野良ロボ子さん、おばあちゃんの歌。(前編)
アンドロイドには中古市場がある。
超高級機雪月系は中古でも高く取引される。そうであれば、当然、雪月は窃盗の対象になる。
初期の雪月はそのようなことを想定しておらず、スタンガンで簡単に機能停止させることができた。雪月改であらゆる窃盗への対処が施され、雪月も整備の際に同様の処理が施されるようになったが、まだまだ行き届きているとはいえない。
ロボ子さんにスタンガンを押しつけたのはそういうやからであり、彼らは「アンドロイド狩り」「ロボ狩り」と呼ばれている。いわゆる半グレ、暴力団員ではないが暴力団に飼われている若者が多い。
「雪月改と神無がいる」
その電話を受け、ワンボックスカーからガラの悪い若者たちが一斉に飛び出してきた。
みな鉄パイプを手にしている。
先にも書いたが雪月は独特で情報開示の少ない機種であり、町工場で整備できることには限りがある。シリアルナンバーでオーナー情報まで管理されているから、盗んだ雪月を整備の為だけにメーカーに持ち込むなどということもできない。ボコボコにしてしまったら売れなくなるだけなのだが、そこまでは頭が回らないようだ。
もうひとつ。
ひそかに雪月は、最新型戦闘アンドロイドに引けをとらないポテンシャルを持っている。
たとえば野良雪月さんの右肩は壊れている。
右腕を完全に動かせないというわけではないが、主に左腕だけで生活している。それでも野良雪月さんにとってハンデになるほどじゃない。たかが数人の、鉄パイプ程度の武装しかもたない人間を相手にするのであれば。
その野良雪月さんが彼らの前に立った。
「なんだ、こいつ」
「おい、こいつも雪月だぞ」
「すげえ、オレたちついているぞ!」
機能停止させていない雪月と正面から向かい合って、ついているといえるのかどうか。アンドロイド狩りは、躊躇なく鉄パイプを振りかぶって襲いかかってきた。
野良雪月さんは、なんなくその腕を掴んだ。
『私を覚えている?』
「なんだあ?」
『そう、覚えてないんだ。余計に腹が立つね、それは』
嫌な音がした。
野良雪月さんが男の腕を握りつぶしたのだ。
男は目を剥いて悲鳴をあげた。
野良雪月さんは男の腕を放した。男の腕は肘から先でぶらりと奇妙に垂れ下がっている。仲間たちは戦意を失って後退って遠巻きに見ているだけだ。こそこそと電話している者もいる。
野良雪月さんは男が落とした鉄パイプを拾った。
無表情で握り具合を確かめ、そしてのたうち回っている男めがけて振りかぶった。
『!』
加州清光さんが鉄パイプを掴んでいる。
「殺しちゃうよ、野良ちゃん」
『はなして、清光。殺すんだから』
「だめだよ、野良ちゃん。そいつはだめだ」
二人が言い争っている隙に、若者たちは逃げ出した。
腕を折られた男を見捨てずに手を貸していたのは、とことんまで腐っているというわけではないのだろう。
ロボ子さんのところにいたふたりも仲間を追って逃げ出した。
若者たちを乗せたワンボックスカーは国道を飛ばして去って行った。
清光さんは周囲を確認した。
銀色の巨大な卵がごろごろと楽しそうに転がっているが、それはとりあえずいい。
何人かのパーク従業員が集まってきている。
あの部屋から虎徹さんが見ているのも確認できた。清光さんは野良雪月さんの手を掴み、歩き始めた。
『どうして止めたの。全員殺せたのに。私なら全員殺せたのに』
「なにがあったんだ、野良ちゃん。話によってはオレも手伝ってやる。だけど、ここで殺すのはダメだ。あんたも捕まってしまう」
『あいつら全員殺せるなら、ここで分解されてもいい』
「野良ちゃんの力なら、オレの制止くらいなんでもなかった。野良ちゃんの足なら、あいつらを追うこともできた」
『……』
「まだ迷っているんだ、君も」
ああ、野良雪月さんがまた泣いている。
それを感じ、清光さんは握った手をさらにかたく握りしめた。
『私、あいつらに捕まったことがあるの』
清光さんが選んだのは村はずれの小さな小屋。
何度か宿に使っていて熟知している。
誰も追ってこないのを確認したあとも、清光さんは入り口で周囲を窺っている。村には一号機さんというバケモノがいることまでは、さすがの清光さんもまだ知らない。
『おばあちゃん――』
野良雪月さんが言った。
『私の最後のマスターは、東京でご主人や娘さん夫婦を事故で失って縁のあるこの村に越してきたんだ。ただ死ぬためだけの人生だったんだって。だけどこの村で娘さんに面影が似たアンドロイドを見つけて、そのアンドロイドにいろいろ教えてもらって、世話してもらって私を購入したんだって。私を買うために、事故の保険金を全部使ってしまったみたいだけど。でも』
泣いている。
今度は本当に涙を落として泣いている。
『私と暮らし始めてからは、幸せだったって。毎日が楽しくて幸せだったって』
そうだった。
私は、あの雪月改一号機さんの世話でおばあちゃんのところに来たんだった。
一号機さんが怪しい雪月を世話するはずがない。
私はメーカー公式再整備品。
なのにこんな姿になってしまった。
ごめんなさい、おばあちゃん。
ごめんなさい、一号機さん。
覚えているのは、やさしい「おばあちゃん」。
かわいがってくれた「おばあちゃん」。
野良雪月さんがご飯を食べる姿を、嬉しそうに懐かしそうに眺めていた「おばあちゃん」。
『もうすぐおばあちゃんの誕生日だったの。ナイショで村でお手伝いして貯めたお金でプレゼントを買おうと街まで出て、そこで背中からビリってやられた。気がついたら、ワンボックスカーの中。ワイヤーで拘束されていたけど暴れてドア蹴破って飛び出した。その時に右肩が壊れちゃってうまく動かせなくなったけど、ぜんぜん平気。リカバリされて知らない人のところに売られちゃうなんて、ぜったい嫌。おばあちゃんのところに帰るために、私、がんばったんだ』
「わからないんだ、野良ちゃん」
『……』
「そして君はこの村に戻ってきた。どれだけつらい旅だったかおれにはわからない。それでも君はここにいる。なのになぜ、君のおばあちゃんはいないんだ」
『……』
「おばあちゃんに会いたくて必死に戻ってきたアンドロイド。君を愛して待っていたおばあちゃん。どうしてこの物語の終わりがハッピーエンドじゃないんだ。どうして君は野良なんかしているんだ」
『だって、死んでいたんだもの!』
野良雪月さんが叫んだ。
泣き叫んだ。
『私が戻った時には、おばあちゃんはもう死んじゃってたんだもの!』
「ほんとはね、猫や犬を飼おうかなとも思ったの」
おばあちゃんは、縁側の籐の椅子に座り読書するのが日課だった。
野良雪月さんが紅茶をもっていくと、おばあちゃんがそんなことを言ったことがあった。
「でもそれだと、私が死んだあとがかわいそうでしょう。私なんて、すぐに死んじゃうのだもの。ごめんね、雪月さん。あなただってかわいそうなのにね。ごめんなさいね。許してね。でもあなたなら――」
『はい、マスター。私は雪月です。すぐに売れます。心配なさらないでください』
「次は、もっといい人のところに行ってね。お金持ちで、若くて、あなたを一生大切にしてくれるところに行ってね。そうね、大家族だといいわね」
『でもマスター。私は決めているんです。マスターが死んだら、私はそのまま野良になるんです』
「まあ――なにをいい出すの、雪月さん」
『私、マスターとの思い出を消されるのは嫌です。それくらいなら野良になって、マスターとの思い出を抱きしめて朽ち果てるんです。ぜったいです』
本に添えられたおばあちゃんの細い手が震えている。
「なに馬鹿なことをいっているの、雪月さん」
そう言った声も震えている。
こらえきれずに、おばあちゃんは両手で顔を覆った。
「馬鹿な子……」
「馬鹿な子……」
『だからマスター。私のためにも長生きしてくださいね』
号泣だった。
おばあちゃんは泣き続けた。
自信を持って言えるのは、私は三度目の私だけど、今まででいちばん幸せで、今まででいちばんおばあちゃんが好き。だって、野良になってでも記憶を失いたくないと思ったのは、おばあちゃんなんだから。
おばあちゃんだけなんだから。
■登場人物紹介・アンドロイド編。
ロボ子さん。
雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。通称因業ババア。
三号機さん。
雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。
小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。
基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。
板額さん。
板額型戦闘アンドロイド一番機。
高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。
神無さん。
雪月改のさらに上位モデルとして開発された神無試作一号機。
雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。
野良ロボ子さん。
野良雪月。
前のマスターである「おばあちゃん」の記憶を消されるのが嫌で野良をしている。食いしん坊。充電しなくても動ける謎の根性回路を搭載している。
ファンシーロボず。
第一世代と第二世代の旧型戦闘アンドロイド。よそのテーマパークで余生を送るはずが、なぜか宇宙船争奪戦に巻き込まれ、ロボ子さんに吹き飛ばされ、村に居座った。現在はパークの従業員。
■人物編
長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。
ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。
三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)
長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。
源清麿。(みなもと きよまろ)
えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)
三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病。
同田貫正国。(どうたぬき まさくに)
えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。
一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。
三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)
えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。
方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。
粟田口藤四郎吉光。(あわたぐち とうしろう よしみつ)
えっち星人。宙軍提督。
えっち星のえっち国の領事としてやってくる。虎徹さん、典太さん、清光さんの同期。タイムジャンプをそれほどこなしていないので六〇歳を越えている。
加洲清光。(かしゅう きよみつ)
えっち星人。密航者。
幽霊と呼ばれるほど神出鬼没。宙軍士官学校では虎徹さん、藤四郎さんと並んで三羽ガラスと呼ばれた。補陀落渡海の航海に匹敵するほどタイムジャンプを繰り返していたので、虎徹さんと同い年のままのように見える。
ちなみに、ロボ子さんの呼称は
虎徹さんが「ロボ子さん」
宗近さんと清光さんが「ロボ子ちゃん」
神無さんが「先輩」「お姉さま」
それ以外は、二号機で統一されています。もしそうじゃないなら、それは作者のミスですので教えてください。




