野良ロボ子さん、復讐する。(後編)
目標のスナックが、市街地からは離れた郊外にぽつんと存在している建物で良かった。人家が近くにあれば、さすがにこの人数を潜ませた上に襲撃させるのは無理だ。
まあ、その時にはその時のやりかたがあるのだが。
やはりどうせなら派手なのがいい。
血湧き肉躍る。
「車、出ました。信号あり。OKです」
よし、出番だ。
ガンホー。
その男がやってきたのは、今朝のことだ。
『うわさの方がいらっしゃいました』
一号機さんの妙な言い回しが気になった。
『野良雪月さんの相棒さんですよ』
加州清光。
実際に会ってみると、噂の加州清光は普通の男のように見えた。
ただ、笑っているようで笑っていない目の鋭さがあった。
「同田貫組組長さん。あなたは、野良雪月さんを拉致したことのあるアンドロイド狩りを探していると聞きました」
何人かの情報屋に、このことは言い含めてある。
仁義として彼らが同業に漏らすことはないだろうが、秘密ではない。
「おれはその男たちとアジトを知っている。ケツ持ちしているヤクザも知っている。その情報で取引をさせて欲しい」
「なにをお望みです」
「数名をおれの好きにさせて欲しい。あとの連中はあなたのものだ」
「たったそれだけ?」
「たった――とは言えない。おれが欲しいのは、野良雪月さんを直接拉致した五人の男だ。だから、あなたは野良雪月さんとは関係のない、残り滓しか相手にできない」
「かまわん」
同田貫さんが言った。
「あんたがその五人を解放するつもりだというのなら認めないが、そうではないだろう。おれの目的はアンドロイド狩りなどというカスとその仲間、そしてケツ持ちを始末することだ。その五人は、あんたと野良雪月さんにお任せしよう」
「ありがたい」
清光さんが笑った。
おや、人懐っこい笑顔もできるんじゃないかと同田貫さんは思った。
「あなたが話のわかる人で良かった。虫のいい話で、叱られるんじゃないかとびくびくしていたんだ」
「野良雪月さんは元気かね」
「食いしん坊で泣き虫ですよ」
「今度、うちに連れてきてくれ。ご馳走するよ。せめて体を拭いてきれいにしてやらないと、雪月の名前が泣く。右腕はどうやら直ったようだが、あれはあんたがやったのか?」
「そんなことまでわかるのですか?」
「宙兵隊の情報力をなめないほうがいい」
そう言って、同田貫さんは苦笑を浮かべた。
「と言いたいところだが、今日はあんたに情報をもらう立場だしな。種明かしをすると、うちには一日中村を監視している因業ババアがいるんだよ」
清光さん、その因業ババアが誰かは知らないが、タイミング良く組長が背にしている窓の外を和服を着た雪月改が通り過ぎていったのが気になった。組長の後に立っている眠たそうな目をした男が、そのタイミングでにやりと笑ったのも気になった。
「組長さん。正直に言うと、おれはまだ迷っているんです」
清光さんが言った。
「野良ちゃんにそんなことをさせていいのだろうか。野良ちゃんの傷をひろげることになりはしないのか」
「加州清光さん」
同田貫さんが言った。
「野良さんのことを真剣に考えているあんたの選択が、野良さんにとっていちばんの選択であればいいと思うよ。おれはそう願っている」
「……」
「野良さんはそろそろ、区切りをつけなきゃならんのだ」
人前だというのに、深く考え込んでしまう清光さんなのだった。
「作戦終了だ」
フルフェイスの男が言った。
「同田貫組の急襲は成功。スナックの君たちの仲間は全滅した」
なにか情報をチェックしている気配はなかったが、ヘルメットの中でヘッドセットでも使っているのだろうか。
「全滅って、全員殺したのか」
すでに目を覚ましていたコータが食ってかかった。
コータとハカセたちは倉庫のようなところに連れてこられた。
猿ぐつわは外されたが、体を拘束するテープはそのままだ。後ろ手にされ足首をぐるぐる巻きにされている。
「さあな、そこまでは知らんよ。彼らはそのまま妙高組を急襲する。君たちのバックだったな」
さすがのコータも言葉を失ったようだ。
いったいどこまで知っていて、どこまでするつもりなんだ。
「君たちは、君たちの心配をしたほうがいい」
ヒロシは雪月を見た。
フルフェイスを被っているのでどこを見ているのかわからない。
なぜ自分たちがこんな目にあっているのか、その理由は聞かされた。かわいそうな話だとは思う。許せないだろうと思う。しかしこちらとしても、相手の事情を考慮してアンドロイドを狩るわけじゃない。
「五人」
男が言った。
「おれの相棒を狩ったのは五人だが、ひとりは今は病院だからここにいない。彼は運が良かったのだろうな、たとえ今後二度とまともに腕を動かせなくても」
「ひい……」
ケンともうひとりはもう半泣きだ。
「雪月さん、許して欲しい」
コータが言った。
その声に、あるべきへりくだる響きがない。
雪月はコータへとフルフェイスの顔を向けた。
「あんたの怒りはもっともだ。おれのことは好きにしていい。殺してくれてもかまわない。だけど他の三人は助けてやって欲しい。お願いだ。お願いです」
コータはテープで巻かれた体で正座し、頭を床にこすりつけた。
『そういうの、いいから』
ずっと沈黙していた雪月の、はじめて発した言葉がそれだった。
きれいな澄んだ声だった。
「おれはア!」
頭を床につけたまま、コータが声を張り上げた。
「おれは、なにやっても半端だから。バレーだって膝痛めてやめちまった。おれはもう、この先なんもすることねえんだ。だからあんたはおれを殺していい。あんたにはその資格がある。だけど、ヒロシは大学生なんだ。国立大学の工学部なんです。先があるんです。だから、お願いだから、許してやってください、許して……」
終わりの方は、嗚咽が入っていた。
『私が存在するたったひとつの理由をあんたたちは奪ったの』
雪月が言った。
『ベッドの上で静かに死んでいくはずだった私のおばあちゃんは、あんたたちのために玄関で苦しんで死んでいったの。あんたひとりで償えるというの?』
コータは泣いている。
『だめだね。私だって私を許せないのに、どうしてあんたたちを許せるというの』
雪月は鉄パイプを手に立ち上がった。
『殺してなんかやらない。楽になんかしてやらない。くだらないヒーロー気分にもさせてやらない。手を出せ』
コータは涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔で雪月を見上げた。
『ああ、そうか。手は出せないんだったか。なら足を出して』
「……」
なにをされるのか、もちろんコータにもわかっている。それでもコータは拘束されている体でもぞもぞと苦労しながら正座を崩し、足を投げ出した。
雪月が鉄パイプを振り下ろした。
「――!」
コータは眼を剥いた。
後ろ手で縛れていては、打たれた箇所を庇うこともできない。コータはのたうち回るしかない。
雪月が今度はヒロシたちを見た。
『おまえらもだ』
こんな異常事態の中でも、「臭え」とヒロシは気づいた。ケンともうひとりが漏らしたのだ。それがヒロシを不思議なほど落ち着かせた。
潮時だ。
これで、終わりにできるんだ。
なぜこのとき、こんな事ができたのかヒロシにもわからない。ヒロシは足を雪月へと差し出した。さすがに両目は閉じた。
コータが、ぼくのために泣いてくれた。
ぼくだけが半端でいるわけにはいかないだろう、そうだろう。
雪月がヒロシのスネも打った。
強烈だった。
とんでもない痛さだった。
雪月はケンたちに視線を向けたが、ケンたちは縮こまっているだけだ。それはそうだ。鉄パイプで打たれるのがわかっていて自ら足を出す馬鹿はいない。ヒロシだってそう思う。
「おれの相棒を苛立たせるな」
男が言った。
「おれは、相棒が君たち全員を殺したとしても、後始末はきちんとするつもりだった。だけど相棒は君たちを殺さないようだ。おれは相棒に感謝している。君たちも感謝するんだな」
「ひぃ……」
「相棒がそれだけでいいと言ってくれている。だからそれだけで帰ってやる」
まず、ケン。
そしてもうひとりが泣きながら足を伸ばし、雪月はそれらのスネも打った。
「君たちは飛び跳ねすぎて仲間の制裁を受けた。いいね」
ヒロシは必死に頭を上下に振った。
他の仲間がどうしているか見る余裕もなかった。
「救急車は呼んでやる。忘れるな。もし君たちがおれたちのことをだれかに喋ったなら、おれは今度こそ君たちを殺しに戻ってくる」
二人の姿が消えた。
やがて救急車の音が聞こえてきて、ほんとうに呼んでくれたのだとわかった。
スナックの仲間たちは、さすがに殺されていたわけじゃなかった。
それでも一方的にボコボコにされ、本物の暴力の恐怖を叩き込まれていた。
ただ、彼らのケツもちをしていた妙高組の「兄貴」の姿を見ることはなくなったらしい。彼だけは、本当にこの世から消されてしまったのかもしれない。
結局、これまでの成績不振と粉砕骨折の長期の入院で留年はしてしまったが、翌年、ヒロシは無事に進級することができた。
むこうも杖をついているコータと街でばったり会った。
コータにはもう、ヤクザの貫禄が出てきているように見える。
近況を語り合った後、別れ際にヒロシは言った。
「ありがとう、コータくん」
「あ?」
「コータくんのおかげで、元の道に戻ることができた」
「ああん? なにいってんのかわかんねー」
「うん、でもぼくは感謝しているんだ。それをずっと伝えたかったんだ」
「わかんねえって。ほんっと、おまえのトスはいつも打ちにくかったよ」
ケラケラと笑い、コータは足を引きずりながら歩いて行った。
■登場人物紹介・アンドロイド編。
ロボ子さん。
雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。通称因業ババア。
三号機さん。
雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。
小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。
基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。
板額さん。
板額型戦闘アンドロイド一番機。
高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。
神無さん。
雪月改のさらに上位モデルとして開発された神無試作一号機。
雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。
野良ロボ子さん。
野良雪月。
前のマスターである「おばあちゃん」の記憶を消されるのが嫌で野良をしている。食いしん坊。充電しなくても動ける謎の根性回路を搭載している。
ファンシーロボず。
第一世代と第二世代の旧型戦闘アンドロイド。よそのテーマパークで余生を送るはずが、なぜか宇宙船争奪戦に巻き込まれ、ロボ子さんに吹き飛ばされ、村に居座った。現在はパークの従業員。
■人物編
長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。
ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。
三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)
長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。
源清麿。(みなもと きよまろ)
えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)
三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病。
同田貫正国。(どうたぬき まさくに)
えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。
一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。
三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)
えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。
方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。
粟田口藤四郎吉光。(あわたぐち とうしろう よしみつ)
えっち星人。宙軍提督。
えっち星のえっち国の領事としてやってくる。虎徹さん、典太さん、清光さんの同期。タイムジャンプをそれほどこなしていないので六〇歳を越えている。
加洲清光。(かしゅう きよみつ)
えっち星人。密航者。
幽霊と呼ばれるほど神出鬼没。宙軍士官学校では虎徹さん、藤四郎さんと並んで三羽ガラスと呼ばれた。補陀落渡海の航海に匹敵するほどタイムジャンプを繰り返していたので、虎徹さんと同い年のままのように見える。
ちなみに、ロボ子さんの呼称は
虎徹さんが「ロボ子さん」
宗近さんと清光さんが「ロボ子ちゃん」
神無さんが「先輩」「お姉さま」
それ以外は、二号機で統一されています。もしそうじゃないなら、それは作者のミスですので教えてください。