ロボ子さん、夢のお風呂回。
「あ~、広い風呂ってのはいいねえ」
「極楽、極楽」
「あったまるわー」
長曽禰家のお風呂は広い。
以前にも書いたが、長曽禰家は古民家を近代化改装した家だ。
特にお風呂は、近代化改装してくれた前の持ち主さんの道楽だったのか、ヒノキ張りの浴室にヒノキ張りのゆったりとした浴槽。虎徹さんと宗近さんという図体のでかいふたりが同時に入っても余裕がある。
「ビールが楽しみだなあ~」
ただし。
虎徹さんと宗近さんの胸と大切なところは湯気で隠されて見えない。
ロボ子さん、ふたりの着替えを置いて脱衣室を出ると、ひそめた声で言った。
『さあ、いいですよ』
しかし、反応がない。
『野良さん、はやく。ふたりがお風呂に入っている間にはやく!』
実は、祠で会った野良雪月さんを連れてきていたロボ子さんなのだ。
だけど、姿が見えない。
外に出て、暗視カメラで探しても見つからない。
『おかしいですね』
ロボ子さんが言った。
『おなかすいたというから私の部屋で充電させてあげようと思ったのに』
春の寒い雨の中、祠に戻ったのだろうか。
人の世話にはならない。
野良アンドロイドの矜持というものなのだろうか。ていうか、そもそも野良アンドロイドという存在がよく理解できないのだけども。
『……』
しかし、家の中に戻ったロボ子さん。
そこで悲鳴をあげてしまったのだった。
「なんか、ロボ子ちゃんの悲鳴が聞こえなかった?」
「おおかた、でっかい蜘蛛がまたでたんだろう」
夢のお風呂回、まだひっぱるのである。
ただし。
くれぐれも虎徹さんと宗近さんの胸と大切なところは湯気で隠されて見えない。
長曽禰家の食事室。
ロボ子さんが準備した夕ご飯を猛然と食べているのは野良雪月さんだ。
『なにやってるんですかーー! なに、マスターと宗近さんの夕ごはん食べてるんですかーー! あれ!?』
『おかわり!』
『おかわり!』
しかも増えている。
増殖している。
『ああっ! あなたは神無さん!』
『はい、神無です!』
野良雪月さんの隣に座って一緒ご飯を食べていたのは、完璧ロボ娘神無さんだ。
『パークの真っ暗な女子ロッカーでひとりでいたらなんだかさみしいし、怖いし、おなかも空いたかなあって! おかわりください、先輩!』
笑顔で茶碗を突き出している。
『うちのおばあちゃんほどじゃないけど、あんたの料理もなかなかだよ! おかわり!』
頬にごはん粒つけて、野良雪月さんも笑顔だ。
なにが起きているのだ。
いったい、なにがこの家で起きているのだ。
『あなたたちはアンドロイドでしょう! なんで食事してるんです! おなか空いたら充電でしょう、そうでしょう!』
『充電でおなかふくれないし』
『充電じゃおなかふくれませんよ、先輩』
『ねー』
『ねー』
『ねー。じゃないっ! ていうか神無さん! あなた会社にいるときと話し方が違いますね!』
かくん。
と、神無さんが動きを止めた。
そして噴き出してきたのは謎粒子だ。キラキラと輝く。
『私は、神無。おかわりを、くだ、さい』
『急にアンドロイド喋りになるなーー!』
『うるさいなあ。ごはんは楽しく食べようよ』
『やかましいわーー! 人んちの夕ご飯を勝手に食べておいて、なにそのいいぐさーー! ていうか、おかわりなんてありませんよ! もうありませんよ! あなたちが全部食べちゃいましたよ! ていうかーー!」
激怒していたロボ子さんが突然動きを止めた。
そしてじっと見ているのは野良雪月さんのおなかだ。
神無さんもロボ子さんの視線に気づいて野良雪月さんのおなかを見た。
野良雪月さんはロボ子さんと同じホワイトボディ。昔は着ていたのかも知れないが、今は着衣はない。
『なに。なに見てるのよ』
ポリポリと漬け物を食べながら、野良雪月さんが言った。
『ふくれてますね、先輩……』
『ふくれてますよね、後輩……』
ぽっこりと。
チタニウム合金製の雪月のおなかが、ぽっこりとふくらんでいる。
『野良さん……あなた、いつお腹を掃除しましたか? なぜ、この質問に対してそんな無垢な瞳で見返してくるのですか?』
『掃除?』
『なぜつぶらな瞳で首を傾けますか?』
『……』
『あっ――ちょっと待って!!』
ロボ子さんは大慌てだ。
『だめです! ここでおなか開かないで! 外に出ましょう、野良さん! だめ、やめて! わあああーーッ! 開けるなあああ! 聞けよ、馬鹿ーーっ! やめてえええーーっ!』
ぎゃあああああああああああああ!
「今度は、絶叫が聞こえた気がするんだけど」
「ときどきえぐい蜘蛛いるからね。田舎だからね」
「田舎は虫がえぐいよなあ。おまえどこの守り神?ってムカデがわさわさしてたりするもんなあ」
「虎徹さん、あんた腹出てきたな」
「出てねえよ!」
しぶとくも、虎徹さんと宗近さんの胸と大切なところは湯気で隠されて見えない。
『信じられない、雪月って、馬鹿。ほんと、底抜けの馬鹿……』
とてもではないが、この惨状は描写できない。
ロボ子さんは泣きながら雑巾がけをしている。
『人んちで勝手にごはん食べたあげくに大量にゲロぶちまけて。ほんと馬鹿……』
しかし、当の野良雪月さん、ケロッとしている。
それどころか獲物を見つけたようである。
『わあ、バッテリーみっけ!』
『このクソがきゃあ……』
アイスピックを手に、ふらふらと近づくロボ子さんだ。
『いけません、先輩!』
『離しなさい、後輩!』
『器物破損です! 犯罪です! 事件です!』
『おおお、私の体にぴったり! まるで私のためのバッテリーだ!』
『そら私のだああ! バッテリーは高いんだああ! 入社祝いに買って貰って、やっと夢のバッテリー三つ態勢になったんだああ! 離せ、後輩いい! こいつの演算チップを穴だらけにしてやるんだああ!』
この修羅場にやってきたのは、ほっかほかのおっさんふたりだ。
「あーいい湯だった」
「賑やかだねえ、お客さん?」
さすがにもう胸や大切なところを覆う湯気はない。
ていうか、パジャマの上からそれやられたらむしろ別方向に卑猥である。
「あれ、神無さん?」
虎徹さんが言った。
ロボ子さんは驚愕した。
神無さんふたたび謎粒子を振りまきはじめたのだ。しかも。
ウィーン。
ウィー…ン。
おいおい、さっきまでモーター音させてなかったよな……!?
『お邪魔』
『しております、マスター』
『こんばんまして、三条小鍛治宗近さん。私は』
『神無』
『神無試作機一号機』
ロボ子さんの両眼は極限までひろげられている。
「ところで、なにこの惨状」
と、虎徹さんが言った。
「うわあ、酸っぱい匂い……」
と、宗近さんも言った。
あっと、ロボ子さんは我に返った。
『ごめんなさい、いま掃除します。みなさんは囲炉裏部屋のほうに移ってください。その間に……』
あれ。
野良雪月さんの姿がない。
「ありゃ、ごはんもきれいに食べ終わってるじゃない」
『あ、はい。ごめんなさい。急いでパスタでも……』
『雪月改二号機さん』
アンドロイドモードの神無さんが言った。
『家出して補給が必要だったのでしょうか』
『でも』
『雪月が一度にそんなに食べてはいけません。雪月改までの雪月の胃袋に相当するユニットの最大容量は五〇〇ミリリットル』
『この量は大幅に過多と推測されます』
『それで安全装置が働いて、リバースしてしまったのですね』
『そもそも経口で補給するより、雪月改には充電を推奨します』
ロボ子さん、ふたたび限界まで両眼を見開いている。
虎徹さんと宗近さんはげらげらと笑った。
「そうか、そうか。おなか空いていたか、ロボ子さん。おい、宗近。パークの近くにコンビニできたよな。そこでなんか見繕ってきてくれや。いいって、いいって。ロボ子さんはもう今日は働かなくてもいいから。囲炉裏部屋行って宗近を待ちな。ここはおれが掃除しておくから」
え?
「アイ・アイ・サー。それにしてもロボ子ちゃん、隠れてすごい大食漢だったんだなあ」
え?
『マスターも、囲炉裏部屋に、どうぞ』
『ここは私が、掃除、します』
「そりゃ助かるな。ありがとう、神無さん。最初からゲロの掃除だなんて悪いね」
『私は神無』
『マスターのお手伝いが私の役目』
ちょ。
ちょ。後輩っ!
ちょ。なにその残忍な笑顔っ!?
ちがう、私じゃないいーーっ!
これぶちまけたの、私じゃないーーっ!
『くー、真新しいフル充電のバッテリー。染みるねえっ』
いつものように清麿さんの高笑いが響く夜の村を、満面の笑顔で野良雪月さんが走っている。
■登場人物紹介・アンドロイド編。
ロボ子さん。
雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。通称因業ババア。
三号機さん。
雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。
小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。
基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。
板額さん。
板額型戦闘アンドロイド一番機。
高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。
神無さん。
雪月改のさらに上位モデルとして開発された神無試作一号機。
雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。
野良ロボ子さん。
野良雪月。
前のマスターである「おばあちゃん」の記憶を消されるのが嫌で野良をしている。食いしん坊。充電しなくても動ける謎の根性回路を搭載している。
ファンシーロボず。
第一世代と第二世代の旧型戦闘アンドロイド。よそのテーマパークで余生を送るはずが、なぜか宇宙船争奪戦に巻き込まれ、ロボ子さんに吹き飛ばされ、村に居座った。現在はパークの従業員。
■人物編
長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。
ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。
三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)
長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。
源清麿。(みなもと きよまろ)
えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)
三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病。
同田貫正国。(どうたぬき まさくに)
えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。
一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。
三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)
えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。
方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。
粟田口藤四郎吉光。(あわたぐち とうしろう よしみつ)
えっち星人。宙軍提督。
えっち星のえっち国の領事としてやってくる。虎徹さん、典太さん、清光さんの同期。タイムジャンプをそれほどこなしていないので六〇歳を越えている。
加洲清光。(かしゅう きよみつ)
えっち星人。密航者。
幽霊と呼ばれるほど神出鬼没。宙軍士官学校では虎徹さん、藤四郎さんと並んで三羽ガラスと呼ばれた。補陀落渡海の航海に匹敵するほどタイムジャンプを繰り返していたので、虎徹さんと同い年のままのように見える。
ちなみに、ロボ子さんの呼称は
虎徹さんが「ロボ子さん」
宗近さんと清光さんが「ロボ子ちゃん」
神無さんが「先輩」「お姉さま」
それ以外は、二号機で統一されています。もしそうじゃないなら、それは作者のミスですので教えてください。




