板額さんまでやって来る。
『そういうわけで』
と、朝七時。
長曽禰家の広い囲炉裏部屋。
例の真っ赤なロングコートのまま床に正座し頭を下げたのは、乙女ロボ板額さんである。
『ホテルの私の部屋が典太さんといっしょであること。改善要求を出したのに鼻で笑われて拒否されたこと。当の典太さんまでも「それでいいじゃない」と信じられない言い草であること。以上の理由をもちまして、板額型一番機板額、長曽禰家にお世話になります』
「あのー…」
寝ぼけ眼の虎徹さん、片手にコップ、口に歯ブラシをくわえ、パジャマ姿のままだ。
「なんで、このようなことに」
『よろしくお願い致します』
「だからどうして」
『私に純潔を失えというのですか、長曽禰虎徹艦長』
「えーっと」
虎徹さんは頭をかいた。
「まだ失ってなかったのですか」
頭を下げたままの板額さんが、びくり!と全身を震わせた。
地響きのように聞こえてきたのは頭のファンの音だ。
『やだ、セクハラです、先輩』
『やだ、セクハラよ、後輩』
ロボ子さんと神無さんが、わざとらしく手を握りあっている。
「いや、待てよ!」
虎徹さん、目が覚めたようだ。
「君らか、君らが誘ったのか。ていうか、わかんねーよ。典太と板額さんは、夫婦じゃないのかよ!」
がばっと板額さんが顔を上げた。
やばい。
ひと目でわかる。やばい。オーバーヒート寸前の真っ赤な顔だ。
『私と三池典太光世は、添い遂げることを前提に付き合っています! 私はそう思っています! もしそれを裏切ったならば彼の頸動脈を掻き切り、私のチップと記憶媒体を破壊し、恥を雪ぐ所存!』
「そう言うことじゃなくてーー!」
同じく口に歯ブラシをくわえたままの宗近さんも出てきて、虎徹さんの肩をポンと叩いた。
「まあ、いいじゃない。美人アンドロイドさんがこんなに揃ってくれるなんて、きっと毎日華やかでいいぞー」
「まあ、そうだけどよー。空いている部屋はいくらでもあるんだし、板額さんひとり増えたって構うことないけどさー」
見ると、ロボ子さんと神無さんと板額さんはOKが出たと手を取り合ってきゃっきゃと飛び跳ねて喜んでいる。虎徹さんの視線に気づいて、三人は真顔に戻った。
虎徹さん、頭をもうひとつかいて。
「しょうがねえな。ロボ子さん、メシ」
三人娘、きゃっきゃとまた飛び跳ねた。
バッテリー置き場には見慣れないバッテリー。
物干しには、しまむらのジャージがもう一組。
ジャージに着替えて家の中をうろちょろしている板額さんは、ロボ子さんや神無さんとたいして変わらず、居候の女子高生か女子大生が増えただけのようだ。
ホテル住まいだと連れていくわけにはいかなかった猫とも、これでやっと一緒に暮らすことができる。
板額さんの猫の白猫のはんぺん。
ロボ子さんの猫の黒猫のつみれ。
いつもはロボ子さんの膝の上で眠っていることが多かったのだが、このごろは板額さんの膝の上でも見かけるようになった。
『ところで、はんぺんの意味、わかってて猫にこの名前をつけたのですか、二号機さん』
はんぺんさんを撫でながら板額さんが言った。
『ぴーぴーぴー』
『もうそれはいいですから。あの出来事のことは、考えてもわかりませんから。はんぺんの名前の意味ですよ、二号機さん』
『真っ白だからはんぺんですよ。そう言ったじゃないですか』
『ええ、えっち星で聞きました』
『ぴーぴーぴー』
『そうですか、面白い偶然もあるものですね。だから余計に、あの出来事が不思議なことに思えてしまいます』
ロボ子さんには、板額さんが言ってることがよくわからない。
板額さんはくすくす笑うだけだ。
「なあ、虎徹」
昼の社員食堂。
Aランチを置いて隣に座った典太さんが思い詰めた表情で言った。
「おれといっしょに暮らすのはいやで、お前といっしょに暮らすのはいいってのか?」
「誤解を招くようなことを言うな」
「しかし、事実はそうだ」
「事実は、板額さんは猫と暮らしたい。そして、アンドロイド仲間と女子会のお泊まり体験をしたい。それだけだ。だいたい、間違いが起きようがないのは、おまえが一番よく知っているだろう」
「間違い。間違いってなんスか。起こす気ですか」
「おれを殺す気?」
「勢いと武力で押しきられて彼女の『旦那さま』になったわけだけどさ。考え直すかなあ」
「それこそ殺されるよ、おまえ」
「だよなあ……」
「ところでさ。なあ、板額さんって家ではヘアピン外して、あのトレードマークのような髪型を下ろすって知ってた?」
「ぜんぜん知らない」
「前髪垂らしてると別人のようで、すごい新鮮って知ってた?」
「ほんの少しも知らない。ねえ、虎徹くん。今度、遊びに行っていい?」
「はんぺんも待ってるよ」
虎徹さん、ニヤニヤしながら言った。
長曽禰家はさらに賑やかになりそうである。
「さて、今夜の狙いはここだ」
加洲清光さんが地面に枯れ枝で図面を描いている。
姿を現した頃はシャツにジーンズのぼろっちくも寒そうな姿だったのが、今ではしれっとフライトジャケットを羽織っている。清光さんの描く図面を覗き込んでいる野良雪月さんも、お揃いのフライトジャケットにジーンズだ。
『私はアンドロイドだから、そんなものいらない。じゃま』
はじめはそう断った野良雪月さんだったのだが、清光さんに押しきられたのだ。
「女の子は服を着なさい。おれの目にも毒なんだよ」
『目の毒って。だから私はアンドロイドだってば。変なもんついてるわけじゃなし』
「君にとってはどうでもいい事なのかもしれないが、君は美人さんなんだ。だから頼む、着てくれ」
面と向かってそんなこと言われると、着るしかなくなってしまう。
まあ、清光さんが調達してきたフライトジャケットとジーンズは、なかなかかっこいい。
「そのうち、その腕も直してやるよ」
『私は雪月だよ。修理代だって馬鹿にならないよ?』
「あそこに、どでかい宇宙船があるだろ。宇宙船には、ちょっとした町工場なんてもんじゃない設備が整っている工作室てのがあるものなのさ」
『清光が直してくれるの!?』
「いろいろ準備や下見が必要だけどね。見たところなんとかなると思うよ」
『清光ってさ、ぜったい野良生活する種類の人間じゃないよね。なんで私に付き合ってくれるの?』
「おれは、野良生活をする種類の人間だよ。野良ちゃん、あんたは最初にあったとき、惜しげもなくあんたにとって大切なはずの狩り場をおれに教えてくれた。おれは野良生活をする種類の人間だが、あんたの心意気になにも感じない種類の人間ではないんだ」
『清光は風来坊なんだから、好きなときに消えていいんだよ』
「今はここにいる。さて」
清光さんは枯れ枝で直線を引っぱり「作戦をたたき込めよ。相手は宙軍補給科だ。捕まったらボコボコだ」
『私と清光が最初に会ったところだね』
「おれと野良ちゃんならできる。今夜はうまい飯を食おうぜ」
『うん!』
野良雪月さん、楽しそうに、そして嬉しそうに笑った。
『典太さん』
パーク社屋の廊下で、板額さんが声をかけてきた。
典太さんは、にっこり笑った。
「ねえ、板額さん。その髪のピンとってくれる。ピン」
『なんです?』
「軍法会議の準備とかで忙しくて最近会えないしさー、悶々としてるの、ぼく。悶々としてるんだー。ピンとった板額さん見せてー」
『見せません。あとで、変な妄想されそうで嫌です』
「おーとこってのはーーそーいうー動物ーだからーー」
『嫌です、ばっちい。それより、典太さん。典太さんから閣下の耳に入れてくれませんか。私から申し上げることではないと思いますので』
『ばっちいーとかーーぼくら夫婦なのにーー。ぼくさー、ピンとった板額さんが見たいんだああーー見たいんだああーーあーー」
『ぶちます』
「はい、板額さん。閣下の耳に入れたい話とはなんでしょうか」
『三人の勅任艦長さんですが、評判がよろしくありません』
たちまち典太さんの顔に渋面がうかんだ。
「聞いている。閣下もご存じだ」
『でしたら、閣下からひとこといただけませんか。態度は横柄だし、ホテルの女性従業員にはすぐに触りたがるし』
「君には触ろうとしないの? 手を粉砕してくれるだろうに。ははは。すいません、ほんの冗談です。この場を和ませようという、頑是無い冗談です、すいません、ぶたないでください。そんな怖い顔しないでください」
『私、彼らの目の前で石を握って砕いてみせましたから』
「はあ、そうですか」
『とにかく、お願いします。えっち星の評判に関わる事ではありませんか?』
板額さんは赤いコートをひるがえし歩いていった。
典太さんは、難しい顔でその後ろ姿を見送るのだった。
■登場人物紹介・アンドロイド編。
ロボ子さん。
雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。通称因業ババア。
三号機さん。
雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。
小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。
基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。
板額さん。
板額型戦闘アンドロイド一番機。
高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。
神無さん。
雪月改のさらに上位モデルとして開発された神無試作一号機。
雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。
野良ロボ子さん。
野良雪月。
前のマスターである「おばあちゃん」の記憶を消されるのが嫌で野良をしている。食いしん坊。充電しなくても動ける謎の根性回路を搭載している。
ファンシーロボず。
第一世代と第二世代の旧型戦闘アンドロイド。よそのテーマパークで余生を送るはずが、なぜか宇宙船争奪戦に巻き込まれ、ロボ子さんに吹き飛ばされ、村に居座った。現在はパークの従業員。
■人物編
長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。
ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。
三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)
長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。
源清麿。(みなもと きよまろ)
えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)
三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病。
同田貫正国。(どうたぬき まさくに)
えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。
一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。
三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)
えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。
方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。
粟田口藤四郎吉光。(あわたぐち とうしろう よしみつ)
えっち星人。宙軍提督。
えっち星のえっち国の領事としてやってくる。虎徹さん、典太さん、清光さんの同期。タイムジャンプをそれほどこなしていないので六〇歳を越えている。
加洲清光。(かしゅう きよみつ)
えっち星人。密航者。
幽霊と呼ばれるほど神出鬼没。宙軍士官学校では虎徹さん、藤四郎さんと並んで三羽ガラスと呼ばれた。補陀落渡海の航海に匹敵するほどタイムジャンプを繰り返していたので、虎徹さんと同い年のままのように見える。
ちなみに、ロボ子さんの呼称は
虎徹さんが「ロボ子さん」
宗近さんと清光さんが「ロボ子ちゃん」
神無さんが「先輩」「お姉さま」
それ以外は、二号機で統一されています。もしそうじゃないなら、それは作者のミスですので教えてください。




