虎徹さん、暴走する。
『失礼します』
ロボ子さんがお茶を載せたトレーを手に入ってきた。
部屋の外には板額さんが仁王立ちしていて、ビクッとしたりもしたが。
「おや、君はさっきの」
提督さんが言った。
『園長秘書をしております、長曽禰ロボ子と申します』
「板額さんといい、地球のアンドロイドさんは美人揃いだね」
『あら、ありがとうございます。うふふ』
『いいのですか、マスター』
目を半眼にして考え込んでいた虎徹さんだったが、背後から突然ささやかれぎょっと振り返った。
「な、なんだよ、神無さん」
『今、提督さんは私の名前を挙げませんでした』
「あ……」
『それはいいのです。泣かすぞ、このやろう。腕が折れるまでノートに神無さんかわいいアホの子より乙女ロボより美人ですと書かせてやるぞ、くそじじいとか少しも思ってませんから。それより、マスター』
「はい……」
『できていますか、心の準備』
「なんの心の準備です、神無さん……」
『私はいいのです。私はまだほんの一週間。でも先輩とは一年ちかく過ごされているのですよね。大丈夫ですか。できていますか、先輩を――お嫁に出す覚悟が』
「……」
虎徹さんは眼を見開いた。
そのとき。
確かに虎徹さんは教会の鐘の音を聞いたのだという。
『いつか来るのです。先輩が誰かのものになる日が』
「か、神無さん……やめてくれ……」
『聞けば、もうすでにプロポーズされたこともあるとか。先輩はモテるのです。私が開発された経緯をご存じですね。いえ、当事者でしたね。私はえっち星人特化型雪月改。なのに先輩は軽々と私を越えてくる。マスター、ごらんなさい。先輩と話す提督さんの、まるで少年のような笑顔』
「……」
『覚えていますか』
『お母さんはどこと泣いてぐずる先輩を、マスターがどんな言葉でなぐさめたか』
『忘れてはいませんよね。愛が欲しくてグレかかった先輩を、どうやって光の下に連れ戻したのか』
『マスターのお嫁さんになる』
『輝く笑顔でそういった先輩の笑顔を』
典太さんは、さっきから気になっていた。
ムスッとなにかを考えていた虎徹さんの奇妙な変化に。
いや、自分の軍法会議の話がでたのだ。不機嫌になるのはわかる。だが、今、虎徹さんはどうやら泣いていないか?
肩を震わせて泣いていないか?
『忘れられますか。先輩の味噌汁の味を忘れられますか』
「やめて……」
『明日から先輩のいないあの広い家に耐えられますか』
「いやだ……」
いったい、あの二人はなにをやっているんだ?
そして一方、無自覚セクハラおやじとそれをうまくあしらうOLのふたりも盛り上がっている。
「私も妻を亡くして久しい。なんの遠慮があろうか。ロボ子さん、よかったら私の奥さんになってくれんか。がははは!」
提督さんが笑った。
それは神速だった。
誰の目にも止まらなかった。
人類は視覚の世界において、0.1秒というタイムラグを云々。
とにかく虎徹さん。典太さんとロボ子さんが見ている前で、両手の鉄槌を提督さんに叩きこんでしまったのだった。
「わあああああ!?」
『きゃあーー!』
「うおおおいい!」
この叫び声には、虎徹さん本人の声も入っている。
提督さんは机の上に突っ伏して動かない。
じわじわと、机の上に血だまりが広がっていく。
「なにやってんだ、虎徹ーー!」
この異変に、ドアの外で警備していた板額さんが飛び込んできた。
『これは!』
さすがは護衛特化型アンドロイド。少しも慌てない。
『全員、動かないでください。どこにも触らないでください。警察に連絡します。不審な動きをした人は私が拘束します』
「だ、だめだ、マイハニー!」
慌てて典太さんが止めた。
『まま、マイハニー!?』
さすが乙女ロボ。反応するところが違う。
『み、み、みなさんが見ている前で、な、な、なんて呼び方するんですかっ!』
「警察への連絡は待て。ここはえっち国領事室だ。まずは落ちつけ、マイハニー!」
『わ、わ、私は、私はっ、典太さんのそういうところがっ、軽いところがっ、嫌いですっ! 大ッ嫌いっですっっ!』
両手で顔を覆い、板額さんはしゃがみ込んでしまった。
板額さんの乙女回路を起動させることに成功。警察への連絡はとりあえず防げた模様である。
「おれはいったい、どうしたと言うんだ……」
虎徹さんは茫然自失だ。
『聞きたいのはこっちですよーー! 提督さん、提督さん! 眼を開けて、死なないでーー!』
「うーん……」
しかし宙軍軍人は頑丈であった。
びくっと肩を震わせると、提督さんは鼻血で真っ赤に染まった顔を上げた。
「私は、どうしたのだろう……」
提督さんの手を、ロボ子さんが取った。
『きっと、お疲れなのですよ。さあ、ホテルにご案内しまう』
「おお」
提督さんは、まぶしそうに言った。
「なんという、言い間違い……」
『あの』
「なんという噛み。なんという萌え。改めてお願いする。ロボ子さん、私と結婚してください」
そして虎徹さんの第二撃が振り下ろされた。
提督さんは血の海にふたたび叩きつけられた。
『きゃあああーー!』
机の上を、新たな血がさらに広がっていく。
「なにとどめさしてるんだよ、虎徹! ちょっと待て、そりゃなんだ!?」
いつのまにか、虎徹さんの手に大型の拳銃がある。
「ロボ子さんを嫁に欲しいというのなら、おれの屍を乗り越えていけ!」
『なにを言い出してるんですかーー!』
「どこから出した、そいつを! まて、落ち着け! しまえ、とにかくしまえ!」
なにがやばいって、板額さんが反応していることだ。
乙女回路を振り切り、板額さんはその華奢な手には不釣り合いなグロック17を構えた。
『やめて、マスター、撃たないでーー! 板額さん、撃たないでーー! 誰か止めて、この三六光年の馬鹿を止めてーー!』
『えい』
いい音がした。
神無さんの脳天チョップの一撃に虎徹さんは崩れ落ち、たちまち典太さんに制圧された。
ほっと息を吐き、板額さんもグロックをしまった。
『よくやりました、後輩!』
『人間って予想以上に面白いです、先輩っ!』
輝く笑顔で神無さんが言った。
晩餐会はホテルのレストランで行われた。
地球食材による、えっち国料理がメインだ。
メインテーブルに座るのは、政府要人、村長さん、源清麿さん、そしてでっかいたんこぶふたつ作った上に鼻に絆創膏を貼った藤四郎提督さん。
『提督さん、痛々しいです……』
「虎徹さんは? まさか逮捕されたんじゃないだろうね」
ロボ子さんと同じテーブルの宗近さんが聞いてきた。
『なんとかごまかしましたよ。提督さんはナルコレプシーで突然机に顔面を打ち付けて、さらに芸術的な倒れ方をして頭を二箇所床に打ち付けてしまった、と』
「……信用してくれたの?」
『してくれたみたいです。でも、マスターもそのままにしておくわけにはいかないので、縛って納屋に吊しておきました。罰です。清麿さんも作家さんとしてメインテーブルにいるんじゃなく、病欠の艦長代理なのです。だから軍服なのです』
「『ロボ子ちゃん営倉』入りか」
くすくすと宗近さんは笑った。
そういえば宗近さんも、そのロボ子さん営倉に何度か叩きこまれている。
「そうか、提督って三羽ガラスなのか」
宗近さんが言った。
「結構有名だったよ。ぼくは機関士官学校だから噂に聞いただけだけどさ。宙軍士官学校に、同じ学年にすごいのが三人そろっている。三羽ガラスだってさ。ひとりがロボ子ちゃんには意外だろうけど、虎徹さん。ひとりが、あの提督」
『もうひとりが、典太さんですか?』
「彼も優秀だったそうだが、残念ながら違う。もうひとりが、とんでもない男でね。三羽ガラスの筆頭、開学以来の英才、いろいろ聞いたな。軍に残っていれば宙軍幕僚長どころか全軍のトップ、統合幕僚長になっていた人なんだろう」
『やめちゃったんですか?』
「放校処分になったそうだ。それどころか軍から永久追放されたと聞いたな。想像もつかないほど頭が切れる人間には、組織ってのは窮屈すぎるのかもしれないね」
「おいおい。いったい、なにしてるんだい?」
まぶしい。
納屋に吊されている虎徹さんに、ハンディライトの光を当て声をかけてきた男がいる。
「下級生どころか、上級生にさえ恐れられた堅物のおまえさんが叱られんぼなの? なんで吊されちゃってるの? 誰に吊されちゃったの?」
この声には聞き覚えがある。
虎徹さんはハンディライトの逆光の中、目をこらした。
髪の長い若い男のシルエットしかわからない。
国道を行く車のライトが流れ込み、その男の顔を一瞬だけ照らした。
不敵な笑いを浮かべたその顔を、虎徹さんは忘れたことがなかった。
■登場人物紹介・アンドロイド編。
ロボ子さん。
雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。通称因業ババア。
三号機さん。
雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。
小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。
基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。
板額さん。
板額型戦闘アンドロイド一番機。
高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。
神無さん。
雪月改のさらに上位モデルとして開発された神無試作一号機。
雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。
野良ロボ子さん。
野良雪月。
前のマスターである「おばあちゃん」の記憶を消されるのが嫌で野良をしている。食いしん坊。充電しなくても動ける謎の根性回路を搭載している。
ファンシーロボず。
第一世代と第二世代の旧型戦闘アンドロイド。よそのテーマパークで余生を送るはずが、なぜか宇宙船争奪戦に巻き込まれ、ロボ子さんに吹き飛ばされ、村に居座った。現在はパークの従業員。
■人物編
長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。
ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。本名、ちく・わぶ。
三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)
長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。
源清麿。(みなもと きよまろ)
えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)
三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病。
同田貫正国。(どうたぬき まさくに)
えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。
一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。
三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)
えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。
方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。
粟田口藤四郎吉光。(あわたぐち とうしろう よしみつ)
えっち星人。宙軍提督。
えっち星のえっち国の領事としてやってくる。虎徹さん、典太さん、清光さんの同期。タイムジャンプをそれほどこなしていないので六〇歳を越えている。
加洲清光。(かしゅう きよみつ)
えっち星人。密航者。
幽霊と呼ばれるほど神出鬼没。宙軍士官学校では虎徹さん、藤四郎さんと並んで三羽ガラスと呼ばれた。補陀落渡海の航海に匹敵するほどタイムジャンプを繰り返していたので、虎徹さんと同い年のままのように見える。
ちなみに、ロボ子さんの呼称は
虎徹さんが「ロボ子さん」
宗近さんと清光さんが「ロボ子ちゃん」
神無さんが「先輩」「お姉さま」
それ以外は、二号機で統一されています。もしそうじゃないなら、それは作者のミスですので教えてください。




