虎徹さんと清光さん、睨みあう。(前編)
ひときわ明るい星が星空を移動していく。
宇宙巡洋戦艦不撓不屈だ。
『あいつら四人を殺すのなら』
と、野良雪月さんが言った。
『おばあちゃんが玄関なんかで死んでいった理由のひとつである私自身も殺されなきゃおかしいって思った。そうしたらあいつらを殺せなかった。でもそれっておかしいよね。あいつらを殺して自分も死ねば良かったんだ。私はそれをしなかっただけなんだ』
「おかしくない。野良ちゃんが死ぬことなんてない」
清光さんが言った。
「今、野良ちゃんが生きていてくれて、おれは嬉しい」
『ありがとう。でも同じ事だね。私はやっと死ねる。やっと朽ちていくことができる。おばあちゃんの思い出を抱いたまま、死んでいくことができる』
清光さんはさみしく微笑んでいる。
『清光と会えて良かった。清光のおかげで終わらせることができた。あの時、パークの厨房で清光に声をかけて良かった』
『ありがとう、清光』と、野良雪月さんが笑った。
清光さんは、たださみしく微笑んでいる。
補陀落渡海士官室。
通称クラブ補陀落渡海は今夜もおっさんたちで賑わっている。
給仕を務めているのは、メイド服コスチュームに身を包んだロボ子さんと神無さんだ。
「ふうん、復讐」
ハイボールを手に、虎徹さんが言った。
テーブルを囲んでいるのは、虎徹さんに同田貫さん。典太さんに清麿さんだ。
「殺しはしなかったようだ」
同田貫さんが言った。
「代貸に調べさせた。足を砕いたようだが、それだけだ」
ちなみに、その際にも人間無骨さん、あの少年たちをさんざん脅かしたようである。
「アンドロイドの復讐の手伝いをねえ。あいつが」
なぜか虎徹さんの機嫌が悪い。
意外だった。
加州清光という男がそれほどに深く他人に関わるとは。
もしかしたら、他人に興味がない男なのかもしれないとすら思っていた。
しかし、それを口に出して言うのも気が引ける。
なにより悪口のようだし、それどころか、友達に他のヤツと遊ぶなと怒る駄々っ子の嫉妬のようじゃないか。
愉快じゃない。
ああ、愉快じゃない。
「結局、彼がなにをしに地球に密航してきたのか、まだわからないのか?」
清麿さんが言った。
三号機さんを家に残し、軍服を着て彼もときどきここにやってくる。このふたりにして別々に過ごしたい時があるのかというと、単純に、三号機さんがゲームを始めると清麿さんはほったらかしにされてしまうからしい。それどころか「うるさい」扱いされてしまうかららしい。
「今、宗近が不撓不屈の機関科に招待されて、上に行っている。あっちのデータベースや乗員の噂とかでなにかわかればいいんだがな」
虎徹さんが言った。
「そういえば、二号機さん、東の提督館の三馬鹿をやりこめたんだって?」
と、典太さんはほろ酔いのようだ。
「いいねえ。おれも見たかったねえ」
典太さんはヘラヘラ笑っているが、虎徹さんはさらに不機嫌になっている。
「なに怒ってんの、おまえ」
「三人の勅任艦長――でいいだろう。いちいち、そんな呼び方するな」
「なんだ?」
「ロボ子さんに神無さんがいるんだ。女の子の前だぞ」
「その二人、さっきから給仕そっちのけで呑んでるぞ」
「なんだって?」
そういえば、さっきから、おかわりを促す声がない。
虎徹さん、顔を上げて周囲を見渡した。
ピンクの頭と緑の頭が、ひっつめ髪の男とテーブルを囲んでいる。背中を向けているので誰なのかわからない。ロボ子さんたちの笑い声も聞こえてくるので、話のうまい男なのだろう。
「あいつ、また二日酔いになるぞ」
「酒呑んで二日酔いってのは、しかし、地球のアンドロイドは無駄に器用だねえ」
「ただのくたびれたおっさんに惚れる乙女アンドロイドまでいるしな」
「うるせえ。ていうかさ、虎徹」
「なんだ」
「おまえさ、『東の提督館』って言葉に過敏すぎないか」
ずっと不機嫌そうだった虎徹さん、今度は押し黙ってしまった。
同田貫さんと清麿さんも今日の虎徹さんの不機嫌が少し気になっていたので、なにも言わず虎徹さんの反応を待っている。
「だからさ、女の子の前で出す話題じゃないだろ」
虎徹さんが言った。
「ロボ子さんや神無さんのような好奇心の塊に、それなんですか~?と聞かれたらどうすんだよ。話してやるのか?」
そして、その声が聞こえた。
「――ああ、もしかして『事件』のこと言ってるのか、虎徹くんは」
虎徹さんが、ざっと立ち上がった。
そして珍しく怒声をあげた。
「補陀落渡海! これはどういうことだ!」
典太さんに清麿さん、同田貫さんはただ驚いている。
『なんでしょう、艦長』
と、補陀落渡海さん。
「士官室に部外者がいるぞ!」
士官室にざわめきが起きた。
ロボ子さん神無さんとテーブルを囲んでいたひっつめ髪の男がゆっくりと振り返った。
加州清光さんだ。
「その節はどうも、同田貫の親分さん」
清光さんが言った。
『艦長』
確認を終えた補陀落渡海さんの声が聞こえてきた。
『今、士官室に部外者はいません。二号機さん、神無さんは艦長から許可を与えられています。どなたのことをおっしゃっているのでしょうか』
補陀落渡海さんが、清光さんの存在を無視している。
最新鋭艦、補陀落渡海のメインコンピューターがなんらかの認知エラーを起こしている(あくまでも五〇年前当時の最新鋭艦なのだが、補陀落渡海のクルーにとっては紛う事なき最新鋭艦なのだ)。
虎徹さんが清光さんを睨んだ。
「おまえ、補陀落渡海になにをした」
「商売上の秘密は、簡単には明かせんよ」
清光さんが平然と答えた。
「それより、さすがに士官室だな。いい酒だ。神無ちゃん、おかわり」
『はい、余市シングルカスクですね』
神無さん、にっこりとそのボトルを手にした。
「わああああああっ!」
悲鳴を上げたのは虎徹さんだ。
「待て、それは艦長室秘蔵の酒じゃねえか、ここのじゃねえ! いや、違う! 違わないが、待て! 神無さん、それだけは許してくれ!」
「うるせえな、虎徹」
清光さん、すでに結構呑んでいるのか目が据わっている。
「いい酒ってのは飾っておくもんじゃねえ、呑むもんだ。おれは呑みたい気分なんだよ。さあ、神無さん。注いでくれ」
清光さんがグラスを神無さんの前に差し出した。
神無さん、無慈悲に余市をたっぷりとグラスに注いだ。
清光さん、その余市を一気にあおった。
「あああ……ばか、それは、そうやって呑む酒じゃねえ……」
虎徹さんは涙声だ。
清光さん、空になったグラスを叩きつけるようにテーブルに置いた。
「喜んで貰えるとは思ってなかったけどさ!」
清光さんが言った。
「終わったとたんに、死ぬ話しかしないんだぜ! おれが目の前にいるのにだぜ! そりゃねえだろうよ!」
「それは、野良雪月さんのことだな」
同田貫さんが言った。
「加洲清光さん。おれはあんたと野良雪月さんを食事に誘ったと思うが、受けちゃくれんのかね」
「知らんよ、親分さん。野良ちゃんは、あとは死ぬことにしか興味がないそうだ。おれはもう、あいつのことは知らん。それよりな、ロボ子ちゃん、神無ちゃん、他にも知らなかったみなさん。『東の提督館』ってのはな――」
虎徹さん、はっと息を飲んだ。
清光さんは、この話題から離れたわけではなかったのだ。
「――宙軍士官学校の、だだっぴろいキャンパスの中にあるクラブハウスのひとつだ。兵科士官ならみんな知ってるよな。そう、あの蔦からむレンガの館だよ。元は校長公邸だったそうだな。そして、『東の提督館の事件』てのはな、馬鹿な学生がそこで起こした――」
「やめろ!」
虎徹さんの制止は懇願に近い。
「――おぞましきレイプ事件のことだ」
虎徹さんが清光さんに向かって歩き始めた。
その顔から表情が消えている。
清光さんは、かまわず言葉を続けた。
「ロボ子ちゃん、神無ちゃん。今ではそうではないんだが、当時の宙軍士官学校は男にしか入学資格がなくてな。つまり、この事件の被害者も男の学生だ。ただそいつは、どんな女優よりきれいな男だったという話だ。ある日、そのきれいな学生が東の提督館で自殺した。遺書にはレイプ被害が書かれていた。名指しされたレイプ犯は放校処分になり、しまいには宙軍永久追放処分になった。――そうだ」
虎徹さんが歩きながら拳銃を抜いた。
それはかつて提督さん相手に抜いてしまった、あの大型の拳銃だ。
それを察知した清光さんも、立ち上がりながらP230JPを抜いた。
虎徹さんと清光さんは、互いに拳銃を突きつけ合った。
「――そのレイプ犯とやらが、ここにいるおれというわけだ」
銃口を眉間に向けられながら、清光さんは薄笑いを浮かべている。
■登場人物紹介・アンドロイド編。
ロボ子さん。
雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。通称因業ババア。
三号機さん。
雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。
小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。
基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。
板額さん。
板額型戦闘アンドロイド一番機。
高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。
神無さん。
雪月改のさらに上位モデルとして開発された神無試作一号機。
雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。
野良ロボ子さん。
野良雪月。
前のマスターである「おばあちゃん」の記憶を消されるのが嫌で野良をしている。食いしん坊。充電しなくても動ける謎の根性回路を搭載している。
ファンシーロボず。
第一世代と第二世代の旧型戦闘アンドロイド。よそのテーマパークで余生を送るはずが、なぜか宇宙船争奪戦に巻き込まれ、ロボ子さんに吹き飛ばされ、村に居座った。現在はパークの従業員。
■人物編
長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。
ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。
三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)
長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。
源清麿。(みなもと きよまろ)
えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)
三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病。
同田貫正国。(どうたぬき まさくに)
えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。
一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。
三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)
えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。
方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。
粟田口藤四郎吉光。(あわたぐち とうしろう よしみつ)
えっち星人。宙軍提督。
えっち星のえっち国の領事としてやってくる。虎徹さん、典太さん、清光さんの同期。タイムジャンプをそれほどこなしていないので六〇歳を越えている。
加洲清光。(かしゅう きよみつ)
えっち星人。密航者。
幽霊と呼ばれるほど神出鬼没。宙軍士官学校では虎徹さん、藤四郎さんと並んで三羽ガラスと呼ばれた。補陀落渡海の航海に匹敵するほどタイムジャンプを繰り返していたので、虎徹さんと同い年のままのように見える。
ちなみに、ロボ子さんの呼称は
虎徹さんが「ロボ子さん」
宗近さんと清光さんが「ロボ子ちゃん」
神無さんが「先輩」「お姉さま」
それ以外は、二号機で統一されています。もしそうじゃないなら、それは作者のミスですので教えてください。




