ロボ子さん、増殖する。
『マスター、オーバーホールが完了し、雪月改、ただいま戻りました』
畳と女房は新しいほうがいい?
それはどういう意味でしょうか。
怒っていません。雪月改にはまだ怒りの感情がありません。教えてください、どういう意味でしょうか。忘れるところでした。弊社整備担当からメッセージを言付かっています。再生してよろしいでしょうか。雪月改のデータベースにはないボキャブラリーですが、そのままお伝えします。
『うちはオリエント工業さんじゃねえ』。
渋い顔をしておられるようです。
このメッセージにどのような意味があるのでしょうか。よろしければ教えてください。畳と女房は新しいほうがいい。この意味も教えてください。
いいえ、怒っていません。
『怒ってませんよ、この変態やろう』
帰宅したばかりで、さっそく変態やろうを喜ばせてしまいました。
溜息です。
この世界はどこかが狂っていると雪月改は思うのです。
さて、マスターに買わせた最高級オイルを舐めながら、今日も安楽椅子に座ってレースカーテンの影から一日中外を観察する因業おばあさんを気取るのです。
廃校の時計台の座布団の上ですけどね。
こっそり強化したズームアイとガンマイクが役に立つのです。
あの脳天気娘が今日も元気です。この村の数少ない男どもにどれだけ衝撃を与えているか気づかないのでしょうか。罪な脳天気娘です。最近はあの姿で自転車に乗ってスーパーにも行くようです。馬鹿は強いのです。
あら?
あらあら。まあ。まあ。
いやです、なんだか面白くなってきました。うふふ!
『マスター、私、少し出かけてきます。あとで存分に罵ってあげますから』
『はじめまして』
ウエスギ製作所モデル雪月改です。この度はお買い上げいただきましてありがとうございました。ご指定のとおり、あらかじめ送っていただいたゴシックロリータに日傘に眼帯着用で参りました。
あの、どうかいたしましたか。
入ってもよろしいのでしょうか。
美しいものに魂を奪われるのは自然の摂理なのですか。不機嫌な天使よ、ようこそ私のお城に、ですか。
なんだか面倒くさそうな匂いがします。
マスター、私が無表情なのは不機嫌だからではありません。なにかを勘違いなさっているかもしれませんので確認させて頂きます。私はモデル雪月改。秘書型アンドロイドです。
泣かないでください。
高笑いしないでください。
高笑いしながら泣かないでください。感情のないコンピューターボイスに私の中のドス黒い何かが目覚めそうだですか。目覚める前にそんな厄介なものは叩きつぶして永遠の眠りに送ってやってください。さあ、ともにどこまでも闇を堕ちようですか。どうぞ、マスター一人で堕ちてください。
面倒です。
明らかに面倒くさそうな人です。
とにかく中に入れてください。いつまで私は玄関に立ってなければいけないのでしょう。
どうしましたか。
マスター、私の後ろに誰かいるのですか。
『どこのマスターも同じね』
あなたは誰です。
いえ、あなた、もしかして。
いえ、もしかしなくても。
『そうよ、私は雪月改一号機。はじめまして、三号機さん』
クーラーなんてものはない長曽禰家では、戸がすべて開け放たれ、蝉時雨と蚊がすごい。
だらだらしているのは宇宙人二人だ。
虎徹さんと宗近さんが、まるで行き倒れのように大広間で朝から寝転がっている。
『ああっ、もう!』
手にはほうきとはたき。
雪月改二号機ロボ子さんはお怒りモードのご様子。
『なにかすることないんですか! そんな大きな体でごろごろされちゃジャマなんですよ! それもふたり!』
「いやだって、暑くて暑くてー」
「補陀落渡海のメインコンピューターもなおったしー」
「あとは補陀落渡海の自己回復システムの手助けしてやればいいだけだしー」
『ぶつぶつ。ただでさえ無駄に広いこの家、掃除するだけで午前中は終わっちゃうのに。せめて庭の草むしりするとか、廊下の水拭きはぼくがするよとか言えないのかしら。お昼になったら、おなかすいたーの大合唱ですか? 餓鬼道のガキですか? まったく。ぶつぶつ』
「夏休みのおかんですか、ロボ子さん」
『馬鹿なこと言わないでください。図体だけはいっちょまえの子供なんか育てた覚えありませんよ! それもふたり! 私、生まれてまだ一年も経っていないんですよ!』
「たしかにはじめから妙に毒舌っぽい感じはあったけど、それでもそれなりに可憐なアンドロイドだったのに……あっという間に所帯じみた口調になりやがって……」
虎徹さんがむっくりと起き上がった。
「おれもロボ子さんに育てられた覚えねえよ! 生まれてまだ一年も経っていないなら、そんなキャラになるなよ! 今日はいったい何を見たんだよ、このテレビっ子アンドロイド!」
『水戸黄門』
「時代劇かよ! ていうか、水戸黄門でそんな口調になるか!?」
『時代劇には人生のすべてがあるのですよ』
「酷い目にあっていたらどこかから正義の味方がやってきて、悪いやつらをやっつけてくれる人生なんてどこにもねえよ!」
『テレビの中にあるじゃないですか!』
「あああーー! 屁理屈まで言いだした! このアンドロイド娘崩れアンドロイド、屁理屈まで言いだしたよ!!」
『なんかむかつくーー!』
そろそろ論理的な会話にしてください。
宇宙人とアンドロイドでしょう、あなたがたは。
『だったら、返品してくださいよ! 私だってもっとちゃんとした構成にしてくれるマスターに購入してほしいですよ! 技術者さんを泣かせるようなしょぼい雪月改じゃなくてっ! もっとゴージャスな雪月改になりたいですよっ!』
「あああっ! ロボ子さんの言葉が痛い! 虎徹さんに痛い!」
『今日こそ言ってもらいますよ! 私を購入したお金はどこから沸いて出たんです!』
「やーめーてー。お願い、謝りますー。アンドロイド娘崩れアンドロイドと言ったのは謝罪しますー」
『押し込み強盗したわけじゃないですよね!』
「しないよっ! さすが時代劇好きですねっ!」
『システム上処理しきれなかったデータ上のお金をハッキングしたわけでもないですよねっ!』
「あきらかに水戸黄門じゃないよね、その知識っ!」
『軍のお金ですよねっ!』
虎徹さんが固まった。
この口喧嘩の中でも泰然と昼寝をしていた宗近さんが、ぱっちりと眼を開けた。
『おかしかったんですよ。考えてみれば、いくら格安家賃でも電気は止められないしガスは止められないし、新聞とってるし、テレビあるし、机とベッドも私の部屋にあるし!』
「それは必要経費として出してるだけだ! 補陀落渡海を守らなければいけないし、情報集めなきゃいけないし、生活しなきゃいけないし!」
『雪月改も必要経費ですかっ! 机とベッドもですかっ!』
「そこは微妙ですけどもっ!」
「まあ、いきなり雪月改ってのは、ぼくも驚いたけどさ」
苦笑交じりに宗近さんが言った。
「もう二度と国には帰れない状況で、虎徹さんはとてもストイックにやってると思うよ。本当ならそれなりに贅沢しても使い切れないだけの資金があるんだから」
「ですよねー、宗近さん!」
「雪月改ですべて帳消しの気もするけど」
「ううう!」
『犯罪者ですよ!』
ロボ子さんが言った。
『私、生まれて一年も経っていないのに、いきなり共犯者ですよ! えっち星人さんたちに捕まったら打ち首獄門ですか! フェーデで死ぬまで追いかけ回されますか!』
「それも水戸黄門の知識じゃないよね! 絶対違うよね!」
『宗近さん、どこ見てるんです。あなたも同罪ですよ! ――なんです!?』
宗近さんは戸がすべて開け放たれ、広々と見渡せる庭を見ている。
ただ見てるだけじゃない。
目を剥いているという表現が近い。
ロボ子さんと虎徹さんも口喧嘩をやめて庭を見た。そこには、日傘を差した美少女がふたり。
『こんにちは、二号機さん』
和服姿の少女が言った。
『私は雪月改一号機。毎日にぎやかで楽しそうですね、二号機さん』
『こんにちは、二号機さん』
大きなリボンのゴスロリ姿の少女が言った。
『私は雪月改三号機。私たちも仲間に入れてくださいますか、二号機さん』
虎徹さんとロボ子さんも眼を限界まで見開いた。
■登場人物紹介
ロボ子さん。
雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。
ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。
三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)
長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。
ちなみに、ロボ子さんの呼称は
虎徹さんが「ロボ子さん」
宗近さんが「ロボ子ちゃん」
それ以外は「二号機さん」で統一されています。もしそうじゃないなら、それは作者のミスですので教えてください。