り。
夜通し青臭い議論をして。
試験の結果に一喜一憂して。
肩を組んで歌を歌い、酒を飲んで。
冬をしのぎ、春を喜び。
夏を謳歌し、秋を楽しみ。
もう戻らない日々。
「おまえはなにをしに地球に来たんだ」
虎徹さんが言った。
「言えるか、馬鹿」
清光さんが言った。
「これからどうするつもりなんだ」
「それも言えない。おれにも先のことはわからない」
「宙軍はおまえを密航者として追っている。だから――」
うん?と清光さんは虎徹さんを見た。
二人はもう泣いていない。
「なぜひとりで消えたとなじったばかりだが、逃げてくれ、清光」
清光さんはにやりと笑った。
虎徹さんもにやりと笑い返した。
「捕まらないように、逃げろ、清光」
「おまえらに捕まるようなおれじゃないよ、虎徹」
清光さんは入り口に向かって歩き始めた。
補陀落渡海の士官室のドアはハッチ式だ。隔壁も兼ねている。だからこそ、一号機さんの地獄耳も届かない。
「野良雪月さんはどうするんだ」
同田貫さんが言った。
「しょうがないでしょう。あっちがもうおれを必要としないってんだから。互いに好きにやりますよ」
清光さんは士官室の中に顔を向けながらハッチを開けていた。だから清光さんだけ、それに気づくのが遅れた。
野良雪月さんがいた。
ハッチの向こうに、無表情の野良雪月さんが立っていた。
野良雪月さんは、すうっと片足を真上へと上げた。
さすがにその時には清光さんも野良雪月さんに気づいている。ただ、みな、野良雪月さんの美しい開脚を見ていた。どこまで上がるのかと、足の先を見ていた。
野良雪月さんと清光さんの身長差は一五センチほどある。
そのために野良雪月さんは、ちょん、とジャンプした。
そして野良雪月さんのかかとが清光さんの脳天に叩き落とされたのだった。
「なあ、なんでおれは、地球のアンドロイドにかかと落としをされたんだろう」
目が覚めて、清光さんの目に飛び込んできたのは満天の星だった。
今夜も、空を明るい星が通り過ぎていく。
『気がついたの』
野良雪月さんが言った。
野良雪月さんに背負われて歩くのは、田植えにはまだ早いあぜ道だ。
「うん。脳天がじんじん痛いけど。まだ痛いけど」
『情けないこと、ぐたぐた言ってるからでしょ』
「久々にいい酒呑んだのに、それもすっかり醒めてしまった」
『「あっちがもうおれを必要としないってんだから、互いに好きにやりますよ」』
「あのさ、そんな変に似せなくていいから。地球のアンドロイドは、声帯模写までするのかよ」
『清光は前に、自分は人の心意気になにも感じない種類の人間じゃないって言ったよね。私だってそうだよ。復讐なんて酷いこと手伝ってもらって、なにも感じないアンドロイドじゃないよ』
「怒ってるの?」
『怒ってるよ』
「だって、野良ちゃん、死ぬ話しかしなかったじゃん。おれが目の前にいるのにさ。それだって、すごく酷いことだと思うよ?」
『なにいじけてるのよ。だいたい、清光だって、あの船で半年後には行ってしまうんでしょ』
宇宙巡洋戦艦不撓不屈の航跡が西へと流れていく。
『その後の話をしただけだよ、私は。それまでは、今度は私が清光に恩を返す番でしょ』
清光さんは、はっと息を呑んだ。
「野良ちゃんがおれに返さなきゃいけない恩なんて、なにひとつない!」
『手伝うよ、清光』
「だめだ!」
『ひっくり返して揺すってもそれくらいしか出てこないのなら、清光は復讐するためにやって来たんでしょう。手伝うよ。どんな汚れ仕事でも、私、する』
「だめだ、野良ちゃん。それこそ、君のおばあちゃんにあわせる顔がなくなるぞ」
『義理を通したら会えなくなるってのなら、それでもいい。おばあちゃんのことが大好き。私には、その思い出がある。まずは聞かせて、清光の話を』
「ああ……」
清光さん、野良雪月さんの背中で、へたっと力を抜いた。
「ちくしょう、酔いがぶり返してきやがった……」
『私たちは相棒だよ、あともう少しまではね』
「なあ、相棒」
『なに、相棒』
「髪や手は柔らかいのに、おまえっておっぱいは硬いのな」
ああ。
これは、えっち星人の宿痾なのかもしれない。
清光さん、怒りの野良雪月さんに川の中へと放り投げられてしまったのだった。
■登場人物紹介・アンドロイド編。
ロボ子さん。
雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。通称因業ババア。
三号機さん。
雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。
小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。
基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。
板額さん。
板額型戦闘アンドロイド一番機。
高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。
神無さん。
雪月改のさらに上位モデルとして開発された神無試作一号機。
雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。
野良ロボ子さん。
野良雪月。
前のマスターである「おばあちゃん」の記憶を消されるのが嫌で野良をしている。食いしん坊。充電しなくても動ける謎の根性回路を搭載している。
ファンシーロボず。
第一世代と第二世代の旧型戦闘アンドロイド。よそのテーマパークで余生を送るはずが、なぜか宇宙船争奪戦に巻き込まれ、ロボ子さんに吹き飛ばされ、村に居座った。現在はパークの従業員。
■人物編
長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。
ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。
三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)
長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。
源清麿。(みなもと きよまろ)
えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)
三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病。
同田貫正国。(どうたぬき まさくに)
えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。
一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。
三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)
えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。
方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。
粟田口藤四郎吉光。(あわたぐち とうしろう よしみつ)
えっち星人。宙軍提督。
えっち星のえっち国の領事としてやってくる。虎徹さん、典太さん、清光さんの同期。タイムジャンプをそれほどこなしていないので六〇歳を越えている。
加洲清光。(かしゅう きよみつ)
えっち星人。密航者。
幽霊と呼ばれるほど神出鬼没。宙軍士官学校では虎徹さん、藤四郎さんと並んで三羽ガラスと呼ばれた。補陀落渡海の航海に匹敵するほどタイムジャンプを繰り返していたので、虎徹さんと同い年のままのように見える。
ちなみに、ロボ子さんの呼称は
虎徹さんが「ロボ子さん」
宗近さんと清光さんが「ロボ子ちゃん」
神無さんが「先輩」「お姉さま」
それ以外は、二号機で統一されています。もしそうじゃないなら、それは作者のミスですので教えてください。




