三姉妹、家に帰る。
清麿さんのセダンは、夜の雨の中を走っている。
『あの、マスター』
助手席の三号機さんが、おずおずと口にした。
『一号機さん二号機さんのマスターさんに、あの場所を教えてあげなくていいんですか。ふたりとも絶対に教えるなと言ってましたけど、あれはきっと、ただの強がりですから』
「大丈夫だよ、私の天使」
清麿さんが言った。
「ふたりとも、もう知っている。君たちに君たちの意地があるように、男にも男のつまらん意地がある。それで、少しだけ遅れるだけだ。もっとも、いま私が話したことは、彼女たちには内緒にしておいてほしい」
『わかりました。もう一つ聞いていいですか』
「どうぞ」
『眼帯両方につける冗談は面白くなかったですか。オムライスにタバスコかけるイタズラは腹立たしかったですか』
「ひとつではないようだ」
清麿さん、くすっと笑った。
「冗談はともかく、オムライスにタバスコかけるのはやめてくれると嬉しい。あとはムカデも私の小説を笑うのもやめてくれると嬉しい。あれはけっこうくるんだ」
『神無さんのほうがいいですか。私よりいいですか』
少し真面目に、そして少し強く清麿さんが言った。「そんなことはない」
『ごめんなさい。私、いい子になります。もっといい子になります』
清麿さんは路肩に車を停め、三号機さんへと向き直った。
「私が困るのは、なにをしようとも君がかわいらしすぎるということなのだ。力が抜けそうになる冗談も、甘党の私にタバスコ使うイタズラも、君の可憐さを際立たせるただのアクセントだ。私こそお願いだ。私を、これ以上君に夢中にさせないでくれ」
『私のマスターは、ほんとうに面倒くさい人です』
「手を、私の天使」
差し伸べられた清麿さんの手に、三号機さんの手が添えられた。
清麿さん、その手にキスをした。
相変わらず背景に薔薇が咲き乱れ、ダバダバダ……と女性スキャットが聞こえてきそうな濃いふたりなのである。
『マスター』
ふたたび走り出した車の中で三号機さんが言った。
もう先ほどまでのおどおどした声ではなく、いつも通りの小生意気な三号機さんだ。
『なぜこんなに迎えが遅かったんですか。GPSを使えば、すぐに私がどこいにるかわかったはずですよね』
「だったら、夕方に私が祠を覗いた時に、気配を消すようなことをしなければよかったのだ、私の天使」
『みんなが声をかけるのを我慢したのに、私だけ声をかけられるわけないじゃないですか』
「そうだな」
『一番目に来たのが一号機さんのマスターで、二番目がマスターでした。三番目が二号機さんのマスター。どうして二番目なんですか。がっかりです』
「そうか、私は君をガッカリさせてしまったのか」
『一等はじめにマスターが来てくれたら、私、一号機さんや二号機さんにいっぱいいっぱい自慢するつもりでした。私のマスターがいちばん素敵でかっこいいって自慢するつもりでした。がっかりです。マスターにはがっかりです』
「すまなかった」
『面倒くさかったです。心細かったです。さみしかったです』
「すまなかった」
運転する清麿さんの横顔は、ほんの少しもすまないと思っているような顔じゃない。
ただ、嬉しそうなのだった。
番傘を差し、一号機さんと同田貫さんが雨の道を同田貫組へと歩いている。
さきほどから、ずっと会話がない。
正直、同田貫の親分さんには居心地が悪すぎる。
「あ、あのですね、弥生さん……」
同田貫さんがなんとか声をかけた。
すかさず一号機さんが言った。
『「畳と女房は新しいほうがいい」』
死にてえ……。
広い背中を限界にまで小さくして、ひたすらそう思う同田貫さんなのであった。
『私とマスターが出会ってから、もう一年以上経つのですね。そろそろ新しいアンドロイドがほしくなりましたか?』
「いや、あの、そのですね、弥生さん……」
『男なら、しゃきっとせえッ!』
一号機さんが先任軍曹さんのような声をあげた。
「マァム! イエス、マァム!」
同田貫さん、番傘を捨てて直立不動になった。
『神無さん』
と、一号機さんが言った。
『そういえば神無さんの顔。私とは傾向の違う顔ですね。三号機さんとも違う。むしろ二号機さんに近い、ほんわか顔。そういうのが好みになりましたか』
「ノー、マァム!」
同田貫さんは直立不動のままだ。
「確かに自分の好みも入っておりますが、あれはほぼ虎徹の好みであります、マァム!」
『ふうん?』
「イエス、マァム!」
もう、涙声。
「はいっ! 少しだけ、少しだけ自分の好みも入れてもらいましたっ、マァム!」
『そうなの』
「だって……」
と、同田貫さん、ほんとうに泣き出しそうだ。
「ときどき弥生さん、ほんとうに怖いんだもの……」
でかい図体でなにを言い出すやら……。
一号機さん、笑い出しそうになるのを我慢しながら、
『怖いのは当たり前じゃないですか。私、もともとは護衛機や要撃機として買われたのでしょう?』
「ノー、マァム! 一目惚れしたからですっ、マァム!」
『まあ』
「たしかに、総員出払ったときに本部を守る要撃機がほしいとアンドロイドを探したのは事実ですが、ウエスギのショールームで弥生さんに一目惚れでしたっ! 弥生さんが実際に強くて良かったと思いますっ! 私情で買ったんじゃないと、部下にも言い訳がききますっ、マァム!」
今度こそ、一号機さん、顔をほころばせた。
同田貫さん、閉じていた目を片目だけ開けて様子を覗っていたが、一号機さんが本当に笑っているのだとわかって自分も表情を緩めた。
「ほんとうだよ、弥生さん」
同田貫さんが言った。
『私も少し反省するところはあるようです。マスターに捨てられたら、私、行くところがありません』
「そんなことはないッ! ぜったいにないッ!」
ふたり見つめ合って、くすくすと笑いだした。
一号機さん、自分の番傘を同田貫さんに渡し、自分は同田貫さんが落とした番傘を拾い上げ、逆さに持って貯まっていた水をざっとひとつ払った。
「帰りましょ、マスター」
番傘を広げ、一号機さんが言った。
長曽禰家は混乱した。
ロボ子さん用の傘ももって鎮守さまにやって来た虎徹さんだったが、どう探しても祠の中は無人だった。まだ補陀落渡海で仕事をしていた宗近さんにGPSでロボ子さんの所在を調べてもらったら、どうやら家に戻っているようだという。
確かにロボ子さんは長曽禰家にいた。
夕ご飯を用意し、お風呂も沸かして、虎徹さんと宗近さんの帰りを待っていた。
『お帰りなさい、マスター。お帰りなさい、宗近さん。ごはんにしますか、お風呂にしますか』
ちょうど同時に家に戻ってきた虎徹さんと宗近さんは顔を見あわせた。
(これは……ロボ子さん、静かに怒ってるのかな、やっぱり)
(いつも通りに見えるけど、つまり奥の底から怒ってるのかな)
目と目、ブロックサインとブロックサインで会話するおっさんふたりだ。
ロボ子さんが言った。
『もう怒ってませんよ。マスター、ずぶ濡れじゃないですか。先にお風呂に入ってください。風邪を引かれると困ります』
「はあ」
『宗近さんもご一緒にどうですか。その間にお味噌汁作ります』
「はあ」
戸惑うふたりに、ロボ子さんが深々と頭を下げた。
『家出なんかしちゃって、ごめんなさい』
これには虎徹さんが慌ててしまった。
「あっ、その、あれだね!」
どうにもだらしない。
「おれも、ええと、あのだね! まあね! なんというかね!」
一方、宗近さんはにっこりと笑って、
「うん、ぼくもごめん。じゃあ、仲直り」
と手を差し出した。
『はい、仲直り』
ロボ子さんもにっこり笑って宗近さんの手を取った。
おれがロボ子さんのマスターなのに……。
ちょっといじける虎徹さんなのだった。
■登場人物紹介・アンドロイド編。
ロボ子さん。
雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。通称因業ババア。
三号機さん。
雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。
小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。
基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。
板額さん。
板額型戦闘アンドロイド一番機。
高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。
神無さん。
雪月改のさらに上位モデルとして開発された神無試作一号機。
雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。
野良ロボ子さん。
野良雪月。
前のマスターである「おばあちゃん」の記憶を消されるのが嫌で野良をしている。食いしん坊。充電しなくても動ける謎の根性回路を搭載している。
ファンシーロボず。
第一世代と第二世代の旧型戦闘アンドロイド。よそのテーマパークで余生を送るはずが、なぜか宇宙船争奪戦に巻き込まれ、ロボ子さんに吹き飛ばされ、村に居座った。現在はパークの従業員。
■人物編
長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。
ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。
三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)
長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。
源清麿。(みなもと きよまろ)
えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)
三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病。
同田貫正国。(どうたぬき まさくに)
えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。
一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。
三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)
えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。
方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。
粟田口藤四郎吉光。(あわたぐち とうしろう よしみつ)
えっち星人。宙軍提督。
えっち星のえっち国の領事としてやってくる。虎徹さん、典太さん、清光さんの同期。タイムジャンプをそれほどこなしていないので六〇歳を越えている。
加洲清光。(かしゅう きよみつ)
えっち星人。密航者。
幽霊と呼ばれるほど神出鬼没。宙軍士官学校では虎徹さん、藤四郎さんと並んで三羽ガラスと呼ばれた。補陀落渡海の航海に匹敵するほどタイムジャンプを繰り返していたので、虎徹さんと同い年のままのように見える。
ちなみに、ロボ子さんの呼称は
虎徹さんが「ロボ子さん」
宗近さんと清光さんが「ロボ子ちゃん」
神無さんが「先輩」「お姉さま」
それ以外は、二号機で統一されています。もしそうじゃないなら、それは作者のミスですので教えてください。




