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ロボ子さんといっしょ!  作者: 長曽禰ロボ子
加洲清光編。
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虎徹さん、夢を見る。

挿絵(By みてみん)

 あの頃、オレたちの目の前には道が真っ直ぐに延びていた。

 サボらなければ、よそ見しなければ、ただ頑張って走ってさえいれば、オレたちは望むところに行けるはずだった。

 朝、加州(かしゅう)清光(きよみつ)さんは、あてがわれた二階の北の部屋から消えていた。

 ロボ子さんも気づかなかったという。

 どこで呑んでいるのか、まだ戻って来ない宗近(むねちか)さんや神無(かむな)さんに説明する手間がなくなっていい。虎徹(こてつ)さんはそう笑った。


 そうだ。

 いつものことなんだ。

 アイツはいつだって、こうなんだ。


「そうか」

 提督さんが言った。

 殺風景な第一会議室。

 えっち国領事館としての佇まいをせめて見せているのは、各国の国旗。ドアの前で仁王立ちの板額さん。そしてこの落ち着いた提督さんだろう。

「あいつ、やっぱりいたのか、不撓不屈(ふとうふくつ)の中に」

 提督さんも二次会に合流し結構呑んだらしいと聞くが、シャキッとしているのはさすがだ。一方、パーティションのむこうで、典太(でんた)さんが机に突っ伏しているのを虎徹さんは知っている。実は二日酔いと言うより、ただの怪我人であるわけなのだが。

「閣下は、ご存じだったのですね」

 虎徹さんが言った。

「なんだっけ、おまえがつけた、あいつの名前」

「加洲清光」

「加洲清光。知ってたわけじゃない。ただ、あいつが噂の『幽霊』であるなら、不撓不屈に乗っていないわけがない。そう確信はしていたよ。いくら調べても、最新鋭艦の管理システムにひっかからなかったがな。連絡艇にも忍び込まれた事になるが、あの狭い連絡艇のどこに隠れられる場所があるというんだ。まさしく幽霊だな」

「幽霊」

「そう、幽霊」

 粟田口(あわたくち)藤四郎(とうしろう)吉光(よしみつ)提督。

 清光だけじゃない――虎徹さんは思った。

 この提督だってなにを考えているのか自分にはわからない。感情すら読めない。

 そりゃあ、同期とはいえ、彼は三〇年近く自分より多くの時を過ごした「年上」なのだ。目の前にいるのは、小柄ながらきかん気で感情がそのまま表に出ていた真っ直ぐな「彼」ではない。今はもう、別の誰かなのだ。

「最初に本国以外であいつが確認されたのは、四光年離れた星系だ」

 提督さんが言った。

「最も近い植民星ですね」

「そう。近いとはいえ、電磁波による通信でも往復だけで八年かかる。それが報告されたのも、たまたまあいつを知っていた士官がいたこと、宙軍を永久追放されたはずの彼がなぜここにいるのかというだけの問題提起だ。兵に紛れて密航したのだろう、今後人員の管理は徹底するように――そんな決裁で終了したころには、別の植民星にあいつが現れていた。しかしな、亜光速航行しかなかった時代、本星にその情報がもたらされるのは一〇年も二〇年もあとのことなのだ。これでは情報の共有すらできない。あいつがなにをしているのか、我々はまだ知らんのだよ」

 そして、彼につけられたあだ名が、『幽霊』。

 容疑はただひとつ、密航。

 情報が圧倒的に足りない。彼だけのために割くリソースもない。彼は、幽霊として、これからも漂うのだろう。

「加洲清光じゃなく、(ごうの)義弘(よしひろ)にすれば良かったかな」

 虎徹さんが言った。

「そのソウルネームならもういるぞ。不撓不屈に。士官のひとりに典太がつけた」

「はあ」

「どこかの星では、あいつの目的、しでかしたことが判明しているかもしれないが、それがわかるのも、ワープ航法が実用化された今ですら定期航路が行き交う数ヶ月も後だ」


 宇宙に乗り出した我々が直面したのは、大昔の大航海時代の再現だ。

 瞬時に情報が共有され、司令部の命令が現場に届くことに慣れていた我々は、情報が断絶された世界とまた向き合わなければならなくなった。ワープ航法が劇的にその情報の速度を高めてくれたが、それでもやっと、メッセンジャーと手紙の時代まで戻る事ができたってだけなのだ。


「そういえば、補陀落渡海(ふだらくとかい)に手違いで少年三人が乗っていましてね。どこかで降ろすというわけにもいかないので、どこかで読んだ大航海時代の小説にあった、士官候補生見習という扱いにしたことがありました」

「それはまた悲劇だな。彼らは本星に戻ることはできたのか。といって五〇年の時間は戻らないが。しかし、変だな。そのような話、おれは聞いてないぞ」

「彼らは孤児院出身でして、おれたちや環境に馴染んだので地球に残る決心をしたようです。どうにも馬鹿揃いですが、かわいがられて元気にやってますよ」

「まあ、ワープ航法が宇宙大航海時代の悪い面を少しずつ減らしてくれるだろう。おれとおまえが同期だとかな。宙軍では戸籍年齢ではなく実年齢で昇格させているが、先任の扱いでは揉めていてな。たとえばおまえさんは、間違いなく現役では宙軍最先任宙佐だろうが、それを認めない人々もいる」

「万年宙佐というのも、おれらしくていい」

「典太と一緒に英雄として本星に戻っていれば、勅任艦長(ポストキャプテン)くらいにはなれただろうに。まあ、その勅任艦長の権限も今後減らされることになるだろう。それでいいんだ。元のただの大佐(キャプテン)に戻せばいい。勅任艦長といえば――」

 片眉を上げ、提督さんが虎徹さんを見上げた。

「軍法会議の準備は進んでいるのだろうな?」

「はい、なんとか」

「まあ、鉄の虎徹の実務能力は疑っておらんよ。それでな」

「はい、閣下」

「ええと……なんだっけ」

「加洲清光」

「そう、加州清光。彼はどうした」

 表情に出さずに済んだろうか。

 この藤四郎(とうしろう)提督のように、感情を人に見せないようにできるくらいには、今の自分は大人になっているのだろうか。

「申し訳ありません。そのような事情なら、逮捕しておくべきでした。彼は私の家から出て行きました」


 今朝の明け方近くだ。

 虎徹さんは夢を見た。


 宙軍士官学校の夢だった。

 パークの中央広場に咲き誇る桜。それによく似た花が士官学校にもあった。咲き誇っていた。咲き狂っていた。

 加洲清光さんは、当時の少年の顔だった。

 藤四郎提督さんは、今の老人の顔だった。

 そして虎徹さんは、虎徹さんも今の虎徹さんだった。自分が三〇越えたおっさんだと理解できているのに、学生の頃のまま振る舞っていた。藤四郎さんも今の貫禄のままだった。それを少しも変だと思わずに、三人で青臭い議論をした。

 試験の結果に一喜一憂した。

 肩を組んで歌を歌い、酒を飲んだ。

 そして夢の中でも、清光さんだけが消えた。

 夢から覚めて、虎徹さんは、少し泣いた。

 泣いたというほどじゃない。ほんの少しだけ、目に涙が貯まっただけだ。清光さんが長曽禰家からも消えたのを知って、それでも虎徹さんが笑えたのは、この夢を見ておいたからなのだろう。

 ロボ子さんの前で感情を爆発させるようなことにならずに済んでよかった。

 そう思った。

 自分はまだ藤四郎提督じゃない。


「まあ、しょうがないさ。おまえは事情をしらなかったのだから」

 提督さんは顔を上げ、虎徹さんの視線に気づいた。

 虎徹さんが窓の外を見ている。

 桜だ。

「あれに似た花が咲いていたなあ。同じこの季節に」

「申し訳ありません。よそ見をしてしまいました」

 相変わらずの堅物虎徹だな。

 提督さんは苦笑いして、構わんよと片手を挙げた。


 加洲清光さんも、同じ桜を眺めている。

「どうにも余所の星に来たって気にならないんだよなあ、この星」

 清光さんがぼんやりと口ずさんだのは、虎徹さんが夢の中で歌った歌だった。

 これは、校歌だったっけなあ。

 覚えているもんだね。

 清光さんは軽く苦笑いした。

 それにしても。

「虎徹くんの家で、朝飯くらい食ってくりゃあよかった」

 先ほどから腹の虫が鳴り止んでくれない。花を眺めてもお腹はふくれてくれない。懐かしい歌を歌っても。

「さて」

 清光さん、朝ごはんを調達しようと思った。

 換気扇がいい匂いを噴き出している建物。パークの厨房だ。

 ぽん。と、肩を叩かれた。

 清光さんは背後に人が立つのを嫌う。だから背中から肩を叩かれる事なんてまずない。内心かなり動揺しながら振り返ると、虎徹さんところのアンドロイドがいた。

 いや、よく似ているが少し違う。

 そもそも、こっちのアンドロイドはボロっちい。

「君、だれ」

『私は、野良アンドロイドだよ』

「ああそう、地球のアインドロイドは実に個性的だ」

『あんた、そこの厨房荒らすつもり? 私の縄張りで問題起こされるのは困るんだけど。いい? ここの厨房、気の荒いおっさんばかりで、簡単じゃないよ。十年早い』

「ふうん、そうなの」

 もちろん清光さんは、中を覗いて宙軍のコックたちだと気づいている。確かに気が荒いだろう。

『ついといで』

 ボロっちいアンドロイドが背を向けて歩き始めた。

『眼帯つけた変なアンドロイドのいる家とか、お人好しなゆるんだ顔のアンドロイドがいる家とか教えてあげる。基本的にアンドロイドは浮き世離れしてるから、わりと簡単にごはんをかすめ取れる。あと、料理もうまい。これ、重要でしょ?』

「おいおい、おれにあんたの狩り場を教えてくれるっていうのかい。君もずいぶんなお人好しじゃないか。それに、どうしておれが腹をすかせた風来坊だとわかった?」

『匂いだよ。あんた、私と同じ匂いがした』

「あまり上等な匂いじゃなさそうだ」

 清光さんは人懐っこい笑顔を浮かべた。

『あたりまえでしょ』

 野良雪月さんも振り返り、人懐っこい笑顔を浮かべたのだった。



※郷義弘

「郷とお化けは見たことがない」と言われるほど真作とされるものが少ない刀工。


■登場人物紹介・アンドロイド編。

ロボ子さん。

雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。

本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。

時代劇が大好き。通称アホの子。


一号機さん。

雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。

目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。

和服が似合う。通称因業ババア。


三号機さん。

雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。

小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。

基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。


板額さん。

板額型戦闘アンドロイド一番機。

高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。


神無さん。

雪月改のさらに上位モデルとして開発された神無試作一号機。

雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。


野良ロボ子さん。

野良雪月。

前のマスターである「おばあちゃん」の記憶を消されるのが嫌で野良をしている。食いしん坊。充電しなくても動ける謎の根性回路を搭載している。


ファンシーロボず。

第一世代と第二世代の旧型戦闘アンドロイド。よそのテーマパークで余生を送るはずが、なぜか宇宙船争奪戦に巻き込まれ、ロボ子さんに吹き飛ばされ、村に居座った。現在はパークの従業員。


■人物編

長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)

えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。

ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。


三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)

えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)

長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。


源清麿。(みなもと きよまろ)

えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)

三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病。


同田貫正国。(どうたぬき まさくに)

えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。

一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。


三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)

えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。

方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。


粟田口藤四郎吉光。(あわたぐち とうしろう よしみつ)

えっち星人。宙軍提督。

えっち星のえっち国の領事としてやってくる。虎徹さん、典太さん、清光さんの同期。タイムジャンプをそれほどこなしていないので六〇歳を越えている。


加洲清光。(かしゅう きよみつ)

えっち星人。密航者。

幽霊と呼ばれるほど神出鬼没。宙軍士官学校では虎徹さん、藤四郎さんと並んで三羽ガラスと呼ばれた。補陀落渡海の航海に匹敵するほどタイムジャンプを繰り返していたので、虎徹さんと同い年のままのように見える。



ちなみに、ロボ子さんの呼称は

虎徹さんが「ロボ子さん」

宗近さんと清光さんが「ロボ子ちゃん」

神無さんが「先輩」「お姉さま」

それ以外は、二号機で統一されています。もしそうじゃないなら、それは作者のミスですので教えてください。


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雪月改三姉妹。
左から一号機さん、二号機さん(ロボ子さん)、三号機さん。
雪月改三姉妹。
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