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ロボ子さんといっしょ!  作者: 長曽禰ロボ子
加洲清光編。
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清光さん、戸惑う。

挿絵(By みてみん)

『そして後輩の吐瀉物は美しい環天頂アークを起こしました』

『先輩の吐瀉物は尊い環水平アークを』

『私たちの吐瀉物は虹になりました!』

『私たちの吐瀉物は虹になりました!』

「わけのわからないこと言ってないで、きれいに掃除すること。できたばかりの社屋なんだからね。それまでごはん抜き」

『ああっ!』

『ああっ!』


 虎徹(こてつ)さんの無慈悲な言葉に、神無(かむな)さんだけじゃなくロボ子さんまで悲しい声をあげた。どうやらあのどんちゃん騒ぎの夜に飲食に目覚めてしまったらしい。

 最初のお給料は、おなかの改造費に当てようと決めたロボ子さんなのだ。

 お父さんに、神無さんのような掃除が楽なカートリッジのおなかに改造して貰うのだ。

『私、決めました!』

 なんだかCMに出てくるさわやかお姉さんみたいですね。


 外で、ああでもないこうでもないとアンドロイド娘たちが社屋の掃除に挑んでいる。園長室の窓からそれを眺めていた虎徹さん、ふと逸らした視線を一人の男に止めた。

 パークの桜並木を歩いているフライトジャケットの男。

 加州(かしゅう)清光(きよみつ)さんだ。

 まだいたのか。

 いや、そうか、夜な夜な補給部を襲っているんだっけ。連れているアンドロイドが何者なのかはわからないが。

 あっと虎徹さんは思った。

 清光さんが顔を上げ、社屋へと視線を向けたのだ。

 目があったように思った。

 しかし、清光さんの視線はそのまますぐに逸れていった。ただ、舞う花びらを追っただけなのかもしれない。

 ああ、そうだ。

 虎徹さんは苦く思った。

 あいつにとっておれは、いつだってその程度の存在だった。


 視線を感じたのだ。

 だから清光さんはパークの社屋を見上げた。

 三階の窓に虎徹さんの姿があった。

 ちゃんと視線は留まらずに通り過ぎたろうか。彼の存在に気づかなかった演技はうまくいっただろうか。

 なぜおれが、そんな演技をしなくちゃいけない。

 わかっている。

 今の一瞬でも、虎徹さんが軍服を着ていたのが見て取れた。艦長の軍服だ。すぐにわかった。

 渇く。

 もうとうに忘れ捨てたはずの夢が、だだをこねる。

 野良ちゃん用のバッテリーを手に入れることができて、気分よかったんだがな。台無しになっちまった。

 清光さんは自嘲の笑いを浮かべた。


『ああ~、幸せ。フル充電のバッテリーって、なんでこんなに私を幸せにしてくれるんだろう~』

 とはいっても、こうして目の前で思いっきり喜んで貰えると、やっぱり清光さんの機嫌だって簡単になおってしまうのだ。

「これでもうひとつは充電用にできる。ガス欠はなくなるぜ」

『ありがとう、清光。ゆるんだ顔の雪月改(ゆきづき・かい)の家に私のバッテリーを置いてきちゃったからなあ。さすがに悪いと思ってさ』


 確かにロボ子さん。

 野良雪月さんに新品の換えバッテリーを持ってかれたのだが、野良雪月さんのバッテリーが代わりに残されていておかげでバッテリーは余裕の三個態勢のままではあるのだ。でも野良雪月さんが置いていった方は容量が下がっているし、変な匂いがしそうだし。

 やっぱり最初のお給料で新しいバッテリーを買おうかとも思っている。

『私、決めました!』

 いや、それはもういいですから。


「それにしても野良ちゃん、君、ごはんばかり食べてあまり充電してないよな。雪月のバッテリーがすごいのか、君が省エネなのか」

 清光さんが言った。

『ん~、根性?』

「地球のアンドロイドは器用だねえ」

『食べてると、おばあちゃんを思い出せるしね』

「おばあちゃん?」

『私の最後のマスター。料理作るのが好きで、雪月にはごはんを食べる機能なんてないって言ってるのに、どんどん私のための料理を作っちゃうの。私が食べているとすごく嬉しそうで、おかげで食いしん坊なアンドロイドになっちゃった』

 野良雪月さんがぱかっと口を開けて笑った。

 清光さんも野良雪月さんの笑顔が嬉しい。

「食いしん坊すぎて、捨てられたのかい?」

『え?』

「だって、君は野良ちゃんで、そのおばあちゃんは最後のマスターなんだろう。いっぱい食べすぎて、おばあちゃんを破産させちゃった?」

『……』

 清光さんとしては笑い話の続きのつもりだったのだが、野良雪月さんのテンションがあきらかに落ちてしまった。

「すまん、触れちゃだめな話題だったか?」

 えへへ、と野良雪月さんが笑った。

『ううん、おばあちゃんの話題を出したのは私だし』

 無理をしている。

 清光さん、良くなった機嫌がまた悪くなってしまう。

 今日はダメな日だ。

 そんな日はあるんだ。


 おれはなにをやっているんだろう。

 地球なんて、することすませて、あとはおさらばするだけの星だったのにな。去るのはどうしたって不撓不屈がえっち星に帰る半年後になるわけだけどさ。


 その夜の宿に定めた廃屋は、家の中にいても星が見えた。

 雨が降ったら大変だが、どうやら今夜はその心配はないようだ。

 眠れない。

 いくつもの星を旅した。

 七〇歳を越えているというのに、この若さのバケモノだ。もっとも、人生経験は見た目のまんまだけどさ。

 この旅もいつか終わるのだろうか。

 いや、ほんとうならこの地球で終わるはずだ。


 そうしたら、おれはなにをするんだろう。


 むかし読んだ大航海時代の小説に、(おか)にあがった船乗りのことが書いてあった。

 板一枚の下は地獄、そんな航海を終え、陸にあがった時には皆で乾杯する。おれは生き延びた、ざまあみやがれ。水も飲み放題、食い物も食い放題だ。柔らかい人肌に広いベッド。

 だけど、すぐにさみしくなるんだ。

 揺れない地面が物足りない。

 制限のない空間はわざとらしい。

 船の上でおれは、少なくとも頼りにされる何者かであったのに、陸の上のおれは何者でもない。

 渇く。

 あの日々に、焦がれる。

 そうしてまた、船乗りは船に戻っていく。


『清光』

 野良雪月さんが闇の中に立っている。

「どうしたの、野良ちゃん」

『清光。一緒に寝てもいい?』

「えっ」

 清光さんは慌ててしまう。

「き、君、そうなの。そういう機能あるの?」

『ないけど、いつの間にか覚えた。この間は冬眠もしたし』

「冬眠!?」

 野良雪月さんは「眠る」ことを言っているのだ。

「あ、そうか、そうね、そうだよね」

 清光さん、脱いで布団がわりにしていたフライトジャケットを持ち上げて、

「ええと、入る?」

 野良雪月さんはそこには入らず、清光さんのとなりに横になった。

『清光』

「うん」

『雪月って、そういう機能もないから。ごめんね』

 お見通しかよ。

 なんなんだ、このスクールボーイ的な情けなさ。これでも結構、恐れられた男なんですけどね。


 ああ、ほんとうだ。今日はダメな日なんだ。

 そんな日はあるんだ。


 野良雪月さんが手を握ってきた。

『ごめんね。おばあちゃんのことどんどん思い出しちゃって。さみしくて。そうしたら、ひとりじゃいられなくなって』

「うん」

『アンドロイドが寂しいとか、変だよね』

「かまうもんか」

 清光さんが言った。「そんな日もある」

 野良雪月さんが泣いている。

 清光さんはそれを感じ取っていた。

 肩を震わせているわけじゃない。嗚咽なんてしていない。彼女はアンドロイドだ。それでも泣いている。悲しくて泣いている。

 清光さんからは、野良雪月さんの頭のてっぺんしか見えない。

 清光さんは、その頭をぽんぽんと叩いた。

 しばらくそうしていると、野良雪月さんの泣いている気配が消えて、ただ静かになった。

 眠ったのか。

 地球のアンドロイドは世話が焼ける。


 反則だよ、こういうのは。


 満開の桜の中、パークの開園準備は万端進んでいる。

 えっち星人は全員が元軍人。練度を上げることに関してはお手の物である。美味しい料理、行き届いた接客マナー。怖くない笑顔。

 できる範囲でいいから。


 虎徹さんが社員食堂でAランチを食べていると、補給長の部下が虎徹さんを呼びに来た。

「三人の勅任艦長が?」

「特別のテーブルと料理を用意しろとおっしゃるのであります。補給長が相手をしていますが、まったく話を聞いてくれないのであります」

「ここはよその星だし、このパークは軍の施設じゃないって言ってやったのか?」

 虎徹さんは向かいに座っていた典太(でんた)さんに顔を向けた。

「なあ、本星では、おれたちがいないうちに、軍がずいぶん幅をきかせるようにでもなったのか?」

「地球と同じだよ、逆だ。幅をきかせるどころか一部からは目の仇にされてるようだった。どこも同じさ。あの三人が特別なんだよ」

「やれやれ」

 虎徹さん、茶を飲み干して。

「わりい、典太、トレーを返しておいてくれ。勅任艦長、それも三人じゃ補給長がひとりで相手にするにはキツイわな。わかった、おれが行く」

「待て、虎徹」

 テーブル越しに虎徹さんの制服を掴み引き寄せ、典太さんが言った。

「あの三人がだれか、おまえ、わかってるの?」

「?」

「むこうは、おまえを覚えているようだったぜ。そりゃ、おれたちは、あいつらほど変わってないからな」

「だから、なんだ?」

「やはりわかってなかったな。あいつら、『東の提督館の不良上級生』どもだぜ」

 虎徹さんが目をしばたたかせた。

「恐れ入ったことにこの年まで仲良く三人組だ。あっちは覚えている。クソ生意気な下級生、鉄の虎徹をな。それを忘れんなよ」

「……」

 おや。こいつ、ずいぶん動揺しているな。

 典太さんは思った。

 補給長の部下のあとについて社員食堂を出る時にも、虎徹さんはもういちど典太さんに視線を投げてきた。

「ああ、そうか」

 Aランチのコロッケを箸で転がし、典太さんが呟いた。

「虎徹のやつ、『事件』の方を思い出したわけか……」


■登場人物紹介・アンドロイド編。

ロボ子さん。

雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。

本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。

時代劇が大好き。通称アホの子。


一号機さん。

雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。

目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。

和服が似合う。通称因業ババア。


三号機さん。

雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。

小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。

基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。


板額さん。

板額型戦闘アンドロイド一番機。

高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。


神無さん。

雪月改のさらに上位モデルとして開発された神無試作一号機。

雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。


野良ロボ子さん。

野良雪月。

前のマスターである「おばあちゃん」の記憶を消されるのが嫌で野良をしている。食いしん坊。充電しなくても動ける謎の根性回路を搭載している。


ファンシーロボず。

第一世代と第二世代の旧型戦闘アンドロイド。よそのテーマパークで余生を送るはずが、なぜか宇宙船争奪戦に巻き込まれ、ロボ子さんに吹き飛ばされ、村に居座った。現在はパークの従業員。


■人物編

長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)

えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。

ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。


三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)

えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)

長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。


源清麿。(みなもと きよまろ)

えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)

三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病。


同田貫正国。(どうたぬき まさくに)

えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。

一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。


三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)

えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。

方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。


粟田口藤四郎吉光。(あわたぐち とうしろう よしみつ)

えっち星人。宙軍提督。

えっち星のえっち国の領事としてやってくる。虎徹さん、典太さん、清光さんの同期。タイムジャンプをそれほどこなしていないので六〇歳を越えている。


加洲清光。(かしゅう きよみつ)

えっち星人。密航者。

幽霊と呼ばれるほど神出鬼没。宙軍士官学校では虎徹さん、藤四郎さんと並んで三羽ガラスと呼ばれた。補陀落渡海の航海に匹敵するほどタイムジャンプを繰り返していたので、虎徹さんと同い年のままのように見える。



ちなみに、ロボ子さんの呼称は

虎徹さんが「ロボ子さん」

宗近さんと清光さんが「ロボ子ちゃん」

神無さんが「先輩」「お姉さま」

それ以外は、二号機で統一されています。もしそうじゃないなら、それは作者のミスですので教えてください。


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雪月改三姉妹。
左から一号機さん、二号機さん(ロボ子さん)、三号機さん。
雪月改三姉妹。
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