提督さん、やって来る。
『先輩、売れなかったです』
『なにがですか、後輩』
『私のゲロです』
『あなたのチャレンジ精神に、先輩は感服しました』
『私と先輩の料理の写真をつけたんですけど。今度は板額さんとホテルのディナーの写真にしましょうか』
『後輩、命知らずは美徳ではありません』
宇宙の片隅の、地球の片隅の、日本の片隅の、小さな小さなその村で、アンドロイド娘たちが際限なく無駄な日々を送っているその間に。
宇宙巡洋戦艦不撓不屈が地球に到達した。
不撓不屈はそのまま上空五〇〇キロの周回軌道に移行、地球へはここから連絡艇で降りることになる。補陀落渡海より二回りも大きな図体で大気圏に突入するのは無駄が多すぎるのだ。
えっち星連合政府全権大使使節団と地球答礼使節団一行。
えっち国領事使節団。
このふたつのグループの連絡艇の行き先は違う。
えっち星連合政府全権大使一行は、NYの国連本部に急遽作られた宇宙港に。
えっち国領事一行は、アンドロイド娘たちの小さな小さな村に。
ここで整理しておきたい。
「えっち星」と「えっち国」は、胸を触られたロボ子さんが口走った「えっち星人」が元になっただけの名前だ。そもそも「えっち星」はひとつの国ではなく、国連に相当する連合政府があるだけだ。
そして、この宇宙巡洋戦艦不撓不屈に宇宙駆逐艦補陀落渡海が所属するのは「えっち国」。半年後に交代のためやって来る宇宙艦もえっち国のものになるだろうし、それはしばらく続くことになるだろう。
えっち国はえっち星における超大国なのだ。
そうなると、周回軌道を回る不撓不屈さんを「睨みを利かせている」と受け取る向きもあるだろうし、ともすれば「えっち星連合政府全権大使」より「えっち国領事」のほうが重要人物であるかもしれない。
ロボ子さんの村にえっち星領事館が置かれると聞いて、国連や日本政府が混乱したわけである。
そして小さな小さな村に、その重要人物がやって来た。
自衛隊儀仗隊による栄誉礼。
三池典太光世宙佐に板額さんを従え、粟田口藤四郎吉光宙軍少将がその中を歩く。小柄だがスラリとした体格に颯爽とした身の運び、口ひげを蓄えたハンサムで精悍な顔が六〇近いという年齢を感じさせない。
補陀落渡海クルーも礼装して迎えている。
清麿さんもいる。
同田貫組長さんをはじめとする宙兵隊もいる。
先頭に立つのは、もちろんビシッと敬礼した虎徹さんだ。
「やあ、艦長」
虎徹さんの前に立った提督さんが答礼を返して声をかけた。
「長曽禰虎徹艦長以下、補陀落渡海クルーであります! この日をお待ちしておりました、閣下!」
虎徹さんが声を張り上げた。
「粟田口藤四郎吉光少将だ。藤四郎でいい。どうだ、かっこいいだろう。典太がつけてくれた」
「はい、閣下!」
提督さんは楽しげな顔でしばらく虎徹さんの前で立っていたが、やがてじれてしまったようだ。
「なんだ、おれがわからんのか?」
「私と同期とは伺っておりますが……」
提督さんの後ろで典太さんが苦笑いしている。
典太さんに至っては自分の妹すら判別に苦労したのだ、しょうがない。典太さんは小声で助け船を出した。
「三羽ガラス」
真っ直ぐ前を見ていた虎徹さんの視線が一瞬泳いだ。
そして声を張り上げた。
「お久しぶりです、閣下!」
提督さんはにやりと笑い、虎徹さんの腕をぽんぽんと叩いた。
歓迎式典もつつがなく終わった。
あとは、休憩を挟んで、ホテルのレストランで開かれる晩餐会を残すだけだ。
なにぶん急に決まったことで、受け入れ体制がない。
領事の仮オフィスはパークの社屋の一室。
宿舎はホテルの上階を借り切って利用することになっている。
パーク従業員のえっち星人は全員軍人。これほど心強いことはない。本来護衛に回るはずの宙兵隊は今はヤクザ屋さんしているのでなにかとノータッチにしないといけないが、それでも彼らも周囲には気を配ってくれることだろう。
副官が三池典太光世宙佐。
日本政府からつけられた護衛が、提督さんの希望もあって板額さん。えっち星まで旅をしてきた護衛型アンドロイド板額型一番機さんだ。
板額さん、半年ぶりの地球であるのにタイラ精工の研究所にもどってオーバーホールしてもらうこともできない。板額さん専用のトレーラーが待機していて、そこで簡単な整備をしてもらうことになる。
それよりも板額さんには聞きたいことがある。
雪月改二号機、ロボ子さんに。
そのロボ子さん、板額さんを見るとなぜか逃げる。
こうなると、ほんとうに確かめずにはいられない。
『お久しぶりです、二号機さん』
逃げ回るロボ子さんの腕を、板額さんががっちりと掴んだ。
『はぁい、お久しぶりですー、板額さぁん』
戦闘ロボに掴まれてしまったら、もうどうしようもない。
『猫を預かってもらって、ありがとうございました』
『はぁい、とんでもない。とってもかわいい子で情が移っちゃいましたー。それで猫さんはどうしますかー』
『ごめんなさい、まだ私の部屋がどこに決まるのかもわからないので、もうしばらく預かっていただけますか。今すぐにでも会いに行きたいのですが。それでですね、二号機さん』
『はぁい』
『二号機さん、えっち星に来ましたよね?』
ぐりん!
ロボ子さん、首だけ後ろに向けた。
『ぴーぴーぴ~。なんの話でしょう、ぴ~』
『あの、二号機さん。それ、アンドロイドの私が見ても怖いんですが。それと、口笛ヘタですね、二号機さん』
『ぴ~ぴ~』
『やっぱり来たんですね、えっち星に』
『ぴぃぃい~!!』
ロボ子さん、激しく音を外した。
『なんのことだか、さっぱりー。ぴ~ぴ~ぴ~ぴ~いいい~~』
板額さん、ロボ子さんの後頭部に冷ややかな視線を投げていたが、やがて微笑んだ。
『そうですね。私も変な事を聞いてしまいました。ありえませんよね、三六光年離れているんですものね。はんぺんのことはごめんなさい、決まりましたら連絡します。それでは、私は護衛任務に戻ります』
『はあい、またね、板額さん』
ロボ子さんは離れていく足音にホッと安心して首を元に戻し、そして悲鳴を上げた。歩いていく板額さんの顔がこちらを向いていたのだ。
『それ、アンドロイドの私が見ても怖いんですけど!』
『お互い様です!』
板額さん、その姿のまま後退るようにつかつかと近づいてきた。
『今、「はんぺん」で通じましたよね!』
『う!』
ぐりん!
ロボ子さん、また首を後ろに向けた。
『猫の名前、はんぺんなんですね。えっち星で二号機さん、確かにそう言いましたよね!』
『言ってませんーー!』
『じゃあ、なぜ私が、猫の名前がはんぺんだと知っているんです!』
『ぴーぴーぴー!!』
「ありゃあ、なにをしてるのかね」
提督さんが言った。
「地球のアンドロイドは器用なのです」
虎徹さんが言った。
『私もしてみましょうか、ぐりん!って。ぐりん!って』
「余計なことはしなくていい、神無さん」
ぐりん!
「だからするなって」
提督さんが案内されたのは、パーク社屋の第一会議室だ。
村に領事館ができるまで、ここが執務室となる。
「殺風景な部屋で申し訳ございません、閣下」
虎徹さんが言うのは謙遜ではなく、第一会議室、そのままなのだ。
えっち国国旗、宙軍旗。
日本国国旗に国際連合旗。
あとは慌てて用意した重厚な机があるだけだ。
「構わんよ。勝手言ったのはこっちだし、おれもガキの頃から軍人やってるわけで、快適で便利ならそれがいちばんだ」
ふかふかそうな椅子に座り、提督さんは虎徹さんを見上げた。
「おまえもその口調はかわらんのだな」
虎徹さんは沈黙するしかない。
たしかに同期でも仲が良かった相手だ。親友だったと言っていい。しかし、変わりすぎている。そして彼は今、提督なのだ。
「まあいい。それはそこの典太ともさんざん話したことだ。おれがその気でもおまえらがやりにくいというのならしょうがない。おれのことは提督として扱え」
「ありがとうございます、閣下」
「それでな、虎徹」
「はい、閣下」
「さっきも見たと思うが、おれは勅任艦長を三人連れてきた」
「はい、閣下」
提督さんは机の上に両肘をつき、手を口の前で組んで眼を鋭くした。
「長曽禰虎徹艦長。それが、どういう意味かわかるな?」
虎徹さん、ちらと典太さんを見た。
虎徹さんの視線に気づいても、典太さんの表情は変わらない。
まあ、どんな表情を作ればいいのかわからんよな。逆の立場ならおれだって困る。
「おれの軍法会議が、ここで開かれるのですね」
虎徹さんが言った。
その後には、顔はこちらに向けているけれど体は後ろ向きの神無さんだ。
■登場人物紹介・アンドロイド編。
ロボ子さん。
雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。通称因業ババア。
三号機さん。
雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。
小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。
基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。
板額さん。
板額型戦闘アンドロイド一番機。
高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。
神無さん。
雪月改のさらに上位モデルとして開発された神無試作一号機。
雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。
野良ロボ子さん。
野良雪月。
前のマスターである「おばあちゃん」の記憶を消されるのが嫌で野良をしている。食いしん坊。充電しなくても動ける謎の根性回路を搭載している。
ファンシーロボず。
第一世代と第二世代の旧型戦闘アンドロイド。よそのテーマパークで余生を送るはずが、なぜか宇宙船争奪戦に巻き込まれ、ロボ子さんに吹き飛ばされ、村に居座った。現在はパークの従業員。
■人物編
長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。
ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。
三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)
長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。
源清麿。(みなもと きよまろ)
えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)
三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病。
同田貫正国。(どうたぬき まさくに)
えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。
一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。
三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)
えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。
方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。
粟田口藤四郎吉光。(あわたぐち とうしろう よしみつ)
えっち星人。宙軍提督。
えっち星のえっち国の領事としてやってくる。虎徹さん、典太さん、清光さんの同期。タイムジャンプをそれほどこなしていないので六〇歳を越えている。
加洲清光。(かしゅう きよみつ)
えっち星人。密航者。
幽霊と呼ばれるほど神出鬼没。宙軍士官学校では虎徹さん、藤四郎さんと並んで三羽ガラスと呼ばれた。補陀落渡海の航海に匹敵するほどタイムジャンプを繰り返していたので、虎徹さんと同い年のままのように見える。
ちなみに、ロボ子さんの呼称は
虎徹さんが「ロボ子さん」
宗近さんと清光さんが「ロボ子ちゃん」
神無さんが「先輩」「お姉さま」
それ以外は、二号機で統一されています。もしそうじゃないなら、それは作者のミスですので教えてください。




