虎徹さん、裁かれる。
虎徹さんの軍法会議が始まった。
問われるのは虎徹さんの行動は規範に照らし問題はなかったかと言うことだ。特に検察側が持ち出したのは、数年前の解散、そして去年の補陀落渡海再打ち上げだ。軍艦を失わせる目的の再打ち上げは許容されるのか否か。
主催者は藤四郎提督。
検察、弁護は領事館スタッフの法務担当武官が務め、三人の勅任艦長が陪審員を務める。場所は、宇宙駆逐艦補陀落渡海士官室である。
「長曽禰虎徹宙佐、入りたまえ」
軍服姿の虎徹さんが入室し、さっと敬礼した。
傍聴席で見ていたロボ子さんだが、検察側が厳しい口調なのが怖かった。
社員食堂で宗近さんにそれを言うと、宗近さんは明るく笑った。
「まあ、それが彼の仕事だし。彼がなあなあでやったら、ただの茶番になってしまうだろう?」
『でも、宗近さん。マスターは、あらかじめ決められていた行動をとっただけだって言ってました。補陀落渡海さんも同じ事を言ってましたよ』
「その確認だよ。本国召還ではなく、ここ現地での簡易軍法会議というのもそれを物語っている。心配しなくても、鉄の虎徹と呼ばれた男に遺漏はないさ、きっとね」
『でもそれは昔のマスターで、裁かれているのは、今のマスターですよ』
「うーん……」
宗近さんもそこを否定しない。
Bランチのグレープフルーツジュースを、ごくごくと飲み干して、
「ひとつ、こればかりは言い訳が利かない問題も抱えているからな、虎徹さん」
ロボ子さんもそこが気になっているのだ。
思いっきり、自分が絡んでいる問題でもあるのだし。
二日目に議題に昇ったのが、補陀落渡海の亜光速エンジンブロック放棄の是非だ。
証言に立ったのは副長相当、源清麿さん。
航海長、三池典太光世さん。
そして機関長、三条小鍛治宗近さん。
上の不撓不屈からも機関長さんが呼ばれ、虎徹さんの判断の是非が問われた。
『ちょっと気になったんですが、宗近さん』
「なんだい」
証言を終え、ほっとしている宗近さんだ。
「今日のは、さすがに大丈夫な問題だと思うけど。あそこで虎徹さんが速やかに亜光速エンジンブロックを切り離す決断をしていなかったら、間違いなくぼくらはここにいない。不撓不屈の機関長もそれを肯定したし」
『そっちじゃなくてですね。三人の勅任艦長さんが』
「緊張してて、それどこどじゃなかったな。あの人たちがなにか?」
『ずっと寝てました』
真顔のまま、宗近さんはかくんと体勢を崩した。
三日目。
ついに、ロボ子さんが証言に立つ日が来た。
もっとも場所は補陀落渡海士官室ではなく、パーク中央広場だ。
そこでロボ子さんはフルウェポンを披露した。
「あらゆる状況を想定したとき、長曽禰虎徹艦長は、遺憾ながら地球側による補陀落渡海への攻撃及び奪略の可能性への対処も考えなければいけなかった。現実に、補陀落渡海再打ち上げの時に携帯型地対空ミサイルの攻撃を受け、ジェットノズル偏向システムが破損しております」
弁護人が声を張り上げた。
誰も聞いちゃいない。
ロボ子さんのイリュージョンに拍手喝采なのである。
特に三人の勅任艦長さんなどは。
「従って、地球製アンドロイド、モデル雪月改二号機長曽禰ロボ子さんの公金を使っての購入は、補陀落渡海防衛計画の確かな目的の元になされ、費用対効果的にも正しい判断であったのです」
『そう来ましたかー』
「そう来ましたねー」
ロボ子さんと宗近さんは苦笑い。
そもそもロボ子さんの武器は、補陀落渡海さんの兵装なのだが、そこはナイショ。
『私も、一号機さんと同じ目的で買われたんですねー』
その晩、長曽禰家の晩ご飯の席でおかわりを渡しながらロボ子さんが言った軽口に、虎徹さんは苦い表情を浮かべた。
「ごめんよ、ロボ子さん。嘘の片棒担がせちゃって」
『嘘だったんですか?』
虎徹さん、更に渋い顔。
おかわりを受け取り、もそもそとごはんを食べていたが、突然茶碗を置いて椅子から離れ部屋の隅まで後退さるとその場で土下座した。
「すまん!」
虎徹さんが言った。
「おれはただ、ロボ子さんと暮らしたかった。それを正直に言わずに、今日、ロボ子さんに恥をかかせた。嘘までつかせた。やっぱりこういうのはダメだ。明日、本当のことを言う!」
宗近さん、くすくすと笑っている。
「あのさ、そもそもこの航海、重要性からいっても艦級からいっても、艦長は勅任艦長であるはずだった。でもあんたは非主流派だったし若かったから、宙佐のまま勅任艦長相当として宇宙に放り出されたんだと聞いたぞ。それを主張すれば良かったじゃないか」
『勅任艦長さんなら、雪月改買っても大丈夫だったんですか』
「メイドを雇っただけ。で普通に通ったろうね」
『勅任艦長さんって、すごいんですね』
と、ロボ子さんはあまりすごくない三人の姿を思い浮かべている。
「事実として、おれはただの宙佐艦長だ。公金横領は重罪だ」
「せっかくうまく話がまとまりつつあるのに、ぶち壊す気かい、虎徹さん」
「気分が悪い。気分が悪いままだとメシも不味い」
「やれやれ。年を食ってもあんたは、噂通りの融通の利かない鉄の虎徹だねえ。もう今日の法廷は終わってしまったんだよ。あれは嘘でした!と叫んでロボ子ちゃんや弁護人さんにまで迷惑かけるつもりかい?」
虎徹さん、ぐっとつまった。
「だがしかし――」
と、口の中でもごもご言うだけだ。
「まいったね。頑固な方の鉄の虎徹は健在なのに、三羽ガラスと言われた頭の切れる方の鉄の虎徹は錆びついてしまったのかい。ほら、あんたが前に自分で言っていた方法があるじゃないか――」
ほんわかとした声が響いた。
『先輩。おかわりください』
話の意外な重さに、ごはんは食べないのだけど長曽禰家にいるときには食卓に着く板額さんも固まっていた。ロボ子さんも困っていた。
そこに神無さんの空気を読まない天然な声だ。
場の空気がすうっと柔らかくなった。
『よく食べますね。でぶになりますよ、後輩』
『私はアンドロイドですから太りません』
天然もありがたいことがあると、ロボ子さん思った。
翌日の軍法会議。
冒頭に発言を求めた弁護人さんが言った。
「長曽禰ロボ子さんの購入に関してですが、長曽禰虎徹艦長から、給料の前払い、退職金の前払いにしたいと申し出がありました。補陀落渡海防衛の必要性がなくなったこれからも、彼女を家族として迎え入れたいという理由だそうです。小官は長曽禰虎徹艦長の高潔な申し入れに、感動を覚えるものであります」
傍聴席のロボ子さんと宗近さん、顔を合わせてにっこり笑った。
被告席の虎徹さんの顔が、とても柔らかいものであったのが印象的だった。
『前払いで足りるんですか、私の購入資金』
「大丈夫、おれはこれでも宙佐であって艦長なんだ。金持ちとまでは言えないが、そこそこは貰ってる。ただこれで、パークの園長としての給料だけでやっていくしかなくなったな。潰れないように祈るしかない」
縁側に座り春の夜空を眺めている虎徹さんの傍らに、ロボ子さんは焼酎のお湯わりを置いた。虎徹さんはそれをありがとうと手にとって、
「正直、ほっとした。今までのもやもやとか重圧から解放された」
吐息混じりに言った。
ああ、この人は本当に生真面目な人なんだと、ロボ子さんは思った。
「これでもう、死刑になっても構わない」
『あのですね。私が困るんですけど。また補陀落渡海さんの時のように私を置いて行くつもりなんですか。マスターはときどき無責任です』
「あ、いや、その」
どうやら今までずっと喉の奥に刺さっていた魚の骨が抜け、緩みきっていたらしい虎徹さん、ロボ子さんの勢いに不意を衝かれたようだ。
『そんなに後悔してたのなら、なんで私を買ってしまったんです』
「いやだから、一目惚れしたからだって」
『またそれですか、気持ち悪いです』
「本当なんだって。ロボ子さんののほほんとした、ちょっとゆるんだ顔がさ、いいなって思ったんだ」
『なんだか、ムカッときましたけど』
「おれはこの星で、何者でもなく死んでいく。その覚悟はあった。死ぬまで補陀落渡海を守る。あとは終わるだけの人生だ。それでいい。それが、おれが選んだ軍人という職業だ。それがつらいとか悲しいとかは思わなかった。ただ、ウエスギ社長さんにロボ子さんを見せられてさ」
『はい』
「その時に、初めて思ったんだ。さみしい、と。だから――これでいいだろ。もう許してくれ」
顔を背けて焼酎を飲む虎徹さんの背中に、ロボ子さんは微笑んだ。
『はい、マスター』
柱の陰から、宗近さん、板額さん、神無さんがニヤニヤと笑いながらのぞいている。
この縁側にも、桜の花びらが舞い落ちた。
「粟田口藤四郎吉光宙軍少将により要請され、宇宙駆逐艦補陀落渡海上に招集された当軍法会議は、次のように結論するものである。
えっち国宇宙駆逐艦補陀落渡海艦長長曽禰虎徹宙佐と、その士官、乗組員は、三六光年離れたこの太陽系において、帰還の手段を持たず、量子通信以外の連絡手段を持たず。さらにワープ航法の実現を予見できない中、最善の対応をしたと認定する。さらに、宇宙駆逐艦補陀落渡海を守りきったことは、賞賛されるべきであると信じる。
おめでとう、長曽禰虎徹艦長。
君及び、君の士官、乗組員は全員無罪とする。以上」
■登場人物紹介・アンドロイド編。
ロボ子さん。
雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。通称因業ババア。
三号機さん。
雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。
小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。
基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。
板額さん。
板額型戦闘アンドロイド一番機。
高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。
神無さん。
雪月改のさらに上位モデルとして開発された神無試作一号機。
雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。
野良ロボ子さん。
野良雪月。
前のマスターである「おばあちゃん」の記憶を消されるのが嫌で野良をしている。食いしん坊。充電しなくても動ける謎の根性回路を搭載している。
ファンシーロボず。
第一世代と第二世代の旧型戦闘アンドロイド。よそのテーマパークで余生を送るはずが、なぜか宇宙船争奪戦に巻き込まれ、ロボ子さんに吹き飛ばされ、村に居座った。現在はパークの従業員。
■人物編
長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。
ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。
三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)
長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。
源清麿。(みなもと きよまろ)
えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)
三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病。
同田貫正国。(どうたぬき まさくに)
えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。
一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。
三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)
えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。
方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。
粟田口藤四郎吉光。(あわたぐち とうしろう よしみつ)
えっち星人。宙軍提督。
えっち星のえっち国の領事としてやってくる。虎徹さん、典太さん、清光さんの同期。タイムジャンプをそれほどこなしていないので六〇歳を越えている。
加洲清光。(かしゅう きよみつ)
えっち星人。密航者。
幽霊と呼ばれるほど神出鬼没。宙軍士官学校では虎徹さん、藤四郎さんと並んで三羽ガラスと呼ばれた。補陀落渡海の航海に匹敵するほどタイムジャンプを繰り返していたので、虎徹さんと同い年のままのように見える。
ちなみに、ロボ子さんの呼称は
虎徹さんが「ロボ子さん」
宗近さんと清光さんが「ロボ子ちゃん」
神無さんが「先輩」「お姉さま」
それ以外は、二号機で統一されています。もしそうじゃないなら、それは作者のミスですので教えてください。




