野良ロボ子さん、おばあちゃんの歌。(後編)
一週間近くかけて、野良雪月さんはこの村に戻ってきた。
今の異常なほどの節電能力は、そのときに身につけたものなのかもしれない。
その野良雪月さんを迎えたのは、おばあちゃんの葬式だった。
身寄りがないおばあちゃんの葬式を出してくれたのは、一号機さんと体の大きなマスターさん。
『あなたがいなくなって、彼女は毎日あなたを探していたんです。うちの一家でも探してもらったけど、あなたは見つからなくて。おとついに様子を見に来たら、玄関で彼女は倒れていたんです』
一号機さんは正座して頭を下げてくれた。
体の大きなマスターさんも同様に頭を下げてくれた。
なにひとつ、この人たちが謝る事なんてないのに。
『あなたの話は聞いています。一緒に住みましょう。あなたの記憶は、誰にも消させやしません』
そうもいってくれた。
だけど野良雪月さんは、そのまま姿を消したのだった。おばあちゃんにした、ただひとつの約束を果たすために。
『マスター』
同田貫さんの午後のお茶を、自分は高級オイルで付き合っていた一号機さんが、ふと顔を上げて言った。
『覚えてます? 村はずれに暮らしていたおばあさんと雪月さん』
同田貫さんは顔をしかめた。
「あの一件は忘れられん。胸くそが悪くなる。あの半グレのアンドロイド狩りのクソやろうども、見つけたらバックにいるヤクザともども消し去ってやる。それがどうしたんです、弥生さん」
『あの子、また泣いています』
同田貫さんは、口に運ぼうとしていたお茶を止めテーブルに戻した。
「馬鹿な子だ」
同田貫さんの口調は悲しい。
「弥生さんと一緒に暮らせと言ってやっているのに。体だってオーバーホールして、きれいにしてやれるのに。馬鹿な子だ」
『アンドロイドにはアンドロイドの矜持てのもあるんですよ。あの子はできるだけ長くおばあさんの墓を守って、できるだけ早く朽ちて死にたいと思っているんです。ねえ、マスター』
盃のオイルを揺らして弄んでいた一号機さん、同田貫さんに視線をむけて、
『私だって、いつかマスターが死んだらどうなるか、わかりゃしませんよ』
同田貫さんは涙腺を決壊さてしまうのだった。
「これがおばあちゃんのお墓なのかい」
『うん。同田貫の親分さんが建ててくれたの』
村の唯一のお寺に、その小さなお墓があった。
野良雪月さんがときどき姿を消すのは、このお墓にお参りに来ていたんだなと加州清光さんは思った。きれいに掃除され、ささやかに野の花が飾られている。
『おばあちゃんは、幸せに死ぬはずの人だった。私に見守られて、安らかにベッドの上で死ぬはずの人だった。私の役目なんて、それだけなんだってわかってた。たったそれだけのために、あの家に来たのだとわかってた。なのに、私が全部だめにしちゃった。おばあちゃんは私を心配して、私を探して、そして玄関なんかで、そんな冷たくて暗いところでひとりで苦しんで死んでいった。……清光』
野良雪月さんの頬を、また涙が落ちていった。
『私、苦しい。悔しくて、悲しくて、気が狂いそう……』
まいったな。
清光さんはそう思っていた。
ガキの頃、自分がどう呼ばれていたのか知っている。
「悪魔のように頭の切れる男」だ。
士官学校を放り出されてからどう呼ばれているかも知っている。「幽霊」だ。
そんな否定的な称号しか貰えなかった自分にだって、誰かに必要とされたいと望んだ頃はあった。利用されるのでも、利用するのでもない。
手を離さないでほしい。
いっしょに歩いて行きたい。
そう願った青臭いときはあったんだ。
清光さん、ふわりと野良雪月さんの頭に手を置いて、「野良ちゃん、ごめんよ」と言った。野良雪月さんは涙を拭って顔を上げた。
『わからない。どうして清光が謝るの?』
「あんたに巡り会ってしまったのがおれで、本当に悪いと思っている。あんたはおれを軽蔑してくれていい。おれはあんたの力になりたいんだ。だけどおれはダメな人生しか送ってないんだ。だからおれに今できる事なんて、復讐だけなんだ」
『復讐……』
「ごめんよ。本当は、もっとあんたの為になることをしたい。でも、おれは、そんな男なんだ。おれにはそれしかないんだ。ひっくり返して揺すっても、今のおれからはそれくらいしか出てこないんだ」
『さっきは止めたくせに』
「だから、ごめんって」
清光さん、苦く笑った。
「あれは状況が悪い。そして、やはり殺すのは良くない。さらに、復讐ってのは捕まらないように失敗しないようにスマートにやるもんだ。そうだろ」
くすっと、野良雪月さんが笑った。
清光さんも泣きたくなった。
野良雪月さんがやっと見せてくれた笑顔にすがりつきたくなった。
「やる?」
立ち上がって膝のゴミを払い、野良雪月さんは清光さんの目を真っ直ぐに見た。
『うん、やる。教えて』
「いいのかい、後悔するぜ」
『勧めてるの、止めてるの。どっちなの』
「人に勧めたくはない。すっきりするとかはない。ぜったいにないぜ。だけどさ」
『うん』
「そうするより他に、選択肢がない時もあるんだ」
『――うん』
両眼を閉じ、野良雪月さんはうなずいた。
「おれはヘマをしない。あんたに復讐を遂げさせる。がんばるよ」
『死んだあとおばあちゃんに会ったら、おばあちゃん怒ると思う。くだらないことするんじゃないって叱られると思う。後悔しか残らなくてもいい。でも、私はあいつらに復讐したい。それから死にたい。助けて、清光』
なあ、野良ちゃん。
わからないだろ。
いまおれは、嬉しくて大声を上げたい気分なんだぜ。
「よし」と、清光さんは野良雪月さんの肩に腕を回した。
「まずはその腕を直そう。他にも準備が必要だ。しばらくこの村から消えるが、心配しないでくれ」
『あいつらがどこにいるのか、わかる?』
「そこら辺は抜かりない」
実は清光さん。野良雪月さんの反応からただ事ではないのを察知して、彼らのワンボックスカーに発信機を貼り付けておいたのだ。
「とにかく、宇宙船だ。大丈夫、動くようになるぜ、その腕」
『あの宇宙船、私も忍び込もうとしたことあったけどセキュリティすごいよ。どうやって入るの』
「任せておけ」
得意そうに清光さんはにやりと笑った。
回していた腕を外して清光さんが歩き出した。
振り返って手を伸ばすと、野良雪月さんも手を伸ばして清光さんの手を握った。
ところで。
夜になってもパークをゴロゴロころがっているのは神無さんである。
『ごはんはいらないんですか、後輩』
内蔵の電話に、ロボ子さんからのお叱りの電話がかかってくる。
『おにぎり握っておいてください。転がるのに飽きたら帰りますから』
『あのですね。なんで私がわざわざそんなこと』
『お願い、お姉さま』
『しょう~~がないですねええ~~。もううう~~。今度だけですようっ』
チョロいもんである。
ゴロゴロしている神無さんの背後を、ふたつの影が駆けていった。
そのふたつの影は補陀落渡海の中に消え、しばらくしてから出てきた。来た時には、たしかに片方の影は片腕しか動かしていなかったのに、今は両手を動かしている。
神無さんはひたすらゴロゴロ楽しんでいる。
朝、いつものチェックをしていた宗近さんは違和感を覚えた。
工作室の空気感が違う。
「補陀落渡海」
『はい、機関長』
「夜の間に、なにかあったようだね?」
補陀落渡海さんは自分のデータをチェックしなおしてから答えた。
『いいえなにも。静かな夜でした』
宗近さんは首をひねった。
機関長としての勘が納得してくれない。
『そういえば、一晩中外で大きな卵が転がってました。それくらいですね』
「ああ、それは神無ちゃんだよ」
補陀落渡海さんの言葉に、やっと宗近さんは安心したようだ。
大丈夫、補陀落渡海さんは正常だ。
「もう朝帰りを覚えたのかと虎徹さんに叱られていたよ。そうか、ぼくの気のせいのようだ。今日もよろしく、補陀落渡海」
宗近さんが明るく言った。
■登場人物紹介・アンドロイド編。
ロボ子さん。
雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。通称因業ババア。
三号機さん。
雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。
小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。
基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。
板額さん。
板額型戦闘アンドロイド一番機。
高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。
神無さん。
雪月改のさらに上位モデルとして開発された神無試作一号機。
雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。
野良ロボ子さん。
野良雪月。
前のマスターである「おばあちゃん」の記憶を消されるのが嫌で野良をしている。食いしん坊。充電しなくても動ける謎の根性回路を搭載している。
ファンシーロボず。
第一世代と第二世代の旧型戦闘アンドロイド。よそのテーマパークで余生を送るはずが、なぜか宇宙船争奪戦に巻き込まれ、ロボ子さんに吹き飛ばされ、村に居座った。現在はパークの従業員。
■人物編
長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。
ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。
三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)
長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。
源清麿。(みなもと きよまろ)
えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)
三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病。
同田貫正国。(どうたぬき まさくに)
えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。
一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。
三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)
えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。
方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。
粟田口藤四郎吉光。(あわたぐち とうしろう よしみつ)
えっち星人。宙軍提督。
えっち星のえっち国の領事としてやってくる。虎徹さん、典太さん、清光さんの同期。タイムジャンプをそれほどこなしていないので六〇歳を越えている。
加洲清光。(かしゅう きよみつ)
えっち星人。密航者。
幽霊と呼ばれるほど神出鬼没。宙軍士官学校では虎徹さん、藤四郎さんと並んで三羽ガラスと呼ばれた。補陀落渡海の航海に匹敵するほどタイムジャンプを繰り返していたので、虎徹さんと同い年のままのように見える。
ちなみに、ロボ子さんの呼称は
虎徹さんが「ロボ子さん」
宗近さんと清光さんが「ロボ子ちゃん」
神無さんが「先輩」「お姉さま」
それ以外は、二号機で統一されています。もしそうじゃないなら、それは作者のミスですので教えてください。




