ロボ子さん、酔う。
軍法会議が終わった。
長曽禰虎徹艦長以下、宇宙駆逐艦補陀落渡海乗員全員の無罪――である。
「かんぱーい!」
「かんぱーい!」
村で唯一の居酒屋におっさんたちが集まり、あちこちでグラスを合わせる音が響いている。
『みなさん、晴れ晴れとした顔ですね』
ロボ子さんも嬉しい。
「そりゃあ、これで無罪確定だからねえ。しょうがない事故だし、ボクらはむしろストイックに軍規を守った自信はあるが、軍がそれを認めてくれるかどうかなんてわからなかったからなあ」
宗近さんも晴れ晴れとした顔でビールジョッキを傾けている。
「私たちは、鉄の虎徹が私たちの艦長であったことに感謝しなくてはならない」
補陀落渡海では砲雷長。
そして副長だった清麿さんが言った。
「冷静沈着な副長を気取っていても、あの時の私は絶望に押しつぶされそうだった。自分たちの存在を証明するなにひとつも持たず、残せるものもなにひとつなく、この異星で私たちはただ朽ちていく。それなのに彼は航海日誌を書き続けた。もう二度と帰れないのに、いったいそれを誰に見せるつもりなのだ。正直に言うと頑固な艦長に苛立っていたよ。あの時の私はね」
「へえ……」
宗近さんは眼を細めた。
「清麿さん、いつも無表情だったからわからなかったな……」
「それが私の安いプライドだからな」
清麿さんはボウモアのグラスをあおった。
「言えることはだ。私が艦長だったら、今日、私は死刑判決を受けていたかもしれない。君らも、なんらかの懲罰を受けることになったかもしれない。地球にたどり着いたところで、私なら補陀落渡海ごと集団自殺を企図したかもしれない。補陀落渡海の武力で、やれるところまで暴れていたかもしれない。だが現実はこの平和と無罪だ。君たちは源清麿が艦長だったのではなく、長曽禰虎徹が君たちの艦長だったことを感謝すべきなのだ」
清麿さんは特に大きな声を出していたわけじゃない。
だが、その低くよく通る声は居酒屋の男たちにくまなく伝わった。
感極まった何人かが、ジョッキを手に立ち上がった。
「艦長ばんざーい!」
「艦長ばんざーい!」
次々と、男たちがジョッキを掲げて立ち上がった。
「副長、ばんざーい!」
「補陀落渡海、ばんざーい!」
「うおお! 艦長ばんざーい!」
「アホの子のマスター、ばんざーい!」
「アホの子のマスターなだけじゃなかったー!」
「アホの子はアホの子だけどー!」
『おらあっ! 宙軍のアホども全員かかってこいやあああっっ! 私がまとめて相手をしてやるわああっっ!』
「二号機さん、やめてくれええ! 店の中でフルウェポンになるのだけはやめてくれええ!」
大将さんが泣き叫んでいる。
夜はまだ長い。
「まあ、問題があるとすれば、二号機さんと典太の扱いだったかな」
「それに関しては返す言葉もありません」
「おれもです」
領事執務室で吟醸酒を傾けているのは、虎徹さん、典太さん、そして藤四郎提督さんだ。
「地球の酒はうまいな」
「この星は、食べることにはうるさいようです」
「それとアンドロイドの質」
「同期だからと甘く審理したつもりはない」
提督さんが言った。
「二号機さんも、メイドとして購入したのだと言えば、おれたちはそれで通すつもりだった。典太も会議の席での主張だから叛乱とはみなさない。補陀落渡海を再打ち上げするときに混乱があったようだが、当の補陀落渡海がしらばっくれておる」
「彼は少し、ロボ子さんの影響を受けたようです」
と、虎徹さん。
「にしても、おかしなことはなかったと言えます。偏向ノズルシステムの損傷で、プランが狂っただけです」
「艦長を気絶させ、外に放りだしても?」
「なんだ、補陀落渡海のやつ、喋ったんじゃないですか」
「本人がしらばっくれても、提督のキーは万能なのさ。まあ、面白かったよ。典太と板額さんの下りは特にね。どこかのシットコムでも見ているようだった。これに関しては、むしろおまえの方が知らないだろう。おまえが放り出されたあとで、どんな夫婦喧嘩があったのか」
がたっ!
と音がして、三人は振り返った。
軽いおつまみを用意していた板額さんの背中が震えている。
「まあ、それは置いといて」
と、提督さんは話を変えて。
「本国としても、実のところ、よほどおかしなところがなければ無罪にするつもりだったんだ。おまえらと同期のおれが送り込まれたことでもわかるだろう。陪審員があのスチャラカ三人組ってのも。あれらは定年前の旅行に来ているつもりなのさ。裁判の中身など気にしておらん」
「それはそれで、引っかかるところはありますね」
「変わらんな、鉄の虎徹。すまんな、裁判が終わった気楽さで、言わんでいいことまで口にしてしまったようだ。それでもな、おまえは驚くほど我慢強くきちんとやり遂げたとおれは感嘆しているんだ。人間がすることは重箱の隅をつつけば必ず遺漏はあるものだ。そんなことで英雄を裁いてどうする。おまえはやり遂げたんだよ、虎徹。同期として、おまえを誇りに思う」
「ありがとうございます」
「聞きたいんだが、この異星で、おまえは絶望しなかったのか?」
「正直に言うと、それほどは」
「そこが、わからんことろだ」
「何年も同じ釜の飯を食って、ご存じありませんでしたか。おれはそういう男です。それにロボ子さんが家に来てくれてからは、絶望する暇などなくなった。このあとも、きっとそうでしょう」
おれは絶望した。
そこから、板額さんが希望をくれた。
典太さんはそれを口にしなかった。今夜はおれの夜じゃない。虎徹に乾杯する夜なのだ。
まだまだ夜は長い。
闇の中、明かりもつけずに動くふたつの人影がある。
ひとりは暗視ゴーグルをつけ、ひとりはそのようなものを必要としていない――アンドロイドである。
この二人は明確な目的を持ち周到な下調べをしてきたらしく、迷うことがない。次々と扉を開け、目的のものをバッグに入れていく。ここはパークの補給科棟。みな祝杯をあげに出ており、ひっそりとして誰もいない。
アンドロイドのほうが、なにかに気づいた。
床にクマのぬいぐるみが落ちている。
なぜこんなものが。
不思議に思いながらもアンドロイドはそれに手を伸ばした。
「だめだ、野良ちゃん、そいつは罠だ!」
『!』
ぬいぐるみが爆発した。
音を聞きつけ、何人もの男が駆けてくる音がする。
闇だった厨房に明かりがつけられ、先頭を切って飛び込んできたのは、長い髪を後ろでしばった沈黙のコックを横にも広げたような男だ。
「がははは! どうだ、唐辛子爆弾の威力は! 年貢の納め時だぜ、コソ泥どもっ!」
しかし、その唐辛子爆弾を浴びたのはアンドロイドなわけで。
アンドロイドは平然と、顔にかかった真っ赤な液体をぺろりとなめた。
『辛っ』
首をすくめてしまったのは少しかっこわるい。
「え、あ、あんたは……二号機さん!?」
「ここんとこ出没する食料泥棒、二号機さんだったのか」
「あんた、艦長に食わせてもらってないのか……ひもじかったのか……」
「かわいそうに……」
「かわいそうに……」
『なんかうまい具合に勘違いしてくれてるようだから、今のうちに逃げよう、相棒!』
「待て」と立ちふさがったのは、先ほどの横にも広い沈黙のコックさんだ。
「補陀落渡海補給科をなめんほうがいい。あんたが艦長のメイドロボでも容赦はせん。おれたちに怖い物などない。同田貫組にだって喧嘩を売ってみせらあッ!」
「かんべんな」
「それはしたくねえな。あいつらと喧嘩したいなら、おまえ勝手にやれ」
「えっ、君ら、そうなん……?」
微妙な仲間割れが起きたところに、姿を隠していた加州清光さんが大声を張り上げた。
「気をーつけぃッ! 提督巡回ッ!」
ザッ!
条件反射で、コックさんたちは直立不動になった。
「退散するぜ、相棒!」
『がってんだ、相棒!』
清光さんと野良雪月さんは走り始めた。
「あっ、逃がすか、このやろう!」
追おうとするコックさんたち、しかし足元がすべる。
「おわっ!」
「のわっ!」
コックさんたちは折り重なって倒れた。
清光さん、さきほど隠れている間に彼らの足元に油を流しておいたのだ。
「ちくしょう、艦長とアホの子めええ!」
とんでもない誤解を残し、清光さんと野良雪月さんは逃げ延びた。しっかりと収穫を手にして。
まだまだまだ夜は長い。
そしてふたたび、あの居酒屋である。
『わははは、あたりめ、うまいですー! 筑前煮うまいですー! 大将、吟醸おかわりですー! わははは、わははは!』
ロボ子さん、さすがにもう夜をおしまいにしたほうがいいと思います。
事故を起こす前に。
『おろろろろろ』
事故、起こしちゃったようです。
■登場人物紹介・アンドロイド編。
ロボ子さん。
雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。通称因業ババア。
三号機さん。
雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。
小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。
基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。
板額さん。
板額型戦闘アンドロイド一番機。
高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。
神無さん。
雪月改のさらに上位モデルとして開発された神無試作一号機。
雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。
野良ロボ子さん。
野良雪月。
前のマスターである「おばあちゃん」の記憶を消されるのが嫌で野良をしている。食いしん坊。充電しなくても動ける謎の根性回路を搭載している。
ファンシーロボず。
第一世代と第二世代の旧型戦闘アンドロイド。よそのテーマパークで余生を送るはずが、なぜか宇宙船争奪戦に巻き込まれ、ロボ子さんに吹き飛ばされ、村に居座った。現在はパークの従業員。
■人物編
長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。
ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。本名、ちく・わぶ。
三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)
長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。
源清麿。(みなもと きよまろ)
えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)
三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病オヤジ。美形。
同田貫正国。(どうたぬき まさくに)
えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。
一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。
三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)
えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。
方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。本名、はん・ぺん。
粟田口藤四郎吉光。(あわたぐち とうしろう よしみつ)
えっち星人。宙軍提督。
えっち星のえっち国領事としてやってくる。虎徹さん、典太さん、清光さんの同期。タイムジャンプをそれほどこなしていないので六〇歳を越えている。
加洲清光。(かしゅう きよみつ)
えっち星人。密航者。
幽霊と呼ばれるほど神出鬼没。宙軍士官学校では虎徹さん、藤四郎さんと並んで三羽ガラスと呼ばれた。補陀落渡海の航海に匹敵するほどタイムジャンプを繰り返していたので、虎徹さんと同い年のままのように見える。
■その他。
補陀落渡海。(ふだらくとかい)
えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。亜光速航行による外宇宙航行艦(ただし、事故で亜光速航行ユニットを失っている)。駆逐艦とされているが、現実には巡洋艦である。
現在はモスボール処理がなされ、パークに展示されている。
なお、メインコンピューターも補陀落渡海と呼ばれ、ロボ子さんの友人でもある。
不撓不屈。(ふとうふくつ)
えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。補陀落渡海は亜光速ユニットによるタイムジャンプ航法で恒星間航行をしていたが、この艦はワープ航法が可能になっている。ワープポイント間を一瞬で結ぶことができる。
宇宙巡洋戦艦。地球名は「ドーントレス」にしたかったとも言う。
現在は地球衛星軌道を回っている。
タイムジャンプ。
亜光速による恒星間航行技術。
亜光速にまで加速するので、その宇宙船と乗員にとっての時間の流れは遅くなる。補陀落渡海は三五光年を四五年かけて移動したが、船内時間では二年と少しだった。
それをタイムマシン、時間旅行になぞらえて、タイムジャンプ航法と俗称する。
ちなみに、その用語を使っているSFは『闇の左手』しか知らないのですが、他にもありますかね。




