ロボ子さん、勅任艦長さんたちと対峙する。
野良雪月さんが嬉しそうに両腕を振っている。
『すごいね、清光。雪月はそうとうレベルの高い整備士でも手に負えないって話なのに、それを簡単に直しちゃった!』
「工作室の機械のレベルが高かったのさ。さて、おれは準備があるからしばらく消える。その間に捕まるようなドジ踏むなよ、野良ちゃん」
『私は大丈夫だよ、野良のベテランなんだから。でも』
「でも?」
『早く帰ってきてね』
「う」
やばい。
清光さんは思わず目を逸らしてしまった。
『それと無理しないで。気をつけてね』
「……ああ」
なんてこった。
反則だ。
地球のアンドロイドは、まったく反則だ。
どこから調達してきたのか、清光さんは大型バイクにまたがった。
『今日も元気に、電信柱にラリアット!』
パークの朝礼が始まった。
「今日も元気に、電信柱にラリアット!」
「今日も元気に、電信柱にラリアット!」
『明日も元気に、補陀落渡海にラリアット!』
「明日も元気に、補陀落渡海にラリアット!」
「明日も元気に、補陀落渡海にラリアット!」
『今日も一日、無駄に元気に美しく! 頑張りましょう! おー』
『はい、今日の社訓唱和係は、もう夜遊びを覚えたいけない新人神無さんでした。神無さん、無駄にキラキラ美しい唱和ありがとうございました。最後の「おー」は、ちょっと力が抜けちゃったかな。では、園長。今日の言葉をどうぞ』
司会のロボ子さんにうながされ、虎徹さんがマイクの前に立った。
「あー。ここ最近パークとその周辺を荒らしている二人組の泥棒は、おれとロボ子さんではない。いい加減、おれに苦情をあげるのはやめるように」
「ウソつけ!」
「ウソつけ!」
「防犯ビデオを見ろよ、あんたと二号機さんにそっくりじゃねえか、艦長!」
「アホか、おまえらこそちゃんと見ろ! その二人組、おれとロボ子さんとは髪の色が違うだろ!」
「なにその、少女漫画の書き分けみたいな言い訳」
「あー」
と、虎徹さん、ちょっとためらって。
「実は、それも含めてみんなに伝えておくことがある。この村には今、本星からの密航者がいる。決めつけるのはアレだが、彼がその泥棒だと思われる」
朝礼の会場である一階ロビーがざわめいた。
密航者?
宇宙時代にそんなものが存在するのか?
「何者か、わかっているのですか?」
船務長さんが手を挙げた。
「おれの士官学校の同期。三羽ガラス筆頭だった男だといえば、わかる者もいるかもしれない」
「東の提督館事件の、彼ですか」
「できれば、その言葉はあまり使って欲しくない」
苦い顔で言ってから、
「やつの目的は謎だ。提督によると、本星の宙軍でも把握できていない。今のところ、彼がなにかをしでかしたという報告も入っていないし、必要以上に警戒することもないが、注意はしてくれ。ソウルネーム加州清光。彼は極めて有能な男だ」
「それで、艦長」
「なんだ、船務長」
「二号機さんそっくりなほうは誰なんです」
「……」
まばたきして、虎徹さんはロボ子さんの顔を見た。
朝礼に出ていた全員がロボ子さんを見た。
「野良雪月さん?」
園長室に戻り、ロボ子さんがその存在を口にした。
『昨日のアンドロイド狩り騒ぎのとき、清光さんと一緒にいましたよ』
「ああ、そういやいたな」
虎徹さん、そう口にしてから。
「いや待て。野良か? 野良なのか? 野良アンドロイドなのか?」
『そうです。地球のアンドロイドは個性的なのです。ていうか、うちで大量のゲロを吐いた人ですよ。おなかからですけど』
「え、あれってそうなの? ロボ子さんじゃなくて?」
『違いますよっ! 後輩、この中年に事実を言ってやりなさい」
殊勝にもノートパソコンで仕事を始めていた神無さん、顔を上げてにっこりと笑った。
『先輩がそう思いたいのなら、そういうことにしておきましょう』
『後輩。私がいつまでも二日酔いだと思わないことです。渾身の頭突きを叩き込んであげましょうか』
『神無は、更なる高みへ』
神無さんは立ち上がり瞑目した。
カシャ!
カシャカシャ! カシャ!
あの魔法のような変形が始まった。
虎徹さんとロボ子さんは、その細やかにして大がかりな変形に見入ってしまう。やがて神無さんは、銀色に輝く美しいピラミッドとなった。
『……』
「……」
『これが神無ピラミッド形態! 完璧なる防御形態です!』
『……』
「……」
『って、あれ? てっぺんに私の頭が露出してるんですけど? 手も足も出ないのは私なんですけど? それどころか動けないんですけど? 卵形態より状況悪いんですけど? あれ? あれ?』
ゆらゆらと、目に不気味な光を宿してロボ子さんが近づいてくる。
『あ、あの、先輩……?』
ピラミッドの頂点に鎮座するのは神無さんの頭。
ロボ子さんはその頭を両手で掴んだ。
『まさか先輩、こんな状態の後輩に頭突きしちゃうような、そんなひどいことしませんよね……?』
『ああ、ちょうどいい高さに頭がありますねえ……』
『せ、先輩……!?』
ごぉー…ん。
その音は煩悩を浄化する鐘の音のごとく、パークと村に響き渡ったという。
『ここは野外ステージです』
煩悩を浄化し、すっきりしたロボ子さん。
今度はハンドマイク片手に、おっさんども相手の研修係だ。
『ステージと五〇〇席用意された椅子席には、近く屋根が着けられ、雨の日にも利用可能になります。そのほか、芝生席も含めると二〇〇〇人を収容できます。ステージの向こうには宇宙駆逐艦補陀落渡海さんの巨体。そのロケーションを活かした様々なイベントが準備されています』
「へえ、ここに補陀落渡海乗員が一〇艦分座れるのか」
パンフレットを見ながら虎徹さんがのんきに言った。
『補陀落渡海さんをタバコの箱か東京ドームのように扱わないでください。準備されているのは、補陀落渡海さんの航海をドラマ化した映画……』
「聞いてないよ」
「聞いてないよ」
「聞いてないよ」
『おっさんどもが聞いてなくても、順調にお話は進んでいるのです。社会というものはそういうものなのです。スチールをご覧ください』
「だれこれーー!(笑)」
「これが艦長か? すげえ微妙ーー(笑)」
「このマッチョ、もしかして宙兵隊隊長のつもりか!? ちっちぇええーー(笑)」
「素直にアニメにすりゃあよかったんだよ(笑)(笑)」
『勝手に盛り上がってないで、私の説明もちゃんと聞きやがれです』
「おれの役、阿部寛か西島秀俊がよかったなー」
『身の程を知って、数回死にやがれです。私だって市川紗椰さんに演じて欲しいです。この映画には出番ありませんけど。ちえ。原案はベストセラー作家、源清麿さんなので、大きく外してはいないと思うのです』
「それはそれで、なんか怖いが……」
「あの人の小説、面白いけど、なんかいつもねじ曲がってるよね……?」
「おれたちの航海なのに、おれたちが新鮮に楽しめるスペクタクルになってることがありうるよね……?」
『話を進めるのです。映画の他にコンサートや演劇。星や宇宙をテーマにしたものが選ばれる事になると思います。普段はファンシーロボずによる小芝居が穴埋めに行われます』
『穴埋めいうな』
『傷つくわー』
『傷つくわー』
ファンシーロボずさんたちの声も聞こえてきた。
「コンサートって、浜田省吾を呼んでくれるのか?」
そして、誰かがそう質問した。
『なんでです。そもそも来てくれないでしょう、こんな場末のステージに』
『場末いうな』
『傷つくわー』
『傷つくわー』
「浜田省吾を呼べよ!」
「そうだ、そうだ。浜田省吾を呼ばないでなんの地球のコンサートだよ!」
しつこい。
ていうか、この声は。
芝生席でだらだらとロボ子さんの話を聞いていたおっさんたち全員が、ざっとその場に立ち上がり敬礼した。もちろん虎徹さんもだ。
あの三人の勅任艦長だ。
いつの間にか社員研修に紛れ込んでいたのだ。
「長曽禰虎徹艦長」
「イエス・サー!」
「浜田省吾を呼んでくれるな?」
「検討させて頂きます、サー!」
「勅任艦長の言葉にはな、アイ・アイ・サーと答えりゃあいいんだ」
うわ、大人げねえ。
えげつねえ。
不穏な空気が流れる中、ハンドマイクを口に当てたのはロボ子さんだ。
『誠に恐縮ですが、これは社員研修です。部外者の方はご退出ください』
勅任艦長さんたちはジロリとステージに立つロボ子さんを睨み、虎徹さんへと顔を向けた。
「長曽禰艦長!」
「イエス・サー!」
「部下の教育は行き届いているようだが、メイドの教育はなっとらんようだな!」
ロボ子さんがハンドマイクのボリュームを最大に上げた。
『ご退出ください』
「――やかましい!」
両手で耳をふさぎ、ステージへと視線を戻した勅任艦長さんたちは、あっとたじろいだ。
20センチ連装砲。
VLSにレーザー砲。近接防御システムのガトリング砲。
フルウェポン状態のロボ子さんがステージで仁王立ちしている。
その後に並ぶのは、素で人相が悪いファンシーロボず。
なぜか卵形態の神無さんもいるが、なごませてどうする。
『ご退出を』
ロボ子さんが繰り返した。
舌打ちと捨て台詞を残し、三人の勅任艦長は退散していった。
敬礼したまま彼らを見送った虎徹さん、ステージの上のロボ子さんにウィンクするのだった。
■登場人物紹介・アンドロイド編。
ロボ子さん。
雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。通称因業ババア。
三号機さん。
雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。
小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。
基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。
板額さん。
板額型戦闘アンドロイド一番機。
高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。
神無さん。
雪月改のさらに上位モデルとして開発された神無試作一号機。
雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。
野良ロボ子さん。
野良雪月。
前のマスターである「おばあちゃん」の記憶を消されるのが嫌で野良をしている。食いしん坊。充電しなくても動ける謎の根性回路を搭載している。
ファンシーロボず。
第一世代と第二世代の旧型戦闘アンドロイド。よそのテーマパークで余生を送るはずが、なぜか宇宙船争奪戦に巻き込まれ、ロボ子さんに吹き飛ばされ、村に居座った。現在はパークの従業員。
■人物編
長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。
ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。
三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)
長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。
源清麿。(みなもと きよまろ)
えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)
三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病。
同田貫正国。(どうたぬき まさくに)
えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。
一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。
三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)
えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。
方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。
粟田口藤四郎吉光。(あわたぐち とうしろう よしみつ)
えっち星人。宙軍提督。
えっち星のえっち国の領事としてやってくる。虎徹さん、典太さん、清光さんの同期。タイムジャンプをそれほどこなしていないので六〇歳を越えている。
加洲清光。(かしゅう きよみつ)
えっち星人。密航者。
幽霊と呼ばれるほど神出鬼没。宙軍士官学校では虎徹さん、藤四郎さんと並んで三羽ガラスと呼ばれた。補陀落渡海の航海に匹敵するほどタイムジャンプを繰り返していたので、虎徹さんと同い年のままのように見える。
ちなみに、ロボ子さんの呼称は
虎徹さんが「ロボ子さん」
宗近さんと清光さんが「ロボ子ちゃん」
神無さんが「先輩」「お姉さま」
それ以外は、二号機で統一されています。もしそうじゃないなら、それは作者のミスですので教えてください。




