野良ロボ子さん、復讐する。(前編)
たまり場へと向かう道で、路肩に停まっていたタンデムのバイクが気になった。
長身の男と小柄な男。
後ろのはスリムな女性かもしれない。
フルフェイスのバイザーの向こうで、こちらを覗っているような気がした。
そんな不安やひっかかりは、いつものことだ。
ヒロシは正直まともな生活をしていない。半ゲソとか半グレとかいう連中の一員だ。暴力団の準構成員、チンピラのようなものだ。
その気はなかった。
ただ友達のコータのあとをついていたらそうなっただけだ。
そろそろ潮時だ。
それほどいい大学ではないが卒業くらいはしたい。引き返せなくなる前にやめたい。この頃はいつもそれを考えているが、口に出せない。
下はほとんど倉庫になっているプレハブの、二階のスナック。
スナックといってもいつも自分たちしかいない。
ただのたまり場だ。
入ってみるとどんよりと空気が澱んでいる。ああ、コータがいるんだなと、それでわかった。
「よう、ハカセ」
コータがカウンターの奥から声をかけてきた。
ヒロシは博士と書く。
仲間には珍しい大学生というのもある。
それでだれかに「ハカセ」とあだ名をつけられた。最初は嫌がっていたが、それをまた面白がってみんながそう呼んでくる。幼なじみで、ヒロシとかヒロくんとしか呼ぶことがなかったコータまでもがそうだ。
「どうする、ハカセ。雪月改と神無だってさ」
隣に座ると、コータがくすくす笑いながら言ってきた。
「なにそれ」
注文もしないのに水割りが出された。
それしかないのだ。
ヒロシはそれを一口飲んだ。水っぽいだけで、まずい。
「ケンたちがさ、見つけたんだってよ。両方一緒にいるのを」
「それで?」
「返り討ち」
コータは、ぶぶっと吹き出した。
「なんてったっけ、あのちっこいの。ちっこいくせにクッソ生意気な奴。あいつ、腕の骨を粉々にされて入院してるんだってよ。握りつぶされたかなんかで、自分の骨はもう使えねえんだってさ。ばっか。ほんとばっかじゃね」
コータはケタケタ笑っているが、他の連中は反応していない。
ヘタに笑うと声をかけられるし、それでヘタな返事をして怒らせたらボコボコに殴られる。コータは痩せているが、高校をやめるまではバレーのアタッカーをしていて背が高い。そして、そこそこ鍛えられた体から繰り出される拳は、ナチュラルに強い。
「ぼくが前から言ってたじゃないか。雪月改にはアンドロイド狩り対策がしてある。当然最新機種である神無もそうだろうし、雪月も順次その対策が施される。一発で機能停止できなかったら、あっちは戦闘用アンドロイドなみの性能だ。ぼくらの手に負える相手じゃない」
「ハカセ、機械科だろ。どうにかなんないの」
「ならないよ。ぼくらはちまちまと、如月やフローラとかを相手にするしかない。それだっていつ対策が施されるか」
コータはじっとヒロシの顔を見ていたが、やがて面倒くさそうに「そうなんだってよー」と大声で言った。
またかよとヒロシは思った。
コータはぼくを利用して、みんなに言い聞かせている。
コータは頭より感性のキレるキャラで売ってるので、彼がなにか言ってもみんなあまり本気にしない。大学生であり、そこそこインテリキャラであるぼくの言葉で注意をうながしているのだ。
コータはここでのキャラ設定をミスった。
本当は仲間と一緒にバカしてつるみたいのに、最初に見栄を張って怖いキャラを演じてしまったものだから、いつも孤立している。なかなか修正もきかないようだ。
それにしても、雪月改だって?
市販された雪月改は三機しかない。
そのうちの一機がどこにあるかは、この界隈では広く知られている。
同田貫組だ。
あの超武闘派。
その雪月改が、もし同田貫組に関係があるものだったらどうするつもりなんだ、この薄ら馬鹿たちは。いいかげん、コータもこんな馬鹿たちと付き合うのをやめるべきだ。仲間が欲しいのだとしても。
いや――それはぼくもなんだ。
潮時だ。
それなのに抜けられないのは、抜けた後が怖いからもあるが、誰からも嫌がられ怖がられるキレる男コータと普通に話せる存在であるのを不良どもに見せつけることができる、それが気持ちいいからなんだ。
それをやめられないんだ。
スマホが震えた。
出てみると、おっさんの声が話しかけてきた。
「ヒロシくん。コータくんを連れて出てきてくれないか」
「あんた誰」
「君の仲間、雪月を襲ったね。雪月改や神無も襲ったね。身に覚えがあるね。そんで、怒った同田貫組が君たちを探しているのも知っているね」
ヒロシは戦慄した。
そんな言葉を、生まれて初めて実感として意識した。
怖ろしくて言葉を発せられなかったが、相手はヒロシの返事を必要とせずに続けた。
「そこには今、同田貫組三個分隊からなる一個小隊が向かっている。残念ながら、君たちと君たちのバックは今晩限りの運命だ。だけどおれは君とコータくんに用がある。同田貫組に消されてほしくない。だから二人でこっそり出ておいで。あとはそれからの話だ」
ヒロシの様子の変化に気づき、頭がぶつかるほど近づけて耳をそばだてていたコータがスマホを奪い取った。
「てめえ、誰だ」
「あとでわかるよ、コータくん。君たち二人は助けてやるが、全員は無理だ。おれまで同田貫組を敵に回すことになっちまう。それより急がないと同田貫組が到着するぞ。はやく店から出ろ、今すぐだ」
通話はきれた。
コータは、ぎらぎらとした目で周囲を見渡している。
「コータくん、どうする、コータくん……」
ヒロシはすっかりビビってしまって、いつの間にか高校時代の呼び方になっている。
「だまってろ」
コータがヒロシの腕を掴んで立ち上がった。
そのまま入り口に向かうと、珍しく誰かが「なんだあ、おまえたちってそんな関係?」と声をかけてきた。キッと声の方を睨んだコータだったが、その顔は揺るんで「そーだよーん。これから熱く愛し合うのさー」と答えた。緊張から一転、爆笑が起きたところで二人は外に出た。
そのまま二人は、だっと廊下を駆け出した。
だけど、コータがすぐに立ち止まってしまった。
「ヒロシ……おまえだけ行ってくれ」
「え、どうしたの、コータくん」
「ダメだ。おれ、あいつら見捨てて逃げられない。ヒロくんは大学出て、いいところに就職してくれよ。おれはもう、そういうのムリだから――」
そこまで言って、コータはくたっと体を崩した。
フルフェイスの男がコータの体をささえている。
「手間かけさせんじゃないよ。相棒、悪いがこいつを背負ってってくれ。おれにはでかすぎるわ、こいつ」
自分の後ろにもうひとりのフルフェイスが来ているのに気づいて、ヒロシはぎょっとした。その男は小柄で細いのに、軽々と大きなコータを背負ったのにも驚いた。
「ヒロシくん。君は自分の足で歩くか。それとも君もコータくんのようになりたいか」
「あ、歩きます」
「そうしてくれ。急ぐぞ、同田貫組の先遣隊が到着でもしたら、この建物から脱出するのは不可能になる」
ヒロシはまた戦慄した。
同田貫組の話はほんとうだったのだ。
あれ、バイクじゃない。
ぼんやりとそれだけ思って、気づくのが遅れた。
乗るようにうながされた車は、見覚えがあるワンボックスカーだ。しかも車の中には、体をテープでぐるぐる巻きにされ猿ぐつわをかまされたケンたちだ。自分とコータは助けられたわけじゃない。
ヒロシもまた背後から猿ぐつわをかまされた。
ヒロシとコータも、去年までこの車でアンドロイド狩りをしていた。
初めの頃は面白かった。
金にもなった。
しかし、組員たちの姿がちらつくようになった。組織に組み込まれそうで(もう組み込まれているようなものなのだが)怖かった。それでヒロシとコータは抜けた。自分たちが抜けた後でも、ケンたちは別の仲間をひきいれてアンドロイド狩りをしていたらしい。
走り始めた暗いワンボックスカーの中、小柄な男に手と足をテープで固められ、ヒロシはケンたちの横に転がされた。小柄な男はひとことも喋らず、今度は気を失ったままのコータの手足をテープで巻き始めた。
男じゃない。
やっとわかった。
「おまえ、雪月か」
そう言ったつもりだったが、猿ぐつわで言葉にならなかった。
しかし男は手を止めてヒロシの方を向き、バイザーをあげてみせたのだ。
緑色に映える暗視カメラの両眼がそこにあった。
■登場人物紹介・アンドロイド編。
ロボ子さん。
雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。通称因業ババア。
三号機さん。
雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。
小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。
基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。
板額さん。
板額型戦闘アンドロイド一番機。
高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。
神無さん。
雪月改のさらに上位モデルとして開発された神無試作一号機。
雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。
野良ロボ子さん。
野良雪月。
前のマスターである「おばあちゃん」の記憶を消されるのが嫌で野良をしている。食いしん坊。充電しなくても動ける謎の根性回路を搭載している。
ファンシーロボず。
第一世代と第二世代の旧型戦闘アンドロイド。よそのテーマパークで余生を送るはずが、なぜか宇宙船争奪戦に巻き込まれ、ロボ子さんに吹き飛ばされ、村に居座った。現在はパークの従業員。
■人物編
長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。
ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。
三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)
長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。
源清麿。(みなもと きよまろ)
えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)
三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病。
同田貫正国。(どうたぬき まさくに)
えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。
一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。
三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)
えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。
方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。
粟田口藤四郎吉光。(あわたぐち とうしろう よしみつ)
えっち星人。宙軍提督。
えっち星のえっち国の領事としてやってくる。虎徹さん、典太さん、清光さんの同期。タイムジャンプをそれほどこなしていないので六〇歳を越えている。
加洲清光。(かしゅう きよみつ)
えっち星人。密航者。
幽霊と呼ばれるほど神出鬼没。宙軍士官学校では虎徹さん、藤四郎さんと並んで三羽ガラスと呼ばれた。補陀落渡海の航海に匹敵するほどタイムジャンプを繰り返していたので、虎徹さんと同い年のままのように見える。
ちなみに、ロボ子さんの呼称は
虎徹さんが「ロボ子さん」
宗近さんと清光さんが「ロボ子ちゃん」
神無さんが「先輩」「お姉さま」
それ以外は、二号機で統一されています。もしそうじゃないなら、それは作者のミスですので教えてください。




